50 グラベルンの死闘 その8【視点:縁の下のタクロウ】
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「――――」
グラベルンに潜伏していた王室付調査室付きの同僚に、森でのあらましを伝えきる頃。遠くで聞こえる地響きのような音に、某たちは言葉を潜めた。
「ターク、今のは」
「タクロウだ。正確には縁の下の――」
「だぁ~、分かった分かった! タクロウ、今の音だが……自然には起こり得ないもののようだ」
「……そのようだな」
顔を見合わせた某たちは、微かに聞こえた音の方角と距離を頭の中で測り直し、脳内のグラベルンの地図と照らし合わせる。
……まさか、セラフィエル様とクルル=イア=メルポルンがいる宿の付近か? いや、付近ではなく、宿そのものに何かあったと見て、動くのが妥当か。
某たちが密会している場所は、メリアたちにも内密にしている王室付調査室の隠密同士の連絡路。一見ただの街外れの路地裏に見えるが、意外とこの場所は死角が多く、街の大通りからここまでの道のりも、道中で柵や積んだ木箱が幾つも邪魔をしており、目的をもって歩かねば辿り着けぬ場所でもある。それだけに住民たちに疑問を抱かれない様、街の端に設けている場所でもある。
――遠いな。
セラフィエル様の実力は方々から聞き及んでいるし、昼間もこの目で確かめさせてもらった。背伸びをしたい年頃なのか、子供扱いするとすぐにむくれる節があるが、基本的にある程度の敵が襲い掛かってきても、手傷の一つすら負わないほどの実力は持っておられる。
不安な点があるとしたら、<身体強化>で強化された感覚を逆手に取られ、煙幕や目潰しなどの搦め手に弱い点だろうか。彼女が後れを取るとしたら、おおよそそっち方面だろう。
「……悪いが、報告は保留で頼む。確認事項が増えたようだ」
「そうだな。それに、くそっ……俺も気になることが増えた」
新緑の髪をガリガリと掻きながら、グラベルンを担当する隠密――プラティスは苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せた。
「なんだ」
某が尋ねると、プラティスは自分の右耳に指を向け、トントンと数度叩く。つまり耳がヒント、だと。
耳……音か。音……確かに、静かだ。それはおかしい。
これだけの規模の街であれば、衛兵を必ず配置し、夜間も有事の際は笛や鐘を鳴らせるよう常に体制を整えることが国王陛下より義務付けられている。それは街の義務であり、街を治める領主の義務である。
有事の際とは、何も人災だけではない。このグラベルンに起こりうる問題事の全てを指す。
例えば、老朽化による建物の倒壊などもそれに当たり、瓦礫に領民が巻き込まれたりしないよう、通常であれば駐在所で待機している当番の衛兵たちが対応に当たる。過去に王都でも何度かそういったことがあったが、通りの封鎖や警笛による注意喚起など、それなりに騒がしかった記憶がある。
しかし、今、この街は静かだ。
いや――徐々に領民たちが各々、何があったのかを確認するために窓を開けたり、部屋の明かりを灯したりと、そういった生活的な喧騒は出始めている。しかし……警笛や警鐘の類の騒々しさは、鳴りを潜めていた。
地響きに近いほどの音がこの外れまで届くということは、現場ではそれなりの「何か」が生じているはずだ。決して看過できない、何かが。そして遠方にいる我々でさえ気づける音が、各地の駐在所にいる衛兵たちが聞き逃すわけもない。
――つまり、誰かが衛兵たちに事前に命令しているのだ。何があっても動かないように、と言っているのか、もしくは上手く違和感を持たせないような理由を並べたか。いずれにせよ……それが実行できる人間は街の中でも限られている。
「なるほどな……まさか王都に近いこの街で、計略に走る愚か者がいたとは驚きだ」
「そんで、俺の面目も丸潰れってなわけだ。きっちり落とし前つけてもらわんとな……」
「そうだな」
プラティスの苛立つ気持ちは良く分かる。
某が逆の立場だったと思うと、ゾッとする話だからだ。プラティスの能力は信頼しているし、彼が仕事を疎かにするとは思えない。だから今回の件は、相手が単純に頑なに動きを見せなかっただけの話で、彼にそこまでの非はないと想像する。しかし――そうであっても、やはり自分が管轄する場所に、姦計目論むものが潜んでおり、それに気付けなかった自分自身が許せないのだろう。
きっと今の彼の中には、レジストン様への忠義に泥をつけられた怒りが溢れかえっているのだろう。
その奔流は思う存分、主犯にぶつけてもらうこととしよう。
「そして、そうなってくるともう一つ問題が出てくるな」
「ああ」
某はプラティスと視線を合わせ、無意識に浮かぶ緊張のせいか、全身の毛が逆立つような感覚を抱いた。
「自慢じゃねーが、一応、諜報に関しちゃそれなりの腕を持っているつもりだ。その俺がこの街に潜む糞野郎の存在に気付けなかったってこたぁ、それだけそいつが一切の尻尾を出さなかったことが原因だ。微塵も動かねえ……いや、普段通りの生活を心がけていた、っていう方が正しいか」
「……」
「そんだけ慎重に保身第一に考えていた奴が、今回はどうだ? 街で騒ぎに繋がる何かが起こったっていうのに、普段通りに動かなかった。むしろ中途半端すぎるぐれぇだ。衛兵たちを抑えて何になる? 騒ぎが起これば衛兵が動かずとも、領民たちが動く。そして口々に見たもの感じたものは広がっていき、収拾がつかなくなってくる。そうなりゃ衛兵を動かさなかったのは悪手でしかなく、自ずと締まるのは自分の首……領主の首だ」
「……状況にもよるが、仮にあの音が建物の倒壊する音であれば、民の安全のために動かなかった、ということになるわけだからな」
「あぁ、それってあまりにも間抜けな話だよな。なんで慎重だったそいつは急に間抜けになっちまったんだ? それともその間抜けすら見抜けなかった俺が馬鹿なだけか? ……可能性はゼロじゃねーけど、そうは思いたくないな」
「安心しろ。お前の中の答えと同じものが、某の中にも浮かび上がった。そして事態は思いのほか、重たい可能性があるということもな」
「そうだな……考えられるのは、この事態――領主すらも予想外だったってことだな。衛兵を動かさないよう手配したのは、おそらくそこまで大きな騒ぎは起こらないと踏んでの行動だろう。起こったとしても、領民たちの安眠を妨害するほどのことでもない。せいぜい衛兵が確認に出向く程度の音だと……想定していた」
「そして、その予想は大きく覆り、大きくズレが生じたと」
「そうなんじゃないかと予測するぜ。で、問題は……だ。なんでそんなことになったかってこと。衛兵の動きを止めてまで何がしたかったんだ? 何をせざるを得なかった? 今日という一日に起こった変化は――なんだ?」
「…………俺たちが、いや――セラフィエル様がこの街にいらっしゃったこと、か」
「その可能性が高いねぇ。んじゃ、あの嬢ちゃんに用があんのは誰か。その誰かってのは何の目的でそんなことをする?」
「……最も候補としてあげられるのは――領主、キケラ子爵だが。もし……この現状が彼にとって予想外な状況なのであれば……裏で手を引く存在がいるということになるな」
裏で手を引く存在。
それは――昼間の盗賊の頭の亡骸を確認した時も話に出た存在だ。
プラティスは壁に手をつけて、はぁ、とため息をついた。
「さっきの報告にあった盗賊の死と無縁とは言い切れねえ……俺は領主を探ってくる。レジストン様への通達はそれも含めて、その後だ」
「分かった」
もし領主であるキケラ子爵が、慎重な性格で、プラティスほどの男が今まで疑心すら抱かなかったほど、おくびにも見せない者であったのなら、今日の出来事は、彼が本心ではやりたくなくても、やらざるを得ない相手がもっと上におり――そいつは今、この街に来ている、ということだ。
キケラ子爵が貴族という立場を捨てる覚悟で王族に逆らうほどの利益を見出す相手とは……誰だ?
幾つかのキーワードは浮かぶが、どれも憶測にすぎない。その辺りはプラティスの調査を期待するほか、ないだろう。
いずれにせよ、それほどの相手が今、このグラベルンに足を踏み入れ、おそらくだがセラフィエル様たちに危害を加えようとしている。メリアたちも心配だし、全くもって難しい事態に急転したものだ。
「プラティス、もし今口にした仮定がアタリだった場合……キケラ子爵はおそらくかつてないほど狼狽に満ちた様子だろう。今まで慎重に喫し、息を潜めていた努力が無駄になるかもしれない瀬戸際なのだからな。情報を引き出すにはもってこいの状況だが……気を付けるんだ。もし、そういう事態なのならば、いるはずだ。今回の騒動を起こすよう仕向けた……黒幕が」
「わぁってるよ。血気盛んに戦いを仕掛けるような男じゃねってのは知ってんだろ? 諜報ってのはよ、こう――サッと欲しい情報をかっさらう。どんだけバレずに静かに手に入れるかが、俺たちの腕の見せ所ってやつよ」
そう言って、プラティスは何かを掴み取るような仕草を見せて、ニッと笑った。
「ふっ……そうだな。それじゃ任せた。こちらでも新しい情報を手に入れるかもしれないからな。また明日、ここで落ち合おう」
「あいよ」
プラティスはそう言い残し、路地の影に身を溶け込ませ、この場から消えていった。
さて、俺も速やかに行動を開始しなくてはな。
まずは――宿に向かおう。
セラフィエルと群青法衣(肆号)の戦いより、少し遡った時系列のお話になりますm( _ _ )m




