33 フルーダ亭裏の立ち話【視点:レジストン】
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「クラッツ」
俺が厨房外の窓を軽く叩いてそう呼びかけると、やや間を置いて、フルーダ亭の厨房裏口から彼が姿を現した。相変わらず気怠そうな仕草に思わず苦笑してしまう。
「セラフィエルさんはもう行ったのかい?」
「分かってて聞くなよ」
クラッツは首から下げていたエプロンを腕の上で畳み、呆れたように大きく肩を竦めた。
「まあそれはそうだけど、一応見送りに間に合わなかった身としては、そう聞いておきたくてね。そうだねぇ……ま、ただの自己満足だよ」
「ハッ、そーかい。一応言っておくが、アイツ……気にしてないフリしつつ、お前の姿を目で探してたぜ」
「――ん、まぁ、うん」
俺が言葉に詰まると、クラッツは不機嫌そうな顔から一転。揶揄うように肩を震わせて笑い出した。
「くくくっ、お前が言葉選びに詰まるなんざ珍しいじゃねーか。ま、自己満足満載の『間に合わなかった』アピールをする程度にはアイツのことを気にかけてるってわけだ」
「……」
図星だけに言い返せない。
参ったねぇ。こういうのは仕向ける方は得意だけど、やられる方としては苦手なんだ。嫌味ならどうとでも言い返せる自信はあるけど、今回は俺自身に落度があると自覚している分、どうにも返す言葉が思いつかない。
「俺に言い訳がましく言ったところで意味ねぇだろ。アイツが帰ってきたら、見送りできなかった分まで面倒見てやりな」
「……そうだねぇ、ディオネと一緒に何か考えてみるよ。彼女も見送りに出れなかったことを残念がってたしね」
セラフィエル=バーゲン。
あの子の出自は時間の合間を縫って調査させているものの、今のところ目立った成果は手元に返ってきていない。あの子の過去を調査することは、彼女の記憶喪失を治す手助けにもなるし、その出自から魔法や学歴を遡れば――間違いなく、ヴァルファラン王国に革命を起こす材料になることだろう。しかし、その全容はおろか、端糸すら掴ませてくれない――謎多き小さな女の子だ。
記憶を失うも悲観にならず、冷静かつ知的さを兼ね揃える銀髪の少女。
その戦闘能力も去ることながら、魔法という特異を持ち、年齢に相応しない機転とセンスを持ち合わせている。
近しい存在で言えば、同じ銀髪のアリエーゼ王女になるが、彼女が太陽だとすれば、セラフィエルさんは月のような存在に思える。どちらも近い年齢、類まれな美貌を揃える少女だが、その雰囲気は完全に分かつものである。
「…………」
気付けば、俺や――クラッツたちもそうだが、俺たちの行動指針は、彼女……セラフィエル=バーゲンを中心に組み立てることが、いつの間にか常となっていた。
今回に関しても、彼女が精霊種と繋がりを持ち、クラウンの資格を持ったという結果から逆算して、様々な計画を組み込んだ経緯がある。要は彼女を起点として多くの事象や動きが連動しているのだ。今に至るまで手をこまねいていた不動案件があまりに呆気なく動き始めたことに、少なからず動揺を覚えたものだ。
まだ年端も行かない女の子に極端な負担はかけたくないという思いがあるものの、結局俺たちの力だけでは凝り固まった現状を動かすことができず、彼女に依存する羽目になってしまっている。俺たちに出来ることは彼女を軸に物事を推し進め、その過程で彼女にかかる負担を減らす程度のこと。
今は彼女の稀有な能力を頼るほか無いが、いつしか漫然と沈殿していた膿をこの国から払いだした後、彼女の望むままの報奨を国王陛下に上申するとしよう。
その日が来るまでは――全力でこの国に蔓延る悪を排除することに専念する。
雲のような存在である樹状組織の切った後のトカゲの尻尾は掴めるも、未だ本体に迫る道標には至っていない。しかし間違いなく……奴らの動きは大きくなり始めている。
ギルベルダン商会然り、ヴァルファラン王国の一部の貴族も然り……だ。
「……クラッツ、最近、貴族たちの間にもやや妙な動きが出始めている。上手く動いているつもりのようだけど、俺の部下から、理屈に合わない行動をとっている連中がいるという報告を幾つか受けている」
「……それを俺に言うってこたぁ、アレか。アイツ等も絡んでるってことか」
「残念ながらね」
クラッツは「そうか」といつもと変わらぬ口調で返すと、壁に寄りかかり空を見上げた。
「ま、袂を分かった時点で俺には関係ねぇ話だよ。それに……あの凝り固まった思想理念はいつか暴走に繋がってくことは予想がついてたからな」
「君が無能を装い、あの家を出たことは正しかったと思うよ。あまりこういう言い方はしたくないけど、君が血脈に従うままサイフォールド侯爵家に名を連ねていれば、間違いなく……粛清の対象になっていただろうね。君の恩恵能力が知られていたら、猶更に……ね」
「ふん、古い貴族の仕来りに縛られた連中だ。その鎖ごと綺麗に葬り去ってでもやればいいさ」
クラッツはこれ以上話したくないと手を振ったが、俺は口を閉ざさなかった。
「……いいのかい? 本当は――止めたかったんだろう?」
彼は昔、王城に務めるために薬師としての知識を蓄え、王族に言葉が届く位置に近づけるよう努力していた。子供のころから賢く優しい彼は、その聡慧が祟って幼い身ながらも己の家の闇に気付いてしまった。それが何なのか分からなくとも、少なくともこのヴァルファラン王国の治世に反していることを感じ取った彼は、防衛本能だったのだろう――己の恩恵能力を隠すことを決めた。
しかしそのまま流れに身を任せることを良しとしなかった彼は、同時に、二つのことを目標に動き始めた。
王族に直接掛け合い、国を背負う者としてその下の者の声を聞き、古い考えに縛られた貴族たちを諭してもらうこと。
そして、自身の言葉で家族たちに深く刻まれた固定観念を取り払うことだ。
結局、家族との話し合いは頓挫に頓挫を重ね、王城に立ち位置を築く前に、彼は家を追い出されることとなる。
仮に……彼が無能ではなく、本来の恩恵能力が知れていたら、多少家族関係が悪化したところで、サイフォールド侯爵家は彼を離さなかっただろう。戦闘向きの力ではないが、戦局を覆す可能性を秘める力だからこそ、彼の有能さに気付かず放出したサイフォールド侯爵家の愚かさには救われたものだ。
家を追い出されたクラッツは、最低限の金銭を手に平民街に住み着くようになり、サイフォールド侯爵家から変に眼をつけられないよう、陰気漂う姿勢や雰囲気をするようになった。今でこそ見慣れたものの、過去の彼を知っている身としては、当初驚かされたと同時に、彼を平民街に降ろし、そんな真似をさせてしまった世の中にイラつきを覚えたものだ。
「俺は歩み寄ったが、向こうは拒絶した。そんだけの話だ。それに――嫌だ、と言ってどうにかなる話でもねぇだろ?」
「樹状組織に関わっているのなら……ね」
「お前らしくねぇな。決まり切っていることを掘り下げたところで何も生まれねぇだろ」
「……ああ」
俺の両親は既に亡くなっているものの、家族関係は良好なものだった。母は裏の稼業を手につけてはいたものの、人情に厚く、快活で優しい人だった。父も温厚な人で、他人の気持ちを思いやる人だったと覚えている。
俺にとって「家族」とは代えがたい絆の象徴であり、俺という個人の核を形成してくれた大切な人たちだ。だからこそ……その真逆といってもいい道をたどることになったクラッツのことが気になって仕方がないのだ。
しかしそれは俺の勝手な感情だし、それこそ自己満足だろう。余計な配慮な上に、クラッツの心情を無意味に掻き立たせる行為に過ぎない。
確かにクラッツの言う通り、俺の信条に反する言葉だ。
……俺は焦っているのか?
普段であれば、もっと上手く皮を被って話せるはずなのに、今の俺は表面上取り繕ってはいるものの、自分の感情を優先して話していた。駄目だな……少し本来の調子を見失っていたらしい。
「すまない、クラッツ。どうも神経質になっていたようだね」
ドライになるつもりはない。
冷徹にテーブルに並べた情報を分析し、益になるかならないかで容赦なく切り捨てるつもりもない。
可能性があるなら、クラッツにはもう一度家族と向き合う機会を与えたいという思いさえある。彼は口では突っぱねるような物言いばかり出てくるが、本音の部分では大分我慢しているものもあるはずだろうから……。せめて背中を丸めて俯き歩くのではなく、顔を上げ胸を張って歩くための手伝いができればと思っている。
ただ――そんな俺の考えは自分だけのものであり、クラッツに今、この場で話すべき内容ではなかった。それだけの話だ。
俺は思考を入れ替え、いつものように肩を竦めて笑うと、クラッツも二ッと口の端を上げた。
「ガキじゃねーんだ。変に気遣うんじゃねぇよ」
「悪かったよ、クラッツ」
日常の空気に戻ったところで、俺は気になっていることを尋ねることにした。そもそもフルーダ亭に訪れたのは、彼からそのことを確認する目的があったためだ。
「クラッツ、セラフィエルさんが受けた依頼……あの病気を抱えている母親の件だけど」
「…………ああ」
あからさまに嫌そうな顔をしたな。
「その様子だと、どうやら俺の読みは当たっているみたいだね」
「なんだよ……その読みって」
唇をやや尖らせた様子は、図体のデカい子供のようだ。思わずくつくつと笑うと、彼は前髪の奥でスッと不機嫌そうに眼を細めた。
「んだよ」
「いや、なに。アレだけ貴族の血の証でもある恩恵能力を嫌って、頑なに使わなかったっていうのに、セラフィエルさんが絡んだ今回の一件であまりにも呆気なく使おうとするもんだからさ。どうやら、俺だけでなく、君もセラフィエルさんやプラムさんに大きく影響されてきたんだなぁって思ってさ。ハッハッハ」
「はぁ? 誰も使うんだなんて言ってねぇだろーが」
「…………その母親の病状、重たいんだろ?」
「――……」
「おそらく、セラフィエルさんが薬の材料を手に入れて王都に届けるまで……もたないほどに」
「……ふん、俺は医師じゃない。んなこと、分かるかよ」
「けれど、君は有能な能力者だ。医師にも分からないことが知り得てしまう」
「……」
「……」
クラッツは口を噤んだが、それが何よりも正解を示していた。
この沈黙が怒りから来ているわけではなく、含羞から来ていることは長い付き合いから分かる。そして彼も俺がそう察していることを理解しているからこそ、無言の時間が続いてしまう。
やがて、
「ケッ、帰ってきて早々、萎れたり泣かれたりされんのが嫌だっただけだっつーの」
とお馴染みの憎まれ口を叩く彼に、俺は今度こそ思いっきり笑い出してしまった。彼は当然、不服そうに舌打をし、染みついた猫背を模って壁から背中を離した。
「人の命なんざ、自然の成り行きに任せるのが本来の姿だ。誰かの手で負った致命傷ならまだしも、病気なら猶更な。だから裏で手を貸すのは今回だけだ。……クラウンの合格祝いに俺は何もやってねぇからな。こいつが俺からの餞別ってわけだ」
「それ、本人に言ってあげたら喜ぶと思うよ」
「うっせぇな! んなことしたら俺の能力も明かさねぇといけねーだろうが! 悪用はしねぇだろうが、知らなくていいことは伏せといたままがいいんだよ」
「知られたら、万が一、サイフォールド侯爵家とひと悶着あった際に巻き込まれる可能性もあるからね」
「だから、うっせぇな!」
クラッツは足元の石ころを蹴り上げ「話は終わったんなら戻るからな!」と吐き捨てつつ、俺が返事をするまで律義に扉の前で足を止める。
さて、いつも通りのクラッツの様子を見たおかげか、俺も少し調子が戻ってきたようだ。やっぱり持つべきは親友だね。
「クラッツ」
「んだよ」
「もし万が一の事態が王都に起こった時は――俺の手伝いじゃなく、彼女たちの安全を最優先に動いてくれ。なんだかんだ一緒に暮らして、妹のように思えてるんだろ?」
「……そりゃ、お前の方も、だろ? それに、んな事態に陥った時に大人しく俺の手に引かれるほど大人しいガキたちにゃ見えねえけどな」
「ハッハッハ、それは違いないかもねぇ」
「だろ?」
二人でひとしきり笑い合った後、彼は「ま、肝には銘じておくわ」と言い残し、扉を開けてフルーダ亭へと戻っていった。
俺は一人だけになった裏口で、もう一度だけ小さく笑う。そしてフルーダ亭の壁の先――王都の東側に視線を向けた。この視線の延長線上を彼女たちは進んでいるのだろうか。
王都の外、それも不可侵領域である東の奥地。セラフィエルさんには事前に確認してきて欲しいことは昨日のうちに伝えておいた。ストッパー役としてタークたちもつけたし、異様に彼女を崇める精霊種のクルルもいるから、そこまで危険なことは無い――と思いたい。
俺は心中で彼女の無事を祈り「行ってらっしゃい」と付け加えた。
手が回らなかった王都の外の一部を彼女たちが担ってくれたのだ。俺も今まで以上に王都の中のことに力を入れられる。
既にギルベルダン商会は斬新な手法で民の心を掌握し始めている。
西のガルベスター王国とも小康状態になっているものの、兵力を引き上げようと動くと、途端に戦いをしかけてくるという妙な動きもある。内通者の疑いも調べさせているが、それ以上に西の目的が理解できない。戦って領土を奪い取りたい……のではなく、逆にどこか戦いを長引かせたい。そんな気配を感じ取れるのだ。
国内の貴族たちも一部の有力貴族たちを筆頭に、幾つかの派閥が不可解な商談・領地整理を行ったりしているのも気になる。財務報告の数値も実態と合っていない部分があると部下から報告があるぐらいだ。ここも切り込んでいかないと、そのうち内部から崩壊、なんて洒落にならない展開にも繋がりかねない。
頭痛の種が根を張り、それぞれが芽吹き始めている。
花開く前に刈り取らねば、最後はその花が持つ毒にこちらが殺されてしまうことだろう。
首が回らぬほど問題が山積みだが、無理だと匙を投げられる事項は一つたりとて無い。全て摘まなくてはならないのだ。
「ふぅ」
俺は何度か首を鳴らし、フルーダ亭の軒下の影に溶け込むように気配を消し、その場を移動する。
移動の最中、気配を消した俺の存在に気付かずに民たちが大通りを行き来する。誰もが日常だと感じるこの光景を壊すわけにはいかない。俺はそう意識を強く植え付け、太陽の光に照らされる王都の姿を頭に焼き付けながら、次の場所へと足先を向けていった。