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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
143/228

42 泥人形の襲来【視点:クルル=イア=メルポルン】

ブックマーク、ありがとうございます!(●´ω`●)


旅先一日目からして、厄介な敵一行に襲われるセラフィエルたち。今回の敵さんはセラフィエルにとっても、かなりの難敵になります。前話から続き、しばし戦闘回が続きます。苦手な方は何卒ご容赦を!m( _ _ )m


いつもお読みくださり、ありがとうございます~( *´艸`)


 窓を突き破り、幾つかの楕円状の小さな影が室内に飛び込んでくる。激しい音と共に宙を舞っていくガラス片や木片の雨。その光景に一瞬唖然となるも、私は反射的に手甲の魔力を使い、ハクア様に害が及ばないよう――私たちを取り囲むように風の壁を作り、不規則に飛び散っていく残骸を弾いていく。


「い、一体、なんですの!?」


 口では疑問を並べるが、実際のところは大方予想がついていた。セラフィエル様の悪い予感が当たったのだと。


 本当は彼女に同行し、不測の事態があった時は私自身を盾にしてでもお守りするつもりであった。あの御方は人の身でありながら、魔力を貯蔵・生成し、魔法を顕現する――尊き御方なのだから。でも同時にセラフィエル様の実力……魔法と<身体強化テイラー>を織り交ぜた戦法は、誰を相手取っても容易に引けを取らないという信頼がある上、彼女自身が視線で部屋に待っているよう促したこともあり、部屋に残るという選択をしてしまった。


 しかし――この状況。まさかセラフィエル様でも対処しきれない何かが起こってしまったのでは、と胸中に言い表しようのない不安感が募っていく。


 私は降り注ぐ破片を風圧で全て部屋の隅に追いやってから、風を解き、数秒前とは打って変わって雑然となってしまった部屋に変えた原因の物を確認する。


「これは……確か、氷――でしたわね。魔法で生成する以外では、極寒の地でしか作れないと聞く……」


 となれば、これを部屋に放つ可能性が高いのは自ずとセラフィエル様、ということになる。


「グァーーーーーーーーッ!」


 と、突然ハクア様が雄たけびを上げ、割れた窓枠に足をかけ、二階から飛び降りてしまった。窓枠にはまだ割れた破片が残っているし、そもそもハクア様に空を飛ぶような羽は無いはず――!


「ハクア様っ!?」


 私は慌てて窓際に身を寄せ、ハクア様が飛び降りた先を確認する。


「えっ!?」


 私の視線は下から水平へと移動し、その白い後ろ姿に思わず唖然となってしまった。


 ――ハクア様の背中に四枚の羽が……!


 元々見たことのない不思議な形状の身体をされていたハクア様だったが、一番近しいのは陸上生物であるトカゲなどの爬虫類であった。だから自然と同様の生態なのではと決めつけていたのだが――今はどうだ。


 背部から二対四枚の羽を生やしたハクア様は、背中のたてがみから神々しい白い燐光を放ちながら、夜空を裂いて飛んでいかれた。まるで神話の中のみに存在する最高位精霊――ドラゴンのように。


「まさか、そんな……」


 このまま暗闇に奔る白い軌跡を見惚れていたい気持ちが強いけれども、そんな場合でないことはきちんと理解している。


 ふるふると首を振り、もう一度手甲の位置を調整し、ジャリジャリと破片を踏み砕きながら、部屋を出て一階へと駆け下りていく。


 おそらくハクア様が向かった先に、セラフィエル様がいらっしゃるのではないかと予想する。


 まだハクア様にはお会いして1日にも満たない関係だが、ハクア様があそこまで感情をむき出しにするほどのことがあるとすれば、それは自らに魔力を分け与えてくれた主人である――セラフィエル様に何かあった時と考えるのが妥当だろう。


 ――私も追いかけなくてはっ!


 宿の受付窓口を通り過ぎ、出入り口を跨ごうとした刹那、私は大きく地面を蹴って真横へと飛び退いた。


 ほとんど反射的な動きだったので、自分自身なんでそんな行動をとったのか多少の驚きがあったものの、体勢を整え直し手顔を上げた時、視界に映っているものを理解して……数秒前の自分を褒め称えたくなった。


「なん、ですの……」


 宿の正面玄関口に液状――いや、どちらかというと粘土、というべきか。粘性の強い泥のような塊の山がそこには在った。おそらく頭上から落ちてきたのだろう。幾つかの波紋を築きあげながら、泥は地面の上を広がっていく。


 あんなものが突然降ってくるような常識があっていいはずがない。


 間違いなく誰かの仕業だろう。


 私は一旦、ハクア様の後を追うことを諦め、周囲を警戒する。付近の建物から何事かと姿を見せ始める住人たち。


 あれほど大きな音を立てて窓が割れたのだから、様子を伺いに来る人がいても何ら可笑しいことではない。けれど徐々に重なり雑音へと化していく人の喧騒というものは、集中力をかき乱すものだ。


 私は次第に数を増やしていく野次馬の数に軽く舌打ちをしながら、その場を離れようとし――――次の瞬間、静かに地面の上に広がっていた泥が唐突に脈動し、私を飲み込もうとする勢いでこちらに襲いかかってきたことに目を見開いた。


「きゃっ!?」


 慌てて回れ右をし、頭上に影を作る泥の塊を避ける。グシャッと重みのある音を立てて、私がいた場所を泥が覆い隠す。


 明らかな攻撃の意を感じ取り、手甲を装着した右手を突き出すように半身に構え、いつでも動けるよう踵を僅かに浮かせる。


「……」


 極力、顔の向きは変えずに視線だけで周囲を窺う。


 今もなお増え続ける野次馬に惑わされないよう、意識を尖らせ、私に攻撃意識を持っている人物を索敵する。しかし結果は芳しくなく……焦燥だけが降り積もっていく。


 ――離脱するか、ここで応戦するか……早いところ自分の中で結論づけないと、ジリ貧ですわね。


 私が現時点で最も留意すべきは、セラフィエル様の安全の確保だ。となれば、こんな場所で立ち往生していても望む未来は近づいてこないだろう。


 一歩、後ろに下がり、私はこの場を脱することに決めた。


 決めたら後は何が起こっても貫き通すだけだ。迷えば間違いなく足元を掬われるのだから。


「お、お姉ちゃん」


「え?」


 そう決めた矢先に、幼い声が私に投げかけられる。


 声の方へと振り向くと、人間種の小さな男の子が目尻に涙を浮かべながらこちらを見上げていた。


「お姉ちゃん、ママ、見なかった? ママと、はぐれちゃったの……」


「ちょ、ちょっと! こっちに来ては駄目よ……ここは危ないの」


 種族は違えど、子が宝なのは誰もが同じことだ。故に縋るように見上げる子供を無視することは私にはできなかった。きっと親も今頃、絶望を抱きながら我が子を探しているに違いない。おそらく外の状況を見るために家から出てきた親の背中を追ってきたのだろう。


 私はなるべく声量を柔らかくして、今にも泣き出しそうな男の子を諭す。さっきまで疎ましかった野次馬たちだが、この場合は助け船になる。近くの大人を捕まえて、この子をお願いすればいいのだから。


「ほら、他の大人たちを頼りなさい。私に近づいては駄目よ」


「うぅ……お姉ちゃんがいいのっ」


「えぇ?」


 タタタ、と両手を前にして男の子は私の膝元まで近づき、ギュッとローブごと右足にしがみついた。


「ね、ねぇ……懐いてくれるのは嬉しいのだけれど、私は今、危険な状態にあって――」


「知ってるよ」


「……え?」


「だって」


 男の子はニコリとほほ笑み、次の瞬間――ドロリと溶け、その顔を変貌させた。まるでさっきまで見ていた男の子が幻だったかのように、肌の色が土気色へと変化し、皮膚は爛れ落ち、髪だったものは皮膚の中に食い込むようにして消えていった。


「これはっ――!?」


「ぼくがその脅威だから」


「くっ!」


 思いっきり右足を蹴り上げようとするが、泥化した男の子は地面と同化でもしたのか、掴まれた私の右足はビクリとも動かなかった。


「……うわぁ、精霊種の上位種って、絶世の美女ばかりって聞いてたけど、予想以上だねぇ」


 もはや歯も舌も無いただの空洞となった昏い口腔から、意地汚い声が反響しながら漏れてくる。いつもの癖でローブのフードを深く被っている私だが、男の子の背丈から見上げれば、ちょうど足元を見ている私の素顔も良く見えるのだろう。


 身の毛がよだつ悪寒が背筋を走り、私は手甲に込められた魔力を開放する。


 こんな泥――私の風で欠片残さず吹き飛ばしてやりますわっ!


「このぉ!」


「お姉ちゃん?」


 渾身の力を込めて振り下ろそうとした手甲の先に、先ほどまで目にしていた男の子の泣きそうな顔が現れた。反射というものは本当に厄介で――――私は思わず、その拳を止めてしまった。


「ばぁ~か」


 小馬鹿にしたような声と共に、再び男の子は泥人形と化し、その一部が私の右腕に絡みついてくる。


「なっ――」


 いや、右手だけじゃない。


 右足を起点に、徐々に泥が全身を覆いかぶさるように伸びていき、私は額に汗を浮かべながら脱出を試みる。しかし泥が私の関節部を優先的に固定していった所為で、上手く力が全身に行き渡らず、微弱な反抗しかできない。……当然、そんな状態で脱出なんか、できるはずがなかった。


「む、ムカつきましたわ……」


「うん、なにがぁ?」


 ギリギリとローブごと締め付ける感覚に口元を歪めながらも、私は心の中に湧き上がる憤怒を口にする。


「あのように……子供の姿を、利用するっ、こと……ですわ! 恥を、知りなさい……!」


「よっく分からないなぁ。利用できるものは利用する。当たり前の摂理じゃん」


「えぇ……下種げすにっ、相応しい模範解答ですわね……! そして何より、っ……こんな奴に、おくれを、取った私自身にもっ……腹が立ちますわっ」


「ははは……そんなに怒らないでよ。ほら、ぼくの人形になれば、そんな悩みからも解放さぁ。最近、小汚い連中と接触したりとか、そりの合わない連中を管理を任されたりとかさ、嫌なことばっかで気落ちしてたけどぉ……こんな報酬があったなら、それはそれで結果的に良し、ってところかなぁ。あぁいいね。きみの処分については指示は無かったからね、それってつまり――ぼくの好きにしちゃってもいいってことだよねぇ……!」


「ぐぅ……な、にを言っているのかサッパリですわ! ただ、一つだけ、教えておいてあげますわ……」


「?」


「女王の自称右腕を冠する、このクルル=イア=メルポルンに! この程度の困難――抜け出せないわけがないのですわっ!」


「自称って……なっ!?」


 私は魔石に込められた魔力を総動員するよう手甲に命じ、それに応じた手甲が眩く輝きだす。淡緑に輝く魔力の奔流、それにより呼び起こされる風は――こんな泥風情が耐えきれるほど優しいものではない。


 まったく本当に計算外ですわ。


 セラフィエル様の元へ合流してから発揮すべき力を、こんなところで使用しなくてはいけないとは……。でもこのまま身柄を拘束されるよりはマシだ。セラフィエル様たちの行動を制限する鎖になってしまうぐらいなら、ここで魔導具に残っている全魔力を開放する。それしかない。



「吹き飛びなさいっ――!」



 私の周囲、半径2メートルほどを対象に、高密度の風の渦を発生させ、その摩擦により私に密着していた泥が少しずつ削れていく。一応、野次馬たちに大きな影響が出ないよう、狭い範囲での旋風に留めているが、それでも抑えきれない風圧が付近の家屋の壁や屋根を少しずつ剥がしていくのが見えた。


「ガッバババババ……ここここ、れれ、しきの……ここここととでで……」


 風圧と衝撃による影響で上手く言葉を発音できないようだ。離されまいと泥がさらに強く巻き付き、私の身体を締め付ける。まったく……このローブ、それなりに気に入っていたというのに、最悪ですわ。


 繊維の隙間にまで絡みついているかのような強固な汚れ(どろ)を、私はローブごと旋風で細切れにしていく。密着している泥を引きはがすわけだから、下の衣服が破れたり、肌に幾つかの赤い線が走ってしまうが、それはここまで敵を接近させてしまったことに対する代償として諦める。


「ゴゴゴゴゴゴオオオオオ!?」


 ゆっくりゆっくりと、私の身体を圧迫していた泥が宙を舞い、旋風に巻き込まれ、夜空の彼方へと消えていく。


 どういう原理で動いているのか、全く以って未知な相手だが、おそらく――これは本体ではないのだろう。本体であれば、こうして身を削られるような状況になれば、意地でも剥がされまいと抵抗するより、一旦距離を置くなどの対応をするはずだから。この捨て身とも取れる行動は、つまり裏を返せば……仮に全て泥が吹き飛ばされても何の問題がないということを差している。


 早々に身を隠す必要がありますわね……はやくセラフィエル様の元へ向かいたいっていう時に、もう!


 魔導具の魔石に新たに魔力を込められるのは、ピレイルカ女王かセラフィエル様のみ。ここで魔力を使い果たす以上、このまま戦闘を続行したところで、私は成す術なく捕まえられるか殺されるか、されてしまうだろう。


 だから相手の目を眩ませた後、すぐにこの場を離脱して、どこかに逃げる必要がある。


 私は色を失いつつある魔石を確認した後、一気に周囲の土埃も舞い上げる。


「ゴアァ――――――――」


 同時に原型を留められなくなった泥人形は、破れていったローブの断片と共に風の中へと吸い込まれていった。


 目に砂が入らないよう、目元を空いた左腕で覆い、最後に私は風塵を全方位へ放出させ、土煙に私の姿が隠れた頃合いを見て、家屋の影を縫うようにしてその場から退散した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 泥の描写がとても丁寧に描かれていて楽しめました。 皮膚の中に髪が埋もれていくという表現が良いですね。
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