38 ただの盗賊は相手になりません
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ゆったりと囲うように近づいてきた盗賊たちが、頭である鉈男の怒声を期に、一斉にわたしたちに向かって駆け出してくる。
事前に打ち合わせをしていたわけじゃないけど、わたしたちは自然と各々の戦闘スタイルに合った配置に移動した。
わたしとタクロウは最前線の近距離対応を。
ヒヨちゃんとクルルはそこから少し下がった中距離。
マクラーズとハクアは最後尾、最後にブラウンと馬車の中のメリア、という陣形になった。マクラーズはどちらかというと、馬車を護るために最後尾についた、という意味合いが強いだろう。現にマクラーズはショートソードを抜くも、遠距離攻撃が可能な武具は持っていない。
ま、ブラウンのところへは一歩たりとも近づかせないけどね。
「ヒィヤァァーッハァー!」
世紀末的な雄叫びを上げながら、歯がところどころ欠けた細身の男がわたしに向かって手を伸ばしてくる。腰に帯剣していながら、それを抜かずに手を伸ばしてくるあたり、いかにわたしのことを軽く見ているかが窺えた。
<身体強化>の出力を上げ、重心をやや前に傾けて応戦しようとした矢先――わたしの目の前を黒い影が横切っていった。
タクロウだ。
黒髪をなびかせた青年は、ギョッと目を見開く盗賊の両頬を右手一つで鷲掴み、そのまま五本の指に力を込める。
リンゴすらも容易く割りそうな握力で万力のように締め付けられた盗賊は、数秒にして僅かに残った歯が根元から砕け、そのまま頬骨も圧砕されていく。そこで止めてくれれば彼も一命は取り止めたのかもしれないが、タクロウはさらに指先に力を込め、そのまま顎ごと片手だけで押し潰した。
――う、うわぁ……容赦ないなぁ。もしかして、さっきの尻尾巻いて逃げろ発言に結構怒っちゃってる……?
栄養もカルシウムも極度に不足しているであろう細身の盗賊は、確かに常人より骨が弱かったかもしれない。だからといって片手で人の顔面を骨ごと握り潰すには、相当な握力が必要だろう。
――純粋に強い。
レジストンがわざわざ同行者として選ぶくらいだから、弱いとは思っていなかったけど、あの気配を消す技術といい、この人はかなりの実力者であることが推し量れた。
「こ、こいつっ!」
眼前で力の差をまざまざと見せつけられれば、さすがにタクロウの危険度に気付いたのか、他の盗賊たちはこぞって武器を手に取り、彼に向って刃を振るおうとする。
わたしも加勢しようかと思ったけど、盗賊の初撃に対するタクロウの体捌きを見て――一歩前に出た足を止めた。
盗賊が力任せに振り下ろした凶刃は、半身で避けたタクロウには当然のように掠りもせず、空を切った慣性に従うまま盗賊は彼の目の前でバランスを崩す。そんな隙だらけの盗賊の腹部に強烈な膝蹴りがめり込み、声にならない叫びを盗賊が漏らした。
次々と数人の盗賊が彼に斬りかかりに行くが、技量の無い剣など、風にそよぐ葉を躱すよりも容易いこと。最小限の動きだけで複数の刃を潜り抜けたタクロウは、躱す間際にそれぞれの急所に拳を見舞わせ、丁寧に盗賊たちの局部を破壊していった。
うん、絶対に援護、必要ないね……むしろ邪魔になりそう。わたしはわたしで別の相手をしてこよう。
野に放たれた肉食獣のごとく暴威を振るうタクロウを横目で見送りつつ、そそくさとその場を離れ、わたしは戦況を確認した。
タクロウの暴れっぷりを見て怯んだせいか、盗賊たちは勢いよく近づいてくる足を止め、慌てたように弓を構え始めた。
素人まがいの盗賊たちが放つ矢にそれほど脅威は感じないけど、何時だって予想外な事故というものは付き物だ。わたしはそういった芽を摘む意味も込めて、魔力を練る。
一撃で相手の動きを封じるには何がいいか――正直、選択肢は有り余るほど在るが、あんまり無暗にこの綺麗な野原を血みどろにしたくはない。なので、わたしは風圧の塊を複数生成し、それらを射手に向かって撃ち放った。
弓に矢をつがえ、狙いをつけて射ようとすることに集中している盗賊たちは完璧に足が止まっている。――いい的だ。
わたしの放った掌サイズの風圧弾は一発残らず、射手の腹部に命中し、全員が不可視の衝撃に目を剥いたまま後方へと吹き飛んでいった。背中を地面に強く打ち付けた盗賊たちは昏倒したようで、起き上がることは無かった。
これで遠距離攻撃を出来る奴は、誰もいなくなったね。
この調子で行けばマクラーズどころか、クルルやヒヨちゃんにすら仕事は回ってこない結果になるかもしれない。現にクルルたちも腰に手を当てて、わたしたちの戦況を見守る姿勢に移り始めていた。
タクロウから目を離してまだ数十秒しか経ってないというのに、彼の周囲には10を超える盗賊たちの躯が転がってるし、それ以外の連中は正直、恩恵能力を奥の手で隠してでもいない限り、残りはわたし一人でも十分に対応できる相手に思える。
全員に無駄な負担をかける必要もない相手と判断し、わたしはコートの裾を翻して、唖然と立ち尽くす盗賊の頭の元へと足先を向けた。
「どうも」
「……、……っアァ!?」
軽く挨拶をすると、彼はようやく焦点がわたしに合ったのか、とりあえずといった風に威嚇してきた。
「さっきの発言から、完全に私欲のための襲撃と判断しましたので、遠慮せず――叩きのめしますね」
「何を――っ!?」
プラムたちとの暖かい生活を3年も過ごしたせいか、わたし自身、情状酌量の範囲がかなり広がった状態ではあるものの……私利私欲のために、他者を陥れたり危害を加えたりする奴が相手ならば容赦をするつもりはない。
わたしは意義のない会話を打ち切るかのように、前方へ勢いよく跳躍し、鉈男の鳩尾へ膝を入れる。
鉈男は肺の空気を押し出され、大きく身体を「く」の字に折り曲げる。
「ぐっ、げぇ……!?」
「いっ!?」
鳩尾に入れることで相手の動きそのものも止める算段で、それは計算通りだったのだが、そこからさらに彼は胃の内容物を吐き出してきた。頭上に影を落とす黄色い弱酸性雨に、わたしは思わず口元を引き攣らせて目を見開いた。
彼の吐瀉物シャワーを浴びる危険区域にいたわたしだが、咄嗟に魔力を使い、前方周辺の全てを吹き飛ばす風を発生させ、彼を吐瀉物ごと後方へと押し返した。
「あ、危なかった……」
せっかく貰ったコートに汚れがついていないか確認し、問題がなかったことにホッと息をついた。
「――――?」
一瞬、戦闘行為から意識が遠のいた瞬間、わたしは誰かの視線を感じて顔を上げる。
視線の先は――奥を見通せないほど立ち並ぶ森林地帯だ。<身体強化>で強化したわたしの視力と言えど、森の奥まで見通すことはできなかった。
あそこに…………誰か、いる?
「ごぁ……! こ、のぉ、クソガキィ!」
しかし、そんな思考は立ち上がった鉈男の馬鹿でかい声に遮られた。わたしが視線を向けると同時に、彼は大鉈を右手に、血走った眼をこちらに向けてきた。
無造作に振り上げられた大鉈は、実に読みやすい軌道を描き、袈裟斬りにわたしへと迫ってくる。
「遅いよ、そんなんじゃ掠ってあげることすら――できないっ」
<身体強化>によって倍増した動体視力と知覚強化。その二つさえあれば、技術の無い無骨者の相手など造作もないことだった。
わたしはヒラリと身を屈めて空気を割く音を背中で見送り、隙だらけの鉈男の下がった左肩に回し蹴りを加える。加えてから――あっ、と思わず声を漏らした。
……しまった、まさか今日こんな戦闘行為があると思ってなかったから、スカートだったんだ……。あんまり足を上げるような攻撃は――うん、控えよう。
幸い、鉈男はそんなことに余念を割く余裕はないようで、内心ホッとした心境のわたしはさり気なく追撃を数回加えて、その場から退いた。
ズン、と片膝を地につけ、鉈男は信じられないものを見るかのような視線を向けてきた。
「どうしたんですか? 随分と驚いているみたいですけど」
「テ、テメエ……な、何者だぁ!? た、ただのクソガキが……こんなっ――」
「クソガキ呼ばわりする人に名乗る名前なんてありませんよ」
ジト目で返すと、鉈男は困惑を治める間もなく鉈の柄を握り直し、震える膝に鞭を打って立ち上がる。表情には変わらず動揺が見られるものの、それを上回る瞋恚の念が見て取れた。
よほど10歳程度の少女にあしらわれた上に、膝をつかされたことが許せないらしい。ふん、人の命を食い物にしてる連中が、一体何の矜持を持ってそんな顔をするというのか――甚だ主張してくる自分本位の価値観に、むしろこっちがイラっとくる。
わたしはコートの裏地にある鞘から短剣を抜き、ヒュッと一度空を切らせる。
とてもあの大鉈と打ち合える代物ではないが、だからこそ――明確な実力の違いというものを、この男にも味合わせられることだろう。もっとも肉弾戦で既に敗れている時点で、既に証明しているようなものだが――怒り心頭で盲目な彼にはこうやってハッキリと武器同士で戦う方が分かりやすいだろう。
「な、舐めやがってェ……! 両手両足をへし折ってェ、嬲り殺しにしてやらァ!」
「どーぞご随意に」
「だらァ!」
力任せに大鉈を振るう鉈男だが、燕返しのように一度振りぬいた刀身を素早く切り返すだけの膂力は持ち合わせていないようだ。つまり単調な一方通行の斬撃である。そんなものが当たるわけもなく、わたしは一撃一撃を丁寧に躱しては、すれ違い様に短剣で彼の薄皮に赤い跡を刻んでいく。気を付ける点があるとしたら、グラム伯爵より戴いたコートに傷をつけないよう立ち回るぐらいのことだろうか。
「ぐおぉぉおぉぉぉっ!」
ムキになって振るわれる大鉈に、裂かれてあげる優しい存在は空気のみ。
より一層、読みやすくなった斬撃の軌跡を流し見て、わたしはもうこれ以上は無意味かな、と勝負を終わらせることにした。
「ふっ――」
幾線もの剣筋が宙に光を残し、数秒後に彼の利き腕から鮮血が飛び散っていった。6度――撃ち込んだ斬撃のいずれにも回避行動をとれなかったあたり、鉈男の身体能力はまさに筋力特化だという証明を彼自身が打ち立てたところで、この勝負は終了を示した。
「が、ァ……!」
指先に力が入らなくなり、彼は大鉈を地面に落とす。それから二歩、三歩と……ふらつきながら距離を取ると、悔しそうに歯ぎしりをしながら、彼は残った左手で腰裏の袋から何かを取り出す。
「糞がァ!」
そんな捨て台詞と共に、彼は左手に持つ球を地面に向かって叩きつけた。
「!」
球が地面と激突し、割れた瞬間――周囲に夥しい量の煙が巻き上がる。
煙幕――!
咄嗟に風魔法で煙を払おうとしたが、催涙性の薬物も練り込まれていたのか、わたしは両目に襲い掛かる痛みに涙で視界がぼやけてしまう。
「いぃっ!?」
<身体強化>で過敏になっていた所為もあり、目を開けていれないぐらいの痛みが走る。このまま魔法で煙を払っても、鉈男の反撃を躱せない可能性があるため、仕方なくわたしは闇雲に背後へとバックステップを繰り返して距離を取ることとした。
うぅ……目がぁ……染みる! アイタタタタ……!
掌の上に水を生成して目元を潤しながら、煙幕地帯を脱する。わたしの姿を確認したヒヨちゃんが「セラ!」と呼び掛けてくれたおかげで、退避先の方向が決まった。わたしは踵で方向を僅かに変え、声の主へと背中を預けた。
「だ、大丈夫ですか、セラフィエル様!?」
「おい、目をやられたのか!?」
クルルとヒヨちゃんの二人が心配そうに声をかけてくれることにちょっと嬉しくなるのは不謹慎だろうか。ええい、わたしは構ってちゃんか!
「だ、大丈夫です。ちょっとした催涙系の何かが入ってたみたいで……わたしの<身体強化>が仇になりました。……少し休めば治ると思います」
「それは良かったです……後は私にお任せを。セラフィエル様はここでお休みになられてください」
いつの間にかタクロウも近くにいたらしい。眼を瞑っていると本当に気配感じないね……この人。まあ盗賊の実力も分かったし、ここはわたしが無理をしなくてもタクロウに任せればいっか。彼の提案にわたしは甘えることにした。
「すみません、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらないでください」
丁寧な返事を残し、声が途絶える。涙で潤む瞳を僅かに開けると、どうやら彼は既にこの場から離れていたようだ。
――その後、何故かクルルに膝枕をされそうになり、恥ずかしいからと嫌がると……今度はヒヨちゃんが「な、なんなら……わ、私の尻尾を……枕代わりにしてもいいぞ」と亜人能力である蠍蜥蜴化を使ってまで甘やかしてくれる。
か、完璧に子供扱いされている……! クラウンになったのに!
結局、わざわざ蠍蜥蜴化までしてくれたヒヨちゃんの厚意を無碍にできず、わたしは彼女の尻尾に頬を寄せて、両目の状態が戻るまで休ませてもらった。
「やれやれ、オジさんもそんぐれぇ優しくしてもらいたいもんだなぁ」
なんてマクラーズのボヤキが聞こえたが、それは恙なくスルーさせていただくことにした。
やがて、何度か水で濯ぐことで催涙効果も薄れていき、わたしの視界が正常に戻ったころ――タクロウと、何故か馬車の中にいたはずのメリアの二人が戻ってきた。
二人の表情は――――あ、いや、メリアはいつもの無表情だったけど、タクロウの顔色はどこか思考の渦に捉われているようで、非常に険しいものであった。
何か想定外の事があったのだと――わたしは察して、ゆっくりと体を起こした。




