30 新依頼受注と人間種の食肉事情
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翌日――。
結論から言うと、クラッツェードとレジストンが間に介入するだけで、わたしが昨日「ああでもない」「こうでもない」と悩んでいた問題は、スルッと綺麗に進んでいった。
まるで複雑に絡み合った糸が、魔法を使ったかのように、するりと一本の真っ直ぐな糸に戻ったような爽快さがあった。糸をぐちゃぐちゃにしてしまった張本人の方が魔法使いだというのは、中々に気の利いた皮肉である。
わたしの知らないところでもトントン拍子に話は進み、いつの間にかエルヴィたちから依頼取り下げの了承を得られており、朝、公益所に行けば……明らかに背後から見えない圧力を背負った受付嬢が、汗を浮かべながらニコニコ顔で掲示板まで案内し、丁重にレジストンからの依頼票を渡してきた。
わたしが「お疲れ様です」と苦笑しつつ依頼票を受け取ると、彼女は疲れたような表情で「ええ……」と目元に影を落とした。
表情が暗いから最初は気づかなかったけど、良く見れば昨日も受付にいた女性である。クラッツェードが言っていた通り……ガダンに厳しく絞られた後なのかもしれない。……そっとしておこう。
最終依頼は『第一級分類』依頼になっており、
『依頼内容:コルド地方・パラフィリエス地方の実地調査
(詳細は依頼主より説明有)
依頼主 :レジストン
依頼人数:5人
報酬 :一人金貨50枚(うち前金:金貨5枚)
期日 :依頼日より三月以内』
となっていた。
金貨50枚。
――破格である。
銀貨に換算すると2500枚だ……つまり、馬車を厩舎に2500日も預けておけるというわけだ。――いかんいかん、主な出費が馬車の維持費のため、どうしてもそっちで計算してしまう。
生産性に特化した話で考えよう。うん……菜園の拡大でもしようかな。もっと色んな種や苗木を手に入れて……あとは、あとは――どうしようかな。旅路の途中で何かインスピレーションを感じるかもしれないし、そのことは旅をしながら考えるでもいっか。
今回は前金設定もされていて、ちゃんと旅費のことも考慮してくれた依頼になっていた。金貨5枚を先に貰えるおかげで、貯蓄を無理に切り詰めなくても、余裕を持って旅の支度ができるわけだ。
……本当にレジストンの気遣いに感謝である。
報酬の旨味が強すぎるため、他のクラウンもここぞと参戦しかねない依頼だったのだが……貼り出された掲示板前には丁度この依頼票が隠れるような位置に談笑する男女がおり、依頼票も端の方であったことから、わたしが受付嬢から受け取るまで、誰の目にも触れない――という出来レースが敷かれていたようだ。
なぜ出来レースかって?
だって――その談笑していた男女、アマンとメリアなんだもん。
間違いなくレジストンが手を回して、他の者の目に依頼が止まらないよう手配した結果である。
確かに「わたしは格安依頼を断り、掲示板に貼り出された正当な依頼を受けた」という事実は残り、クラウンとしての面目を保てる理由はできたものの、権力の恐ろしさを垣間見る一幕であり、苦笑するほか無かった。
まあ精霊種が関わるような話ともなれば、他の者が参入することはどんな火種に繋がるか分からないので、今回の措置は致し方ないことでもある。世の中、正論で回るほど単純なものではない――と思って、切り替えることとしよう。
さて、そんな早朝を過ごしたわけだが、色々悩んでいたのが嘘のように――わたしは今日の出立のための買い出しに憂いなく足を伸ばすことができていた。
わたしは壁間内市場へと足を伸ばし、非常食の買い出しをする。荷物持ちにとタクロウが買い物に付き合ってくれていた。
主に買うものは、米・小麦・塩・油……あとは干し肉である。
穀物は日持ちがするし、用途も幅広いので必需品である。王都唯一の調味料と言っても過言ではない塩も重要だ。野菜類については、わたしの菜園のジャガイモをメインに、トマトと大根を少量持って行くつもりだ。
ちなみに既に米や小麦などは買っており、ちょっと申し訳ない図なのだが、タクロウが全て脇に抱えて持ってくれている。細身のように見えて、かなり鍛えられた肉体をお持ちのようだ。念のため、一度荷物を置きに行くことを提案したのだが「問題ありません」と澄んだ顔で返されたので、こうして荷物を抱えた状態でのお供を続けている状態であった。
あとは干し肉なのだが……いやぁ、これを見るたびに本当に知識の大切さを思い知る。
わたしは小さな精肉店に足を踏み入れ、その後を何故か気配を消したタクロウが続く。
気配消されると、不意にわたし一人が取り残されたような不安感を感じて振り返ってしまうので、出来れば止めて欲しいんだけど……本人曰く、癖だそうだ。
タクロウ。本人は可能であれば「縁の下のタクロウ」と呼んで欲しいそうだが――うん、正直、意味が分からない。なので、普通に「タクロウさん」と呼ぶことにしている。
さて、話を精肉店に戻すと、名前の通り、この店には少ないながらも干し肉が売られている。
なんの肉? と聞けば、動物の肉、と誰もが答えるだろう。
王都に来たばかりのわたしなら「豚や牛肉かな? あ、鳥肉かも」なんて暢気な思考になっていただろうが、実を言うとこの王都で売られている肉の99%が――ゲェード産である。
なんかね、王立図書館で八王獣や精霊種の知識を蓄えれば蓄えるほど、違和感が膨らんでたんだよね。
デブタ男爵領から馬車で移動する道中に、干し肉を食べた記憶がある。
3年前にわたしたちが初めてフルーダ亭に入った時も、よくよく思い返せばベーコンが料理に入っていて、凶悪なクラッツェードの創作料理の中でも唯一食べられた食材であった。
加えてクラッツェードは「クームー鳥の卵」も炒め飯ことチャーハンに入れていたと言っていた。
その後、クラッツェードと「害獣退治」を小遣い稼ぎにしているような話もした。
――あれ、わたし……その時は違和感なかったけど、結構色んな動物の話してるし、その肉も口にしてるなぁ……なんて思ったのね。
そんなはずはないのだ。
主な動物は八王獣であったり、精霊種の領土を住まいとしている。土地から抜け出した動物だけ、偶然見つけた人間が狩り、その肉の恩恵を受けられるのだ。あとは貴族以上の階級の人間が高い金を払って、交易で得た動物の肉を買い取るか、ぐらいだろうか。
そう、そんなにポンポンと動物性たんぱく質が出回っているわけがないのだ。
まあ、初めてハクアと出会った時、クラッツェードがあまりにも当たり前のようにゲェードの卵を「一般的な卵」と言ったあたりから、何となく今まで食べた卵や鳥はゲェードなのかなぁ……と予想はつけたものの、まさかここに至るまで話した全ての「動物関連」がゲェードに直結するとは思わなかった。
あ、プラムが焼いて食べたっていう鹿だけは本物っぽいけど。
――ゲェードは短命で、繁殖力が高い。
その種類はわたしの考える「普通の動物」に近く、鳥・豚・牛・馬などの哺乳類風のほかに爬虫類風のようなものがいるらしい。「風」とつけるのは、姿形は似ているものの、わたしの中ではやっぱりそれらはゲェード――精霊種であり、通常の動物とは一線を画す存在だからだ。
そんな感じで姿が似ていることと、不可侵領域で生息する動物よりも身近なゲェードの方が目にすることが多いから、いつしか人間種の間では「動物=ゲェード」となり、豚と言えば豚型のゲェード、みたいな連想へと自然と流れる文化となっていたらしい。これはわたしがクラッツェードたちから話を聞いての見解だけど……まあ間違ってないと思う。
わたしは知識を得るまで……ゲェードは短命だから、卵から孵ってもすぐに死んでしまうと思っていたんだけど、実際は数は少なくとも、食肉として扱えるぐらいまでの大きさに成長する個体もいるらしい。もしかしたら僅かながらに魔力を得られた個体がいたのかも。そういった個体の肉が、干し肉やベーコンへ加工され、こうやって店に売り出されている――というのが人間種領の肉事情、ということみたいだ。
大きめに育つとはいえ、やはり短命ですぐに衰弱死してしまう部分が変わらないらしい。
また、ゲェードの肉は通じて筋張っており、焼いて喰うには向いていないため、干したり塩漬けしたりする食肉加工法が一般的になっている。生まれたばかりの雛であれば、程よい噛み応えになるらしいが、少しでも大きめに成長してしまうと、もう干し肉やベーコンなどしか加工する道がないとのこと。
この精肉店に並んでいる干し肉の数々は、そういった経緯で狩られたゲェードたちの成れの果て、というわけなのだ。
ゲェード――と聞くと、やっぱりハクアを連想してしまうので、未だにわたしはこの肉を口にすることに抵抗があるけど……そこは今後、慣れて行かないといけないことだろう。そしてこの旅でも彼らの肉を食すことは必須になるケースが出てくるはずだ。
……だったら早いうちに慣れておこう、とわたしは、この精肉店で日持ちする干し肉を買いに来たわけだ。
わたしは色の良さそうな肉を選別していき、店主に買いたい肉を注文。
人の好さそうな店主に袋詰めにしてもらった後、銀貨を4枚ほど支払って、精肉店を後にした。
「セラフィエル様、私に荷物をお預けください」
「え、だってタクロウさん、既に両手に荷物を持ってくれてるじゃないですか」
「問題ありません」
「このぐらいはわたしが持ちますよ」
「で、ですが……私は――貴女様のお役に立つよう、レジストン様よりご拝命いただいているのです」
「え、え~っと……と、とりあえず厩舎につくまではこのまま――ということでっ」
「セ、セラフィエル様!」
どこまでも尽くそうとするタクロウから逃げるようにして、わたしは干し肉の入った袋を前に抱え、小走りで市場を進んでいった。
……うーん、できれば対等に接して欲しいんだけど、どうもタクロウは気真面目過ぎるというか……メリアと違って丁度いい力の抜き加減ができないみたいだ。メリアなんかは、レジストンの目が届かなくなったと判断した瞬間、楽な姿勢や言動に切り替えるぐらいの臨機応変さがあった。それでも気品さが浮き出る仕草ができる彼女は流石の一言である。
しかしタクロウは肩肘張りすぎていて、レジストンの命を忠実に守ろうとする。それが悪いこととは言わないけど……わたしとしては、やりにくいことこの上ないので、もっと気楽にしてほしいと思う。
一瞬、誰も追いかけてきてないような気がして、後ろを振り返ると、大量の荷物を抱えたタクロウがしっかりとついてきていた。困った表情をしているものの、荷物の重さ自体は苦にしてなさそうだ。
おぉ……や、やはり気配を感じない。恐るべし。
もうこのままの勢いで厩舎まで行っちゃおう。
そう思い、わたしはハイエロより借りたままの馬車が格納されている厩舎へと小走りのまま向かった。
本当は厩舎の出来事まで書こうと思ったのですが、やたらと文字数が多くなりそうでしたので、ここで一旦切らせてもらおうと思います(笑)
動物については、色々と矛盾を感じる方もいらっしゃったかもしれませんが、矛盾に見えて実は「セラフィエルの認識とヴァルファラン王国の人間の認識の不一致」が招くズレを表現しています。分かりにくいズレなので、本当はもっと早く書きたかった世界観ではあるのですが、第三章の30話まで遅くなり、すみませんm( _ _ )m