14 上級奴隷館の牢部屋
若干、後半に人によっては不快と取れる表現がありますので、苦手な方はご注意願いますm( _ _ )m
苦手な人は最後の方の食事のくだり辺りから読み飛ばしてください。
※前回予告から少しタイトルが変わりました。
――はっ!?
気付けば、わたしは牢屋に近い雰囲気を持つ部屋で横になっていた。
一瞬、時間が飛んだような感覚だったが、意識が覚醒していくにつれ落ち着きを取り戻し、気を失う前のことを思い返した。
「そういえば……うぷっ、ここに着くまでは、なんとか我慢したけど……その後すぐに気が遠くなったんだった……」
転生してその日のうちに色々とありすぎた。
未だこの世界の食べ物を口にしていないにも関わらず、魔力枯渇による嘔吐が二回。
元々わたしが乗っていたサイモンたちの馬車に対して魔法を放った際の嘔吐なんかは、まるで体内に残った僅かな水分すらも胃液と共に吐き出す勢いで辛かった。
小柄なこの身体にはあまりにも無理をさせすぎたツケが、気絶という結果を生んだのだろう。
あの子たちは無事、逃げただろうか。
それともやはり諦めが強く、逃げずに捕らわれたままだろうか。
可能性は残したものの、後の選択は彼女たち自身の手元にある。
どうするかは彼女たちが決めることだ。
だから今ここでウダウダ考えたところで無駄なことだとは分かっているものの、関わった者としてはその結末が気になってしまう。
あの馬車に仕掛けておいた魔法が不発で終わる、ということは結果だけは無いはずだ。
いかに魔力が微量しかない身体だとしても、魔法が成功したかどうかの判断は二度目や前世で培った知識と感覚が教えてくれる。魔力と技量は別物だからね。
仕掛ける際に問題が出るとすれば、魔法を施行するための魔力が足りるかどうかだけだったが――それは何とかギリギリ間に合った。
あの馬車にわたしが残したのは、時間差で発動する魔法。
魔力の少なさを考慮して、馬を驚かせる意味も込めた幌を焼くための蒼炎は可能な限り威力範囲を抑えて、残りは檻を破壊する風の刃を残しておいた。
刃にはルーティン性を持たせたり、誤って中の彼女たちに傷をつけないよう調整をしておいた。
精密性もまずまず要求されるし、時間差で蒼炎と風刃が具現されるように魔力の流れを調整していたため、正直……魔力がどこまで持つか不安があった。
しかし結論として、どうやら魔力の有無と精密性は相互関係が密接にはないらしい、ということが分かった。
正確には認識阻害のように複雑かつ持続するような魔法は別だろうが、一方通行の単純な導線を魔法に敷くだけならば、そこに魔力の過剰使用は関わってこない、といったところか。
簡単に言ってしまえば、こういう動きをしたい、と予め動きをインプットした魔法に関しては、その動きに多少の複雑性がからもうと、魔力は持ってかれない、ということだ。
認識阻害などは状況や周囲の景色に応じて魔法の動きを動的に変える必要性があるため、その限りではない、と予想される。
しかしこれは中々面白い話だ。
魔力がない今だからこそ、初めて視点が向く議題であり、研究課題として興味が湧いてくる。
魔力によって左右されるのは威力と持続時間、ということは知っていたが、そこに精密性や練度がどの程度影響してくるかまでは、魔力に困った経験が無かったわたしには読めなかったのだ。
別世界を彷徨う血が戻り、魔力に余裕が出てきたらその辺りの研究をしてみるのも一興かもしれない。
毎度、枯渇して吐くのは嫌なので、魔力量を測る技法を研究する方が先かもしれないけど。
魔力の流れを感じ取ることはできるので、人の中に貯蔵される魔力量を測ることだって不可能ではないのではないかと思うのだ。
よし、今生でやりたいことができた。
これで生きがいというものも多少出てくる、ってものだ。
ここを抜け出したら、のんびり暮らす傍らで、人目のつかない場所で、そういった研究モノに没頭するのもいいかもしれない。
一度、限界を迎えていたからこそ読めた話ではあるが、やはり今のわたしの魔力では、彼女たちの首輪まで手を出すことはできなかった。
そもそも自らの意識で動く彼女たちの首輪をピンポイントで破壊するのは、さすがに遠隔では厳しい。
無理に遠隔で魔法を放てば、下手をすれば彼女たちの首が飛ぶ危険性があるからだ。
一応、魔法関連の道具かと疑ってはいたものの、さりげなく探った感じでは、ただの鉄製の首輪だと思う。
魔力や魔法の類の気配は一切感じられないから、純粋な道具として扱っているのだろう。
「…………ぅ」
――しかし、これはヤバい。
いよいよもって酷使したわたしの体が悲鳴を上げている。
食事をしていないことで体を動かすためのエネルギーは切れ、二度の魔力枯渇と、緊張が続いていたための精神疲弊で、全身が固まったように動かない。
辛うじて這いずることはできそうだけど、動くと胃が引きつったように痛みが走るのだ。
吐くものはもう何もないというのに、未だに嘔吐感も残っている。
……もうこれ、死んでしまうんじゃないかと本気で心配になってくる。
せめて食事は摂らなくてはならないだろう。
この際、食べられれば雑草でもいいぐらいの心情だが、あいにくここは牢内のような殺風景な場所。
在るのは――現在わたしが横たわっている堅い干し草製ベッドと、トイレ……? と首を傾げたくなる丸い小さな孔が部屋の端の床に空いているぐらいだ。
あとは備品として、トイレットペーパー代わりと思われる紙――ではなく藁の束と、ところどころが解れた毛布が一つ畳んであるぐらい。
気絶して横たわっているわたしに毛布すらかけてくれない気遣いに涙が出そうだ。
あのトイレ用の拭き藁も、見るからに堅そうだ。
あんなんでお尻を拭いたら、絶対に血が出ること間違いなしだよ……。
気を失う前に、ここにつれてきた男はここを「上級奴隷館」と紹介していたのを覚えている。
館の外装は確かに赤レンガで統一された、ちょっと格式がありそうな立派な館だった記憶は残っている。
しかし上級とは一体……という具合の部屋である。
まあ、客層が上級であって、それに見合った調教は行われるんだろうけど、わたしたち奴隷に対してはぞんざいなんだろうなと想像はつく。
「……」
さて、共に連れてこられたプラムが心配だ。
この部屋にはわたし一人しかいないことから、彼女は別室に連れていかれたのだろう。
迂闊にも意識を手放してしまったことを悔やむが、わたしの魔力が全快したとしても時間を巻き戻すことはできない。
過去は反省しつつも、前を見て進むしかないのだ。
わたしは何時間、ここで横になっていたのだろう。
下にしていた右半身が軽く鬱血していたのか、こちらも中々に痛みが酷い。
そりゃこんな堅い干し草の上じゃ、血管も圧迫されますわ。
わたしは操血で血流を良くし、縮こまっていた血管を広げて同部位の痛みを緩和した。
頭痛が収まっていることぐらいが救いだろうか。
どうせ、動くより頭を働かせる方が今は重要なんだ。
煩わしく思考を邪魔するような痛みがないことだけは助かる。
「……」
体を捩り、痛みに我慢しつつも、わたしは牢部屋の唯一の扉を見た。
わたしの両手足は拘束されていない。
きっとここから出る手段は無いと思われているのだろう。
そこでやっぱり疑問に思うのは、魔法を警戒しないのだろうか、という点だ。
一見、小窓のついた堅牢な鉄扉に見えるが、魔法で風圧を発生させれば蝶番ごと安易に吹き飛ばせそうなものである。
もしこの部屋が魔法を扱えない者を対象に用意されたものであれば、奴らにはやはり「魔力を計測する方法」というものがあるのかもしれない。
馬車も然り、誰もわたしの魔法に警戒している素振りはなかった。
おそらくだが、わたしの体内にある微弱な魔力程度は見逃してしまう誤差はあるものの、魔法による脅威度を計測する何かがあるのは、もはや確定事項に近いと言っても過言ではない、と思った。
「――」
ふと、足音が反響する音が聞こえた。
床に耳を近づけようとすると、干し草がチクチクとわたしの頬を刺してきたため、思わず顔をしかめる。
やがて、鉄扉の上下二つある小窓の下の方が開き、そこから明らかに冷めたシチューらしきものと、明らかに時間経過とともに固くなったライスが置かれたプレートが差し出された。
「おい、起きているか」
プレートを差し出す手をそのままに、声をかけられた。
おそらく目覚めていなければ、再び食事の載ったプレートを引っ込めるつもりだったのだろう。
せっかくの食事を引っ込められては困る。
体力回復のためにカロリー摂取は絶対必須だから、これは願ってもいないチャンスだった。
「はい、起きてます……」
答えると、プレートから手が離れ、今度は上の小窓が横に開き、そこから初めて見る男が視線を向けてきた。
「みたいだな。体調はどうだ?」
言葉尻だけならわたしを心配している風に聞こえるが、声のトーンからして、あくまでも事務的な確認だというのが分かる。
「具合は、悪いです……でも、なんとか食べれそう、です」
声がかすれそうなのを堪えつつ、わたしは食事はできる旨を何とか伝えた。
「そうか、だがそんな態度じゃメシはくれてやれないな」
「ぇ……」
この時ばかりは、わたしも演技ではなく、本気で焦った。
食事だけは自分の力ではどうにもならないからだ。
ここで引っ込められたら、取れる手は魔法で扉を破壊して、逃げるしかないのだが、おそらく……次に魔力枯渇を味わえば、この身は完全に停止するだろう。
死なずとも、指一本すら動かせなくなるほどのダメージを負いそうだ。
そんな想いを抱くわたしを嘲笑うかのように、食事の載ったプレートが扉の向こう側へと引き戻される。
「ど、どうしたら、いい、ですか……?」
「奴隷らしく、卑しく浅ましい姿で請えよ。奴隷としての当然の心構えだろ?」
――コ、コイツ……、こ、殺す……!
余りの侮辱的な言葉に瞬間的に殺意が湧いたが、実践する力はなく、わたしは行き場のない怒りを抱え込んだ。
「どうした、いらないのか?」
こんな幼女に、この男は一体何を求めているのか。
この世界の教育の速さは分からないけど、普通に考えれば、奴隷らしい態度を求められても理解できる年齢じゃないはずだ。
「……」
「ま、お前ぐらいの歳じゃ分からねぇか。まあいい……今回だけは特別だ」
――や、やたっ!
わたしの葛藤が届いたのか、男は屈辱的な言葉をする前に早々に折れてくれた。
きっと言葉を噤むわたしの態度が「奴隷としての態度が分からない」という風に伝わったのだろう。
だが、一瞬の高揚は、同じくして一瞬に地に落とされた。
「ほら、有難く食えよ、お嬢ちゃん。――ぺっ!」
……こいつ、今シチューに対して何をやった?
ぺっ、ってやったよね、ぺっ、って。
痛む全身に気合を入れながら、わたしはベッドから這うようにして扉の前まで移動し、再度差し出されたプレートを覗きこむ。
「……」
シチューの上に、明らかに異物と思わしき――唾が追加されていた。
わたしは震える声で「ありが、とうございます……」と返し、満足そうに高笑いを発しながら去っていく男の足音を耳に残したまま、スプーンを手に取った。
そして、唾が乗った部分だけ掬い、部屋の端の孔に落とし、残りの分を喉に通すことにした。
く、屈辱……!
こいつら、絶対に許さない!
そう誓いながら、非常にマズイ飯を無理にでも喉に押し込み、体力を回復させていくのであった。
次回「15 上客」となります(^-^)ノ
2019/2/23 追記:文体と多少の表現を変更しました。