57 夢想の中の声
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ふと、目を開けば――わたしにとっては馴染み深い、漆黒の闇の中に佇んでいた。
「ここは……夢の世界?」
いつもより静寂が増して感じるのは、近くに赤の建てたログハウスが無いせいか、それとも360度構わず流れている赤い奔流――わたしの血の流れが見られないせいか。
前後縦横、何もかもが黒塗りの世界。虚無の世界がどこまでも続いていた。
思わず平衡感覚を失い、がくりと膝が折れてしまいそうになる。
「……赤は、どこ?」
普段ならば、この世界に入り込めた際は、決まって赤のいる場所近くだった。それは「そういうもの」なのか「わたしが望んだから」なのか分からないけど、今まで例外は無かったのだ。
しかし今は違う。
同じ「夢の世界」だというのは感覚で理解できるのに、何かが違う。
この感覚のズレは一体何なのか。まるでわたしが「招き入れられた」みたいな知覚に思わず二の腕を擦ってしまった。
「ここは……どこ、なの?」
『どこって、どこでもない――貴女の世界だよ』
答えを求めない独り言に近い言葉だったが、まさか回答が返ってくると思っていなかったので、わたしは驚いて慌てて周囲を警戒した。けれども、何処も闇、闇、闇……何者もわたしの目に捉えられる影は無かった。
声の主は少なくとも赤ではない。そう分かるほど声の質が異なっていた。まるで無邪気で明るい女の子――そんな印象を受ける声だけど、その起源はまるで見通せないほどの闇を内包している。なぜだかそんな印象が頭の中に流れ込んできた。……気味の悪い感じ。正直、一秒でも早くこの空間を抜け出したい気持ちが湧き出てくる。
「――……誰?」
『だれ? 誰とは失礼だなぁ……私と貴女はずっと一緒だったじゃない』
「知らないわ。声も……少なくともわたしの記憶に残るような人物のものではないと思うのだけれど」
『ふふっ……私は良く知っているよ。それこそ、貴女が世良愛畝という名前だった時からね』
「――――ッ!?」
息を飲む。
今、なんて言ったの?
世良……愛畝、ですって? そんな馬鹿な……その名を知っている人間はごく一部だ。いたとしても200年前の世界での話だ。当時、わたしの周りにいた人間がまだ生きているとは思えない。少なくともあの世界――わたしという存在が産まれた最初の世界に不老不死の術なんて無かったはずだ。
それに何より、今のわたしの姿を見て、誰が世良愛畝を連想するだろうか。確かに遺伝子異常で日本人でありながら、銀髪にスカイブルーの瞳というのは特徴的だけど、だからといってそれだけでわたしと紐づけするには無理がある。
冷静に……取捨選択して結論を出せば――最も可能性が高いのは、この声の主が言う通り「生まれた時から一緒にいた」という結論だ。
馬鹿げているけど……その答えが一番しっくり来る。
「…………」
駄目だ、あまりにも衝撃的な言葉の所為で、上手く言葉が出てこない。
『あら、もしかして怯えちゃったのかな? ふふ、子猫みたいで可愛い可愛い。撫でてあげようかな。貴女、撫でられるの好きだもんね』
「……ッ、舐めないでもらえますか。こう見えて、長く生きているんです。この程度の状況で怯むほど軟な人生を送ってきたつもりは毛頭ありませんので。それより貴女こそ、いつまでも隠れていないで姿を見せたらどうですか?」
わたしの言葉も声は笑う、嗤う。くすくす、くすくす、とわたしの神経を撫でまわすように。
『ごめんなさい、今は無理なの。貴女が……この世界で手に入れた能力を使いこなすまでは。その真価を理解するまでは、ね』
「能力を……使いこなす?」
この世界で手に入れた……ということは<身体強化>のことを指しているのだろうか。
『今回の戦いで、貴女は僅かだけれども……能力を適切に使ったのよ。おかげで私が眠っていた最奥に別の力場が介入することになって目を覚ますことができた。こうしてお話ができるようになった、ってわけね』
「どういう、こと……?」
言っちゃ悪いけど、操血や魔法は駆使した記憶があるが、<身体強化>に関しては特別な使い方をした記憶が一切ない。いつも通りだ。いつも通り――自身の強化に使ったつもりだ。
それに最奥とは何? 別の力場? 彼女の言葉はあえて理解できないように表現されていて、それが猶更わたしの混乱を増長させてくる。
『ふふ、ふふふ……分からない? 分からないのね。でも、私は意地悪だから。早急に答えを求めるのではなく、悩んで考え抜いて辿り着く幸福こそ愛しいと思うから。だから全部は教えない。ふふ……でも悪魔ではないから、ヒントだけ教えてあげる』
「……ヒント?」
『ええ、そう。そうね……仮に貴女が能力を使いこなさなかった場合の結果だけ、教えてあげるわ』
それは……先の戦い。群青法衣との戦いで、その「能力の真価」とやらを使えなかった時の結末、という意味だろうか。
『もし貴女があの者の一撃をそのまま受けていたならば――その左手は切断されていたわ』
「!」
思わず右手で左手首を抑える。
夢の中だというのに、わたしの左手はだらんと力無げに垂れており、その手首には魔法で皮膚を多少は繋げたものの、痛々しい小さな凹凸が連なっていた。
――左手が切断されていた。
その未来はあの瞬間、わたしも覚悟していたことだ。それだけ奴の鏡を使った攻撃は異質であり、強力だったのだ。
結果的に操血の特殊性と強度が勝ったのだと思っていたのだけど……この声の話を信じるならば、それは操血だけでなく<身体強化>の補助もあった、ということなのだろうか。
――確かに<身体強化>には、魔力の貯蔵領域を広げたり、操血を強化したりすることが可能だ。それが無ければ、とうにわたしは魔力欠乏に陥ったり、貧血で倒れたりしていただろうから。
でも声の主はどうも「それだけ」ではない、と暗に示唆している気がする。
どういうこと……、わたしの<身体強化>にはまだ……隠された何かがあるっていうの?
『左手』
「え?」
『随分と痛そうだね。動かないのかな? どうして?』
「どうしてって……見れば分かるでしょ」
『ふふ、ふふふ……ここは貴女の内包世界。望めば巨万が降り注ぐし、成長した姿にもなれる。そんな怪我程度、一瞬で治せるはずだよ』
「……夢の中では、でしょう」
『夢の中。ふふ、そうだね。そう思い込んでいるから、いつまで経ってもこの世界は真っ黒のままなんだね』
「――……え?」
「ふふふ……あの子は上手くやってるっていうのに、貴女は頑固にも受け入れないままなんだね」
あの子? もしかして……赤のこと?
そしてこの口ぶり……彼女はこの夢の世界が何なのか、その概念を知っている――?
この世界に転生し、<身体強化>という新たな力を得て、赤という少女と邂逅し、望めば何でも創造できる夢の世界と巡り会った。知識保管庫だってそうだ。いずれも今まで3つの世界を渡った中で手にしなかった新たなものだ。
世界が変わるなら分かる。転生したのだから、知識も何も存在しない新たな世界がそこに広がっているのは当然のことだ。
でも、この変化はわたしの中で起こったこと。今まで三度の人生を経ても欠片すら感じなかった力が何故、今生ではこうして眼前に広がったのか。
その答えを――この声の主は知っている、気がする。
「教えて。この世界は何なの……? わたしの中で何が起こっているの!?」
『ふふ、ふふふ……』
「笑ってないで、答えなさいよ!」
『…………貴女が能力を理解し、真価を発揮したときに自ずと分かることだよ。――あぁ、今の未熟な貴女ではこの辺りが限界のようね。私はまた眠りにつかざるを得ないみたい。願わくば、また……私を呼び起こせるほどの力の発露を見出して欲しいものね』
「ま、待って!」
『それじゃあね――セラフィエル』
わたしの名を――いや、同じ名前だけどまるで別の誰かを見ているかのような違和感を孕んだ言葉を残し、声の主の気配が霧散していった。
同時に目が覚める時と同様に、漆黒の世界がひび割れていく。
「なんなの……一体、なんなのよッ!」
突然現れたと思えば、人を混乱させるだけさせて、時間が来たからと消えていく。
謎だけをたらふく残された身としては、たまったものじゃない。
わたしはこめかみに指を当てがい、目を閉じて大きくため息をついた。
――というか、わたし、いつ眠ったんだっけ? あれ、そういえば群青法衣をたたっ切って、その場で仰向けに倒れ込んで……あぁ~、もしかして気を失っちゃったんだろうか。法衣の生死確実日に確認する前に気を失ってしまうとは……それだけ今のわたしにとって、あの戦いは心も身体も疲れ果てるものだったのだろう。
こうして暢気に夢の中で思考できているぐらいなのだから、現実世界のわたしも無事なのだろう。返せばそれは群青法衣を無事仕留められたということ。そのことに肩の荷が下りたわたしはひび割れた世界を見送りながら、目が覚めたらどう行動しようかと思考を巡らせる。
バラバラと世界の断片が硝子のように砕け散っていき、わたしは意識が浮上していく感覚に身を任せながら、目を閉じた。
――そして、
「銀、ちょっと銀!?」
「――へ?」
目を開ければ、またしても漆黒の世界の中。見慣れたログハウスの玄関口。わたしは赤の膝の上で横たわっていたらしく、彼女にしては珍しい心配げな表情が開眼一番に飛び込んできた。
夢から覚めたら、また夢の中って、わたしの夢は一体何段重ねになってるのよ!?