37 群青色の死神【視点:ドゥゾーラ=パラディン】
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今回は敵さん側の視点ですが、ちょっと約1名、だいぶ危険思想なお方がいるので、そういうのが苦手な方は申し訳ありません、、、(ノД`)・゜・。
いつも読んでくださり、大感謝です!(*´▽`*)
面倒事は嫌いだ。可能な限り、面倒という結末に繋がるような事柄は避けて通る。それが僕の信条であり、処世術でもある。
そんな強い信念を持っているはずの僕だが、どういうわけか今、その面倒事の真っただ中にその身を置いている。所謂、出張任務というわけだ。いや、別に任務を面倒と言ってるんじゃなくて、ただ無為にこんな場所まで出張ることを面倒だと言っている感じだ。
あぁ、さっさと終わらせて家に帰りたい。切実に。
僕は手頃な岩に腰をかけ、遠くから聞こえてくる有象無象どもの喚声を疎ましく思いつつも、この場から離れることを許されない己に課せられた任務に舌打ちをした。
まったく――たかだか少女一人になんで僕がこんな鬱蒼とした場所に出向いて、面倒な目に合わなきゃいけないのか。
納得ができない。
仕事だと言われてしまえばそれで終わりだが、理解できても納得はできないものだ。とはいえ、僕の心情一つで我儘を言って、あの御方の怒りを買うわけにもいかないから、こうして出張る他選択肢はないわけだが……はぁ、やっぱり靄がかった心は感情の吐き出し口を求め、ため息として出てしまう。
「はあ」
「鬱陶シイナ。ソンナニ嫌ナラ、他ノ者ニ委任スレバ良カロウ」
「うっさいなぁ、壱号。それが出来りゃ苦労しないんだよ。お上の命令は絶対。いくら面倒でやりたくなくても、仕事ってのは我慢してやんなきゃいけないことなんだよ」
「ダッタラ黙ッテ遂行シロ」
「お前らみたいな人形と違って、人間は繊細なの! ったく、偶にお前らみたいに、何も考えずに命じられたことをこなすだけの気楽な存在になりたいもんだよ」
「ホウ……希望スレバ叶ウノデハナイカ?」
「……別に一生なりたいわけじゃないし。偶にって言っただろ、ったく……揚げ足ばっかり取ってさ」
隣に佇む赤と黒の法衣に身を包んだ存在――符号名称「土棲之壱号」は淡々と僕の文句に言葉を返してくる。そのことが面白くなくて、僕は膝頭に肘をおいて頬杖をかきながら、遠い目をする。
世界に死と絶望を運ぶ聖職者――それをイメージしてコイツらには法衣という衣装を授けているが、相変わらず奇妙な服である。なんで神官や神父とか神を崇拝してる奴は、こんな動きにくい服装を好むのかね。まあ、コイツらは着せられている身だから、好んでいるわけじゃないだろうけどさ。
あーあ、こんな重苦しい奴じゃなくてさ。もっと可愛い子とか、美人さんと一緒に任務をやっていきたいよ。戦闘特化した壱号のような合成人は容姿や性別など、個性というものが手抜きだから正直見れたもんじゃないけど、奉仕を目的とした合成人は可愛い子が多い。そういう風に造られる。従順だしね。あぁぁー、僕もあんな子たちにお世話されるだけで過ごす日々が欲しいよぉー……。
「ケケケ、不純ナコトヲ考エテイルノガ、丸分カリダゼ、コイツ」
「…………肆号」
鼓膜を抓られるような耳障りに甲高い声。
僕はこの場にいる中で最も会話をしたくないと思える土棲之肆号を見て、言い返したい気持ちをグッと堪えた。
壱号よりも洗練された能力を持ち合わせるも、性格破綻した――超危険な奴。
それがコイツの印象だ。
発言から分かる通り、壱号と同様に、僕の言うことを素直に聞き入れるような奴ではない。面倒さ加減で言えば、コイツの方が壱号よりも数倍は上だ。はぁ、なんで僕はこんな厄介の塊たちと一緒に行動してるんだ……早く帰りたい。
「ケケ、顔ニ出テンゾ、顔ニ」
群青を基調にした布地に、金糸で編み込まれた模様が目立つ法衣で身を包む異形の聖職者は、脇に布に包まれた長方形の何かを抱えながら、ケタケタと嗤いだす。
「うっさいなぁ……もう本当にうっさい。いーからさっさと終わらせてきてよ」
「ケケケ、例ノ子供ヲカ?」
「そーだよ! お前ならあんなガキ、射程にはいりゃすぐに殺れんだろ? なんであんな馬鹿どもを嗾ける必要があったんだよ!」
馬鹿ども――この辺りを勝手に縄張りとしていた盗賊たちに金を渡し、さらには奪った金品女共は好きにしていいという条件も突き付けてまで動かしたのは、他でもない僕だ。……この肆号たっての希望で。
心の底から断りたい要望だったが、僕の心情を察した肆号はあろうことか「ヤラナイナラ、ソレデイイガ、ソノ場合、俺ハコノ任務ヲ降ロサセテ貰ウ」なんてことを抜かしやがったのだ! 監視役として同行を命じられた僕が、そんな結末を招いてしまえばどういうことになるか……考えるだけで恐ろしい。
泣く泣く申し出を飲み、僕は自腹を切って銀貨10枚を入れた革袋を用意し、本来なら近寄るのも嫌な盗賊どもに不毛な交渉を持ちかけたわけだ。本当なら交渉自体もコイツらにやらせたいところだが、如何せん見た目がコレだ。無用な警戒……最悪、騒ぎにまで発展する危険性があるため、僕がわざわざ出向いてまで小汚い連中と言葉を交わさざるを得なかった。
あぁ、くそっ……胃の下のあたりがキリキリする。
ほれ、見ろ! あんな恩恵能力すら持ってなさそうな奸物風情が、わざわざ戦闘用合成人を出向かせるほどの相手に適うわけがないじゃないか! あぁ……! 僕の銀貨10枚が無残に散っていくっ!
木々の隙間の向こうでは、徐々に怒声が減っていき、反比例して野に転がる人間の数が増えていった。いうまでも無く盗賊たちの躯の数だ。予想できていた結果だけに、僕の苛立ちは臨界点を突破してなお、膨れ上がっていく。
「フム」
フム、じゃねーよ! なに達観した素振りで静観してんだよ! くっそぉ、コイツの身振り手振りの一つ一つに腹が立つ!
「ほらほら! もうアイツ等じゃ話になんないのは分かっただろ!? 早く行ってこの仕事を終わらせてくれ!」
「ソウ急クナ、鬱陶シイ。ケケッ……俺ノ初陣ヲ飾ルニハ、丁度イイ相手ノヨウダナ。アノ小娘、ナカナカ強イゾ。周リノ連中モダ」
肆号はしわがれた親指と人差し指で輪を作り、そこから草原での戦いを覗き見る。その輪の先に焦点を合わされた銀髪の少女に多少の憐れみを抱きつつも、僕は盛大にため息をついた。
「強いのは分かったよ。でも、それでも――お前の敵じゃないだろ? 何をそんなに勿体ぶる必要があるんだよ……」
頼むから、早く帰りたい僕への嫌がらせ、だなんて言わないでくれよ?
「ケケケ、マルデ勿体ブルコトガ、悪シキ行為カノヨウニ言ウノダナ」
「はあ?」
必要のないことを無駄に先延ばしにしているんだから、それが悪でなくて何と言うのか。本当にコイツの考えていることは意味が分からない。
眉を顰める僕を他所に、肆号はいつの間にか、袖下に隠し持っていた小型のナイフを手にしていた。背の高い木々の合間から差し込む陽の日差しを反射させる存在に、思わず身構える僕だったが、そんな僕を嘲笑うかのように肆号は小刻みに肩を揺らして嗤い出す。
「ケケケ……時間ヲカケルコトハ、ナニモ悪イコトデハナイ。見ロ……」
そう言って肆号は、ナイフを地面へと突き立てた。
一体何を――と僕はそのナイフの切っ先を覗きこむと……そこには、刃先で切り落とされた百足が蠢いていた。僕の苦手な節足動物の一種だ。うわぁ……この生物にあるまじき足の数の多さが苦手なんだよなぁ……。
ナイフは百足の多数ある足の一本を切り落としただけのようで、本体はまだまだ元気で、その場から逃げ出そうとする。
僕の嫌悪感に気付いている癖に、肆号は構わずにナイフを再び引き抜き、地面に向かって突き刺す。
同時に百足の足がまた一本、飛び散る土と共に宙を舞った。
おいおい……急に悪趣味な異常行動を取り始めたぞ、コイツ! 僕はこの異様な遊びを最後まで見届けなきゃいけないのか!? それとも止めるべきなのか!? 誰か教えてくれよ……ていうか、もう本当に誰か代わって。僕の精神が持たない。
おい、壱号! なに我関せずみたいな態度で、幹に背中預けてそっぽ向いてるんだよ! 僕を助けろ! 今すぐ助けてください!
「一気ニ殺スコトハ簡単ダ」
「は?」
急に肆号が言葉を発したように感じ、僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「見ロ、コイツ……ケケケ。足ヲ徐々ニ、失ッテイクニツレテ、動キガ鈍クナッテキタゾ」
「……当たり前だろ、そんなの」
ザクッザクッ、とナイフを何度も土に突き立てては、足の数を減らしていく百足の動きは確かに鈍いものへと化していった。だがそれは当然の帰結であり、そこに何の面白みを見出しているのか、僕には全くといっていいほど理解ができなかった。
「虫ハ……悲鳴モ上ゲナケレバ、血モ出ナイ。実ニ遊ビガイノ無イ、相手ダナ」
ザッ――ブツッ、と何かを断つような嫌な音がしたかと思えば、今まではチマチマと足だけに狙いをつけていたナイフが――百足の胴体を分断した音だったらしい。
「コレガ……アノ少女ダッタトシタラ、ドンナ反応ヲ示スノカ、気ニナラナイカ?」
「……」
ならねーよ! 僕にそんな猟奇的一面は無いっ! 逆にもう一思いに息の根を止めてやれよ、って思うわ!
「フム、価値観ニ、大キナ隔タリガ、アルヨウダナ」
僕の引いた表情を見て、肆号は全然残念そうでない口調で、残念そうな言葉を発する。あぁ~~~、誰かこの空気をぶち壊す救世主が降って湧いてこないかなぁ! もう、ほんとコイツらの監視役とか勘弁してくれよぉ……!
そんな時――まさに僕が求めていた救世主は予想外な形でやってきた。
ガサ、と音を立てて草木をかき分け、僕たちの前までやってきたのは――僕が臨時雇用した盗賊のリーダーであった。
体中に大小の打撲痕、切り傷をこさえながら、彼は額に大量の汗を浮かべながら僕たちの姿を確認すると、隣の大木に体重を預け、ズルズルとその場で座り込んだ。
遠目に先ほどまで戦地だった草原を眺めれば、そこには煙幕が地面から空へと舞い上がっていた。
なるほど、煙幕を使って自分だけ命からがら離脱してきた、というわけだね。
「テ、テメエら……よ、よくも嘘を吐きやがったな……! あ、あれの何処が、貴族令嬢と従者、だぁ!? とんでもねぇ強さ、じゃねぇか! あんなっ、化け物揃いの、奴らに……俺らをぶつけやがってよぉ!」
貴族令嬢と従者?
あぁ、そういえば交渉時に、コイツらがやる気出すような言葉をつらつらと並べた記憶があるけど、その中にそんな言葉が混ざっていたような気がする。
貴族=金蔓、という方程式がこういった連中にはあるからね。僕が狩りやすい相手だということを口八丁に並べたことを完璧に真に受けていたらしい。本当に馬鹿な奴らだ。とはいえ、肆号が始めた妙な空気を吹き飛ばしたことだけは評価に値するよ。良くやった!
「……丁度イイ、検体ガ自ラ、ヤッテキタナ」
「へ?」
そんな僕の喜びをふいにするかのような気配が、肆号から漏れ出ていた。
「ドゥゾーラ。ココニ威勢ノイイ、人間ガイタトスル」
「いたとする、っていうか……実際いるんだけど」
「マア聞ケ」
肆号はそう言うと、脇に抱えていた包み物から布を剥がし、その中に隠されていた物の正体を白日の下に晒した。――もっとも僕も中身が何かは知っていたから、驚きもしないんだけどね。
しかし盗賊の頭は当然、初見なわけで……肆号が抱えるソレを見て、意図を理解できずに呆けた顔を浮かべた。おそらく何を出すつもりなのか警戒していたのだろうが、ソレが武器でもなんでもなく、ただの家具だったことに理解が追い付いていないのだろう。
「あ、あぁ……? い、一体、何のつもりだテメエ――――」
しかしそれ以上の言葉は肆号がソレにナイフを突き立てたことで中断された。
「ア、ェゲ――――――――――――」
そんな意味の為さない音を喉奥から漏らし、盗賊の頭は右鎖骨から左脇腹にかけて鮮やかな線が走ったかと思うと――彼の胴体は徐々に開けていき、最後は大量の血しぶきと臓物を垂れ流しながら両断されていった。
「うげぇ……」
嫌な光景を見せるなっての……もっと場を汚さないやり方ってのがあるだろうに! 僕は目の前で繰り広げられた死の光景に、思わず口元を抑えて視線を逸らした。別に人の死に様に慣れていないわけではないが、好んで見たい光景でもない。
肆号は未だその場に座ったまま、一歩も動いてはいない。盗賊の頭に対して攻撃らしい攻撃も行っていない。ただ手元にあるソレに対してナイフを突き立てただけ。何も知らない第三者から見れば、盗賊の頭が勝手に胴体を斜めに断たれた――不可思議な現象に見えたことだろう。
――初めてこの能力を耳にしたとき「なんだ、そりゃ」と思ったが、実際にこの目で見ると改めて実感できる。……この能力は明らかにヤバい、と。危険度で言えば、有利な条件が揃えばレベル7もあり得るだろう。それこそ場合によっては、巷で噂の暴君姫すらも一撃で葬り去れるほどの……。
しっかし……この無駄にデカい図体の奴でも、いとも簡単に切り裂きやがった。こりゃ全身鎧に盾構えてる奴でも関係なく、同じ末路を辿りそうだな……コイツと正面から相対する、それは即ち死を示すことに他ならなさそうだ。
肆号は絶命した頭には既に興味を示さず、僕に対して言葉を続けた。
「分カッタカ? イカナ人間モ、一瞬デ死ニ至ラシメレバ、コノヨウニ……詰マラヌ最期ヲ、迎エルワケダ。絶望モ感ジズ、情ケナク、許シヲ請ウコトモナイ。コレデハ、ソノ辺ヲ飛ブ羽虫ヲ潰スノト、ナンラ変ワリガナイコトダ」
「はあ? まさかと思うが……」
「ケケケ……セッカク知能ヲ持チ、言葉ヲ使イ、感情ヲ持ツノダ。死ノ淵マデ、持チウル全テヲ曝ケ出シテ、俺ヲ楽シマセルノガ、死ニユク者ノ、義務ダトハ思ワナイカネ?」
「……」
ああああああああ、もう嫌だ!
なんで僕はこんな危険な奴のお守りをしないといけないんだよ!
もう帰りたい! 是非に! 是非にぃ!
肆号は頭を抱える僕を心配することなく、再びソレを布に包み込み、脇に抱え直した。
「……まぁ、お前の言い分は理解したくないけど、一応分かった。でも、だったら何で僕の銀貨を使ってまで、こんな盗賊を仕向けたんだよ。今んとこ、全く意味がないよーに思うんだけど?」
「馬鹿カ、オ前ハ」
お前の方が正真正銘、ぶっ飛んだ馬鹿だよ! と反論したくなる気持ちを全力で押さえつける。
肆号は右手の人差し指と親指の腹を合わせ、何かをすり潰すかのような仕草を見せてきた。
「相手ノ力量ヲ、正確ニ測ラナケレバ、誤ッテ一瞬デ殺シテシマウカモ、シレナイダロ?」
「……………………そうかい、そうですか。で、その力量とやらは測れたのかよ」
「――ソコダケハ想定外ダッタナ。マサカ、ココマデ弱イ連中ダトハ思ワナカッタ。ドゥゾーラ、オ前ノ見ル目ノ無サニハ、言葉ヲ失ウバカリダ」
「……つまり、全く以って実力を測れなかったと? 僕の銀貨10枚は無駄に散ったと!?」
「自業自得ダ。次ハ間違エルナヨ」
うがぁーーーーっ!
僕の方が立場的に上だというのに、この言い様! くっそぉー、本当にムカつく! 今回の一件が終わったら、上にチクって罰を与えてやる! コケにしやがって、絶対に許さないからな!
「ダガ、マァ」
地団駄を踏む僕を無視して、肆号は生い茂る木々の向こう側を見つめ、腹の底から震えあがるような低く、おぞましい笑いを漏らした。
「相手トシテ悪クハ――無イ」
はあ、もう勝手にしてくれ……。
僕は全身の倦怠感と頭痛に苛まれながらも、肆号と壱号を連れ立って、その場を離れる。
向こうは煙幕に紛れて逃がした盗賊の頭に警戒して、周辺を探ってくるはずだ。肆号が全員を迎え撃つというのなら、さっさと帰るために残るという選択肢を推したいが、今の口ぶりからして、そうはならないだろう。ならばこの場に長居は不要だ。
最後に僕は後ろを振り返り、今はもう視界から消えた、標的の少女のことを思い浮かべる。
彼女に放る言葉は一つしか思い浮かばなかった。
――ご愁傷様。
次回は少し時間を遡って、セラフィエル視点に戻りますー




