31 浸潤する違和感
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「おや、セラフィエルちゃん。今日もブラウンの様子を見に来てくれたのかい?」
厩舎に着くと、わたしの姿を見たパンクが声をかけてきた。
早朝ということもあって手すきの時間帯だったのか、彼は手元の資料を閉じて、わざわざこちらまで歩いてきた。
「あ、いえ。今日は馬車を使おうと思って来たんです」
「えっ!?」
馬車を使う旨を言うと、パンクは大仰に驚きを見せた。
「王都を出るのかい?」
「はい、数か月は戻らないと思います」
「そ、そうかぁ……それは残念だね」
「残念?」
「あ、いやぁ……ほら、意外と話題性が高かったんだよ」
「……? 何のですか?」
わたしが数か月戻らないのが一体、何の話題性に繋がるのか分からず、首を傾げて聞き返す。対してパンクは後ろ髪を掻きながら、気まずそうに視線を逸らしつつ苦笑した。
「ここって女の子が足を運ぶことって殆ど無いだろ? 馬糞や肥料、藁の匂いとかが混ざって、正直、平民の子ですらあまり寄り付かないというか……」
「まあ確かに……匂いは独特、と言いますか、日常ではあまり縁が無い匂いですもんね」
わたしは前世まで馬に乗ることもあったので、嗅ぎ慣れた匂い――というか、まあこんなもんだろう、という認識があったので、そこまで深く気にしたことは無かった。そりゃ<身体強化>の出力を上げてしまうと、さすがに鼻が曲がりそうだけど、最低限にしておけば言うほど気にならないってわけだ。
――でも、それが話題性とどう繋がるのか、やっぱり分からない。
確かにブラウンと名付けた――3年前わたしたちを乗せて馬車を引いてくれた馬の様子を見るために、3・4日に一回は足を運んできて、馬の運動のために用意されている厩舎裏の広場で軽く走らせたり、厩舎職員の代わりに乾草を食べさせてあげたりしていた。
ブラウンは初めて出会った頃から賢い子で、ブラッシングをしても大人しいし、手足の短いわたしを背に乗せる際はあまり上下に振動が起こらないよう慎重に走ってくれる。そういった面もあり、わたしはブラウンの世話にどことなく「癒し」を感じて、足繁く通っていた。特に王立図書館で頭を使った後なんかは、しょっちゅう行っていたね。
「だから――その、セラフィエルちゃんがブラウンの世話をしている姿ってのが、ウチの連中に結構評判良くってさ。目の保養っていうか、人気があってねぇ……職員のやる気にも繋がってたから、結構助かってたんだけど、君がいなくなることを知ったらどうなることやら……」
「あ、あはは……そうなんですね」
それを本人目の前で言われても、わたしは照れればいいのか喜べばいいのか分からず、曖昧な笑いを返す他無かった。前世までだったら「ふん、当たり前だね」ぐらいの軽口は叩けたはずなのに、しばらく謙虚な態度で生活していたせいだろうか、今は純粋に恥ずかしい気持ちが先立ってしまうようになってしまった。
「あと……毎日の安定収入が」
「そっちは経営側の本音ですね……」
パンクは被雇用者でありながら、ここ数年でいつの間にかこの厩舎の職員を管理する立場になっていた。日頃の真面目な努力の積み重ねの結果だろう。そんな立場になってしまったが故に、毎日勝手に入ってくる銀貨役たるわたしの不在による収入減は気になるところで、ポロッと本音が出てしまったのだろう。
半眼で見つめると彼は慌てたように手を振った。
「冗談だよ、冗談。この王都には外の領地からやってくる人で溢れかえってるからね。空きが出ればすぐに埋まるよ」
「あっ……そうなると、わたしが戻ってきた時、空きが無くなったりすることってありますか?」
「うん? まぁ……瞬間的には空きが無い時もあるけど、入る人も多ければ出る人も多いからね。ちょっと待てばすぐに馬車一台分ぐらいの空きは出来ると思うよ」
その言葉にわたしはホッと安心して息を漏らす。帰ってきたはいいものの、馬車を止める場所が無ければ最悪、空くまで外で待ってないといけないので、パンクの言葉は助かるものだった。
そこでパンクはチラリとわたしの背後に視線を向けてから、少しわたしの方へと屈みながら小さい声で聞いてきた。
「ところで……そっちのお兄さんは誰なんだい? なんかやけに存在感が薄いというか……ちょっと変わった人に見えるんだけど。似てないけど、セラフィエルちゃんのお兄さんかな?」
「――あ」
気配って大事だね。
うっかりタクロウのことを忘れて、パンクと話し込んでしまった。こういうことが起こるので、気配を断たないで欲しいのだけれど……まあ言って治るなら、最初に言った時点で治ってるか。
このまま大荷物を持たせたまま、タクロウに立ち尽くしてもらうのは視覚的に申し訳ない。
わたしは踵を軸にクルリと半回転し、澄ました顔で大荷物を軽々と抱えたままのタクロウを見上げた。
「すみません、つい話し込んでしまいました」
「いえ、お構いなく」
うーん、相変わらずの堅さ……。この真面目具合が旅の途中で少しでも解れるといいんだけど。
「パンクさん、先に馬車の中に荷物を置いてもいいですか?」
「え? あ、ああ……いいよ。預かってる馬車の整備は毎日行ってるし、後は車輪軸に油を差しておくぐらいだから、もう中に仕舞っておいて問題ないよ」
「ありがとうございます。さ、タクロウさん。行きましょう」
「はい」
黒髪を揺らしながらタクロウが一礼で了承を示す。タクロウの慇懃な様子を見ていたパンクが「あぁ……なるほど。忘れがちだけど、そう言えばセラフィエルちゃんは貴族の子、だったっけ」なんて呟くのが耳に聞こえた。
すぐに訂正したい気持ちが疼くけど、タクロウのことを説明するのも面倒だったので、わたしはそのまま誤解させたままで行くことにした。
馬車の場所は分かっているので、誰に聞かずともその場所へと足先を向ける。
やがて目的の場所へと着き、わたしとタクロウは抱えていた荷物を荷台へと積み込む。
――うわぁ、なんだか懐かしい。
ブラウンの世話に足を運ぶことはあれど、馬車の荷台に上がり込んだのは3年ぶりだ。プラムと一緒にデブタ男爵家から王都へ、一週間ちょっとの旅をした頃を思い出させる。
「今は……色々あるけど、いつかプラムお姉ちゃんと一緒に、また旅したいなぁ」
わたしは荷台の木造床を撫でながら、気づけば一人呟いていた。
――ハッとした時は既に遅く、振り返るといつも澄まし顔のタクロウが優しい笑顔でこちらを見ていた。……わたしは徐々に顔が赤くなるのを感じ、穴があればそこに逃げ込みたい気持ちに駆られる。
わ、わたしとしたことが……まさか、ノスタルジックに浸って出会ったばかりのタクロウの前で本音を漏らしてしまうとは……いかんいかん、どうも気が抜けがちだぞ、わたし!
「ご、ごほんっ……そ、それでは一度、フルーダ亭に戻りましょうか」
「そうですね」
くぅ……タクロウの声に僅かに笑いが籠っているのを、わたしが気づかないとでも!
何だか無性に恥ずかしい気分だ。もうタクロウ置いて<身体強化>全開で先に帰ってやろうかな。……まあ別に彼が何か悪いことしたわけじゃないから、そんなことはしないけどさ……はぁ。
荷台から飛び降り、再び厩舎の出口に向かうと、パンクが手を振ってこちらを呼んでいた。
「セラフィエルちゃん、いつぐらいに出立する予定なんだい?」
「えっと、遅くてもあと半時後には出たいと思ってます」
「一度、中に戻るのかい?」
「はい、今回同行する人たちに準備ができたことを伝えますので」
「そっかぁ。……どんな用事か知らないけど、外は危険なものばかりがあるんだ。無茶はしないで無事に帰ってくるんだよ?」
「――ふふっ、ありがとうございます」
「うん」
わたしの頭ってやっぱり撫でやすいんだろうか。レジストンやクラッツェードもそうだが、パンクも満足そうに頷いた後、わたしの頭を優しい手つきで撫でてきた。そして、わたし自身もこの行為を心地よく感じるようになってしまい、ついつい為されるがままになってしまう。
「そうだ、割符は持ってきたかい?」
「あ、はい」
頭頂部から離れる手の感触を名残惜しく思いつつも、わたしは上着のポケットから3年前ここで手渡された割符を取り出した。
――これも懐かしい品だ。
馬車による移動が終わり、徒歩による王都での移動へと切り替わった瞬間。わたしは割符を両手で包み込みながら、かの日の情景を思い出した。
……あの時も今もプラムは落ち着きなかったなぁ、なんて少し笑ってしまいながら、手元の割符を眺めていた時――ふと、脳裏に浮かぶ違和感を抱いた。
「…………?」
わたしは自然と左手で胸部を抑え、思わず眉を顰めた。
なんだ?
今、わたしは――何の違和感を抱いた?
本能が囁く――そんな違和感なんて気づかないままでいいじゃないか、と。
理性が囁く――その違和感は、その猜疑心は早いうちに晴らしておいた方がいい、と。
突然、わたしの中に二つの相反する想いが錯綜し、気持ち悪くなる。
なに、わたしは今、何を思い出した――――?
わたしは――。
『バナビィ!』
脳裏に当時の楽しそうな声が響き渡る。
わたしは思わず――眼を見開いて、前髪で表情を隠すように俯いた。
わたしの両目は、足元と乾燥してひび割れた地面を見ているはずなのに、目の前が真っ暗になったような錯覚に陥ってしまった。
「…………!」
そうだ、別に――その言葉自体はおかしなこと、ではない。
平民であろうと、王都外の領地に住まう者であろうと、別に動物の名称に関して……秘匿されているわけではないのだ。口伝でその名を耳にする機会を持つ可能性は、誰だって持ち得るものだ。
でも……でも、その時は知識が無かったわたしは純粋に「バナビィ」なる存在がどういったものか興味があって――――彼女に、聞いたのだ。どういう動物なのか、と。
彼女の説明は分かりづらいものだったけど、バナビィの様相から察するに兎のような動物であることは分かった。そして……彼女はこうも説明したのだ。
――――裕福な家庭では愛玩動物として親しみを持たれている、と。
裕福な家庭で?
愛玩動物として親しみを?
そんなはずは……ない。
たまたま人間種領に出てきてしまった個体が、貴族や裕福な家庭に飼われることは可能性としてあり得るけど……それは極めて例外的なのである。とてもじゃないが「愛玩動物として親しみを持たれている」なんて表現が出るほど日常的な景色には、なり得ないのである。
――このヴァルファラン王国においては。
セラフィエルが感じた違和感の部分については、第二章06話「とりあえずは宿で休みましょう」の冒頭部分になります。
当時は布石に見えないよう、さりげなく文章に混ぜようと意識していたので、あまりこの辺りが記憶にある方はいないかもしれませんね(>_<)
次回、ようやくコルド地方へ旅立ちます(予定通りの文字数で収まれば……)