56 領主館の惨事【視点:プラティス】
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タークと別れた後、さっそく俺は領主館へと足を向けた。
遠くで断続的に崩落音が鳴り響く中、さすがに異常を察した領民たちは日も変わる時間帯にもかかわらず、各々不安を胸中に秘めながら活動を始めたようだ。
それに伴って駐屯所で達磨と化していた衛兵たちも、街の雰囲気と命令の狭間に耐え切れなくなったのか、領主館に使いを出して、新しい命令をもらうよう動いていた。
と同時に、領民は領民で不安から先走った行動が目立ち、衛兵の使いと混ざるようにして領主館に苦情なり、対応を求めようと集まりだしたようだ。
いかに慎重で冷静な人間であっても、尻に火をつけられれば慌てるのが人の心というもの。俺はこれ幸いと、近くの茂みに身を潜め、領主であるキケラ子爵がどういう対応をするのかと耳を傾けていた。
しかし館から出てきたのは、キケラ子爵の子飼いである執事と何人かの護衛のみ。子爵の姿は見当たらなかった。執事は「今、対策を検討中ですのでしばらくお待ちください」の繰り返しで、全く衛兵や領民の声に耳を貸さなかった。
――明らかな時間稼ぎだ。
そう判断した俺は裏手の雨どいに上り、二階の窓を外してそこから領主館へと忍び込んだ。どの時間帯にどの部屋が無人である可能性が高いかはあらかじめ調べ通している。加えて調査の過程で、こうしていつでも窓を外せるよう、ナイフで蝶番を削ってきた成果が、こういう時に役立つってわけだ。
部屋は予想通り無人だったが、想定外だったのは、部屋のすぐ外で話し声が聞こえたことだった。扉を僅かに開けて廊下を覗いてみれば、すぐ斜め向かいの部屋から声が漏れていることに気付く。
扉開けっ放しで会話をするなんざ不用心だな。キケラ子爵は慎重な人間だと評していた上に、今まで尻尾の「し」の字すら掴めてなかった俺の手腕が疑われそうな状況だ。
俺はこっそり空き部屋から抜け出し、より鮮明に声が届く距離まで近づく。
この声は――キケラ子爵と…………誰だ?
眉をひそめながら気配を消し、会話を盗み聞きすりゃ、とんでもねぇ発言のお祭り騒ぎときたもんだ。
おいおい、金で何とかなる人間のリストなんざ用意していたのかよ、この糞野郎は。そしてそうなるよう仕向ける言葉を吐いているのは、そんな糞野郎以上に反吐が出る大糞野郎だ。
キケラ子爵は大分焦燥に駆られているのか、彼にしては似つかわしくない縋るような声を続けていた。時折怯えつつも頼るような声色は、施政者に有るまじき乞食の所業のようだ。
――落ちたな、子爵。今のテメエはそこらの盗賊よりも性質が悪ィ最低の屑だぜ……。そして……悪い予感は総当たりのようだな。子爵が話している相手――その先は、樹状組織か?
なんでも怪しいものを樹状組織と決めつけるのは早計だが、仮にもこの街を管理するキケラ子爵が頭を下げて乞う相手だ。そこらの賊程度が黒幕とは考えにくい。もちろん第三者勢力の可能性もあるが、さすがに王室付調査室が把握しておらず、かつ規模の大きい組織が水面下にまだ隠れているとは考えにくい。
――もう少し決定的なボロを出してくれりゃ楽なんだけどな。
そんなことを考えていると、突如、館を揺るがす轟音が響き渡り、廊下の先――窓側に大きな穴が開いて、粉塵が舞っているのが見えた。
俺は焦らず迅速に、侵入した空き部屋へと戻り、扉を僅かに開けたまま耳を澄ませた。
どうやらキケラ子爵が助けを請う相手の仲間が常識破りな方法で屋敷に侵入してきたようだ。
会話の内容は途切れ途切れだったが、ドゥゾーラと呼ばれる男が先ほどまでの冷静さを欠いて、声を荒げている様子は確かなようだった。
できれば奴らの姿を見たいが、相手は全員廊下に出てしまっている。いくら闇夜の助けがあるとはいえ、一方通行で見晴らしのいい廊下に出るのは自殺行為に等しい。
キメラ、イチゴウ、ヨンゴウ――聞きなれない単語が飛び交う。
俺に聞き覚えが無いということは、それだけ重要なキーワードであることを指し示す。シメシメと俺は脳内に会話の節々を記憶していきながら、それとは別に思考を続けた。
どうやらイチゴウ、というのはドゥゾーラという男の仲間の名、らしい。いや、言葉遣いの感じだと、仲間というよりドゥゾーラが上役で、イチゴウが部下ってとこか。
そして同じ部下と思われるヨンゴウは敗れた、と。おそらくタークとやりあったか何か、あったんだろう。アイツの能力は一対一じゃエゲつねぇからな。で、その事態に焦ってイチゴウとやらが報告に戻り、ドゥゾーラも驚愕しているって筋書きか?
それにしても相当驚いているな。そんなにヨンゴウとやらは強さに自信がある奴だったのか?
「あ、あの……ドゥゾーラ様、その……先ほどのお話の件なのですが」
焦燥に満ちた会話の中に、空気を読まずにキケラ子爵が言葉を差し込みだした。
おいおい、と心中で突っ込んでいると、不意に重たい何かが床を転がる音がした。次いで、ドスンと倒れ込む音も。
「…………」
一滴の汗を頬に流しながら、俺は何が起きたのか察した。
気配が一つ消えた。
それはあの三者の中で最も戦闘慣れしておらず、気配が大きかった――キケラ子爵のものだ。
アイツら、容赦なく殺しやがった。
共闘関係も、利害関係も関係なく、ただイラついたってだけであっさり殺りやがった。
そうして見えてくるのは、キケラ子爵は奴らにとって仲間でも何でもなく――いつ切り離しても良い、勝手のいい手駒程度の存在だったってことだ。
――とんでもねぇ現場に居合わせちまったな。
おそらく首を刎ねたのだろう。最初に転がった音は頭部だと推測できる。
人の首を刎ねる。口にするのは簡単だが、正直、拘束も何もしていない生きている人間を、有無を言わさず一瞬にして首を落とすには、かなりの筋力とバネ、剣速、正確性が求められる。ただ剣を振っただけで首は落とせないのだ。それに筋肉や骨に刃が衝突し、そこで勢いが削がれれば、自ずと対象は重心を背後に傾けてしまうため、切り口は中途半端になり、殺すことはできても刎ねることはできない。
つまり、咄嗟であってもそれだけのことを実現してしまうほどの実力者だということだ。あの二人のどちらかは……!
俺は息を潜め、奴らが廊下を歩いて去っていくのを待った。
奴らの足取りを追いたいところだが、万が一、バレたら俺は一瞬にして殺されるだろう。今、この頭の中にしまい込んだ情報と共に。
諜報を任された身として、情報を取りこぼすことだけはしてはならない。
そう自分に言い聞かせ、俺は奴らの気配が完全に消えるまで、空き部屋の扉の前で硬直していた。
――やがて、十分以上が経過し、近くに気配を感じなくなって漸く、俺は床に尻をつけて大きく息を吐いた。
「くはぁー……やっべぇな、ありゃ。糞おっかねぇ連中だ。……だが、情報は予想以上に手に入ったぞ。タークの分も含めりゃ、大した量になりそうだ。それに……ヨンゴウとやらも敗北したってことは、その亡骸が転がってるはずだ。その回収もしとかねぇとな。口無しとは言え、物言わぬ情報の塊に違ぇねえからな」
俺はよっと腰を上げ、扉を開けて廊下に出た。
暗い廊下には、やはりかと言うべきか、首の無い死体と、壁際まで転がったキケラ子爵の頭部があった。
切り離された頭部を見下ろせば、自分に何が起こったのかすら気付いていない表情のままの子爵がいた。
「ケッ……自分の街の領民をふるいにかけようだなんて糞みてぇな悪事に手をかけようとした人間が、最期は死すら実感せずに楽に逝けるたぁ……納得がいかねえ話だぜ」
下が騒がしくなってきた。
そろそろ執事たちでは領民たちを止めるのが難しくなってくる頃合いだろう。
「どうやって拝借するか悩みどころだったんだが――」
俺は頭を失った子爵の胴体、そのポケットをまさぐり、内胸から鍵束を抜き出した。
「アンタの口を割らせることは叶わなくなったが、その代わり、色々と溜め込んでいる秘密は物色できそうだな?」
この屋敷で俺が不可侵の領域として認識しているのは、キケラ子爵の書斎だ。あそこだけは窓や通気口が無く、入り口もキケラ子爵の自室を通過しなくては入れない部屋だったため、今まで足を踏み入れることすらできなかった場所だった。それが今、この瞬間だけは自由に出入りできるというわけだ。
「騒ぎが大きくなる前に可能な限り、調べさせてもらうぜ」
グラベルンはしばらく領主が謎の死を遂げたことにより、混乱に見舞われるだろう。早急に情報を取りまとめ、レジストン様に報告し、王都から代役となる貴族を送り込んでもらう必要がありそうだ。その際にキケラ子爵の悪事を公表し、関係者全員を更迭もしくは処刑する流れになるだろう。
その決め手となる情報をこれから俺は探りに行く。
「やれやれ、やっと掴んだ尻尾がこんな漁夫の利みてぇなモンになっちまうとはな。俺って諜報、向いてねぇんかね。イヤになるよ、まったく」
くるりと鍵を指先で遊んだあと、手のひらに収め――俺はキケラ子爵の死体に背を向けて、目的の書斎へと向かった。
次回はセラフィエル視点に戻ります!