52 グラベルンの死闘 その10【視点:縁の下のタクロウ】
更新が遅くなり、申し訳ございませんっ(>_<;)
そしてブックマーク、ご評価いただき、誠にありがとうございます♪(*´▽`*)
いつもお読みくださり、感謝です♪
夜目が利く某の異変が映り込んだのは――家々に明かりが点き始め、深夜のこの時間帯に聞こえてきた轟音に反応し、街道に足を延ばして姿を見せ始めてきた領民たちを回避するために、家屋の屋根伝いに駆けている最中だった。
「っ」
家中の明かりや、街道脇に並ぶ篝火の炎の明かりでは到底起こりえない光量が、少し離れた街道の方に浮かび上がったのだ。
最短距離でセラフィエル様のもとへ向かうつもりの某だったが、衛兵たちが警鐘を未だに鳴らさないこの事態の中ということもあり、思わず足を止め、そちらの方角を凝視した。
光源はさらに明かりを強め、上空へと黒煙を上げ始めていた。
――篝火が倒れて、火災が発生した? いや……それにしては火の勢いが強すぎる。今もなお、火力を強めて範囲を広げている……このままだと周辺の家屋も巻き込んで、大火災になってしまう……!
どう考えても人為的な現象だ。
油を使って火力を高めなくては、あそこまで火の手が早く伸びることはない。であれば、誰かが何かしらの意図を持って行動した結果が、あの炎だ。その意図は……悪意である可能性もあるし――合図である可能性もある。
念のため、衛兵の様子を確認しておくか。どのような指示が下って、衛兵たちが黙り込んでいるかは分からないが、もし火事に対応する姿勢があるのであれば、この件は衛兵に任せるのが最も効率が良い。
グラベルンの地図を頭の中で開き、この場から最も近い衛兵の駐在所が見える位置まで屋根の上を走り、眼下を見下ろす。
「……騒ぎがあったことは気づいているようだが、判断に迷っているようだな」
小さな木造の駐在所の中には、視認できる範囲で2人の衛兵がおり、一人はソワソワした様子で何度も外を見ては中に戻っていくを繰り返している。中で待機している一人も、いつでも外に出られるよう、軽甲冑や長剣の整備をしていた。
この様子から衛兵たちは、あくまでも街の警護のために尽力しようとする姿勢が見えた。おそらく現実と命令の狭間に揺らされている状況なのだろう。そのうち、領民から直接訴えかけられるような事態にまで発展していけば、彼らも動かざるを得ないかもしれないが――それまでは到底待てない。某が直接出向いて説得するのも無しだ。某の身分は秘匿されたもののため、発言の効力は余所者という点も含め、そこらの領民よりも低いものとなるだろうからだ。
「仕方ない」
踵を返し、火災のあった場所へと向かう。
ものの数十秒で現地へと到着し、某は軒先を爪先で蹴り、着地する。
顔を上げれば、すぐに状況が頭の中で組み立てられ、理解に至ることができた。
満身創痍……と言うほどの外傷はないが、間違いなく圧倒的な劣勢の中にいるであろうメリアたち。その中心には怪しく佇む不釣り合いな格好の者が一人。
「なるほどな。街に火を放つなど、言語道断もいいところだが……相手がコイツだったのであれば、気持ちは分からなくもない、か」
「話が早くて助かりますね、衛兵さん」
「誰が衛兵だ。まったく……」
理解はしたが、許容はしていない。某を火に群がる蛾のごとく呼び寄せた放火魔を軽く睨むが、彼女は素知らぬ顔で視線を逸らす。まったく……某を呼ぶために火を放つとは……レジストン様にきちんと報告して、王都に戻り次第、すぐに咎めていただかなくては。
「貴様ハ……」
「樹状組織か……」
互いに互いを認識し、某たちは視線だけで牽制し合う。
しかし何故、樹状組織がこのような強襲を? 今まで我々がいかに捜索の手を伸ばそうと、風のようにその隙間を潜り抜けて姿を見せなかった奴らが……こんなにも簡単に姿を見せるものだろうか。不自然だ……ドロリとした何かが死角で這いずる音だけが聞こえてくるような――嫌な予感がする。
だが同時にこれは絶好の機会でもある。
3年前、ようやくセラフィエル様などの介入があって、法衣という姿を纏う者たちが樹状組織に所属している者だという鍵を手にした。メリアが見たトッティの記憶では「幹部」と称されていたらしいが、その真偽は置いておいても、間違いなく組織の末端ではなく、中枢に近い位置にいる存在であることは間違いない。
――コイツを捕まえることができれば、確実に樹状組織討伐への近道となる。
某の恩恵能力は、戦闘向けとは言え、発動後待機時間もそれなりにかかる。セラフィエル様の安否も気になるため、出来れば使わずして奥の手として残しておきたかったが――――。
闇夜に紛れて迫る「点」を某は左膝を折って、躱す。
背後の壁が間髪置かずに砕ける音がし、チッと舌打ちをしてしまう。気配を探るに、後ろで誰かが巻き込まれた様子はないが、だからといって領民の持ち家が無為に壊されていい理由にはならない。
周囲に然程、破壊跡が無かったため、相手にそれほどの攻撃力はないと判断していたが、それは修正すべき考えだったようだ。
「点」に見えたのは、赤と黒の法衣が切っ先を向けてきた棒状のモノだ。それが猛スピードで伸びていき、某の眉間を貫かんとしたわけだ。
ただそれだけの行為で、背後の壁は瓦礫の山となってしまった。
「メリアたちではどうにもならんわけだな」
恩恵能力の出し惜しみをしていれば、間違いなく某も深手を負う相手と結論を出す。
「そういうことです」
「胸を張って言うな……足らなければ、足す努力をしろ」
「え、胸をですか? こんな恐々とした場で良くそんな破廉恥なこと言えますね。真面目な顔して、実はいつもそんなことを考えていたりするってヤツでしょうか。きゃあっ」
「違うっ! 実力の話だ、実力の! ええぃ、誤解を招くように胸元を覆い隠す仕草は止めろ!」
あらやだ、と両手で胸元を隠し、棒読みの悲鳴を漏らしながら身を捩らせるメリア。
あまりにも意表を突かれた返しだったため、思わず某も場を忘れて声を荒げてしまった……。くっ……こんなことで取り乱してしまうとは、屈辱だ!
おかしくなりかけた空気を、法衣が手に持つ武骨な槍を振るうことによって霧散させる。
今度は振り下ろしの一撃だ。
瞬き一つの間に肉薄するほどの一振りだが、まだ某の目で追い切れる速度だ。小さく地を蹴り、難なく法衣の槍を躱し切る。
堅い石を削って作ったかのような槍に剣と同じような切れ味があるはずもなく、槍はまるで鈍器のように地面に叩きつけられ――――破壊されたのは、街道の地面の方だった。槍の幅を考えれば、先に折れるのは槍の方だと思ったが、セラフィエル様とメリアの報告にあった通り、やはり何かしらの能力によって構築された特殊な槍と見て間違いないようだ。
そして少なくともこの法衣自体……<身体強化>のレベル3相当の身体能力を誇っていると見るべきだ。
手首の関節を鳴らしながら、メリアに声を投げかける。
「――メリア」
「分かってます。セラフィエル様のところへ行け、ですね」
「……あぁ。ヒヨヒヨとマクラーズも連れていけ」
「一応、補足しておきますが……あの法衣。どうやら私たちも狙いの一つのようですよ」
「なに?」
予想外の情報に思わず聞き返す。相手の目的が不透明なのは依然変わりないが、それでも可能性を上げるとすれば――3年前に法衣の一人を追い詰めたセラフィエル様なのでは、と憶測をつけていたため、尚のことメリアたちが含まれているというのは意外だった。
私たちも、か。セラフィエル様が狙いの一つであることはメリアも同意見のようだ。某のいない場で、法衣から何かしらの情報や反応を炙り出したのか? そうであれば、先ほどの崩落音のようなものが宿舎から発せられたもの――という予想は確信に変わったと言える。
メリアたちにどのような価値を見出しているのかは分からないが――セラフィエル様もメリアたちも、樹状組織の好きにさせるつもりは毛頭ない。突然姿を現した理由も含め、コイツからは絞り出せるだけ、情報を絞り出させてもらう。
容易ではなくとも、やらねばならない。
それがヴァルファラン王国を支える王室付調査室の責務であり、レジストン様の部下である某の役割である。
眼光を鋭くさせて法衣を睨めば、奴もヒュンと槍を指先で手繰り、応戦の姿勢を見せた。
その時――――ドォン、と再び崩落音が響き渡る。
今度は断続的な崩落音が続き、言うまでも無くグラベルンの街にも影響を及ぼすほどの破壊が行われたことが窺えた。
「…………っ」
ノンビリしている暇はない。
「行け、メリア!」
「分かったわ」
メリアは返事と共にヒヨヒヨたちに手で合図を送り、この場から離脱する意思を見せた。と同時に、法衣の槍を持つ指先がピクリと動く。
易々と見過ごすような真似はしないということか。だが、しかし――っ!
某は軸足の指先に力を込め、一気に法衣との間合いを詰め、奴が槍を振りかざすよりも前に腰の剣を抜いて垂直に強振する。
鈍い金属音と共に、槍と剣がぶつかり合う。
防御に槍を用いたことで法衣の攻撃手段は塞がれる結果となり、即ちそれはメリアたちが逃げる時間稼ぎにもなった。
「貴様ッ……!」
「悪いが某の太刀筋はメリアたちほど温くはないぞ……!」
遠くなる三人の背中に対し、僅かに苛立ちを含んだ声色に、某は挑発の意図も含めて鼻で笑ってやった。
刃毀れしそうな程のせめぎ合いを続ける剣と槍。
拮抗しているように見えるかもしれないが、使い手の純粋な力勝負という話になれば、残念なことに法衣に分があるらしい。
法衣が力を込めて横にした槍を突き出せば、前傾姿勢で優位だったはずの某の上半身が後方へと押し戻され、そこに僅かな間合いが生まれる。その隙間を埋めるように、右手の指先を器用に動かして繰り出される槍の斬撃が幾重にも線を描いて、この身を八つ裂きにしようと襲い掛かってきた。
「ふっ……!」
余分な体内の空気を吐き出し、某は空を走る斬撃に相対するように刃を繰り出す。
法衣が放った斬撃と同じ回数。その分だけの剣戟音がこの狭い空間に響き渡った。
法衣の斬撃は体重も乗っていないし、指先だけで穂先を繰り出すだけの云わば形だけの斬撃だったはずだ。だというのに、その全てを受けた剣の柄を握る手は痺れ、気を抜けば手汗も手伝って、大きく弾かれる可能性を秘めたものだった。
――強い。
技量と力。双方が高い水準で極められている。おそらく……某が生きた中で最も強い敵に当たるかもしれない。
やれやれ。
本来であれば某は尊敬する「縁の下のゴンザブロウ」のように、表からは居るのかどうかすら分からぬほどの影となり、主を裏から自然を模して支えられる存在を目指しているというのに、これではまるで前線を突っ切る立ち戦士のようではないか。
まあいい。今はまだ夢見る頂へ登る過程に過ぎない。この戦いも某が追い求める英雄の背に並ぶための糧とさせてもらうこととしよう。
柄の上で軽く指先を開閉させ、痺れを解くや否や、某は再び、法衣へと足を踏み出した。