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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第一章 操血女王の奴隷生活
14/228

13 脱走 【視点:奴隷になるはずだった少女】

 私の名前は、パトラ=アイノーゼ。


 今年で14歳になる、村で農業を営むアイノーゼ家の長女だ。


 趣味らしい趣味もなく、毎日、王都へ領主を通して上納するための季節ごとの作物を収穫し、納める指定量の余りをどうやって家族みんなで美味しくいただくか、ということぐらいを日々の楽しみに生きていたただの村娘だった。


 王都で華やかな生活を送ることに羨望を持たないわけでもないけど、この村での平穏な生活は私にとって不満のない、幸せな生活だった。


 昨日まで、西の隣国であるガルベスター王国の脅威にさらされて、今のような事態になるだなんて夢にも思わなかった。いや、正確には西の脅威は知っていたし、争いが勃発した一年前から続く幾度の小競り合いも耳に届いていた。


 だけど西との戦線には王都から派遣された軍隊が国境間際にいることで、防衛ラインはほぼ国境付近から動かなかったし、常にこちらが完勝、という結果で終わっていた。圧倒的に優勢だったはずなのだ。


 一年の間、わたしの村に被害という被害もなかったのだから、本当に国境付近で戦いは収まっていたのだと思う。


 とはいえ、地図上では目と鼻の先ともいえる場所で両国の戦いが生じているのだ。


 わたしの生まれ故郷であるユンガ村が国境含む辺境領地内にある村だから、当然、警戒すべき区域に住んでいる。だけれど、うちが圧倒的に勝っている経緯もあり、なんど西が強引に攻め込んできたところで、すぐに国境で警戒している軍が追い返すだろう、という先入観が働き、どこか他人事のように考えていたのだ。


 ――その結果が現状だ。


 終わりは唐突に来るものだと痛感した。


 軍事的なことは何も分からないけど、きっと、戦力バランスを崩壊させる何かが戦いに加わったのだろう。でなければ、ここまで優劣が逆転するとも思えない。


 国境の方角から眩い光が発せられたかと思うと、気づけば戦場は国境からジリジリと国の内側へと後退していき、その勢いはユンガ村を含めた周辺集落も飲み込んでいったのだと思う。何故ならユンガ村以外にも交流があった村で、うちよりもさらに国境に近い村もいくつかあったのだから、間違いなくそこも巻き込まれているだろう。


 正直、家族や村の人たちがどうなったかは分からない。


 駐屯兵の人が戦線からの伝令を受けたのか、いち早く戦況を村に周知してくれて、避難を促してくれていたものの、逃げることの訓練をしていなかった私たちは、方々へと逃げださざるを得なかった。落ち合う場所も何も取り決めが無かったため、それぞれが最善と思う逃走方法で村から脱出した。


 アイノーゼ家は牛や鶏は飼っていても、遠出をしない家柄だったため、馬車の類は持っておらず、同じ境遇の人たちと共に村共有の大型の馬車に乗り込んだ。そこで人込みにのまれて家族とはぐれてしまったが、別の馬車で安全なところまで逃げ延びられていると信じたい。


 そして必至に逃げる道中で、野盗と出会い、私たちの馬車は横転することとなった。


 逃げることばかり考えて、着の身着のままで馬車に乗っていた私たちはさぞかし、格好の獲物だったことだろう。


 もっともその野盗も、奴隷業者が雇った者だったのだと今なら分かる。


 あまりにもタイミングが良すぎるし、後からやってきた――私が乗っている奴隷業者の馬車に対して襲い掛かることも無かったし、私を奴隷業者に引き渡したのも野盗だったからだ。


 野盗の連中は先に馬を殺すと、同じ馬車に乗っていた男性陣は抗おうと抵抗し、あっけなく殺されてしまった。


 今でも……見知った村の人が首から血を噴き出して倒れ込む姿が何度も瞼の奥によみがえる。


 きっとこの先、何十年もあの光景に恐怖を覚え、眠れない日々を過ごすのかもしれない。


 ――いや、そもそもまともな生活が奴隷へと下った私に残されているのかどうかも分からないけど……。


 生き残った人もどうなったかまでは分からない。

 なぜなら私は早々にこの馬車に引き渡されてしまったのだから。


 彼らがあの後、どういう末路を迎えたのか、この目で確認することは叶わなかった。

 もちろん確認したいかと聞かれれば、目と耳を塞いで何もかもから目を背けたい気持ちが強いけど……。

 いっそのこと記憶喪失にでもなりたいぐらい。


 檻の中に入れられて、同乗する同年代ぐらいの少女たちを見て、私は「ああ、終わったんだな」と諦観の念が胸を満たした。


 黒く重い泥が、私の心という容器に一気に流し込まれたような、最悪な気分だった。


 ――幸せな人生はこれでおしまい。


 これからは地獄の幕開けだ。


 誰かの言いなりになり、命令されればどんなに嫌なことであっても従わなければ殺される。

 女という身であるため、そういう選択肢が残されていると言われれば、同様に捕まった男性よりもまだマシなのかもしれないが、どのみち女としても人としても終止符を打たれたことは同じだろう。


 この首輪がまさにそれを象徴していた。


 「お前にまっとうな人生があると思うなよ」と常に語り掛けてくるような、醜悪な戒め。


 現王は50年前まで続いていた奴隷制度を撤廃し、今では禁忌としてその行いを禁じている。


 しかしそれでも国の目にも限界があり、今回のように国同士の戦争に巻き込まれた民を食い物にする連中は後を絶たないらしい。村の大人たちからそれを聞いた際は「禁止されてるのに、そんなことするなんて馬鹿じゃない」と笑い飛ばしていたけど、実際、この身に降りかかるとは思わなかった。


 馬車に揺られながら、不思議と涙は出なかった。

 感情が現実に追い付かない、そんな感覚だ。


 私が連れられて、数時間、馬車に揺られた後、戦場近くで亡くなった人たちの武具が回収された。


 御者台に座る二人の男の話が勝手に耳に届く。


 馬車に運び込まれた装備品が、民のために戦った軍の人たちの、そして相手である西の人たちの装備だと――笑いながら「大収穫だ」なんて男たちが祝杯でも上げるかのように喋っているのを聞いた時、命をかけて戦った軍の人たちの覚悟をいったい何だと思っているのかと怒りと怨嗟が入り混じるのを感じた。


 この二人の男がどこの出身かは不明だが、人間が最低限備えるべき、倫理というものを間違いなく捨てた鬼だと確信した。


 しかも装備品を洗いながしに筋肉質の男が馬車から離れたかと思うと、今度はかなり小さな子を肩に担いで帰ってきたのだ。


 私たちでさえ、親の半分も生きていない年齢だというのに、こいつらはさらにその私たちの半分も行っているかどうか……という子供を浚ってきたのだ。いい拾い物をしてきた、とでも言わんばかりの笑顔で。


 ――死ねばいいのに。


 思うのは自由だ。

 現実では抗う力すらない、弱者だけに与えられた唯一の自由。


 私は既に前を向くことすら忘れ、馬車の荷台の床を一点に見つめ、ひたすら男たちに呪いの言葉を綴った。



 少し経ってから、具合が悪そうにその子が目を覚ました。



 まだあどけない愛らしい二つの目が、きょとんと周囲を見回した。

 すぐに泣きださなかっただけでも、この子は偉いと私は思った。


 その子は一番近くにいた、亜麻色の髪の子にすぐに抱き寄せられ、面倒を見られていた。


 正直、羨ましい、と思った。


 私たちは寄る辺を失い、この両手は絶望という虚空に包まれている。

 だから……何でもいいから、この両手に温もりが欲しかったのだ。


 空虚なこの手に、すがるモノを欲していたのだ。


 だから私もできればその子という温もりを手にしたかった。

 だけど既にその熱は――自己紹介で聞こえたプラムという少女の元に収まってしまった。


 無理やり奪うことはできない。

 自暴自棄になりがちとはいえ、そこは人として、理性がストップをかけてくれた。


 だから再び私は床の木目に視線を落とすことしかできなかった。


「おじちゃん、こわーい」


 場違いとも言える、呑気な声が馬車に響いたのは、その数分後。


 あの凶悪な男に臆面もなくそんな言葉が吐けるのは、やはり後先を考えない子供だからだろうか。


 しかし男が威圧的に対応しようが、セラフィエルと名乗ったその子は泣かなかった。


 それどころか――見た目は不安そうに眉を下げているのに、どこか余裕を持っているように見えたのだ。

 不可解な感覚だった。

 こんな小さな子が、大男に怒鳴られて心中穏やかなわけがないというのに。


 私はセラフィエルと、その近くにいるプラムにどうか怪我しないようにと祈りながらも、遠い出来事のように目を伏せて視界から追いやった。


 次に私がセラフィエルと目を合わせたのは、男たちがクラス分けだのと言い、彼女たちを降ろそうとした時だった。


 彼女は突然、私にもたれかかるように倒れてきた。


 目が覚めた時は具合が悪そうだったし、体力もまだ育っていない年代の子が長時間、馬車に揺られていたのだ。


 きっと足がもつれたのだろう、と私は慌ててセラフィエルの両肩に手を置いて「だ、大丈夫?」と尋ねた。つい先刻まで焦がれていた突然の接触に、内心、少しだけ嬉しかったのは内緒だ。あまりにも不謹慎な感情だったから。


 しかし私の心は次のセラフィエルの耳元で囁かれた言葉で、大きく揺れることになった。


「――馬車が走り出してしばらくした後、檻は解放され、大きな隙ができる。首輪まではどうにもならないけど、そこから逃げるかどうかは貴女に任せるわ。可能なら他の子も導いてあげて」


 とても小さな子の台詞とは思えない――いや、さっきまで馬車の中で年齢相応の話し方をしていたセラフィエルのものとは思えない、そんな冷静と自信に満ちた言葉だった。


 私は目を見開いて、セラフィエルを見た。


 すでに彼女は立ち上がり、プラムに脇を抱えられて馬車の外へと目を向けていた。


 まるで私とは何も無かったかのように、意図的にそうしているように見えた。

 ――そう、私の方に倒れ込んだのは、あくまで偶然だと。

 外にいる男たちが私の態度に違和感を覚えないように、と。


 ……か、考えすぎ?


 セラフィエルの言葉を聞いていなければ、そう思ったことだろう。

 いや、今でさえさっきの言葉は幻聴じゃないだろうか、とまだ疑っているぐらいだ。


 ………………、でも。

 もし、本当に。

 ここから逃げられるとしたら?


 彼女は「馬車が走り出してから」と言った。


 つまり、停車かつ檻の扉が開いている今ではなく、再び檻が閉まり、馬車が動き出した後のことを指しているのだ。


 好機は今のようにも思えるが、きっと行動したところで、外にいる連中や合流した別の馬車の人間に取り押さえられるのが関の山だ。


 だから聞き間違え、ではないと思う。


「ねえねえ、おじちゃん」


 一度、セラフィエルという対象に意識が向いた私は、すでに檻から降りて声だけが聞こえる状態であっても、彼女の声を無意識に拾った。


 そしてまたしても私は驚くことになる。


「あの山ってなぁに?」


「ア、アァ? ありゃクライド鉄鋼山だろ。それがなん――」


「それじゃそれじゃ、あの高い塔はー? 何だか尖がってて、すごい細長いよー」


「だぁ、時間がねぇって言ってんだろうが! さっさとあっちの馬車に移れ!」


 クライド鉄鉱山。


 もちろん知っている。


 我が国の鉱山の一つで、大分採掘できる鉱石が少なくなったとは聞いているけど、未だに稼働している山だ。今は西との戦場が近いということもあって、炭鉱夫はさすがにいないと思うけど、彼らが仕事場として用いる居住区は間違いなくあるはずだ。


 それに古くからある鉱山だから、おそらく出入口も多方面にあるはず。


 私たちも入り組んだ鉱山道は迷う危険性があるけど、人の手が入った場所で、誰かの目から隠れるにはこれ以上に無い、避難場所にも思えた。


 そして尖っている高い塔でこの辺りから見える場所、と言えば……おそらく両国の国境線を示す、国境塔のことだと思う。


 此処から見える国境塔とは別だけど、ユンガ村からもうっすらと見える場所にも国境塔はあった。


 三角錐の細長い特徴的な塔。

 つまり、国境塔がある方角は、西のガルベスター王国ということ。


 私の頭の中で、バラバラになっていたパズルのピースが信じられない勢いで組み立てられていくのを感じた。


 ――となると、私が仮に馬車から出て向かうべき方角は……。


 私は外で嘔吐して騒ぎを起こしているセラフィエルの陰に隠れるようにして、他の残った4人の子の方へと静かに寄っていった。


 他の子も、先ほどまでの私と同様の面持ちで、この世に希望なんて抱いていない様子だった。


 でも今は違う。


 私は確証もないのに、何故だか冷えた心に灯った一つの炎を胸に、彼女たちに外に漏れない程度の声で言ったのだ。


「何が起こるか分からない。けど、この馬車が走り出してから、どこかで脱走するチャンスが来ると思うの。みんな、一緒に逃げてほしい……逃げる際は私の後をついてきてほしい」


 これで何も起きなければ、私はこの子たちに恨まれただろう。


 ――でも信じた。

 私は根拠のない、私の半生も生きていない小さな幼子の言葉を信じたのだ。


 だって、何も信じないで、全てを切り捨てたところで、待っているのは地獄だけ。

 だったら盛大に転んだとしても、顔を上げて、僅かに灯った光を目指すほうが断然良いはずだ。


 最初は皆も「こんな状況で何を言ってるの?」と引き攣った顔で見られてしまった。

 ちょっと挫けそうになったが私は今の本心を正直に伝えた。


「このまま……黙り込んで生き地獄を迎えるより、もう一度、自由を得るために走る方がマシだと思わない?」


 その気持ちはみんな同じだろう。


 彼女たちは顔を見合わせ、事態が良く飲み込めずに不安そうな顔を浮かべながらも、おずおずと頷いてくれた。


 うん、その気持ち分かるよ。

 私だって、いまだに事態は飲み込めていないんだもの。


 得体のしれない希望に縋るのは何とも気味の悪い感覚だけど、確定した絶望を迎え入れるより圧倒的に好感が持てる、ってだけの話。


 私は外の男たちに不審がられないように、すぐに元の場所で座り直した。


 そしてセラフィエルたちが別の馬車に押し込まれ、男たちも御者台に戻り、二つの馬車が走り出した。


 やがて片方の馬車が道を違えて、走る音が遠ざかっていくのを耳にし、私はセラフィエルとプラムのことを案じた。


 同時に緊張感が増してくる。


 セラフィエルがこの状況を打破できる手段を持っていたとするなら、何故、全員が揃っている停車時に行わなかったのか。


 その答えは彼女に聞かなくては分からないが、きっとそのタイミングではどうしようもできない条件があったのだろう。


 彼女たちを乗せた馬車にも男の仲間が乗り込んでいたはずだ。

 それも条件の一つのような気がする。

 だから片方の馬車が離れていった、この先――そこで何かが起こるのではないかと私は当たりをつけた。


 そして、


「えっ!?」


 唐突にそれは起こった。


 視界の端で火花のようなものが散ったような気がした瞬間、荷台を囲っていた幌が突然燃え出した。青い炎で包まれ、それはどこか幻想的な火として私の目に映った。


「な、なんだ!?」


「青い炎!?」


 御者台の男二人の慌てふためいた声が届く。


 そして同時に道を走る馬にも動揺を与えたのだろう。

 馬の鳴き声と共に、馬車は大きく左右に揺れ、二人の男はそれを制御しなおすのに苦労していた。


「みんな!」


 私は大きく他の子に声をかけ、他の子たちも呼応するかのように頷いてくれた。


 いつでも動けるように屈んだ私たちの目の前で幌は燃え尽き、檻がむき出しとなる。


 そして――ピキン、という音を立てて頑丈な檻の柵はパラパラと鋭い剣で斬られたかのように崩れ去っていった。


 分断された檻が音をたてて道に転がり、私たちの逃走経路は導かれるように――示されていく。


「は、はぁ!?」


 背後の様子に気付いたサイモンと呼ばれた大男が、目を見開いてこちらを見ていた。


 しかし何かしてくる前に炎に混乱した馬が大きく左折し、彼らはそれに引っ張られるようにして森の中に突っ込み、私たちはその慣性に逆らわずに崩れていった檻から外へと飛び出ていった。


 転がるようにして道の上に放り出された私たちだが、あらかじめ覚悟を持っていたことで受け身も取れ、全員が大きな怪我もなく、立ち上がることができた。



「行くよ!」



 私の号令に皆が頷き返し、私たちは国境塔の逆側に位置するクライド鉄鉱山を目指して、全力疾走を開始したのであった。



次回「14 上級奴隷館」となります(^-^)ノ


2019/2/23 追記:文体と多少の表現を変更しました。

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