29 レジストンからの再依頼
いつもお読みくださり、ありがとうございます(*´▽`*)
そろそろ……そろそろ出立するはずです(笑)
フルーダ亭ではいつもの面々+ディオネ+クルル、というメンバーが揃うことになった。
ちょうどわたしたちがフルーダ亭に戻ると同時に、山菜採りから戻ってきたプラムたちと合流したからだ。
ちょうど夕飯時ということもあり、わたしたちはすっかり週1の恒例となった、天ぷらモドキをプラム(の方が上手いので)が作り、わたしは水洗いしたトマトを輪切りにしてほんの少量の塩をまぶしたサラダと、天ぷらを作った後に残った油を利用して細かく刻んだジャガイモを揚げた。
揚げたジャガイモに塩を振れば、ちょっとしたフライドポテトの完成だ。
天ぷらモドキとフライドポテトを食べた後に、フレッシュな生野菜で口直しをする。メニューは日によって変わるものの、濃いものとサッパリしたものの組み合わせは最近のフルーダ亭面子の中でのトレンドとなりつつあった。
……ここ1年ぐらいはディオネも酒瓶を持ちつつ――というより、フルーダ亭に酒瓶を幾つも置きっぱなしにして、今日のように夕飯を食べた後に飲んで寝る、という日々が定期的に続いていた。もうディオネもフルーダ亭に住めばいいのに、と思ってしまうほどの出現率である。クラッツェード曰く、彼女の私生活はだらしないから、たまに泊まる分は良くても定住は嫌だとのことで、彼女はこうして渋々ながら自宅から足を運ぶことになっているわけだ。
ちなみにクルルは早々に正体を明かしている。
わたしと彼女は出会ってまだ一日も経っていないというのに……彼女の信頼度はメーターを振り切れているらしく、わたしが信頼している人は即ち、クルルも信頼するという方程式が自動的に頭の中で働くようになってしまったらしい……。
そんな単純な思考だと、あくどいことを考える輩がもし魔法を扱えるような奴だったら、精霊種はいいように搾取されて絶滅してしまうんじゃないかと危惧してしまう。信頼してくれるのは嬉しいんだけど、盲目的というのはちょっと違う気がする……というか、それこそ宗教的に感じてしまい、まさしく『銀糸教』なる存在に発展してしまいそうで怖い。
まあ……最後の砦、精霊種の女王がいると思うから大丈夫だとは思うけど……。
そんなことを思い浮かべつつ、わたしたちが冷めないうちに職員用食堂に皿を並べている最中、レジストンがフルーダ亭へと足を踏み入れた。
彼は慣れた足つきで職員用食堂の入り口までやってきて、戸口に肘をかけながらこちらにいつもの飄々とした笑顔を見せる。
「やあ、相変わらずいい匂いだねぇ。俺もご相伴に預かっても?」
「あ、はい、勿論です。すみません、今日は突然お呼び立てするような形になってしまって……」
「いや――」
レジストンはそれほど大きくない食堂内の面子の顔を眺め――やがてクルルのところで止める。
「ちょっと信じられない話だったけど……こうして自分の目で確認すると、認めざるを得ないものだねぇ」
「あの……」
「あぁ、ごめんごめん。入口で立ち話っていうのは無粋だったね。それじゃ俺もちょうど腹が空いていたことだし、頂こうかな」
そうして食堂に足を進めるレジストンだが、その後ろに二人の人影がついてくるのが見えた。
一人は見たことのない黒髪の男性。そしてもう一人は――。
「あれ、貴女は確か……」
わたしの見上げる視線に気づいた侍女服の女性は「おや?」と片眉を上げ、佇まいを直した後、綺麗なお辞儀をしてきた。
「――3年前は大変お世話になりました。あの時は助けていただいた身でありながら、まともな挨拶もできませんで申し訳ありませんでした。改めまして――私、メリアと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はぁ……」
あ、あれ? 3年前は何というかもっとこう……無表情なのに毒舌という雰囲気だった覚えがあるんだけど……法衣連中と色々あった後だったから、記憶が曖昧なだけかな……。目の前の侍女は、まさしく主に仕える侍女としての風格があり、柔和な笑みは相対する者の心を和やかにするものであった。
メリアはそれだけ言うと、スッとレジストンの背後に控える。
彼女のことやもう一人の連れであるアマンのことは、レジストンから聞き及んでいる。彼女の方が記憶を抜き取る能力者――<連記剔出>の使い手であることも、あの後改めて教えてもらった。
「あの時……調教、だなんて不穏なことを言ってたけど、まさか――」
彼女の態度と雰囲気の変わり様と、当時レジストンが言った調教という言葉であらぬ連想をしてしまう。
思わず口をついて出てきた言葉に素早くレジストンが反応した。
「ハッハッハ、確かにそんな言葉を当時使った記憶はあるけど、君が考えているようなことは何もしてないよ。歳や見た目に似合わず、中々に耳年増だねぇ、セラフィエルさん」
「あ、あはは……」
思わずわたしは目を逸らす。
ちょっと宜しくない想像をしたことは間違いないので、弁明のしようがない。
「丁度いいから、今紹介しておこうかな」
レジストンは少し身を引いて、背後の二人をわたしたちに紹介する。
「一人は話題に何度か出ていた<連記剔出>の能力者であるメリア=ロバーツ。今は王室付調査室の一員として働いてもらっている。王室付調査室に『恭順する』ことと『背く』ことにおける利害の認識は彼女もしっかりと理解しているから、背中からナイフを刺されることはないと思ってくれていいよ」
レジストンの言葉に、苦々しい思い出が蘇ったのか、彼女は澄ました表情が僅かに崩れ、ジト目で視線をずらした。この3年間で何があったのか……き、気になる。
当時の被害者であるクラッツェードは若干面白くなさそうに腕を組んだが、特に異論を挟むつもりはなさそうだ。
「そしてもう一人だけど、こっちも王室付調査室所属の者で、主に密偵を得意とする。名はター……」
「タクロウ、でございます、レジストン様」
「……タクロウだ。今後とも宜しくしてやってくれると助かるよ」
「?」
なんだか今の紹介の中に妙な雰囲気が漂ったが、何だったんだろう。
しかし、この声色。どうやらつい先ほどの路地裏で会った黒外套の使者は彼のようだ。外套を外してしまえば、黒髪黒目、中肉中背と何処にでもいそうなタイプの人間に見える。もしかしたら、その素朴さも彼の隠密としての特性の一つなのかもしれない。
タクロウは恭しく頭を下げて「今後とも宜しくお願い致します」と挨拶をした。
「ま、予想以上に人数が嵩んだが、とりあえず冷める前に食っちまおうぜ」
クラッツェードが親指で食卓に並べている途中の皿を指し、レジストンは一つ頷いて「そうだね」と返した。
「それじゃ、頂こうかな」
いつの間にか8人の大所帯となった今日の夕飯はこうして始まった。
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「おおよその事情は分かったよ」
夕飯を楽しみつつ、わたしとクラッツェードが昨日今日のあらましを伝えると、レジストンは苦笑を浮かべながらフォークを皿に置いた。
「何というか……相変わらず埒外の先を突き進むねぇ、セラフィエルさんは」
「だろ? クラウンになったその日に依頼の約束をしちまうわ、その依頼がコルド地方っつぅ遠方な上に銀貨1枚で請け負おうだなんて言いだすわ、そのことに目を瞑ろうかと思った矢先に、今度は精霊種の領土内の仕事まで持ってきちまった。ここまですっ飛んでいくと、逆に笑えて来るよな」
「ハッハッハ、確かに」
「……」
くぅ、笑い話のはずなのに、わたしの肩身が狭い!
「――なるほど。クラッツにしては随分と過保護に動いたものだね」
「はぁ? ……別に3年も同じ家に暮らしゃ、それなりに心配にもなんだろ」
「ふふ、まあいい傾向じゃないか。セラフィエルさんは頭の回転も速いし、こうして話していると子供だということを忘れてしまいそうになるけど、それでも記憶の欠如やまだ10年しか生きていないことを踏まえると、まだまだ周囲の大人の支えは必要さ。クラッツは引き続き、彼女とプラムさんを支えてあげてやってよ」
「……ま、別にいいけどよ」
――すみません、記憶もバッチリ残ってるし、実質200年以上生きてます……とは言えない。
少し照れくさそうに頭を掻くクラッツェードの姿を微笑ましく眺めることで、罪悪感を薄めることとしよう。
「――で、だ。ここまで事情を説明すりゃ、お前ならもう分かってると思うが……」
「そうだね。今回の依頼については、俺の方から公益所経由で出すこととしよう」
――クラッツェードが口にした「ちゃんとした報酬を払える野郎」とは。
路地で少しだけ話をしたときに、そんな予感は感じていたけど……やっぱりレジストンのことを指していたみたいだ。レジストンは特に考え込むこともなく、即決で新しい依頼を出すことを請け負った。つまり、それだけの理由が今回の一連の出来事の中にあるということだ。
それはつまり――。
あれだけトマト丸齧りしていたはずなのに、未だに天ぷらモドキをパクついている隣のクルルに視線を向けた。
「精霊種領、八王獣領、そして人間種領はそれぞれが不可侵領域として古くから定められているからね。同じヴァルファラン王国のいち種族だとしても、おいそれと動向を探るわけには行かなかったんだ。交易という交流はあるけど、その場で互いに干渉できるのは王の冠を持つ者同士のみ。俺たちが動くにはどうしても手詰まりになってしまう場所――それがこの二つの領土なんだよね」
「……つまり、レジストンさんがわたしにかける依頼は――」
「うん、精霊種領の異変の調査。そして――その影に樹状組織が絡んでいないかを……見極めてほしい」
ここでようやくわたしの中のピースが完全に音を立てて隙間なく埋まったのを感じた。
それぞれの要望と問題。それを組み合わせた解が、クラッツェードの言う――「上手いこと」なのだ。
――わたしの希望は、エルヴィとクルルの依頼を受けること。ただしその代価となる依頼料は少なく、依頼を受けることはわたしの貯蓄の切り崩しや、他のクラウンへの悪影響を及ぼすリスクがある。パラフィリエス大森林まで足を伸ばせば、間違いなく旅の途中で資金は尽きるだろう。
――エルヴィとケトの希望は、遠方であるコルド地方にクラウンを派遣して「月光草」を手に入れ、母の病状に合わせた薬を手に入れること。ただしその代価となる報酬は少ししか用意できず、期限もそれほど長く待てない事情がある。
――クルルの希望は、わたしと共にパラフィリエス大森林に向かい、森を侵食する謎の草に対する措置を取りたい。ただしその代価となる報酬は少ししか用意できず、精霊種領という本来ならば他種族は不可侵の領域のため、不特定多数での対応ができない。クルルが――というより、わたしが認めた人しか立ち入れない、と思っておくべきだろう。
この三者ではどう足掻いてもバランスが崩壊してしまう。クラッツェードに叱られた通り、コルド地方だけなら何とかなっても、三つ全てを請け負う場合、必ずどこかで無理が生じることは間違いなく、さらに言えば――どちらも銀貨1枚の依頼でありながら、それを受けたわたしは良し悪しに関係なく、身内贔屓したクラウンとして問題視されてしまう。
――そこに、レジストンが含まれるとどうだろうか。
彼は王室付調査室の室長であり、国庫を好き勝手できるわけではないが、それでも国のためになら理由さえ立てば、ある程度の資金を動かすことも可能だろう。そして――不足している中でも、比較的人員を動かしやすい立場だ。
そんな彼を以ってしても手が届かないのは――八王獣領と精霊種領。
王都内で影を広げているギルベルダン商会はまだ手が届くから良い。が、他2種族の領地は手が届かないどころか、何が起こっているのか――確認さえできない状態だ。交易事以外は不可侵・不干渉というのが常識になってしまったことが仇になっているのだ。それでも種族間で良好な関係が結ばれていれば、交渉の余地もあっただろうが、レジストンの様子からはそれも難しいと見えた。
つまり、
――レジストンの希望は、精霊種領・八王獣領の調査。3年前に起きた謎めいた陽動事件の影がこの国土のどこまで伸びているのか――それを掴みたいのだ。そのために公益所に公的に依頼を出し、正当な報酬――旅の資金を投資し、表向きはクラウンとして正当な依頼を受け、真の目的も果たせるというわけだ。
そこに今、偶然にも手が届きうるのが、わたし……というわけだ。
三者では上手く嵌らなかったピースも、四つ揃えば綺麗に音を立てて嵌った。
なるほど……人脈を活用し、裏で手を回した手だけに――これは褒められた行為ではない。けれども少なくともこの四者の希望を上手く叶えるには、この方法しか無いのも事実だ。
クラッツェードが「上手くやれ」と言った意味が、ストンと理解できた。
エルヴィたちやクルルも、結果的には損どころか益のある話だ。依頼をキャンセルすることで報酬を払う必要もないし、まとまった資金が入ることでわたしの動きも速くなり、依頼達成が早まる可能性があるからだ。特に異論は出ないだろう。
「ああ、もちろん……セラフィエルさん一人に苦労をかけるつもりはないよ」
レジストンがそう言うと、メリアとタクロウが一歩前に出て、揃ってお辞儀をする。
「タクロウとメリア……この二人に今回の旅を同行してもらう。本当なら一個中隊ぐらい用意したい気持ちはあるんだけど、他の領地に割いている人数も多くてね。でも数が少なくても、その隙間を埋めるだけの腕は立つよ。それにメリアの能力はきっと――有事の際に助けになると思うしね」
「いえ、十分すぎるぐらいです。ありがとうございます、レジストンさん」
レジストンがそうまで言うなら、信頼していい人材だ。月光草を手に入れたら、その足でパラフィリエス大森林に向かうことになる。その間、月光草をクラッツェードの元へ届ける人が信頼できる人なら、この上ない安心感だ。
クラッツェードが動いただけで、こうも上手く行ってしまうとは……と、わたしは彼の方へと視線を向ける。彼は視線に気づくと、肩を竦めて「あとはお前次第だ」とでも言っているかのように、口の端を上げた。
わたしも頷きながら笑みを返し、クラウン初任務ながらも大事になってきたこの旅に向けて――心中、気合を入れ直した。