46 グラベルンの死闘 その4【視点:マクラーズ】
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「うっはぁ~、寒いなぁ」
俺は袖口から出た素肌を撫でるような風を遮るように、両の二の腕を手で擦った。
街道には既に人影はなく、ゆらゆらと月と篝火の炎に照らされた街並みだけがそびえたっている。誰もが寝静まる時間だ。店も閉まったこんな時間にほっつき歩く物好きは俺らか、不埒者ぐらいのことだろうよ。
俺とメリア、そしてヒヨヒヨの三人は、レジストンに報告を取りに行ったタークと別れ、こうして深夜のグラベルンの街を徘徊していた。
理由は一つ。
今日の昼間に襲い掛かってきた盗賊たちに不審な点がいくつか見られたからだ。俺は直に見てないが、どうも盗賊の頭さんが、とんでもねぇ無残な死に方をしていたらしい。それ以外にも盗賊たちが事前情報もなく足並みを揃えて襲撃してきた点など、明らかに何者かの手引きがあると考え、こうして夜警の奴らみたいに、敵が追跡し、街に侵入してないかを見て回っているわけだ。
隠密に長けてない俺やヒヨヒヨのことを考慮して、裏で隠れながら探るんじゃなく、こうして世間話でもしながら堂々と街道の真ん中を歩くことで、何者かが接触してくるのを誘うって作戦だ。
街の中なら敵さんも下手に暴れられないっつぅ利点もあるが、街は建物が多く立ち並ぶ密集地帯だ。隠れる場所も多く、索敵が難しいという欠点もある。だから深追いは厳禁。警戒は解かないが、無理に警戒しすぎず、何も起こらなけりゃ、早朝にすぐこの街を出る予定だ。
しかし、寒ぃーな。俺って冷え性だっけ? なんかの前触れだったら嫌だなぁー。
「そうですか? 今日は暖かい方だと思いますけど」
長袖に黒と紺を基調にしたドレスエプロンという侍女服に身を包んだメリアが真顔で聞き返してくる。なんつーか、真顔で世間話されると、どう返したらいいか分かんなくなってくるんだよな。もうちょい愛想っつーものが無いんかね、このお人は。
「オジサン、もう良い歳だからねー。脂肪分が少ないんだよ」
少し自虐的に言うと、今度はヒヨヒヨが「はぁ~?」と眉を吊り上げて口を開く。
「んだよ、私たちが太ってるって言いてえのかよー」
いやいや、それはない。
スクアーロ神に誓って、お前らが太っているだなんて微塵も思わん。むしろ、容姿だけで言やぁお二人さんとも上位に食い込む逸材だよ、本当に。……よく考えりゃ、長~い旅程にゲンナリしてて気づかなかったが、このパーティ、美少女率おかしくね?
俺は寒空に浮かぶお月さんを見上げながら、その光に一人一人の顔を浮かび上がらせる。
メリア=ロバーツ。鉄面皮が代名詞の仏頂面侍女風記憶泥棒だが、侍女としての仕事をこなす際は、逆にその無表情が清楚さに変換され、長い茶髪と翡翠のような目、端正な顔立ちが目立ってくる。黙って仕事をしている姿は、まさに清廉潔癖の美女とでも言うべき存在だ。完成された滑らかな動きと、一切動じぬ表情筋のバランスが絶妙で、その仕草一つでも金を取れそうな印象さえ受ける。……実態は隙あらば何食わぬ顔で仕事をさぼろうとする問題児だけどな。
ヒヨヒヨ。肩に差し掛かる程度のオレンジの髪が似合う活発的美少女。亜人能力さえ使わなければ、普通の人間と変わらぬ姿で、口は悪いが、あまり他人と壁というものを作らない明るさは目を惹くものがある。……まあ壁を作らなくなったのは3年前の一件以降だけどな。いやー、一緒に何度か仕事してる仲だが、3年前から少しずつ変化してきて、気づきゃ魅力的な女になりつつある。……あとは口と態度さえよくなりゃ、嫁の貰い手も増えるだろうに。
クルル=イア=メルポルン。これについてはもう何も言うまい。噂に違わぬ女神と呼んでも誰も疑問に思わぬ容姿にゃ、さすがにオジサンもビックリしたわなぁ。精霊上位種で性別が女。その一言で世の男どもはこぞって目を凝らすだろーよ。そのご尊顔を拝みたくってな。いや、何とかしてお近づきになろうと考える輩の方が多いか。直視すると目を離せなくなるから、あんま見ないようにしているが、チラッと視界に入ったその姿はマジでヤバい。……なんでタークの奴は、普通に話せんのか微塵も理解できん。
んでもって、セラフィエル=バーゲン。波打つような綺麗な銀髪に、大空を映すかのような水色の瞳。まだ10歳の子供ながら将来有望な形貌を持っている。年相応のあどけなさが残りつつも、やや勝気な釣り目と広い視野、聡明さを見せる、不思議な少女だ。この面々の中では一番話しやすい。というか、きちんと礼儀を以って話してくれるからな……いやぁ、今更ながらあんな子に仕事とはいえ、能力を使って怖いモン見せちまったことに罪悪感を感じるな。
タークの奴がいなかったら、もしかして俺って他所から羨ましがられる集団に身を投じてたってわけだな。いやタークがいても羨ましがられるか。すげえ……こん中で理性を保ったままの俺って、マジですげえ。……枯れてないよな?
はぁ、なんで俺は月を見上げながら、お供の女性陣の品評会をしてんだ。
思考が変な方向に完全に逸れちまう前に、ヒヨヒヨの奴の言葉を否定して話を逸らしちまうか。
「言ってねーよ。んなことより、ちゃんと周囲を見てろよー。おかしな奴が屋根の上を飛び回ってたりいてねぇかー」
「んな奴がいたら、いくら夜だからって気づくわ!」
ヒヨヒヨは単細胞だからなぁ。俺がちょっと話を逸らせば、こうして乗ってくれる。扱いやすいなぁ、本当。それよりもメリアの無言の横眼が怖いんだが。え、なんでそんな冷たい目で睨んでんの? 俺、なんかマズイこと言いましたかね?
「マクラーズさん」
「お、おぅ?」
「どうやらお客様のようです」
「お?」
どうやらメリアは俺を睨んでいたわけじゃなく、俺のさらに横――その延長線上を見ていたようだ。
俺も彼女の視線上を追うように視界をずらしていき、やがて――目に入ったその恰好に思わず「うげぇ……」と心情を如実に表した声が漏れた。
「アイツ……!」
ヒヨヒヨもその存在に気付き、すぐに体勢を切り替える。
暗くて見えづらいが、赤と黒を基調とした法衣装束。まるで聖職者を模った死神がゆったりと歩を進め、路地裏から近くの篝火に照らされる位置まで姿を見せてきた。
「…………」
メリアと俺も無言で武器を抜く。
その様子を眺めていた赤黒法衣は大仰に両手を広げ、肩を竦めた。
「久シブリダナ、メリア=ロバーツ」
「……やはり、あの時の法衣と同一人物でしたか」
「然リ。アノ時ハ邪魔ハ入ッタガ、丁度イイ機会ダ。ツイデニオ前ノ身柄モ、回収サセテモラオウカ」
「は、はぁ!? なんでだよっ!」
相手の目的がハッキリとしない今は黙って言葉に耳を傾け、情報を整理するつもりだったが、突然のメリア誘拐発現に、俺は思わず声を出してしまった。
「元々、3年前……トッティカラ得テイタ情報ヲ元ニ、『星ノ調べ』ノ能力者ヲ、回収スル予定ダッタノダ。イヤ……正確ニハ、記憶ヲ奪ウ能力――ダッタヨウダガナ。マサカ能力者モ能力モ、全テ偽装サレテイタ、トハ思ワナカッタゾ」
「……なんのことでしょう?」
強気に睨み返すメリアを横目に、3年前の情報を思い起こす。
後から聞いた話だが、樹状組織の末端組織「陽炎」のリーダー、トッティという男の元で、伝手は別でも俺やメリアたちは依頼を請け負っていた。その過程で報酬を巻き上げるために自分たちの能力を別の形――大仰にも『星の調べ』なんて名を騙り、メリアとアマンは派手にトッティにアピール活動をしていたらしい。
で、万が一のことを考え、アマンの提案で、メリアではなくアマンが能力者であると語り、実際は裏でメリアが<連記剔出>を使い、関係者の記憶を盗み見し、あたかも星からの啓示があったかのように、トッティに情報を告げていた……らしい。
なんつーか、金のために依頼主も騙すっつぅ大胆な奴らだって印象がどうしても前面に出ちまうが、まあその辺りは置いておこう。
そんな目立ち方をしたせいか、トッティにある日呼び出された時、この法衣に取り押さえられ……その過程でトッティに暴行を受けそうになったものの能力を使って脱し、その直後にセラフィエルの嬢ちゃんが助けに現れたらしい。まあ……嬢ちゃんは俺らを襲ってきた純白の法衣との戦闘を経て、偶然メリアのいる場所に合流しただけらしいけど、本当に幸運な話だよな。
咄嗟にトッティの記憶――赤黒法衣に関連する短い期間の記憶を奪い取ったメリアの話によると、理由までは分からなかったが、どうも『星の調べ』と嘯いた能力を樹状組織は欲しがったらしいのだ。
そして……今もまた、樹状組織の手先であるこの法衣は、メリアを浚おうとしている。
それだけの価値があるってことだろうが……一体、何をするってんだ?
「恍ケテモ、無駄ダ。アノ御方ガ全テ、顛末ヲ見テイタノダ。アノ時、トッティニ能力ヲ使ッタノハ、オ前ダ――――メリア=ロバーツ」
「見ていた……?」
メリアは怪訝そうに眉を顰め、俺は想像以上の大物が網にかかったことに内心、心臓がバクバクと鳴り響く。法衣って言やぁ、例の液体法衣も同類だ。アイツはセラフィエルの嬢ちゃんが追い詰め、最期はアリエーゼ王女殿下が消滅させたらしいが、少なくとも一般人に毛が生えた程度の俺たちに適う相手じゃなかった。
それと同等の奴が目の前にいると思うと……くそっ、嫌な汗が噴き出てくるぞ。
「サテ、ツイデ……トイウモノハ、一気ニヤッテクル、モノダナ。マクラーズ、ヒヨヒヨ。オ前タチモ、素材トシテ、回収サセテモラウコトトシヨウ」
げぇ! お、俺も対象に加わった!? ついで、っていうぐらいの価値なら、見逃してくれてもいいんじゃねぇ!?
くっ……どこか他人事っていう打算で生まれた僅かな余裕も、今の言葉で吹っ飛んだわ!
「どの道、逃げ場所なんてありませんよ」
「…………ぉぅ」
勝手に人の心と動揺を読むの止めてくれませんかねぇ、メリアさん……。たまに表情が少しだけ出たと思ったら、強烈なジト目だったぜ……ほんと、すみません。
赤黒法衣のゆったりとした袖口から、細長い杭のような槍がスルスルと伸び、その切っ先が篝火に照らされている。
「――っ」
同時に俺は短剣を構え、ヒヨヒヨは亜人能力を発動させ、蠍蜥蜴化となり、太い蠍の尾をブンと振り、その右手には俺と同じ程度の刀身を持つ剣を握った。
すっげぇ不安だ……このパーティで最大の戦力であるタークとセラフィエルの嬢ちゃんがいないこの状況に加え、相手はあの樹状組織の……しかも幹部だっていう話の相手だ。大物すぎんだよ、やってくんのがさぁ! ったく、どこまで抵抗できるかは分からないが……やるだけやるしか、ねぇか!
――ヒュッ!
「どわぁぁぁぁっ!?」
――と、意気込んだと同時に目の前を敵の武骨な槍が通り過ぎた。
躱したのは、ほとんど本能のおかげだ。身体だけが危機を感じ取り、俺の肩口めがけて刺突された槍を躱し、今……ようやく思考がその結果に追い付いてきたところだった。すげぇ……44の歳月を食ったこの肉体もまだまだやれるじゃねぇーか!
なんて自画自賛しつつ、俺は半分腰を砕けつつも、後ろへと下がっていく。
どうやら…………相手は槍の幅を削った分だけ、槍の長さを伸ばすだなんて芸当も可能らしい。赤黒法衣はその場から一切動いていなかったが、奴の手から伸びる槍だけが細く長く、俺の近くまで矛先を伸ばしていたことが、離れてようやく理解できた。
――もう次、躱せる自信がない。どうしよう……。