41 月下相剋の幕開け
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「うぅ~、セラフィエル様ぁ……この宿の食事はうっすくて食べた気がしません……。おかしいですのよ。王都に来た時はまだ耐えられたのに、セラフィエル様のお野菜を頂戴してからは、あの味が忘れられず……この人間種の味に拒絶反応が出るようになってしまいました」
「ま、まあまあ、この街に留まってる間だけの辛抱ですから」
「うぐ……明日の朝にはこの街を出ましょう。それがいいと思いますわ」
「そこもタクロウさんたちが帰ってきてからの相談ですね」
「うぅぅ……絶対に説得してみせますわ!」
場所は宿の2階にある一室。借りた3部屋のうちの一つだ。
わたし、クルル、ハクアは同じ部屋のベッドに腰かけながら、今日の夕飯の話を思い返していた。確かにクルルよりも圧倒的に慣れているはずのわたしでさえ、今日の夕飯は正直、食欲が湧かなかった。慣れって怖いね。フルーダ亭の菜園である程度の収穫が可能になってからは、必ずトマトかジャガイモ、大根のいずれかを調理に使ってたからなぁ……今こうして他の街に出てきて初めて、随分と裕福な暮らしだったんだなぁ、と実感できた。
タクロウたちは夕飯後、外に出ている。
タクロウはレジストンへ連絡を送るために、この街に潜伏している仲間とコンタクトを取りに向かった。メリア・マクラーズ・ヒヨヒヨの三人は、念のため、この街に異変がないかを調査するとのこと。忘れがちだが、彼女たちもタクロウと同様に、レジストンの部下にあたる立ち位置だ。おそらく樹状組織の動きがないかを確認するのが主目的だろう。
――昼間の一件もあるしね。
あの不審な亡骸の状態。そして、周囲の痕跡の違和感。馬車の中で話し合ったことだけど、盗賊たちは本来であれば、あのように全員総出で突然襲い掛かってくることはあまりないことらしい。盗賊の人数が少なく、食糧難にでもなっていれば話は別なのだが、少なくともあの鉈男の元気っぷりを見るに、そこまで生活に困窮していたようにも見えない。
盗賊が生活に困窮してない、ってことは、彼らの糧となる被害が別の場所であったことを指すわけだから、彼らをあそこで潰しておいたのは正解だったかもしれない。
タクロウの話だと、通常は念入りに斥候を送り、相手の人数や移動速度、戦闘可能な敵の人数などを正確に把握し、襲う地形なども考慮した上で、強襲を決断するらしい。そう考えると3年前のちょび髭ロン毛は、よほど窮していたんだなぁ、と彼らの内情を理解できた。人数もそんなに多くなかったもんね。
王都を出て5時間程度、しかも道中は見晴らしの良い平野部ばかりだ。どう考えても斥候を送って、じっくりと作戦を立てている時間なんて無かったはず。
となれば、誰かがその「考える時間」を省略できる「情報」を与えた可能性が高い――というのがタクロウの見解だ。考えすぎかもしれないが、例の盗賊の頭の死体を見てからは、盗賊以外の誰かが裏で糸を引いていた可能性がより濃くなってきたとのこと。
敵が誰かは分からないけど……わたしもタクロウの意見には賛同だ。
不穏な何かが……脈動するかのような不快感が、心臓の辺りにこびり付いて離れない。その脈動がわたしの拍動を邪魔して、少し息苦しささえ感じる。
これはわたしのセンサーだ。200年の大半を3つの世界での戦いに費やしてきた――セラフィエル=バーゲンの直感だ。魔法と操血を駆使して、時代を生き残った時の感覚がジンワリと指先から全身に沁みわたっていく。
「セラフィエル様」
「あ、はいっ」
さっきまでのスライムのようにだらけた姿勢から一転、クルルは真面目な表情でこちらを見つめていた。ハクアも同様で、わたしの膝の上で寝っ転がっていたのに、気づけば長めの首を上げてわたしを見上げている。
「少し――怖い顔をされてましたが、お加減でも宜しくないのですか?」
「え?」
心配げに眉を寄せるクルルの言葉に、わたしは思わず自分の頬を撫でる。
「そんな顔、してました?」
「はい……私としましては、先ほどのご尊顔もとても美しく凛々しいものと感銘を受けましたが――どこか抜き身の刃のような危うさも感じましたので」
「グァ」
「う、う~ん……」
そんなつもりは無かったのだけれど、もしかしたら過去の戦歴の光景が脳裏を過った所為だろうか。クルルの表現がオーバー過ぎて、誇張表現じゃないの? と思ってしまう所為か、どうも上手く実感が働かない。
「まあでも、今はいつものセラフィエル様ですわ」
「グァッ!」
何というか……一方通行で心配と安心をされても、自分自身を俯瞰して見れないわたしからすると、置いてけぼりにされたような気分だ。……ま、別にわざわざ話を伸ばすようなことでも無いし、クルルたちの表情からは既に不安の色も消えているようだから、無理に掘り下げる必要もないっか。わたしはペロペロと左手を舐めてくるハクアのふさふさ頭を右手で撫でながら、小さく笑った。
――コンコン。
不意に部屋の扉を外からノックする音が聞こえた。
「はい」
わたしが返事をすると、外側からややくぐもった声で男性の声が返ってきた。
「夜分遅くに申し訳ございません。私、宿の受付をしておりましたタコフと申します。あの……、こちらのお部屋ににクルル様はいらっしゃいますでしょうか?」
「? はい、いますわよ」
名指しで呼ばれるとは思っていなかったため、クルルは長い睫毛を瞬きで揺らしながら、首を捻って返事をした。
「おお、それは良かった! 実は下でメリア様と名乗られるお方がお呼びでして、至急クルル様だけ下に降りてきて欲しいとの伝言を戴きましたもので……」
思わずわたしたちは顔を見合わせた。
メリアがわざわざ宿屋の人間に頼んで伝言をお願いするなんて行動、とるだろうか? そうせざるを得ない何かがあったのか、それとも――。
「クルルさん」
わたしが注意を促すと、クルルも頷き返し、机の上に置いていた魔導具――手甲を右手に装着する。
扉のノブに手をかけようとするクルルを制し、わたしが扉を開けることにした。万が一の時は、わたしの方が防御や回避を取るための手段が多いからね。
ゆっくり扉を開けると、見覚えのある顔がそこにあった。
この宿をとる際に受付でやり取りをした男性だ。ジッとタコフと名乗った青年を見上げるも、彼からは不審な挙動は感じられなかった。むしろ扉から出てきたわたしが無言で見つめていることに対して、純粋に動揺を浮かべていた。
「あ、あれ? え~っと、お嬢ちゃん? クルルさんって人がこのお部屋にいたと思うんだけど……」
彼は片膝をついて、わたしの目線と合わせてタコフはニッコリとほほ笑む。
その……きっと子供に優しい気配り上手な青年なんだと思うんだけど、そんな迷子の子供に優しく問いかけるような口調で言われても、わたしの心中は微妙で……顔をしかめてしまう。
思わず続けようと思っていた台詞が頭から抜け落ちてしまったため、そのまま口も噤んでしまった。
「ど、どうしたんだい、そんな頬を膨くらませて……あ、もしかしてトイレを我慢してるのかな? えっとトイレの場所はだね――」
「むぅ!」
わたしの中の子供化メーターは、タコフのその言葉を引き金にスンッと振りきれる。
いや、分かってるんだよ? わたしだって華麗に受け流して、大人の対応を取りたいんだよ? でも未だに幼いこの身体に沿った精神は、ちょっとしたことで理性を置いてけぼりにして、感情的になってしまうの。ほんっと、どうにもならないの。というわけで、わたしは思いっきりタコフの爪先を踏んづけた。
「あいたっ!?」
「しゅ、淑女に面と向かってトイレを我慢とか、失礼ですっ!」
「う、うえ? 淑女って……あぁ、ごめんごめん! その振り上げた拳を降ろしてっ! ね、ほら……落ち着いて、落ち着いて」
な、なんで誰も彼も、わたしの頭を撫でておけば解決するみたいな雰囲気で撫でてくるかな!? 最近そういうの多いよねっ!? いや昔から多かった気もするけど……! いくら撫でられるのが好きだからって、そんなもんで陥落するほど、わたしは温くないんだよ、もうっ!
「……」
「……」
なでなで。
「お、落ち着いた?」
「……ごほん、ええとメリアお姉ちゃんには、わたしが会いに行きます」
わたしは凪いだ感情が落ち着いていく己の単純さ加減に「信じられない……!」と驚愕を抱きつつ、強引に会話の流れを元に戻すことにした。
「え?」
「大丈夫です。メリアお姉ちゃんにはわたしからちゃんと理由を話しますから」
探るようにそう言うと、タコフは頬を掻きながら「そ、そうかい?」とちょっと迷いながらも答えた。
「まあ……そう言うなら」
「はい、それじゃ下に降りましょう」
クルルを連れてくるよう言われたタコフからすると、別の人間――わたしを連れて行くことは引っかかるものがあるんだろうけど、そこは我慢してもらおう。どう考えてもメリアがクルル一人だけを呼びつけるような行動は違和感があるので、ここはわたしが行って状況を判断するのが一番だと判断する。
僅かに開いたままの部屋の隙間からクルルと視線が合う。
わたしが小さく頷くと、彼女は唇だけで「お気をつけてください」と動かした。それに対して笑みで返し、わたしはタコフと一緒に宿の階段を降りていく。
仮に本物のメリアが待っているのであれば、警戒していた事情を話すだけでいいし、まだ見ぬ脅威であれば派手に暴れて2階にいるクルルに報せる。そんな感じのプランで行こうかな。
「あれ?」
1階に降りたタコフは、ふと疑問の声を上げた。わたしも釣られて彼を見上げる。
「どうしたんですか?」
「いや、出入口のところで待っていたはずなんだけど……あれ、どこか別の場所に移動しちゃったのかな?」
彼の言う、メリアのことだろうか。
確かに1階に降りてすぐの、宿の受付口近くの出入り口には誰の影も見当たらなかった。
「おっかしいなぁ……」
タコフは後ろ髪を掻きながら、周辺をキョロキョロと見回し、やがて「ん?」と何かを見つけたかのように宿の外へと出て行った。嫌な予感を感じつつ、わたしは有事の際には彼の身も守れるよう、彼の後ろをピッタリとついていく。
「何か……見つけたんですか?」
「うん、ほら……あそこ」
宿の玄関口から出て、夜の街の風景が篝火に照らされる中――彼が指さした先、長く伸びる街道の途中に、確かに配置するには不自然な、長方形型の板のような存在を確認できた。僅かに光を反射しているようで、ただの木板ではないようだけど……暗がりで良くは見えない。
「――――」
<身体強化>の出力を上げ、アレが何なのか視力強化で確認しようとする。そして輪郭を帯びてくる視界の中で、同時に板の後ろからもぞもぞと黒い影が出てくるのを確認した。
思わず、ヒュッと息が漏れる。
アレは――――あの特徴的な法衣は!?
「タ――」
わたしはタコフに向かって、すぐに宿の中に戻って隠れるよう指示を出そうとして振り返り――、いつの間にかわたしから10メートル近く離れた位置にいる彼を見て、思わず瞠目した。
宿に戻るわけでもなく、かといって逃げ出すわけでもなく。まるで散歩でもしてくるかのような普段通りの雰囲気を漂わせながら、タコフは通りの離れた位置まで移動し、腕を組んでわたしの方を見ていた。
思考が追い付くよりも先に――突然、わたしの腹部と背部に巨大な圧力が襲い掛かってきた。
「がっ、――ぐふっ……!?」
な、なに!?
わたしは内臓ごと押し潰す謎の力に目を見開き、圧力の個所に当たる宙を手で掻いた。何も手ごたえはない。けれども間違いなく――わたしは何かに掴まれている!?
風圧も感じない。透明化した何かがあるわけでもない。気配すら感じない。しかし何かがある。まるで巨人の親指と人差し指でお腹を摘ままれているような感覚。気付けばわたしの両足は宙を浮いていて、胃を圧迫する痛みに呻いてしまう。
「ぁ……、っ、ぐ!」
訳が分からない。混乱を極めるわたしの視界に、ふとタコフが映る。彼は変わらない笑顔を向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ちょっと順番が狂っちゃったけど、まあこれはこれで成功なのかな」
「な……に、を…………っ」
「バイバイ、可愛い妖精さん。君はこれより先、体験したことのない絶望を味わうことになるけど……ま、死ぬ前の貴重な経験だと思って、楽しんできてよ」
「っ……ぁ」
近くの知り合いの家に遊びに行く子供を見送るかのような――気軽な別れの言葉に、何か言い返そうと口を開くも、出てくるのは空気の漏れ出る音だけだった。
手をひらひらと振るタコフの姿が急に横に流れる。
ひ、引っ張られる!?
わたしは法衣のいる方角へと身体が勢いよく引き込まれるのを感じ、咄嗟に氷塊を幾つも生成し、宿の二階窓へと打ち込む。けたたましい音を立てて窓が幾つも割れたのを確認すると同時に、景色は線を引きながら流れていき、腹部の圧迫感が無くなると同時に、わたしは夜空を高く舞っていた。
圧力が消えたことでわたしの思考はクリアになり、空中で体勢を整える余裕が生まれる。身を翻したわたしの視界に映ったのは――月光を背に、巨大な鏡を背負った群青の法衣。
――樹状組織!
3年前、トッティから抜き取った記憶から得た情報。樹状組織の幹部と名乗った法衣姿の謎の連中。その一人がまさか、向こうから襲ってくるとは――!
群青法衣は屋根伝いに宙を舞うわたしを追いかけ、そのフードの奥から怪しい瞳を覗かせながら、甲高い笑いを夜空に響かせた。
群青法衣が刃渡り20センチほどのナイフを取り出したのを見て、わたしもコートの内側の鞘から短剣を抜く。身体を捻る際に腹部に鈍痛が響いたが、今は無視だ。
「イイ反応ダァ……精々愉快ニ踊レヨォ! ケケケケッ!」
その声を皮切りに、グラベルンの夜空に刃がぶつかり合う火花が散った。