59 セラフィエルの内包世界 その2
ブックマーク+ご評価、ありがとうございます!!(*´▽`*)
読みに足を運んでくださる皆様に感謝です!(*'ω'*)
今回はアレですね。一章1話に書いたセラフィエルの過去の黒歴史の一端が顔を出します(*´Д`)
「えっと、聞き間違いじゃなければ、今……『街』って聞こえたんだけど」
「大丈夫、貴女の耳は正常よ」
「えぇー……」
できれば聞き間違いと言って欲しかったが、赤は何てこと無いように「その通り」と言う。
街を造れって……荒唐無稽にもほどがある。
わたしの胡乱な視線を受けた彼女は、肩を竦めて話を続けた。
「別に何万人も住めるような大都市を造れだなんて言ってないわよ。そうね、手始めに家一つでもいいわ。ログハウスに隣接するような位置に建てるイメージで」
「……」
それだって大分無茶な要望だ。
いや……実際に目の前の建造物を、本を読み漁った赤の想像一つで出来上がってしまったのだから、おそらくこの夢の中では無理な話ではないのだろう。
別にこの世界でどれだけの無茶をしても迷惑がかかるのは赤ぐらいだ。その当人がやれって言ってるんだから、別に試すぐらいのことはしてもいいと思う。
――思うのだけれども……なんでだろうか、気乗りがしない。
わたしだって新しいことは楽しいし、色々と試すのは好きだ。だから理性ではデメリットが少ないなら、やって損はない――という気持ちがある。けれど、もっと深い……目に見えないところでその感情を堰き止める壁のような異物を感じているのも事実。
「……」
いつまで経っても行動に移さないわたしに見兼ねたのか、赤は「ふぅ」とため息をついて突然、ログハウスの中へと戻っていってしまった。
――え、もしかして……怒っちゃった?
呆れることはあっても、怒ることなんて一度も無かった彼女が何の言葉も残さずに背を向ける様子に、わたしは一転して焦りを浮かべてしまう。
謝った方がいいかな? なんて声をかければいいかな? なんて考えていると、そんな葛藤などお構いなしに赤は変わらぬ表情のままログハウスから戻ってきて、口を開けたままのわたしに向かって「ん、なに?」と声をかけてきた。
「べ、別に……」
怒らせたかもしれないことに焦ってました、なんて正直なことは恥ずかしくて口にできないので、わたしは短くそう答えた。ちょっと声が上ずってしまったけど、おそらく誤魔化せたはず。
「……ふぅん? あ、もしかして……私が無言で家に戻ったものだから、怒ったと勘違いして急に不安を感じていたとか?」
「……!?」
「……本当に図星だとは思わなかったけど……貴女、本当に生きた歳月と精神年齢が一致しない程、可愛らしいところがあるわね。世話のかかる姉を持ったような気分よ、ふふ。何でかしら、ちょっと懐かしい気分だわ」
「むぅ……」
このパターンはアレだ。ここで感情のまま食いつくと、あれよあれよと掌の上で転がされて最終的に更に子ども扱いされて終わるやつだ。乗ってはいけない。我慢、我慢……。だいたい何で「姉」なのよ。こういう時って普通は「世話のかかる妹」とかなんじゃないの? まあもちろん? 私の方が圧倒的お姉ちゃんなんだから、問題はないんだけどね、うん。
科学時代の知識がバレたこともあり、わたしは王立図書館に通い始めたあたりから赤には、おおよそ自分のことを話している。気味悪がられるかもなんて心配は、この夢世界の異常性に既に順応している彼女には無用だと思ったし、今後の生活に知識保管庫の情報は必要だ。円滑にコミュニケーションを築けるよう、操血や転生についても赤だけには打ち明けていた。……隠し事なしの友人が欲しいという欲目もあったのは内緒の話である。
打ち明けた当初は彼女も驚いてはいたものの、取り乱したりはせず、新たな知識として吸収していった。本当にその順応性には脱帽したものだが、吸収が良すぎると、今のようにそれをネタにイジられることが多々あるから厄介だ。
「……」
「……」
……なによ、この間。
まるでわたしが小さな子のように癇癪起こすのを待っているかのような準備時間に、思わず目が座ってしまう。ジトッと赤を見やると、彼女は「あら」と意外そうな表情を浮かべ、すぐにクスクスと笑い出す。
「安心したわ。銀もちゃんと成長しているのね。てっきり『可愛らしいとか言わないで! わたし、子供じゃないもん!』って言ってくるかと思ったのに」
「…………ぐぬぬ」
わたしの歯ぎしりを歯牙にもかけず、赤は中から持ってきたのであろう――一冊の本を脇から取り出し、これ見よがしに両手で持って掲げてくる。
「ね、これ、なんだと思う?」
「…………本でしょ?」
彼女が持つ革表紙の本はやけに古めかしく、表には6枚の羽が生えた女性のようなモチーフが描かれていた。知識保管庫から持ち運ばれる本は基本、無地の簡素な表紙ばかりだったが、これはどうも違うようだ。
「違うわ、内容よ。この本に書かれている内容は何だと思うって話よ」
「急になんなの?」
「銀があまりにもウダウダしてるもんだから、発破かけるために持ってきた本よ。きっと内容を聞けば、貴女もやる気100%になるわ」
「…………う、胡散臭いね」
「信じていないわね……。いいわ、だったら私セレクトの一文を紹介してあげるわ」
「もう、一体なんなの……?」
街を造れだの、本の内容を当ててみろだの。赤が何を求めているのかが朧気で、雲を掴むような感覚に陥ってしまう。
彼女はペラペラと本のページをめくり、とある場所でその指を止めた。
そして、すぅ……と息を吸ってそこに綴られてある文字を音読し始めた。
「――おっと悪事はそこまでよッ! このわたしが来た時点でアナタの命運は原子分解したも同然! この操血のセラフィエルが神に変わって断罪するッ! 覚悟しなさいッ! …………プッ」
ぴょっ!?
一瞬、目を見開きすぎて、2つの眼球が飛び出たような幻覚を見た。
どこかで聞いたようなフレーズ。
当時大好きだったアニメに影響され、不治の病全快の痛々しい台詞を臆面もなく吐き出す女がいた。彼女は自身の中に潜む力――血を操る能力のことを理解した時、漫画やアニメに出てくるような主人公になれるんじゃないかと夢を見たそうだ。
悪を断罪するヒーロー物語。
弱きを助け、強きを挫く――王道の主人公に。
闇社会の中を暗躍する――法では裁けない真の悪人を、自分にしかない能力で裁く。初めは緊張と自信の無さから積極的に行動できなかった彼女も、肩透かしのように悪を打ちのめしていく回数を増していくにつれて、助長していくことになる。
気付けば、中学二年生ぐらいの年齢の子が発症すると言われている病気に罹患してしまい、恥も忍ばず痛い発言を繰り返す始末。
酔っていた。彼女は弱者を救う自分に酔っていたのだ。そしてその末、調子に乗りすぎた彼女は徐々に警戒心というものが薄れていき、見事に敵の策に嵌ってその命を散らしたのだ。
――――そして、それはかつてのわたしだった。
「な、なななななッ、なに読み上げちゃってんのォォォォーーーッ!?」
大声をあげるわたしとは対照的に、赤は笑いを堪えるようにして口元を押さえた。
「あまりにも貴女とは乖離した人物像だったから、何かの冗談かと思っていたのだけれど……その狼狽っぷりを見るに、これ――本当に貴女のことだったのね」
「返してッ!」
「嫌よ、この本は私が見つけてきたんだもの。私のものよ。一通り目は通したけど、今度は貴女がこの台詞を放っている光景を想像しながら二週目を回らせてもらうわ」
「見たのッ!? 全部見たのッ!?」
絶望がわたしの心を締め付ける。
科学世界――「わたし」が「わたし」として最初に命を授かった世界。
数多くの「初めて」を経験し、わたしという人格の骨子を形成した世界。思い入れも深く、今でも「何が食べたい?」と聞かれれば、この時代に口にした食事が頭に浮かぶことだろう。
けれどもその全てが煌びやかな記憶ばかりではない。
赤が口にした台詞は、まさにその一端。闇に葬り去りたい黒歴史の序曲である。
わたしが自制の利く人間であれば、30代半ばの若さで無様に死を迎えることもなかった。ただただ精神が未熟で、自分が世界を切り拓くのだと調子に乗った結果、油断しているところを闇社会の連中の罠に嵌められ、脳天に銃弾を受け、命を落としたのだ。
そして転生した後、猛省した。そりゃそうだ。転生したからこそ操血の真の能力を知ることができたものの、それが無かったら、あの時にわたしの人生はあっけなく終わっていたのだから。
今度は決して調子に乗らず、石橋を叩いて人生を歩もうと。そしてこの黒歴史は胸の奥底にしまい込んで、忘れてしまおうと。これからはクールキャラで行こうと。そうして170年もの歳月をかけて黒歴史に蓋をしたはずだったのに……!
「まだ色々と恥ずかしい発言の数々が記されているけど、読み上げる?」
「やめてッ! 後生だから、お願い!」
「街を造る気になった?」
「なったなった! だからソレ、返して! ねっ?」
「だからこれは私のものだって。ちゃんと銀には見つけられないよう、家の隠し部屋に保管しておくね」
「酷いッ!」
いっそのことログハウスごと吹き飛ばしてやろうかと思ったが、それをやると本気で赤が落ち込みそうなので無理だ。
「そんなに嫌がらなくても、どうせ私は貴女の中だけにしかいないんだから、誰にも言わないわよ」
「わたしの中の『誰にも』には貴女のことも含まれてんのよっ!」
「まあまあ」
「もうっ、もうっ! いいから返しなさいッ!」
わたしは<身体強化>を使った時の感覚のつもりで赤にとびかかる。狙いは当然、彼女が手に持つ赤い革表紙の黒歴史本だ。アレは存在そのものを抹消せねばならない。
一瞬で間合いを詰め、指先が本の角に触れようか触れまいかというタイミングで――本ごと赤の姿が忽然と消える。
「えっ!?」
「ふふっ、この世界のことは私の方が良く知ってるわ。年季の違いってやつね」
声の方を振り向けば、少し離れた位置に、不敵な笑みを浮かべる赤が腰に手を当てながら立っていた。
「い、いまっ……き、消えなかった?」
「そうね。所謂、瞬間移動ってものかしら」
「そんな……非常識な」
「こんな非常識な世界に身を置いているんだから、そりゃ非常識が常識にもなるわよ。ま、瞬間移動するときの感覚ってちょっと頭が揺さぶられるような気持ち悪さがあるから、私としてはこうして自分の足で立って歩く方が好きだけどね」
そう言って赤はトントンと、足の爪先で黒の世界を叩く。
「当然、コツさえ掴めば銀にも出来ることだと思うけど、仮にできたとして、瞬間移動同士が追いかけっこしても徒労で終わるだけだと思わない?」
「……うぐ」
「もう、そんなにこの本が嫌なの? 面白いのに」
「ええ、今すぐ灰にしてあげたいわ」
「そう……ま、私も貴女と喧嘩したいわけじゃないからね。そうね……だったら、家一軒。それをこの世界に創造できたら、この本を銀にあげてもいいわ」
「本当!?」
「ええ」
この口約束は嘘か誠か。ニッコリ笑う赤からは読み取れないけど、彼女がわたしと喧嘩したくないっていう言葉は本心だと思う。わたしだって彼女と仲違いなんてしたくないしね。
なんだか口車に載せられた気がするけど、確かにあの本が切っ掛けでやる気は湧いてきた。
家一軒、ね。
特に指定はなかったから、小さな一軒家程度のものでも構わないのだろう。
「さっさと家でも街でも造って、黒歴史を今度こそ葬らせていただくわ!」
右手を左手首に添わせ――、わたしは高揚した気持ちのまま創造すべく家の姿をイメージするために、そっと両目を閉じた。