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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第一章 操血女王の奴隷生活
13/228

12 クラス分け

 サイモンが視線を飛ばす先は、わたしとプラム。


 一瞬、どちらかだけに言ったのかと思ったが、わたしたちを交互に見やり、その時点でどちらか、ということを言わなかったので、おそらく二人ともなのだろう。


「な、なぜ……ですか?」


 目尻を拭い、プラムがわたしを守るように抱え込み、サイモンを睨んだ。


 またそんな挑戦的な視線を送ると、逆効果になりそう……と心配したが、サイモンは予想外にもその問いに答えた。


 わたしの耳にすぐ横で別の馬車が止まる音が届く。


 なるほど……移し替えられるのか、と納得する。

 となれば悪事に手を染めている奴らがのんびりするわけもなく、時間がないからサイモンもプラムの姿勢にいちいち引っかかったりしなかったのだろう。


 意外と最低限には理性的なのだな、とほんのちょっぴり評価を改める。


「クラス分け、だ。お前らは顔だけならかなりの上物だからなァ。奴隷として一流の売り物になるよう、別の館で調教されんのさ。ま、調教される前の抵抗する姿がお好きな御仁もいるから、すぐに売りに出されるかもしんねぇけどな」


 ――うわぁ、吐き気のするような話だ。


 それを臆面も出さずに普通に、10台半ばの少女と見た目10歳にも届かない幼女に言うあたり、コイツも場慣れしているということだろう。年端もいかぬ少女たちを不快にする場慣れなど、まさに屑の本懐といったところか。


 しかし「顔だけなら上物」ということは、わたしもそれなりに自分の容姿に自信を持っていい、ということになるのかな。


 そうなれば幼女ではあるものの、そういう性癖を持った相手に対しての手段が増える。

 全く以って嬉しい手段ではないけど、選択肢が増えるというのは手持ちが少ないわたしとしては有難いことだ。


「クラス分け……」


 唖然とプラムが呟くのを聞いて、わたしは思考を戻した。


「そういうこった。ほれ、さっさと降りろ」


「……その館というのは、酷いところなんですか?」


「アァ?」


「もし――酷いところなら、この子は見逃してください……。まだ親の愛情も十分に受けられていない年頃なんですよ!?」


 ギュッと抱きしめられて、わたしは思わず言葉を失った。


 騙しているような微妙な気持ちと、心からわたしを気遣ってくれている温かさに対する気恥ずかしさ。

 それがないまぜになって、わたしは長い人生であまり記憶にない感情に困ってしまった。


「親の愛情だァ? へへ、丁度いいじゃねぇか。たっぷりと新しいご主人様に与えてもらえよ」


 コイツ、やっぱり相当な屑だな……。


 魔力欠乏になった先刻も、吐く前に少しだけなら魔法を発動したことは確認した。

 つまり魔力が全くのゼロというわけでなく、一度くらいなら魔法を放てるだろう。

 そいつを今、コイツにぶっ放したいと思ったが、それは出来ない。


 ――今、この状況はチャンスだからだ。無駄打ちが出来ない以上、限られた瞬間を正確に読み切らなくてはならない。


 脳を回転させ、現状を読み取る。


 わたしとプラムは別の馬車に連れていかれる。


 別の館、ということは、わたしたち以外の少女たちも道を分けて別の館へと運ばれていくのだろう。その馬車にはおそらく最大の足手まといになるわたしはいない。


 問題は足手まといになるわたしと一緒にプラムがいる、ということだが……こればっかりはさすがに現状の手札ではすぐにどうにかすることは難しい。その別の館とやらに着くまでの道中にまた機会があればいいのだが、おそらくわたしがいる以上、難しいと判断する。


 ――この優しいプラムがわたしを置いて逃げてくれるとも思えないからだ。


 仕方ない、今はこっちの子らのことだけを考えるか。


「さ、最低です……!」


「別にお前にどう思われようが結構だ。ククッ、お前らは俺たちの最高の収入になるわけだからな……その高揚感に比べりゃ鳥の糞みてぇなもんだ」


「…………!」


 信じられないものを見るようにプラムは絶句した。


 きっと、ここまで他人を物としか見ない人間を見たことが無かったのだろう。

 前世で多くの人間が、あの異形を目の当たりにした時と同じ表情をしていた。

 まあサイモンとあの異形を並べること自体、滑稽だけど。


「ねぇ、おじちゃん」


「…………なんだクソガキ」


 空気を読まず、変わらない調子で話しかけたせいだろうか。


 サイモンはさっきまで勝ち誇っていた顔をしていたというのに、急に何とも言えない表情になった。


 変な間があったのは、きっと何か悪態をつこうと思ったが、思いつかなかったんだろうな、と勝手に想像する。


「ここってどこらへんなの? わたし、知らないところまで来てしまって不安なの」


 眉を困ったように下げる、ってこんな感じかな?


 くそぅ、威厳を示すように厳しい顔の練習は鏡前でしたことはあるが、こんな情けない顔の練習はしたことがない。


 表情筋の何処に力を入れていいのか、かなり不安を抱いたが、わたしが怯えたような顔をしていることは十分に伝わったのか、サイモンはニタァと口の端を上げていた。


 コイツ、幼女より上にたって喜ぶとか……真面目にどうかと思うわ。

 自尊心の防衛ラインが低すぎるぞ。


「ククッ、なんだお前、泣きそうな顔しやがって。ああ、お前みてぇなガキが怯えんのは気分がいいねぇ」


「……人でなし!」


「人でなし? ああ、お前らが自分たちを『人』だと思ってんなら、確かに違ぇわな。お前らは奴隷、俺たちはお前たちを売却する上の人間だ。お前らとそもそも立場が違うんだから、お前らから見て人でなしっていうのも間違いじゃねぇわな」


「…………」


 プラムはもう言葉が通じる相手だと思わなくなったのだろう。

 下唇を噛んでサイモンを睨むしかできなくなってしまった。


「ああ、それと場所だったな? んなもん、分かるわけねぇだろうが、ククッ」


 まあ普通はそうだよね。

 となれば自然と引き出させるしかないか。


「おら、無駄話は終わりだ。早いところ、降りろや!」


 強めの語調にプラムの肩がビクッと震えた。


 ここは言う通りにした方が無難だろう。


 彼らも顔立ちのいいプラムを傷つけることは可能な限り避けるはずだが、それも抵抗が少ないことが前提だろう。もし仮にここで大きく抵抗すれば、時間がかかることと天秤にかけて殺される可能性だってある。


 さっきの平野部での戦いが長期的な交戦状態なのだとしたら、これからもプラムたちと同様の境遇の子たちは出てくるはずだ。今後も売り物の代替は利く――なんて思考に流れてしまったら、プラムの命など紙のように簡単に切られてしまうかもしれない。


「プラムお姉ちゃん……ここは言う通りにしよ?」


「セラちゃん……」


 プラムの袖を引っ張ってそう告げると、彼女は悔しそうに口元を歪めた。


 しかし、それも一瞬のことで、わたしの顔を見て冷静さを取り戻したのか、ここで言い争っても好転しないことを理解してくれたみたいだ。


 プラムはまたわたしを軽く抱き寄せて「うん……」と呟いた。


「ケッ、ようやく観念したか」


「…………セラちゃん、立てる?」


 サイモンの茶々は無視し、プラムがわたしを抱き起そうとした。


「あっ!」


「セラちゃん!?」


 そこでわたしは足のバランスを崩し、もっとも檻の出口に近い場所にいた黒い長髪の少女の元へと倒れ込んだ。急に態勢を崩して倒れ込んだわたしに驚きながらも、少女はわたしの両肩に手を置いて「だ、大丈夫?」と心配する言葉を投げかけてくれた。


 よし……放心状態だった彼女だったけど、接触した衝撃で、わたしへと意識が向いてくれたようだ。


 そしてわたしは彼女に近づいたことを機に、耳元で短い言葉を投げかけ、その言葉に少女は驚いて目を見開いた。


「すみません……ずっと、座りっぱなしで、足が痺れたみたい、です」


「セラちゃん、無理しないで私に捕まってて」


「うん……」


 黒髪の少女はまだ口を半開きにしてこちらを見ているが、わたしはもうそちらを見ない。


 彼女は檻の脇にめくられた幌の陰になっているため、彼らからもその表情は見られないだろう。

 わたしさえ視線を送らなければ、そちらに注意が向くこともないはずだ。


 わたしはプラムに抱えられて、檻の外、そして馬車の外へと足を踏み出した。


 そして素早く周囲に視線をおくり、何か目立つものはないか確認した。


「ねえねえ、おじちゃん」


「今度はなんだ!?」


 何度もサイモンに話しかけるわたしにプラムは不安そうな顔を浮かべたが、今は我慢してほしいと願った。


「あの山ってなぁに?」


「ア、アァ? ありゃクライド鉄鋼山だろ。それがなん――」


「それじゃそれじゃ、あの高い塔はー? 何だか尖がってて、すごい細長いよー」


「だぁ、時間がねぇって言ってんだろうが! さっさとあっちの馬車に移れ!」


 わたしは襟首をつかまれ、猫のように持ち上げられた。


 ――うげぇ、首が締まるっ!


 あとこれ、一張羅だから、服が上にめくれると色々と見えちゃう!

 ほんと、デリカシーの欠片も無い男だね!


「うぅ……、ぅ、…………」


「は、放してあげてください! 苦しそうです!」


「アァ、お前らが言う事聞いて、ちゃっちゃと乗り換えりゃいいんだろうが! これ以上、文句を言うならぶったたくぞ!」


「っ、で、でも……!」


 それでもわたしを助けようとするプラムの声を遮る様に、わたしは大きくその場で吐いた。


「オェェェェェェェェェェ……」


 転生一日目だというのに、吐いてばかりのわたし……。

 何とも悲惨な日だ。

 心の奥底に閉まってある黒歴史本の最後尾に追記しておこう……。


 まあ奴隷として売り出されようとしている時点で、それに勝る悲惨さはないのかもしれないけど。


「うっお、き、きたねぇ!?」


「セ、セラちゃん!? ほ、ほら、早く放してあげてください! 苦しくてセラちゃんが吐いちゃったじゃないですか!」


 サイモンはさすがに間近で吐かれたことで、わたしを置いて後ろへ後さずり、代わりにプラムがやってきてへたり込むわたしの背中をさすってくれた。


「何をしているんですか、サイモン……」


 呆れたように次の馬車の荷台の準備をしていたベルスターと、もう一つの馬車の御者なのだろうか、ベルスターよりも上品な文様が刺繍されたローブで顔を隠した男がやってきた。


「そいつらは大事な商品だ。無用に傷つけることは許されないぞ?」


 低く責めるようなローブの男の声に、サイモンは何も言い返せずに目を逸らした。


 そのやり取りだけでローブの男が、サイモンよりも上の人間だと分かる。

 そしてサイモンのベルスターへの態度も考慮すると、地位はベルスターよりも上なのかもしれない。


「……しかし、いくらなんでも年齢が低すぎないか? そっちの子の妹か何かか?」


 ローブの男はプラムとわたしを交互に見下ろして、ベルスターに尋ねた。


「いえ、その子は西との戦場近くの川で拾いました。毒蛭による麻痺が両腕に見られましたので、回収した武具と一緒に汚れを洗い流して、ついでに連れてきたところです。顔立ちが非常に整っていますからね。幼いとはいえ、商品にはなりえるでしょう」


 そう言えば、気づいたらあの痺れは収まっていた。

 気を失っている間に洗ってくれたのね。

 やっていることは最低だから感謝はしないけど。


「西との? あの周辺に集落は無かっただろう。隠れ住んでいた連中でもいたのか?」


「それは分かりませんが……もしかしたら西の例の部隊なのかもしれませんね」


「となると恩恵能力アビリティ持ちか。だとしたら、よくここまで何事もなく連れてこれたな」


 ――西の例の部隊?

 ――アビリティ?


 いったい何の話だ?


「そういえば抵抗らしい抵抗は無かったですね。反応も年相応のものと受けましたし」


「お前たち……少し、どころかかなり不用心だぞ。仮に恩恵能力アビリティが厄介なものであれば、子供とはいえ、この馬車程度吹き飛ばすことだって可能だろうが。……しかし西の連中がこんな幼い子まで駆り出してきたとなると、連中もよほど切羽詰まってきたのかもしれないな」


「まあこの子が実際にそうなのかは結局分かりませんがね」


「聞いてみればいいだろう」


 そう言って、ローブの男はわたしと目線が合うようにしゃがみこみ、こちらを見定めるような眼光を向けながら問いかけてきた。


「お嬢ちゃん、どこの出身だい?」


「……わかんない」


「分からない? そんなことはないだろう。隠しても君のためにならないぞ?」


 まず、わたしがいるこの場所でさえ、分からないのだから、何とも言いようが無かった。


 テキトーな国名でも上げれば、偶然ヒットするかもしれないが、そんな分が悪い賭けはしない。

 ここは過去二度にわたる、転生後の決まり文句を言うのが無難だろう。


「それが……思い出せないの。気づいたら、馬車の中にいたの」


 ――便利設定、記憶喪失。


 これに勝る言い逃れは存在しない。

 困った時には「思い出せない」を貫き通せば、まかり通せる伝家の宝刀である。


 ついさっき「知らない場所にきて不安」と言ってしまったので、ちょいと鋭ければ嘘だと見抜ける可能性はあったのだが、その時の会話の相手は馬鹿と書いてサイモンと読む男だ。


 記憶喪失なのに、ここが知らない場所だと判断できるはずがない、という連想はできないだろう。

 現に今の会話は耳に届いているはずなのに、彼は何の反応も示していなかった。


「あー、そういえば川にいたとき、気を失ってたんで、もしかしたら何かしらのショックを受けて、記憶が飛んじゃったのかもしれないですね」


 ベルスターの後押しもあり、わたしの記憶喪失が濃厚となる空気が場に流れた。


「そうか。だとしたら、それはそれで好都合なのかもな。よし、二人を乗せたら俺も出発する。お前らはいつも通り、館に残りの女や武具を運んでいけ」


「分かりました」


「ああ」


 これ以上の問答はあまり意味を成さないと見たのか、ローブの男はベルスターとサイモンに指示を出し、わたしとプラムを新しい馬車の荷台へと誘導した。


 やっぱり檻付きの荷台だ。

 幌は前の馬車と違って、破れている個所も見当たらないし、荷台の中もどこか清潔感があるものだった。


 馬車の外観も小綺麗にされていることから、もしかしたらこの馬車は人通りのある中を通ることを想定しているのかもしれない、と思った。


 しかし……クラス分け、ねぇ。


 わたしは吐き気と頭痛に悩まされながらも、人を人として見ず、商品をいかに納品するかだけを考えているならず者たちの浅ましい思考が形になったこの馬車を見て、辟易とした。


 檻の中に入ると、ローブの男が鍵を閉めた。


 そして開いていた幌が全て降ろされ、檻の中は日差し一つ入らない、暗いものとなる。


「セラちゃん……体調は、大丈夫?」


「うん……なんとか」


 未だにわたしの背中をさすりつづけてくれるプラムに感謝しつつ、わたしは今後のことを少ない情報から何か抜け道がないか組み立てていくのだった。


次回「13 脱走(視点:奴隷になるはずだった少女)」となります(^-^)ノ


2019/2/23 追記:文体と多少の表現を変更しました。

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