60 セラフィエルの内包世界 その3
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スプーンを具現化したときと同じように、王都に並んでいる簡単な二階建て家屋を想像し――ログハウスの横に並び立つイメージを虚空に送り込む。
想像を形にする要領はこんな感じでいいはずだ。だというのに……手応えが何も返ってこない。何かを創造した時に感じる僅かな空間の揺れ――その感覚が何も感じられないのだ。
わたしはチラッと目を開け、結果を確認してみる。
予感の通り、ログハウスの横には変わらず、漆黒の空間だけが広がっており、そこにわたしが想像した建造物は欠片も再現されていなかった。
「…………」
もう一度目を閉じ、イメージを再構築してみる。
今度は遥か昔の記憶を呼び起こして、鉄筋コンクリート製の家屋をイメージしてみるが――――やはり何も生まれない。
おかしい。やる気は十分だし、さっさと赤の要望に応えてあの黒歴史本を抹消する気持ちは衰えていない。だというのに……見えない壁に押し返されるような抵抗を感じてしまい、どこか本気になれない自分がいるような気がする。
「どうして……」
疑問を口にしながらも、右手を開き、その上にフォークを乗せるイメージを送った。すると、今度は何の抵抗もなくフォークが出現し、確かな質量と共にわたしの掌に着地する。
「やっぱりね」
一部始終を見守っていた赤の言葉に、思わず振り返る。
「さっき言ったでしょ。銀……貴女は思考にブレーキをかけているんじゃないかって」
「…………えぇ」
「その様子だと、思考というより潜在意識っていう方がいいのかもしれないね。貴女は自分で気づいていないのかもしれないけど……家を創り出そうと念じている瞬間――貴女、とても苦しそうな顔をしていたわよ」
「え、わたしが……?」
特段、先ほどの行為の最中に「苦しい」と思うような感覚はなかったはずだ。
思わず自分の頬を右手で撫でたが、そこにはいつも通りのプニプニした感触があるだけで、特に苦痛に顔を歪めているような皺などは指先からは確認できない。
「今はもう普段通りの貴女よ」
「そう……」
返す言葉が特に浮かばず、わたしは短く返して右手を頬から離した。
赤はゆっくりとわたしの正面まで歩き、腕を組みながら立ち止まる。
「貴女からこの数年で色々な話を聞いたわ。同時に知識保管庫から本を持ち出しては知識を蓄えていった。おかげで今はそれなりに貴女の能力にも理解が深まったし、理論立てて考えることも出来るようになってきたわ」
「……赤?」
「そう、道筋を立てて考えるようになってから……ずっと気になっていたのよね」
「…………」
「銀……貴女は何度か私と一緒にあの奔流に乗って知識保管庫に行こうと試みたわよね」
「え? ええ……」
この3年間、わたしたちは夢の中でも色々なことに挑戦していた。
たとえば植木鉢と花の種を創り出し、この世界で水を与えればどうなるのか。この世界では想像すれば万物を創造できる夢の世界。そこに時間の概念はあまり無く、種であろうと成長後の花であろうと、想像の先に従って創り出すことが可能である。
それは「過程」をすっ飛ばす現象であり、であるならば――この世界に「過程」という概念は存在するのか、という実験である。
それを検証するために、わたしたちは植木鉢に土を詰め、そこに種を植えた。赤は時計を創り出し、現実と同期をとった時間の中で、決まった間隔で植木に水をやる。それで種が成長し花を咲かせれば――この世界にも「過程」が存在する証明になる。逆に種は種のまま、育たず腐らず、そのままでいるならば……この世界で創り出されたものは例外なく「時間というくびきから解放された、固定された存在」ということにもなるわけだ。
結果を言うと――種は見事に花開き、綺麗な淡いピンク色の花弁をわたしたちに披露してくれた。
ちょっとした発見に喜んだわたしたちは抱き合い、その後はお互いに好きな料理を創造し、互いに食べては感想を言い合ったりしたものだ。赤の私室――書庫の奥にある部屋にはそれ以降、植木鉢の数が増えていった。
この世界は創造に関してショートカットが可能なものの、きちんと時間という概念は存在し、生み出されたものはそのルールに則って動いていることが確証された瞬間でもあった。
そんな流れの中、このログハウス兼図書館に蓄積されていく本の出元――知識保管庫にも足を踏み入れようと試みた。いつかは行ってみようと考えていた場所だ。この夢の世界にも大分慣れてきたことだし、わたしも赤と一緒に本集めできれば、今後の効率化にもなると思っての行動だった。
黒い世界を彷徨う赤い奔流に乗れば、自然と知識保管庫に連れて行ってくれると赤から聞いていたので、知識保管庫に行くのはそんなに難しいことではないと思っていた。だって、赤い奔流って間違いなく、わたしの血液に依存した力だと思うからね。
そう軽く考えていたわたしだが――実際に奔流に乗ろうとすると、わたしだけがまるで空気を掴むように手ごたえが無く、そのまま通り抜けてしまったのだ。赤だけが渦巻く奔流の上に身を置いている光景を見上げ、呆然としてしまったのを今でも覚えている。
もしかしてこの奔流はわたしの血液とは無関係? と疑ったものの、それは赤が否定した。
ヘドロ法衣との戦いの最中、僅かに戻ってきたわたしの血液。それと同時期に起こった異変は彼女から聞いている。知識保管庫の拡張に加え……夢の世界を彷徨う赤い奔流の数も明らかに増えているのだ。それはつまり、わたしの「本来の血液」の増加に比例した現象であると考えるのが辻褄が合う。
何がどうなっているのか、情けないことに宿主たるわたしにも分からない。
その後も何度か試すも、やはり奔流に触れることはできなかった。自分の血に嫌われているんだろうか、と心配になって、目が覚めてからこっそり操血を使って薪を斬ったりしてみたが、特に違和感なくいつも通り、血はわたしの意図に沿った動きをしてくれた。
当時は疑問に思いつつも、他に学ぶこと、やるべきことが多々あったため、それらに埋もれて自然と保留案件と化していた。それを今、赤が口にするということは、何かしらの仮説が立ったということなのだろうか。
「でも貴女は乗れなかった。貴女の世界で、貴女が制御しているはずの血の流れに乗ることができなかった。当時も不思議でならなかったけど、こうしてこの世界を紐解いていくにつれて、その疑問は徐々に私の中で大きくなってきたわ」
「……それも私が無意識にブレーキ踏んでるってこと?」
「私はそう考えているわ。貴女は無意識に回避しているような気がするの。今生の転生で初めて誕生した知識保管庫に足を踏み入れるのを。――そしてこの夢の世界を受け入れることを」
「赤……それは冷静に考えておかしいわ。だって馴染もうとすることに忌避感を覚えるなら、きっとスプーン一つだって創造することができないはず。でもわたしにはそれが出来た。それって世界を受け入れてなければ出来ないことだと思うのだけれど」
「そうね、だから『無意識』と表現したのよ。あなた自身は受け入れていると理性で考えているけど、その実、無意識の部分で否定しているところもある」
「……」
「理性と無意識――その二つの領域が重なった部分。その範囲が貴女の中のこの世界に対する許容範囲で……スプーン等の小物や料理などの消耗品に当たるんじゃないかな」
「う、うーん……言いたいことは分かるけど……」
自分の意識外のことを言われても、納得するのは難しい。なぜなら物事を理解するということは、情報を整理・吟味した上で、自分の中の一つの答えとして形作るものだからだ。つまり意識して思考せねば、理解することは不可能。無意識の時の話をされても、意味は分かっても理解できるはずがないのだ。喉に魚の小骨が引っかかったような気持ちになっても致し方ないと思う。
「実際に物を見て、感覚で掴む方が分かりやすいかもしれないわね。私だって自分の理論に自信があるわけじゃないから、検証も兼ねて試してみようか。見てて」
赤はそう言うと、右手を差し出し、その上に菜箸を出現させた。
「どう?」
「どうって……まあ、普通の菜箸だね」
「そうね。で、どう感じた?」
「え、……いや、普通に菜箸だなぁって感想ぐらいしか湧かないけど……」
「ふふ、そうだね。私もきっとそのぐらいの感情しか湧かないと思うわ」
眉を顰めざるを得ない。意図も目的も読めない行動に閉口していると、彼女は「まあ見ててよ」と続け、今度は黒歴史本を脇に挟み、目を閉じて両手を握り合わせた。神に祈るようなポーズを取ったまま、口を静かに閉じる。
明らかに集中している彼女の邪魔をするわけにもいかず、わたしは発しそうになる言葉を飲み込んで、その場で黙り込んだ。
しかし彼女に問わずとも――彼女が何をしようとしていたのか、その答えはすぐに、わたしの両の瞳に映し出されることとなる。
「わっ……!」
周囲の空気が細動したかと思うと、同時に漆黒の世界に眩い光が走っていった。
ログハウスを中心として、舗装された道路が地面に描かれていき、その脇には次々と家屋が光を放ちながらせり上がってくる。まるで実寸大の仕掛け絵本を開いたかのような光景だ。
これまでに類を見ない、大規模な創造。
よくよく思い起こせば、いつだって増築された結果を見ることはあっても、こうして創造過程を見たことは無かった。きっとログハウス拡張時も似たような現象がこの世界の中で起こっていたに違いない。
まるで絵具をつけた筆を走らせるように、真っ黒なキャンパスに複雑な色が描かれていき、やがてその存在が確立されたと同時に、影を生み、質量を持ち、実体を定着させていった。
ご丁寧に信号機や交差点まで再現され、地平の彼方まで――とは行かずとも、わたしたちのいる周辺は懐かしい街並み風景へと変わっていった。おおよそ10軒ほどの家屋が道路の両脇に並んだところで、赤は「ふぅ」と息を軽く吐き、いつの間にか固く結んでいた両手をゆっくりと外していった。
「これだけの量を想像だけで造るのは、精神的に結構疲れるわね。気軽に『街を創って』なんて言っちゃったけど、うん、ちょっと無理を言い過ぎたかもしれないわね」
――いやいやいや……十分、驚かされたんだけど。
赤がここまでの街並みを想像できるほど科学時代の知識を持ったことにも、実際に住宅街を想像だけで創り上げてしまったこの光景にも。
「で、どう感じた?」
「えっ、いや……そりゃ凄いなって……純粋に驚いたし、感動もしたよ。まるで別の世界に来ちゃったような気分になったわ」
「うん、そうだね。世界が変わった。まさにその表現が似合う現象だと私も思うよ」
「……」
「銀……たぶん、今感じたその感覚が貴女の中の『線引き』だと思う」
「……線引き」
「貴女の中で『世界が変わった』と思えるほどの事象、その境界線。その線の向こう側だと判断する事象全てを貴女は無意識下で触れないようにしているんじゃないかと思う。我ながら大それた推理だけど……そうね、言い換えればこの世界に『依存』しすぎるのを恐れているんじゃないかって思うのよ。さっきの苦悶の表情もその類のものだったしね」
わたしは未だ動かない左手を見下ろし、そっと右手の指で傷口をさすった。
「依存……つまり、わたしの左手が治らないのも、この世界の原理に頼って治癒させてしまえば、この世界の在り様に依存してしまうからってこと……?」
「その辺りの機微は貴女にしか分からないわ。でも治せないということは、そういうことなのかなと私は思うわね」
「……赤」
「銀、私は心配なのよ。貴女から以前、聞いた操血や転生のお話。そこには無かった現象が……今、この瞬間にどんどん起こっている気がするの。知識保管庫もその一つね。その変化が貴女にとって良いものか悪いものか……それは分からないわ。でも、どうであれ解明できるものなら、早いうちに解き明かした方がいいと思ったのよ。今日……貴女が夢の中で眠るだなんて姿や左手の怪我を見せられて、なおさらその気持ちが強くなったわ」
「……うん」
彼女にしては説明や前置きをすっ飛ばしての行動だと思っていたが、どうやら顔には出さないものの、かなり心配させていたようだ。
わたしは右手を胸部に当てて、少しだけ微笑んだ。彼女の温かさに触れたことにより、思考が前向きに働きだすのを感じる。
――世界に依存する。
確かにこの世界は便利だ。現実に何一つ持ち帰ることはできないとしても、この世界にいる間は何もかもが思い通りになる――まさに理想郷だからだ。欲しいものがあれば想像して創れば良い。怪我や病気も治し、常に健康体でいられる。娯楽など掃いて捨てるほど転がっているだろう。
意思の弱い人間なら、心地よい泥沼に沈むかのように依存するかもしれない。いっそのこと植物人間になることで永遠の眠りを求める者もいるかもしれない。
――けど、わたしにとって依存するほどの魅力があるかと言われれば、そうでもないのだ。
便利だし、赤と一緒にいる時間は楽しい。けれど現実を棄ててまで夢の中だけに籠りたいかと聞かれれば、答えは否だ。現実を棄てるほど、今の環境を悲観したこともないし、人間関係が破綻し精神が疲れ果てているわけでもない。
仮に赤の仮説が真実に近しいところにあるとしたら――わたしの中の何が「依存」を恐れているのだろうか。
わたし自身は別にこの世界に忌避感はないし、依存する気もない。だから物を創ることに抵抗もない。それは此処が夢の世界だと割り切っているからだ。
でもわたしの中の何かは、ある一定のラインを超えた創造にブレーキをかけている。左手首の傷然り、赤がやったような大規模な創造も然り、である。
この違いは何なのか。このズレは何を意味しているのか。
『夢の中。ふふ、そうだね。そう思い込んでいるから、いつまで経ってもこの世界は真っ黒のままなんだね』
……不意にあの声が蘇った。
「――――ここは、この世界は……夢、じゃない?」
思わずそう言葉を口にした時、ストンと思考のポケットに収まった言葉が脳裏に浮かんだ。
「内包世界……ここは、わたしの中に実在する――内包された別の世界、なの?」
瞬間。
漆黒だったはずの世界は、刹那だけ紅蓮の色に染まり、眩い光に包まれていった。
もうちょい、グラベルンでの出来事にお付き合いください~(>_<)
それが終わったら、そろそろ再出発しますm( _ _ )m