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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
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34 昏い匣の主【視点:????】

たくさんのブックマーク、ありがとうございます~(*´▽`*)

更新が遅れがちで申し訳ありませんっ(>_<)


いつもお読みくださり、感謝しております!(*´Д`)

 ――ギィ、と年季の入った揺り椅子が軋む音が暗闇に響く。


 部屋に灯火はなく、無機質な静寂が室内を支配する。


「…………動いたか」


 水分が失われた唇を動かし、乾いた舌を動かして、ようやく言葉を紡ぐ。


 随分としわがれた声になったものだと、思わず自嘲するも、その感情を表現するだけの力が今の表情筋には無く、結局、私の顔は無表情のままであった。


 僅かに重心を後ろに預ければ、僅かな慣性に従って椅子が揺れ動く。揺れる度に軋む木の音を楽しみつつ、私は光を失った両目で虚空を見上げた。

 

 あぁ、そうであった。


 この部屋が暗闇なのではなく、私の見る世界が暗闇なのだ。


 人が外界から得る情報源の大部分たる視力を失ってから、どうにも感情の発露が乏しくなった気がする。感情が止まれば、身体も止まる。年老いた関係もあるのだろうが、無駄に身体を動かすことをしなくなったこの全身は今となってはこの椅子から起き上がることすら難しいほど衰弱していた。


 それでも――あぁ、それでも。


 私はこの胸に抱く渇望だけは忘れない。


 たとえ全身が鉛のように動かなくなろうとも。色付く世界を失ったとしても。その指先で何かに触れる喜びを忘れたとしても。その舌で踊るような佳味を味わうことができなくても。


 我が渇望を忘れることだけは――あり得ない。


 のぅ、スクアーロ。この世界に堕界だかいせし敗北の神よ。貴様は彼の獣の一体に敗れ、その恐れをこの世に形として残し、誰もが己が恐怖を共有してくれるものと満足して逝ったのだろうが……私にとっては逆だ。


 ――恐怖?


 ククク、違うな。アレは希望だ。


 人の限界を超え、世界に定められた既知の外へ踏み出すための可能性。


 本来であれば無数に広がる世界群の外側に居座る連中にしか知られていない――決して人が足を踏み入れることができない領域。それを愚かにも貴様は壁画という形にしてこの世界に残してしまった。


 私の両目は既にその光景を見ることは叶わないが、今でも脳裏に鮮明に焼き付いたままである。細部まで思い出すことが可能なほど記憶に焼き付けた――この部屋中に刻まれた壁画の数々。


 この世界に堕ちた神とその14の眷族が残した足跡。


 憐れにも人知れず消滅することを恐れた神が、その身に残された時間で矮小な壊れかけの世界に爪痕を残した。その爪痕に蒔かれた種は長い時を経て、生物として生れ落ち、眷属たちの恩恵を受けた者を主導に進化を続け、やがては他の世界と同様に文明を発達させていった。


 まさか自分が創造した生命の中に、己の意思と反した存在――異分子が生じるなど、当時の神々は想像だにしなかっただろう。それとも人という種が混沌を生み出すことも想定済みだった? いや……ここに記されていた創世記から読み取れる感情は――やはり、怖れだ。世界を喰らう獣に対する絶対的な恐慌。その存在を作り出すような者を進んで仕込むわけもない。


 もし神が我々と同等の知能、思考を持ち合わせていたとするならば――おそらく至高神スクアーロは、自らと眷族で生み出した新たな命たちに知ってもらいたかったのだろう。己という存在がいたということと、壁画に忌まわしき獣の記録を残すことで……子供たちに忌避の対象が何たるかを教え込むために。だから神は壁画という形でこの世に記録を残した。


 ――計算外があるとすれば、生物はつがいを見つけ、血を交わらせ、子を産む。その過程で彼らが遺した恩恵が薄まっていき、同時に至高神スクアーロの意思を継ぐ心も分散していったことだろうか。


 その過程で至高神と14神徒が与えた恩恵は世代を挟む度に徐々に混ざり合い、希釈され、その力は弱く――別の物へと変化していった。いつしか時代は流れ、従来の恩恵は信仰能力セレスナティへと名を変え、一部の少数にしか最早残っていない。混血によって変化していった恩恵は恩恵能力アビリティと呼ばれ、今となっては至高神スクアーロですら予想もつかないほど、多岐の種類に枝分かれしていった。


 そうして幾星霜の月日が流れ、神への信仰心は薄れていき、今となっては信仰能力セレスナティを持つ者も、神が没した地――ヴァルファランにしか生まれない始末だ。


 そして何万と繰り返されてきた配合によって――私のような異分子も生まれてくる、というわけだ。


 私はくつくつと肩で嗤い、かつて世界を築き上げた負け犬(スクアーロ)を見下した。


 怖れる、だと? 馬鹿を言ってはいけない。あれこそ至高の姿。究極の進化。世界の終焉を迎える際に、その後始末という宿命を背負わされる、破壊の獣。人の頚城くびきをどうのという話ではない。概念そのものが置き換わる――新しい存在なのだ。


 素晴らしい。この脆弱な人の身を脱ぎ捨て、私は――――。


「――ぐ、ごふっ……!」


 感情が昂ぶったことがいけなかったのか、私は全身の神経に電流が走ったような感覚と共に、肺や胃から逆流してきた吐瀉物をまき散らした。


 ぐっ……視覚よりも嗅覚や痛覚が壊れればいいものを――面倒な。


 喉を焼くような不快感と痛み、そして鼻をつんざく酸味の強い悪臭に口元を歪めた。


「――主よ、失礼します」


 心地よい女の声が耳に届く声と共に、彼女は口から漏れ出た汚物を丁寧に拭き取り、替えの服へと着替えさせてくれた。


「ご苦労」


 私が短くそう告げると、満足そうな気配を漂わせたまま、その女は汚れた衣服を持って部屋を後にした。


 代わりに誰かがこの部屋に足を踏み入れた気配を感じ取る。この気配は――ギアンテロか。奴が丁重に礼をしている間も惜しく感じる私は、催促するように声を出した。


「首尾はどうだ、ギアンテロ」


「ハッ……3年前、水棲之壱号すいせいのいちごうを消滅させた子供――セラフィエルという名の少女ですが、つい先ほど――」


「そんなことは分かっておる。王都を出たのだろう。弱まったとはいえ、この国の大地は遍くして私の物だ。一度捕捉した人間が、地上でどう行動したかなど――手に取るように探知できるわ。私が聞きたいのは動向ではなく、対処だ。誰を向かわせたのだ?」


「――ハッ、愚かな発言でした。どうか、お許し――」


「過去を詫びるなど無駄なことだ。非礼を理解したのならば、未来の行動でその愚かさを上回る功績で挽回しろ。……ごほっ」


「主、水を……」


 自然な振る舞いで横に戻ってきた女の声に頷き、差し出されたコップの水を飲み干す。


 まったく愚鈍な部下である。その実力に信は置いているものの、こういった配慮が欠如していることが玉に瑕だ。衰弱したこの老体に長らく言葉を吐かせるとは――後ほど、罰として数時間、土の中に生き埋めにしてやろうか。


 私は女が丁寧に口元を手巾で拭き終えるのを待った後、再び口を開いた。


「ギアンテロ」


「ハ、ハッ……! 既に刺客は手配済でございます。東に向かったようですから、現地にいる合成人キメラ共に一任しようかとも思いましたが、相手は子供とはいえ水棲之壱号すいせいのいちごうを倒すだけの力量を持っているので――」


「ギアンテロ、アァ……ギアンテロォ!」


「ハ、ハッ!」


「分かりきった情報で無駄に時間を浪費させるんじゃない……誰を送ったか、それだけを述べよ!」


「し、失礼をっ――あ、いえ……はい、土棲之肆号どせいのよんごうを向かわせました」


 私の苛立ちを真っ向から受けたギアンテロは、しどろもどろながらも、ようやく結論を口にした。


 土棲之肆号どせいのよんごう――先日、ようやく成功した合成人キメラか。今まではどうしても能力が()()し、不完全な性質しか引き継がれなかった不良品ばかりだったが、ようやく少し前に西から仕入れた()()が適合反応を示し、完全な合成人キメラが成功したのだ。


 ククク、アレの晴れ舞台が、セラフィエル=バーゲンの始末となるか。どれほどの成果を生むか実験をするには丁度いい相手というわけだ。


「よろしい、次は成果だけを持ってこい」


「ハッ!」


 威勢のいい返事だけを残し、ギアンテロは部屋から去っていく。


 離れていくギアンテロの気配を追い、私はこの部屋から続く通路の壁を変形させ、ギアンテロを四方の土壁で圧砕する。通路の奥から蛙の潰れたような声が聞こえたが、頑丈さと体力が売りの奴のことだ。数時間程度で解放してやれば、明日にはまたケロッと何事も無かった顔をしていることだろう。


「主、水です」


「うむ」


 再び手に取ったコップの水で喉を潤し、私は再び揺り椅子の背もたれに体重を預ける。


「少し休む。何かあれば起こせ」


「はい」


 女の返事に満足し、私はたったアレだけの問答で疲弊した身体を休めるため、静かに目を閉じた。


 ――眠る前にネズミが入り込まぬよう、少々弄っておくか。


 私は自身の恩恵能力アビリティを発動させ、王都周辺の大地に干渉する。私の支配下に置かれた大地は地鳴りすら起こさない滑らかな動きで、地盤を組み替えていく。細粒レベルで動き出す地盤は、王都中に張り巡らされた下水等の人工地下道はそのままに、それ以外を全て別の構成へと変わっていく。


 地上をうろつくしか能のないネズミ共がいかに地中を探ろうと、答えを見つけることは叶わない。


 仮に私が創り出した地下の一室を見つけたとしても、我が能力の前では蜃気楼も同然。すぐに組み替え、数秒前まであったはずの空間は土の壁と化している。ネズミが入り込む度に土圧で潰してしまってもいいが、アレらは私の渇望を実現させるための最後の鍵だ。無為に殺すのは最期の瞬間だけで良い。


 懸念があるとすれば、私が眠りにつくタイミングだが……その際は私が造り上げた組織の者たちが即座に討つことだろう。もっとも全幅の信頼を置く気はないので、私はこの部屋の出入り口全てを封鎖してから眠りにつくようにしている。


 傍に置くのは、機械的に動く合成人キメラの女だけで十分だ。



 ――順調だ。


 このままいけば、この身が朽ちる前に我が願いへと到達できるに違いない。


 楽しみだ……あぁ、実に心が躍る。待ち遠しい感情を抑えつけるのに苦労するほどに。唯一だ……唯一、この渇望の器に欲望という水を垂らすその瞬間――それだけが私の感情を奮い立たせてくれる。同時にそれを邪魔する者への憎悪も我ながら一線を画すものだがな。


 見ていろ……私は全てを掴み、世界という枠組みから外れ、神すらも殺す領域へと上り詰めるのだ。



 私はひび割れた頬に皺をつくり、僅かに嗤いながら、ゆっくりと意識の幕を降ろしていった。


セラフィエル視点に戻る前に、地下に潜む大ボスの一面を書かさせていただきました('◇')ゞ


※2019/4/1 サブタイトル変更 「刺客【視点:????】」⇒「昏い匣の主【視点:????】」

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[良い点] 敵キャラの能力がどれもとても魅力的に感じます。 良いですね、土地を組み替える能力。
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