39 奇妙な躯
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戻ってきたタクロウが開口一番に言ったのは「一緒に来て欲しい」だった。
眉間に何本もの皺を寄せた表情から、深刻な何かが起こったのは間違いない。わたしは神妙に頷き、馬車側にクルル・ヒヨちゃん・マクラーズ・ハクアを残して、三人でタクロウ先導の元、森林部へと足を運ぶ。
その道中でわたしはメリアに気になることを聞いてみた。
「あの、メリアさん?」
「はい」
「さっきまで馬車の中にいました……よね?」
あまりにも澄ました雰囲気で返事されてしまったので、何だか逆にわたしが記憶違いしているんじゃないか、思わず不安になってしまう。
「あぁ、そのことですか。アレは偽装ですよ」
「へ、偽装?」
地面から顔を出している根に足を引っかけないようにしながら、わたしは隣を歩くメリアを見上げた。
「盗賊どもが綺麗に雁首並べて、都合よく王都を出たばかりの私たちを襲ってきたことに疑問を感じまして。馬車の中に一度身を隠した後、戦闘の混乱に紛れて周囲の警戒に当たっていたのです。他に裏で扇動する者がいないかどうかを、ですね」
ぜ、全然気づかなかった……。タクロウも相当な戦闘技術を身に着けた猛者だけど、このメリアもまた隠密性と判断力に長けた人だということが分かった。タクロウが自分自身の気配を消すタイプだとしたら、メリアは周囲の人の意識の隙間を縫うように気配を悟らせないタイプ、なのかもしれない。現にこうして隣を歩いている間も、彼女の気配はきちんと認識できるし……。
「はぁ、なるほど……って、そういうことでしたら、別にわたしたちにまで隠す必要は無かったのでは?」
メリアが軽いノリで馬車で待ってます~みたいなことを言うものだから、てっきりそれを信じていたのだが、そういう事情があったのなら事前に教えて欲しい。
メリアはわたしの抗議など物ともせず、むくれた頬を人差し指で突っついてくる。むぅ、またしても子供扱い!? というか無意識に頬を膨らませていた、わたしもわたしだけど……。
「まあ何事も無ければ、また馬車の中でゆっくりしようと思ってましたので」
ぷしゅっとわたしの頬の空気が口の端から漏れると同時に、メリアはそう告げた。
「あぅあぅ、わ、分かりましたから、もう、突っつかないでください!」
なんだか煙に巻かれた気もするけど、とりあえず彼女の事情は分かったので、今は頬を何度も指の腹で押下する行為を止める方に専念することにした。
「モチモチぷにぷに肌……一体何を食べればこんな――あの野菜が原因? 髪の毛もサラサラだし、アレだけ動いたのにいい匂いがする。ふむふむ、これは私も毎日、あの食事処でご相伴に預からないといけませんね。となると、あの仕事に煩い狐男をどう蒔くか、ですが……」
ブツブツ、わたしの肌? について呟きながら、メリアはようやく指を離してくれた。思わず突っつかれた頬を手で押さえて、ホッと息をついてしまう。
「――して、メリア。例の場面はできたのか?」
一通り会話が済むのを待っていてくれたのだろう。後方のわたしたちが歩きやすいよう、細い草木を足で踏み鳴らしたり、腕で脇にどかしたりと――気遣いの塊とも呼べるタクロウが、メリアにそう問いかけた。
「いーえ、私が気づいた時には既に死体だったわ」
「あの状態か……いや、むしろそれで良かったのかもしれないな。仮に現場を押さえるようなタイミングでお前が邂逅してしまえば――奴と同じ末路を辿っていたかもしれない」
「……サラッと恐ろしいこと、言わないで欲しいですね」
頭上を飛び交う会話に、わたしは首を捻る。
死体……? 奴……?
誰かがこの近くで死んでしまったことは理解できた。問題は誰が? という話しになるが……口調から察するに知っている人間ではあるが、その生死にはあまり関心がない存在の可能性が高い。さっき起きた盗賊との戦闘、わたしたちのメンバーには誰の欠けも無いことを鑑みるに――一人の候補者の名前が浮かび上がる。
「もしかして……さっき煙幕で身を隠そうとした、盗賊のリーダーのことですか?」
わたしの問いかけをすんなり二人は受け取った。そしてその答えを聞く前に、わたしたちは問題の場所へとたどり着いたようだ。
「……本来、セラフィエル様にはお見せしたくない惨状なのですが」
「子供には精神的に宜しくない光景ですからね」
「だ、大丈夫ですよ! わたしだってクラウンなんですから!」
最年少クラウンなんだよ! その辺の大人よりも強い自負だってあるんだよ! こう見えて、凄いんだからね! ――という気持ちを込めて、両拳を握って主張するも、無言で頭を撫でられて終わった。なんでだろう……クラウンという公的な資格を得たというのに、逆に周囲のわたしへの子供扱いする頻度が上がっている気がする。むしろクラウンであることを主張すればするほど、生暖かい視線が強くなる気さえする。何故だ……くすん。
過去、凄惨な光景を幾度となく見ているわたしにとって、人の死など隣人のようなものだった。人の死に様を見て喜ぶ性癖なんて持ってないので、わたしと対峙した敵は全て――強力な魔法で跡形もなく吹き飛ばしていたため、わたし自身が直接手をかけた相手の死体を見ることは少なかったけれども――それでも、争いは何処でも滲みでるように発生し、数多の地にその残骸が見られた。故に死体を見て卒倒するような人間らしさはとうに捨てている。
そんなことを思いつつ、タクロウの陰に隠れていたソレをわたしは覗き見た。
思わず目を瞠る。
「これは――」
間違いない。盗賊の頭である、鉈男だ。それ自体は驚くようなことでもない。話の流れ的に間違いないと思っていたし、彼は死んで然るべき行為をしていた輩だ。同情する気はさらさら無い。
わたしが思わず目を見開いたのは、その状態が明らかに「異常」だったためだ。
思わず顎に手を当て、どういった攻撃をすればこのような傷口になるのかを模索する。
そんなわたしの反応をつぶさに確認していた二人は、顔を見合わせた後、ふぅと息をついた。
「どうやら平気みたいですね」
「喜ぶべきものではないんだがな……まぁ、この場合は良かった、というしかないか」
レジストンの元で働く同僚同士の会話に耳を傾けつつも、わたしは見事に二つに分断された鉈男の身体を注視する。
……あまりにも断面が綺麗すぎる。
「あの、タクロウさん」
「はい」
「念のための確認なんですが、これってタクロウさんがやったこと……じゃないですよね?」
煙幕で目を封じられた時、タクロウが走り去った後に特に戦闘音は聞こえなかった。つまり煙幕で身を隠そうとした鉈男と、それを追いかけたタクロウとの間に、あの場では戦いは生じなかったと考えられる。タクロウが音もなく敵をここまで圧倒的に殺害できるなら別だけど、まあ十中八九、森に逃げた鉈男を捜索するだけに終わったのだと思う。
だからほぼハズレと分かった上での質問だ。そして予想通り、タクロウは静かに首を振った。
「ええ……私が――というより、煙幕の状況を見てこの場へ先にメリアが到着した時には既に、この状態だったとのことです」
そりゃそうだ。でなければ、わざわざわたしを連れて来てまで死体の検分なんてさせないだろう。
「わたしをここに連れてきたのって――」
「はい、情けない話ではありますが、我々の中にこれほどまでの傷を与えられる可能性、というものに該当がなく――魔法を扱えるセラフィエル様に意見を伺いたく考えた所存です」
堅い堅い……口調がメリアの時と違って堅すぎる! そんな義務的な口調をされると、何だか事件現場を調査するお偉い刑事にでもなった気分だ。
わたしはコートが血糊で汚れないよう、裾を畳んでからその場でしゃがんだ。
「……そうですね、強力かつ鋭利な何かで切断されたように見えます。その男が持っていた大鉈や、仮に……どんなに精巧に作られた大剣であっても、こういう傷にはならないと思います」
「…………セラフィエル様、どこでそのような経験を――いえ、今はそんなことを問答している場合ではありませんね」
「……は、はい」
あ、危なかった。思ったことをスラスラ並べたものの、確かに何でそんなことを自信持って言えるんだって話になっちゃうよね。後で詰め寄られたら、また記憶喪失の所為にしよう……。
「ご、ごほん。正直言いますと、魔法でも中々実現が難しいと思います。仮に真空の刃を使ったところで、硬い骨などの断面は僅かに粗くなるはず……でも、この傷は綺麗と表現したくなるほど――均一です。まるで…………空間ごと斬ったかのような――」
「空間……」
魔法では空間を削ったり、斬ることは不可能だ。まず空間という概念そのものが、物理的にあり得ないからだ。似たようなもので言えば、やはり真空だが……確か「絶対真空」という物質や圧力がゼロの仮想的状態のような概念もあった気がするけど、それなら可能なんだろうか? もっとも何をどう魔法に反映させればそうなるのか、流石のわたしにも分からないから調べようがないんだけど。
水圧なども一瞬考えたが、周囲に水気がないことからそれは無いだろう。
――いや、待って。
わたしはふと思い至り、周囲をキョロキョロと見渡す。
鉈男がどの方角から攻撃を受けたかは分からない。でも仮に正面から攻撃を受けたとして、これだけの強力な攻撃が放たれた時――周囲に全くの被害が無いなんてことがあるだろうか。
「…………?」
鉈男が前のめりに倒れたと仮定し、わたしは彼の背後に当たる木々を調べた。そして僅かにだけど――彼の断面に等しい、均一に断たれた枝を見つけることができた。
しかし妙だ……。
わたしは斬られた枝の位置と、鉈男の位置を相互に確認し、再び周囲の木々を確認する。そしてやや離れた位置にも同様の痕跡を見つけることができた。今度は枝ではなく低い場所に伸びている草だが、一部だけ綺麗に切断された痕があった。
「セラフィエル様?」
わたしの行動に怪訝に感じた二人が草木を掻き分けて、近くまで来てくれた。
「何かが、おかしいです」
「何か、とは……」
「これを見てください。おそらく鉈男の傷と同じ断面の枝です」
わたしが地面に落ちていた枝を渡すと、タクロウたちは早速その断面を確認し、確かにと頷く。
「その枝なんですが……そこに落ちてました。そしてこの場所の草も同様に一部だけ綺麗に切り落とされてます。奇妙だと……思いませんか?」
わたしが二つの点を指さすと、メリアはすぐに察したようで、鉈男の位置とわたしの指さした位置を目で追い、彼女にしては珍しく驚いたように目を大きくした。
「この枝の場所よりも盗賊に近い位置にある木には――何の痕跡も残っていない……?」
「はい、正確に言えば……盗賊のちょうど真後ろに位置する木には攻撃の痕がありませんでした。でも、盗賊の両脇の枝や草はこのように鋭利に切断されている……」
「あの男の倒れ方を見るに、おそらく……立っていたというよりは、すぐ横の樹木によりかかっていたのでしょう。その時の姿勢と断面の位置から逆算すると――――」
タクロウの言葉に思わず、わたしたちは互いに顔を見合わせた。
仮に鉈男が地面に座り込んでいたとして、彼の肩口から腰にかけての切断面を直線として想像する。その直線の延長線上、ほんの僅かに彼の身体から外れた範囲に――この枝や草があったのではないか。
ちょっと待って。
それってどういうこと?
まるで物理法則なんて無視した――そこに映った光景を切り取ったかのような痕跡、とでも言っているかのようだ。そんな空想もいいところの話があるだろうか。いや……わたしは何度も見てきたじゃないか。この世界で。科学とも魔法とも操血とも異なる、恩恵能力の荒唐無稽さを――。
「セラフィエル様、急ぎこの場を離れましょう。そして一番近くの街へと移動したいと思います。すぐにそこで調査室と連絡を取り、この異変を伝えたいと思います。……嫌な予感がしますので」
「わ、分かりました」
嫌な予感、というのは全くもって同意だ。
久しく感じていなかった戦慄というものが全身に駆け巡った気がする。手の甲に浮き出た汗を反対の手で拭い、わたしたちはこの場を離れることにした。
留守番していたクルルたちに事情を話す暇もなく、ブラウンにお願いして馬車を走り出させる。多少無理をさせてでも、陽が暮れる前に次の街にまで行かなくてはならない。ブラウンにそのことをお願いすると、言葉が通じているのか、それとも雰囲気を察してくれたのか、小さく返事代わりに嘶き、少し早めの速度で馬車を動かし始めてくれた。
さっきまで気持ちよかった風すらも、妙に生暖かく感じる中、わたしは徐々に下がっていく太陽を眺めながら、この旅は平穏無事に終わらない――そんな確信に近い予感を感じたのであった。




