53 グラベルンの死闘 その11【視点:縁の下のタクロウ】
たくさんのブックマーク、ありがとうございました!(*´▽`*)
そして更新が遅くなり、申し訳ございません( ;∀;)
そろそろ戦闘パートも明けるかと思いますので、今しばしグラベルンでの戦いにお付き合いいただけますと幸いです~(>_<)
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます♪
間合い、というものは手にする武器の種類や形状、その尺によって細かく変化していくものだ。
長物を得物とする相手ならば、相手が大振りになった隙をついて距離を詰めるのが正道だが、槍の場合は「振る」というよりも「突く」という挙動が主軸となる。
いわゆる刺突武器だ。
つまり大振りはなく、逆に刺突時に大きく前傾姿勢になることが多い。そこから槍を引き戻し、再び突くまでの時間は担い手の筋力次第というわけだが、いかなる達人でも1秒程度の隙はどうしても生じるものだ。
その隙に滑り込むように踏み込み、懐に刃を突き刺す。接近戦において小回りが利かない槍は柄で防ぐなどの防御姿勢に移るしかなく、反撃される心配がなくなるその距離で一気に攻勢を傾ける。それが某の中にある槍兵との勝利への導線であった。
しかし――この相手に、それは通用しない。
質量そのものは変わらずとも、縦横比から硬度まで。
その全てを自在に手繰る能力を持っているのか、奴の武器は七変化と言っても良いほど姿かたちを変える。それも攻撃の動作の中で、である。
「っ」
まただ。
奴の槍の距離が伸びる。間合いは変わらず大きく離れているというのに、その距離を埋めるのは本人ではなく、槍自身である。
某の視線と平行に槍を放つため、切っ先との距離感が掴みづらいが、そういう時は自分の中の「槍が刺さる」と感じた瞬間よりも早く行動することが必要だ。某は自身の想像の刹那先に行動を開始し、その思惑は正しかったと言わんばかりに、予想以上に鋭く突かれた槍の矛が頬横を掠めていった。
薄皮一枚とはいえ――躱した。
となれば、ここで攻め入るのが定石。
しかし法衣は槍を引き戻すのではなく、槍自身の長さを短くすることで、腕を引くという所作を割愛し、即座に追撃に移った。
「チィ!」
奴は槍を突くのではなく、槍を伸ばすのだ。
ゆえに常に尺が固定された槍と違い、素早い連撃を可能とする――本当に厄介な槍使いだ。
いや、もうアレを槍と考えるのは止そう。名は無いが、そういう武器と思って、こちらも対策を立て直せば良い。
某は襲い来る追撃を躱し、最後の槍の一撃を剣先で弾き、法衣から距離を大きくとった。
「フン、ドウシタ? サッキマデノ達者ダッタ口ガ、随分ト静カニナッタジャナイカ」
「…………」
パチ、とすぐ近くで燃え盛る篝火の炎が、炭化した木片を崩す音が響く。
まだ建物にまで完全に燃え移ってはいないが、この炎も早く何とかせねばなるまい。
――使うか。
恩恵能力<対価還元>を。
某は法衣の動向に注意を払いつつ、足先の向きを変え、篝火の小さな火種からメリアの油という助燃剤を得て肥大化した炎に近づいていく。
「……」
法衣は様子を見ているのだろう。
こちらに対して警戒こそ続けるものの、攻撃はしてこなかった。
某は長剣を左手に持ち替え、法衣が妙な動きをしないか横目で注意しつつ、右手の掌を炎に向けて近づけていく。
「……何ノ、ツモリダ?」
「なに、少しばかり暖を取りたくなっただけだ」
いい加減な返答をしつつ、掌に感じる熱に思わず眉を歪める。不規則に揺らめく炎の一部が掌に触れた瞬間――熱による痛みと共に、某の中でその「熱量」が「別の力」に変換されていくのを感じる。
恩恵能力<対価還元>――使い勝手が良いとは言い切れない能力だが、時と場合によっては<身体強化>で強化された者ですら防ぐことが敵わない一撃を繰り出すことが可能な補助能力にもなりうる。
多少、自分を毀傷しなくてはならないという問題はあるものの、それを補って余りある恩恵がこの能力にはある。
「――――ムッ」
不意に、世界が暗くなる。
――否、ここら一帯を明るく照らしていた……倒れていた篝火の炎が消えたのだ。
水による消火ではなく、まるでその存在がまるごと消失したかのような――なんの前触れも感じさせぬ突然の現象。これを目の前で見ていた法衣が思わず身構えるのも無理はないだろう。
炎が生じさせていた熱量は、某の<対価還元>を通じて、別の力へと変換され、その対価は――左手に持つ剣の刀身へと還元されていく。
刀身は月明かりを照らしていた銀色から鈍色へと変化したと思えば、次の瞬間、紅蓮の火花を散らせ始める。まるで剣の命を削り取っていくかのように刃は虫食いのように欠けていき、欠けた鉄は赤い火の粉となって宙を舞っていく。
質量は関係なく、純然たる力の総量。その総量を一点に凝縮し、別の力へと変換する能力。それが<対価還元>である。つまり現状と言えば、左手に持つ剣の刀身に、炎全体が持ちうるであろう力の全てが凝縮し、上積みされている状態――というわけだ。
変換可能な力の種類は限られており、さらに一度使えば発動後待機時間は数時間かかってしまう。隠密を得意とする我が身においては、真逆を行く――まさに短期特攻型の能力と言えよう。だがそれゆえに、こうして敵と真っ向からぶつかり合わざるを得ない事態に陥った時、この力は真価を発揮する。
「ソレガ……貴様ノ、恩恵能力、カ……!」
「その通り。消火もでき、貴様も討てる……まさに一石二鳥というわけだな」
こうしている間にも、還元された力は刀身の内部で荒れ狂い、常にその刃を削っている。おそらく打ち合って、二合……いや三合持てばいいところか。放っておいても、ものの1分程度で刀身は喰われて消えることだろう。
地面を蹴る。短兵急に攻め入らねば、戦う術を失くすのはこちらの方だ。
某の能力に注意が傾いていた法衣は、接近に僅かに反応が遅れた。
その一瞬が――命取り、だッ!
紅い剣線が闇夜を切り裂く。膨大な力を蓄積した刀身は炎の軌跡を宙に残すかのように煌めき、咄嗟に槍の柄で防御態勢を取った法衣へと、袈裟斬りに襲い掛かる。
「…………ッ!?」
「――――」
カッ、と槍と剣が接触した部分から白光が広がり、一瞬の間のうちに再び夜の帳が戻ってくる。
交差する剣と槍は、競り合いすら生じずにお互いの存在を通り過ぎた。
剣を振り抜いた体勢のままの某と、槍を横に向けて防御をしたままの法衣。
どちらが双方の拮抗を破り、打ち勝ったのか――。
やがてその答えは、何かがひび割れた音によってもたらされた。
某の剣の刀身が炭化し、黒ずんだ状態のまま崩れ去り、ボロボロと街道の上に鈍い音を立てながら落下していった。残ったのは手の中に納まった柄とガードの部分のみ。なんとも寂しい抜け殻のような状態となっていた。
「ク…………クク、ソウ、カ。ソノ、能力……エネルギーヲ、転換シ、己ガ物ニスルコトガ、可能ナノカ……」
「その通りだ。そして――それを理解されてしまっては、逃げの一手を打たれる可能性もあるからな。速攻で勝負を終わらせてもらった」
「…………グ、ヌ」
「さて」
某はゆったりと頭を上げ、刀身を失ったガードの淵を指でなぞりながら、未だ固まったままの姿勢の法衣に投げかけた。
「我が力をその身で受けた感触は――如何だったかな?」
パキィン、と乾いた音が鳴り響き、法衣の持つ槍が中心から真っ二つに折れる。
そして、その延長線上に斬撃の痕が浮かび上がり、法衣の左肩から右大腿にかけて紅蓮の光が浮かび上がっていった。
「グヌォォォォォォォッ!?」
法衣が今までに放ったことの無い叫びを放つ。左肩から徐々に法衣が焼き切れ、老木のような肢体が露わになったかと思えば、そこには縦一閃に溝が走っており、その溝の奥からバチバチと火花が溢れ出て爆発に近い炎が上空に向かって噴き出してきた。
「グギッ、ゴッ……オオォォォッ!」
ガクンと右膝を地に着け、轟々と燃え盛る左肩を抑えるも、断面の内側から噴出する炎は止まない。
「剣と引き換えの一撃だったが……悪くない威力だったな」
本当は生け捕りが望ましかった。
しかし下手に力加減を誤り、奴に反撃できる余力を残した場合――武器を喪った某が、手負いの法衣を相手にどこまで戦えるかは読めるものではない。<対価還元>は諸刃の剣。膨大な火力を他のエネルギーから得ることを可能とするが、その逆、対価に対する代償は大体が「武器の損失」という形で現れる。
<対価還元>を使った時点で、一撃で葬る、という攻撃手法しか取れないというわけだ。
――願わくば、瀕死で戦えない状態に陥れ、その上で樹状組織について吐かせられればいいのだが、そんな都合のいい話は無――――。
そこで某は目を瞠った。
街道の地面が隆起し、固い土の下から柔らかい土が蠢いている。柔らかい土は法衣の足元から虫のように上体へと這いずり登り、大きく裂けた左上体の傷を埋め立てるかのように覆い被さっていく。
「なっ……!?」
「グガ……オ、ノレ……、ヨモヤ、ココマデ……傷ヲ、負ワサレル、トハ……ッ、思ワナカッタ、ゾ……」
法衣は既にボロボロに焦げており、月の下に隠されていたヴェールが明らかになった。
人間ではない。それが第一印象だった。
老齢の細木の表面のように、風紋が幾重にも重なったかのようにしわがれていた。体表は黒ずみ、もはやそれは人として生きていることがおかしなほどの異様さを醸し出している。そして最も異様なのは……体の幾つかの個所――右脇と腹部に「人の顔」を模ったような腫瘤があった。
思わず息を呑む。
――コイツは一体……何なのだ。
異常だ。人でも亜人でも精霊種でも八王獣でも無い――異様な「何か」だ。
そして異常は異常を重ね、奴の足元からせり上がった土が傷口を塞ぎ、炎すらも押し込めた。体内で荒れ狂う力の奔流を強引に押さえつけているのか、痙攣したかのように細動を繰り返し、しかしさらに上乗せしてその量を増す土に押さえつけられていく。
馬鹿な……たかが土で押さえつけたところで、切り裂いた傷口に溶け込んだ<対価還元>のエネルギーが体内で暴れているはずだ。出口を抑えつけてしまえば、力は滞留し、膨張していくはずだ。このまま行けば……全身が弾け飛ぶぞ!?
「…………グゥ、ハァ……」
――と、法衣の背部、土で覆われた一部に穴が開き、そこから膨大な量の炎が放出されていった。穴を塞ぐだけでは危険だと気づいたのだろう。奴は力の抜け道を一か所だけ作り、そこから<対価還元>による力を放出し始めた。
「っ!?」
某としたことが、何を呆然としているのだ!?
踵を浮かせ、すぐに徒手空拳による攻撃を法衣に与えようと、肉薄する。
しかし、その攻撃は街道から法衣を囲むようにして隆起した土壁によって阻まれた。
「くっ……、槍だけではないのかっ……!」
そんな当たり前のことを口にしてしまうほど、焦っているのか……某はっ!
つい今しがた、奴が足元の土を操り、傷を埋めていた様子を見ていたではないか!
「ク、ククク……随分ト、ヤッテクレタ、デハナイカ……! 殺ス。貴様ハッ、コノ私ガッ……嬲リ殺シニッ――――――――……」
激情に任せた声を上げた法衣に身構えるも、奴は唐突に言葉を切らせ、土壁を挟んでも奴が唖然としている感情が伝わってきた。
なんだ……急にコイツの意識が、某以外に……向いた?
「…………」
法衣はそれ以上、何も言わずに、大地を大きく隆起させた。粘土のようにグネグネと曲がりくねった大量の土は、手負いの法衣を乗せながらこの場を後にしようと動き始める。
一瞬迷ったが、某は追跡の足を止めた。
これ以上、深追いすれば……間違いなく某の方が分が悪い。ここで逃がすのは口惜しいが、得た情報も少なくはない。某では到底何にも結び付かない情報であっても、王都にいるレジストン様を初めとした叡智を持つ方々なら、何かしらの樹状組織への手掛かりに繋がるかもしれない。
ここで死ぬわけには……行かない。情報は持ち帰って初めて意味を持つのだ。
どうやら法衣はセラフィエル様のいるであろう宿の方角とは違う場所へと移動するようだ。
ある程度、蠢く土の床で距離を取った法衣は、途中から飛び降り、屋根を伝って颯爽と消えていった。
「…………」
某は思考を切り替え、すぐにセラフィエル様の元を目指して駆け出した。