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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
152/228

51 グラベルンの死闘 その9【視点:ヒヨヒヨ】

いくつもブックマークいただき、ありがとうございます(*´▽`*)

おかげさまで令和になった1日に、1200Pt達成することができました♪


GW、自宅でマッタリ執筆できるかと思ったら、予想以上に外出お誘いが多く、かなり投稿が空いてしまいました。申し訳ありませんm( _ _ )m


今回は前回のタクロウ同様、セラフィエルVS肆号が開始したあたりのヒヨヒヨ視点のお話です。

いつもお読み下さり、皆さんありがとうございます!

令和の時代もまた引き続き、宜しくお願い致します~(*'ω'*)

 実力差は歴然だった。


 私たちは3人。相手は一人。だってのに、私たちのあの手この手を尽くした攻勢は、一向に相手に届かない。


 ――能力の差?


 確かに私たちの中で戦闘向けと言える能力を持っているのは、私の亜人能力サブスキルだけだ。他の二人の恩恵能力アビリティは、こと戦うことにおいちゃ……糞ほども役に立たない。


 けれども能力だけの差で力の溝を感じているかと言えば――違う。この場の私たちの間に圧倒的なまでに開いている距離は、能力の差ではなく――純粋に技量の差だ。


「このォ!」


 大人3人は軽く吹っ飛ばせる蠍の尾を横薙ぎに振り払う。しかし法衣は、通り過ぎる尾の体節の一つに左手を添えながら、ひらりと地を蹴って尾を躱した。尾による攻撃が空ぶった私は、思わず左側に重心がれてしまう。


 その回避行動が隙だと判断したマクラーズのオッサンが背後から剣を振り下ろすも、右手に持った細杭のような槍でいなされ、オッサンは「とっとと……!」とバランスを崩し、慌てて地面に手をつけつつ、その場から走って離れていった。


 並みの相手ならば「運動不足すぎじゃね?」なんて軽口を叩けるもんだけど、この場では口という器官は呼吸を整えることに集中せざるを得ない。


「……ふぅ…………はぁ」


 完全に見切られている。その上で半ば遊ばれている。


 あんな動きづらいブカブカの服着こんでる癖に、身のこなしは軽いわ、間合いの測り方は絶妙だわ、馬鹿正直に打ち合いをしてこないわ、と何処の達人だよと声を大にして愚痴りたい。


 ちょっとその辺を見て回って、すぐに宿に帰ってグースカ寝るつもりだったのに、ほんっとに何て夜なんだよ……! 昼間の盗賊程度なら余裕で追い払えるけど、コイツは無理っ! しかも私たちを連れて行くとか不穏なこと言っていたし……に、逃げ切れる気がしない。


「…………」


 私、オッサン、メリアの三人で三角形を描くように、中心の法衣を囲む。


 どんなケースでも数とは暴力だ。格下とはいえ、一人に対して三人で囲めば、当然腕に自信があろうとも警戒の一つでもするってのが、私の見てきた裏社会での常識の一つだ。だけど、その常識はこの法衣には関係ないようで、変わらぬゆったりとした様子に私たちの焦燥だけが加速していく気がした。


 膠着状態……というより、相手に攻める気がそれほど無いことが今の状態を生み出している。


 裏を返せば、相手に攻撃の意図が生まれてしまえば、私たちはあっという間に押されてしまうわけだ。


 この不利な戦況を打開する術があるとすれば――メリアとマクラーズの恩恵能力アビリティ


 瞳を介して相手に干渉する<連記剔出インヴァリオス>と<恐慌演出ビオフローフ>。さっき戦う分野に関しちゃ役に立たないって言ったけど、戦わずして盤上をひっくり返す可能性を秘めた切り札でもある。


 まあでも――、


「…………オッサン、メリア」


 その問いかけだけで私が何を聞かんとしているか通じたようで、二人は明確な意思判断を見せずに、僅かに眉間に皺を寄せた。


 ……どうやら、切り札は不発に終わった、ということらしい。


 何となくそんな嫌な予感はしていたんだ。3年前のあの純白の法衣を纏った液体状の化け物。奴にもオッサンの<恐慌演出ビオフローフ>は不発に終わったからな……。でも、頼みの綱はメリアの<連記剔出インヴァリオス>だったんだけど……彼女が誰の記憶に対して奪おうとしたのかは分からないけど、あの様子だときっと何も盗めなかったのだろう。


 鉄面皮たるメリアも頬に汗を見せつつ動揺を見せまいとしているが、明らかに全身の動きがぎこちなくなった。彼女なりに驚いている証拠だ。


「……」


 っていうかさ……オッサンの<恐慌演出ビオフローフ>の不発はまだ分かる。恐怖を再現する能力は、言うまでもなく「恐怖」という感情、もしくは「恐怖した記憶」が無ければ、再現どころか仕舞ってある引き出しそのものが無いんだから、発動しないのも分かる。


 けれども……メリアの<連記剔出インヴァリオス>は別だ。記憶が存在しない生物なんて、この世に存在するはずがない。それはもはや生物という枠の外……無機物か何かとしか考えられない。でも目の前の法衣は人語を理解し、特徴的な口調だけど明確な意思疎通ができている。


 ――このチグハグな感じ、何なのよ……!


「フン」


 感情の籠らない声に、ハッとした瞬間にはすでにオッサンは吹き飛んでいた。


「ぐぁ!?」


 どうやら法衣が放った蹴りがオッサンの腹部にめり込み、後方へと飛ばされたようだ。オッサンは左手でお腹を押さえながら、何度か咳き込みながら、片膝をついた状態で苦悶の表情を浮かべていた。


「残念ダガ、オ前タチニ、コノ状況ヲドウニカスルちからハ無イ」


「――っ、く!」


 ギィン、と鈍い金属音がしたと同時に、法衣の袖下から伸びた槍が伸び、メリアが咄嗟に短剣の腹を使って受け流す。しかし、そのまま力任せに横に振り切られ、メリアの細腕では耐えきれず、彼女は短く声を上げながらも体を捻って姿勢を低くし、槍の重みから逃げ出す。


「って、ちょ!?」


 目標を失った槍は横に弧を描きながら、私の方に流れていき、私は予想外の攻撃に悲鳴に近い声を上げてしゃがみ込み、なんとか回避に成功する。


「あ、あぁ、危ないじゃない!」


「こっちも余裕がないんだから、仕方ないじゃない!」


 思わず文句を言う私に、思わずいつもの丁寧な口調が綻びるメリア。


「マダマダ、余裕ガ有リソウダナ」


「っ」


 私たちのやり取りを無駄口と判断したのか、法衣は長い裾を翻し、あっという間に私の目前まで距離を詰めてきた。


「わ、わぁっ!」


 反射的に尾を叩きつけるが、尾が街道を叩くころには法衣の姿はなく――――その姿を追いかけるよりも早く、脇腹に鈍い衝撃が走った。


「げふっ!?」


 槍ではなく、オッサンと同様に思いっきり蹴られたようだけど……どんな脚力、してんのよっ!? 浮遊感と共に私は右肩から背中を背後の建物の壁に打ち付け、息が詰まってしまう。


 痛い。


 たった一撃、それも武器ではなく蹴り一つで私の脇腹が消えてしまったかのように、喪失に近い痛みが脳に訴えかけてくる。


 膝が笑い、壁伝いに立ち上がろうとするも、すぐに膝が地につき、態勢が崩れてしまう。


 嘘でしょ……これでも亜人能力サブスキルで強化されているはずなのに……!


「ごほっ、ぅ……っ」


 血こそ出てないが、喉に異物感を感じて咳き込めば、だらしなく涎と胃液がポタポタと地面を濡らした。


 掠れる視線を何とか復旧させようと、瞬きを繰り返し、ようやく焦点が合ったと思って顔を上げれば……すでにメリアが離れた道のど真ん中で、うつ伏せに倒れていた。


 身じろぎをしているので、意識はあるんだろうけど、もう勝敗は決したような状態だ。


 マジか。


 いやもうこれ……どうにもなんなくない?


 さっきまで三人で取り囲んでいた景色が遥か過去のようなことに思えてきた。


「……呆気ナイナ。イヤ……ムシロ、アノ小娘ガ異常ナダケデ、コレガ本来ノ力関係ナノダ。フム、異例ガ先立ツト、ドウニモ物差シガ乱レルカラ困ルナ」


 文字通り私たちのことなんか眼中にない様子で独り言をブツブツと呟く法衣。


 くっそぉ……舐めやがって! と反骨心が芽生えてくるが、意地だけでこの窮地を覆せるかどうかの判断は私にだってきちんとある。尾で力の入らない両足の代わりに体幹のバランスを整え、私は不格好な態勢で起き上がった。


 同時に遠い場所で大きな崩落音のようなものが聞こえた。


 思わず視線を向けると、立ち並ぶ建物の奥で薄っすらと煙が上がっているように見えた。火による煙ではなく、土埃のような煙だ。


 ――あっちは!


 今日一日の私が歩いてきた道順を遡って考えた時、一つの場所が土煙の出ている場所と一致した。


 あそこは……セラやクルルたちが残った宿のあった辺り!?


 まさか……私たちと同様に、襲撃を受けているということなのっ!?


「アチラハ……派手ニ始メタヨウダナ」


「っ!」


 立ち上がった私に対して言葉が向けられ、セラを心配する心に蓋をし、淡々と佇む法衣へと視線を戻した。


「心配ハ無用ダ。イヤ、意味ガ無イト言ウベキカ。未来ハ……肆号よんごうガ出向イタ時点デ、決定シテイル。アノ小娘ハ死ヌ。コレハ覆ラナイ、決定事項ナノダ」


 よんごう……? なにかの符号のような呼び名だけど、誰かを指している言葉だということだけは理解できた。


「ソシテ、オ前タチハ――」


 ザリ、と砂利をこする音を響かせ、静かな夜の街に不気味に浮かぶ法衣は、何事もないかのように告げた。



「自分ノ事ヲ心配スルノダナ。モットモ――コチラモ既ニ、決定シテイルノダガナ。ダガ、祈ルコトハ別ダ。祈リトハ、弱者ニ与エラレタ、救済ナノダカラ。現実カラ目ヲ背ケ、今ハ存在セヌ神ニデモ祈ッテイロ。死ノ淵ノ間際マデ、ドウカ苦シミマセンヨウニ……トナ」



 僅かに風に揺られ、目深く被ったフードの奥から覗かれる、枯れ果てた細い老木のような形相に睨まれ、私は全身に鳥肌が立ってしまった。


 相変わらず自己完結した物言いは、何を言いたいのかサッパリ分からない。けれど間違いなく……こいつらの言い分は身勝手で相手のことなんて歯牙にもかけない物言いだ。――少し前の私たちみたいに。


「っ」


 セラに救われるまで、鬱屈した気持ちを抱え「こうするしかないんだから」と勝手に思い込み、裏家業に手を染めていた自分を思い出し、腹が立ってくる。


「ふっざけんじゃないわよ……アンタたちの、好きにはさせないよ!」


「足掻ク権利ハ、有ル。コチラガ定メタ運命ニ、異論ガアルナラバ、足掻イテ乗リ越エテ見セヨ。仮ニ…………コノ場デ私ヲ倒シタトコロデ、大局ノ前ニハ、無意味ナ事ダガナ」


「大、局……?」


「万ニ一ツモ無い話ダガナ。オ前タチハココデ捕エラレ、醜キ部品ノ一ツトナルノダ。アル意味……終末ヲ、自我ヲ持ッテ迎エ入レルヨリモ、楽カモシレンゾ?」


「アンタ……何を、言って」


 会話の意図は全然分からないけど、視界の端でメリアがゆっくりと上体を起こした姿を確認し、私は会話を引き延ばす方に集中することにした。


「アンタたちは一体……何が目的なのよ」


「オ前ニ説明スル意義ガ無イナ。アト、時間稼ギヲシタイノナラ、モット私ノ興味ヲ惹ク、話術ヲ磨クノダナ」


 そう言い終えるや否や、法衣はくるりと後方を振り返り、今にも投げナイフを投擲しようとしていたメリアの方へと視線を向けた。くそっ、完璧に見透かされていた!


「くっ!」


 仕方なくナイフを三本、投じるメリアだが、当然ながら法衣は一歩下がることで難なくその刃先を躱した。刺さる対象を見失ったナイフたちは、離れた位置の篝火の中に消えていった。


「サテ、ソロソロ……オ前タチノ意識ヲ、断タセテモラウ」


 雲の隙間から浮かぶ雲を後ろに、法衣はまず最もダメージからの立ち直りが遅いオッサンの方に歩き始める。


「オイオイオイ、若ぇ女二人残して、男の俺が真っ先に気ぃ失う展開とか、情けなく映っちまうから勘弁してくれよ!」


 こういう時に冗談を口にするのは、オッサンの癖だ。自分を鼓舞するために吐く戯言だと、いつかの日に教えてくれた気がする。


 ったく、腰に来てんのが見え見えなんだよ、オッサン!


 私は尾節をうねらせ、勢いよく背中を打ち付けた壁に打ち込む。その反動で体は自然と前へと押し出され、笑っていた膝もその流れに乗るように動いてくれた。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 踵を軸に横に一回転しながら、こちらに背を向ける法衣に尾をぶつける。


 しかし、まあ予想通りっちゃ予想通りなんだけど……やっぱり軽く私の尾は躱され、お返しの廻し蹴りが左腕にめり込み、私の視界は夜空や地面などがグルグルと景色を変える。やがて何度か地面に跳ねながら、地面との摩擦でその動きが止まった。


 ちょ、超痛ぇ……泣きそう。


 亜人能力サブスキル使ってなかったら、間違いなく骨までイッてた。


 くそっ……意地だけじゃどうにもならないって分かってんのに、オッサンがどうにかなるって思ったら、勝手に体が動いちまった。


 まずい……もう本当の本当に、どうにもなんない、かも。



 絶望が胸中を過ったその瞬間、闇夜が何かに明るく灯された光に私は目を見開いた。



「…………!?」


「ナニ?」


 法衣にとっても予想外な事態……それは、いつの間にか倒れていた篝火の一つが、その火を消すのではなく、さらに轟々と周囲の物も巻き込んで燃え始めている光景だった。


 ア、アレって……さっき、メリアが投げ込んだナイフが当たった、篝火……!?


「貴様……サッキノナイフニ、油ヲ仕込ンデイタカ」


 私よりも先に答えに行きついた法衣の言葉に、漸く立ち上がったメリアは頬についた髪を払いながら「そんなところですね」といつもの口調で言葉を返す。


「フン……騒ギヲ起コシテ、衛兵デモ呼ブ算段カ?」


 それはいい案! と思うものの、法衣には依然として焦る様子はない。衛兵なんて何人来ようとも相手にならないと思っているのか、それともほかに何か考えがあるのか……。


「そうですね。でも私が呼びたいのは、とびっきりの衛兵ですよ」


「ム?」


 メリアは侍女服のスカートをふわりと靡かせ、太腿の帯につけていた小袋を手に取ると、蓋を外して火力を増しつつある篝火の炎の中にそれを投げ入れた。



 同時に、ゴォ、と炎が荒れ狂うようにその勢力を増していった。



 どうやらあの小袋にはナイフにも塗ったであろう、油が入っていたらしい。


 夜空を橙に染める炎の明かりに、自ずと周辺も騒がしくなってきた。メリアが倒した篝火は家屋からやや離れた街道脇のものだったとはいえ、このまま火が広がれば、付近の家屋にも燃え移る危険性が出てくるだろう。なりふり構っていられない状況とはいえ、一応私たちは今となっては国側の人間だ。余計な被害を出すのはマズイ。消火の算段とかついているんだろうか……ちょっと不安になってきた。


「……あの人の性格ですから、きっと私たちよりも先に宿に向かうんでしょうけど。さすがに街に大きな被害を出しかねない火災に感づけば、放置はできないと向かってくることでしょう」


 ふふふ、と笑うメリア。あ、これ間違いなく、悪女の笑いだ。あぁ~、何となく消火手段と、メリアの言うとびっきりの衛兵が誰なのか、想像がついてしまった。


「――」


 近づいてくる気配を察し、法衣は先ほどまでの舐め切った様子から一転――ご自慢の槍を構えなおし、頭上から飛来してくるナイフを弾き飛ばしていった。


 思わず私たちはナイフの軌道をたどって、その射手のいる方角を見上げた。


 屋根の上に立つ、その人は盛大に息をつくと、頭痛を抑えるかのような口調でメリアを咎めた。



「なるほどな。街に火を放つなど、言語道断もいいところだが……相手がコイツだったのであれば、気持ちは分からなくもない、か」


「話が早くて助かりますね、衛兵さん」


「誰が衛兵だ。まったく……」



 そう言って、屋根上から降り立ったのは、私たちの中ではセラ以外に唯一、コイツと渡り合えそうな人間――タークであった。




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