28 路地奥の鐘の音
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「いいか、セラフィエル。人脈ってのは使ってなんぼのもんだ。作るだけ作って放っておくなんざ馬鹿のすることだ」
そんな言葉を耳にしながら、クラッツェードの案内の元、辿り着いたのは――碁盤状に広がる大通りから少し外れた、薄暗い脇道だった。
「人脈って点で言やぁ、お前はかなり恵まれてる方だぞ? レジストンにディオネ、そしてグラム伯爵。しかも今回は何の因果か、精霊種ともお近づきになるなんて仰天付きだ。ただの平民にゃ手が届かねぇ奴らばっかだ」
「それはそうだと思いますけど……あの、クラッツェードさん。何処に向かってるんですか?」
空は赤く染まり、そろそろ夜の帳が降り始める時間帯だ。まだ太陽の斜光が建物の隙間から差し込んでいるが、それでも狭い路地はかなり暗かった。
湿度の高い陰湿な場所へと足を運ぶことに何処となく不穏な感じを受け、わたしはクラッツェードの背中に問いかける。が、彼は肩を竦めて「何言ってんだ?」と返してきた。
「お前も聞いてただろ。もう忘れたのか?」
「え、聞いてたって……」
……なんだっけ?
同じ西地区の場所とは言え、こんな路地に用があった試しは無い。下水道の一件だったり、プラムが浚われたと勘違いした時みたいに突発的な何かがない限りは足を運ぶことのない場所だ。
思わず首を傾げる。
でも、確かに――クラッツェードの言葉に何か引っ掛かりを覚えるのも確かだ。思考がエルヴィやクルルの依頼のことだったり、クラッツェードに叱られたことだったりと、そちらに傾きがちなために、本来ならすぐに結びつく答えまで遠回りしているような感覚。
「……――あ」
思考をリセットし、改めて頭の中で「路地」というキーワードで検索しなおすと、その答えが意外とすぐに引き出された。
「呆れた奴だ……そもそもお前、明日出立する件も含めて、アイツに会うつもりだったんだろ?」
「そ、そうでした……すみません、会うことは頭にあったんですが、その手段のことは全然考えてませんでした」
――そう、わたしは今日この後、レジストンにも会わないと……と考えていた。
彼は日頃忙しい、というか神出鬼没な面があるので、会おうと思っても会えない存在だ。元々彼の母親が経営していたフルーダ亭に彼が足を運ぶことはあまりなく、そのほとんどの活動拠点が王城内のどこかにあると言う、彼の執務室なのだ。そう気軽に会える場所でもない。
しかしわたしたちと彼は3年前より協力関係を結んでおり、必要に応じて会わなくてはいけない機会というのはどうしても生じてきてしまう。
そこで彼は3年前に自分との連絡手段をわたしたちに教えてくれたのだ。
王都の各所には、入り組んだ路地の奥に小型の鐘が設置されている。
地元の住民たちも「いつの間にかあった」と首を傾げてしまうこの鐘は、王都中にレジストンの王室付調査室が夜な夜なこっそり設置したものだと聞いた。
なんでも王室付調査室に所属する一人が、特殊な音を聞き分ける恩恵能力を持っているらしく、それを利用した連絡手段が――その鐘だというわけだ。その能力者が生きている内の一世代限りの連絡手段ではあるが、きわめて有効的な方法でもあるということで、レジストンは鳴らせば常人には聞き取れない音――おそらく人の耳では聞き取れない周波の音を出す鐘を作成と設置に踏み込んだそうだ。
その一つが、おそらく――この路地の奥にあるのだろう。
わたしもこの場所に鐘があることは確認していないので、そこは「だろう」としか言えないが、クラッツェードが自信を持って案内してくれているのだから、まあ間違いはないだろう。
「……? よく分かりませんが、誰かとお会いになりますの?」
不意に一緒に歩いてきたクルルにそう聞かれ、わたしははたと再びローブで素顔を隠しながら、隣を歩く彼女を見あげた。
……そういえば動転してて気づかなかったけど、彼女、一緒についてきて良かったのだろうか。
この鐘の所在――というか、意義は他人に知られちゃ拙いんじゃ……という点が過ぎり、思わず前を歩くクラッツェードの上着をつまんで問いかけた。
「クラッツェードさん……あの、クルルさんは一緒でも大丈夫だったんですか?」
「ん? ああ、そっちの方が都合がいいと思ってな」
「都合?」
クラッツェードの真意を聞き出す前にわたしたちは薄暗い路地の袋小路までたどり着いてしまい、彼は早速、小さな台座の上にある鐘を備え付けの小槌で打ち鳴らす。
<身体強化>で強化されているわたしの感覚ですら、僅かに重苦しい波長を感じる程度の鐘の音は、当然ながら人の耳には届かず、周囲へと波紋状に流れていった。
クラッツェードは周囲を見渡しつつ口を開く。
「セラフィエル」
「は、はい」
「今回の一件……いや二件か? これらをお前はクラウンとしての任務だと思って受けるつもりだったと思うが、どう転んでも結果的にそういう規模の話にゃならないだろうな」
「それは……どういう」
「レジストンは何故、能力が高いとはいえお前みたいな幼い子供にまで頼ったか分かるか?」
「え? それは……人手が足りないからだと」
そう3年前に直接彼の口から聞いた。その場にクラッツェードもいたのだから、わざわざ確認することでもないと思うけど……。
「まあそれもあるが、ただの人海戦術だけが望みなら、それこそ国の力を使ってクラウンマスターに働きかけ、強引に所属するクラウンに依頼を受注させりゃいいだけだと思わないか?」
「そ、それは職権濫用な気がしますけど……」
「んな悠長なこと言ってられる状態なら、そもそもお前に声をかけることもしねぇよ」
「……」
まあ……確かにそうかな、とは思う。
あと考えられる理由と言えば――信頼できる相手かどうか? といったところだろうか。
「あぁ、言うまでもないが、信頼できるかどうかは大前提な」
「……」
ま、また考えていることが読まれた!?
思わず表情筋を確かめるように頬を摘まんだりしてみるが、餅のような柔らかい弾力が指先から返ってくるだけで、心情が顔に出ているかどうかは当然ながら分からない。
「ま、答えを言うなら――お前の持つ『可能性』だろうな。未確定な……先も読めない可能性、それをお前の中に見出した。だからアイツは多少強引にでも引き留め、クラウンの制度まで変えてお前に手段を多く与えようとしたんだ」
「可能性?」
「魔法という特異性。そしてレジストンが期待した可能性は予想以上に芽吹き、魔力とやらを含んだ土壌で作られた――常軌を逸した美味さの野菜を作り出した。そして、可能性が繋げた結果は……そこのお嬢ちゃんという希望へとたどり着いていったわけだ」
「……希望?」
わたしは思わずクルルを見上げるが、彼女も肩を竦めて首を傾げるだけであった。
「私の希望はセラフィエル様ですわ」
「そうかい。そりゃ好都合だな」
クルルの主張にクラッツェードはくつくつと笑い、その様子にわたしたちは眉を顰めて目を合わせるばかりだ。
「お待たせいたしました」
――と、わたしともあろう者が、声の主の接近に気付けなかった。
いや……もしかしたらレジストン同様、隠密に長けた人物なのかもしれない。待たせた、と言ったことから、鐘の音によって訪れた使者だということが判った。
「クラッツェード様……とセラフィエル様ですね。そちらの方は――どちら様でしょうか?」
丁寧な淡々とした声は男性のもののようだ。灰色の外套に身を包んだ男性はクルルの方に視線を向け、クラッツェードに事情の説明を求めた。
なんだか……王都に来てから、こうして外套なりローブなりで全身をすっぽり隠し込むスタイルの人ばかりに出会う気がする。……3年前の法衣連中も似たような感じだしね。どんだけ正体隠したい奴が多いのよ、と人知れず突っ込みたくなるわ。
「私はクルルですわっ!」
そして堂々と自己紹介するクルル。
貴女……精霊種であることを隠そうとする割に、ぐいぐい自己主張してきますよね……。天然ですか? 天然ですよね……きっと。
何故か胸を張って自己紹介するちょっとズレたクルルは置いて、クラッツェードが答えた。
「名前は聞いての通りだが、このお嬢ちゃんの件も含めてレジストンに話があってな。今日中に会いたいんだが、どうしたらいい?」
「……その方が信頼を置ける、という証はございますか?」
クラッツェードの言葉では不足だと、彼はクルルの安全性をさらに要求した。
「……」
クラッツェードはどう答えるつもりなんだろうか、と彼を見上げていると、唐突にクルルに向かって手を伸ばし、少し強引に彼女のフードを外した。
「んなっ!?」
美貌が台無しになりそうなほど驚きに口を開いたクルルは、慌ててクラッツェードの手からフードを奪い返し、深くまで被り直す。
「な、なにをするんですの!? 人間の男は野蛮ですわっ!」
「悪ぃ悪ぃ……でも、これでレジストンに会いたい理由は十分――だろ?」
最後はクルルではなく、外套の男へと言葉を向けるクラッツェード。
対する外套の男も先ほどまでのゆらりとした冷静さが剥がれ落ち、愕然とした気配を全身から漏らしていた。
「………っ、な、なるほど……。かしこまりました。場所は――そうですね。機密性や密談にも向いているフルーダ亭が宜しいでしょう。すぐにレジストン様に確認を取りますので、貴方がたはお手数ですがフルーダ亭に戻り、お待ちいただけますでしょうか」
「おう」
外套の彼はすぐに納得を示し、わたしたちに一礼をした後、足音こそ無いけれども少しだけ慌てたようにその場を後にした。
クルルが精霊種である証――尖耳とその容姿を見て、彼はその全てを納得したように見えた。
「……クラッツェードさん、レジストンさんがわたしに求めた可能性――その先にある希望って……」
「一端ではあるがな。つうか、そちらさんの種族と何かしらの交渉材料が育てば万々歳ぐらいの希望だったんだろうが、まさか本物と繋がりを持つたぁアイツも思ってないだろうよ……。しかもクラウン合格祝いをした翌日とかな……俺も正直『意味分かんねぇ』って思ったわ」
「……褒めてるのか、貶してるのか、良く分かりません」
「褒めてねぇし、貶してもいねぇよ。ただ……ほんっとにお前は規格外だよなって話なだけだ」
「あわわっ、ちょ、ちょっと頭をグチャグチャにしないでくださいよっ」
クラッツェードにとって丁度いい位置に頭があるのか、頭頂部に置かれた手でグシャグシャと撫でまわされる。
「さて、行った道を戻る羽目になったが、ま……とっととフルーダ亭に戻ってレジストンの奴を待つことにしようぜ」
「もぅ……」
ピンピンにはねた髪を手櫛で直しながら、わたしは頬を膨らませる。
でも大よそ、クラッツェードが何を目論んでいるのかは分かった気がした。同時に本当にわたしって、クラウンの依頼のことばかりに視点が傾いていたんだなぁ、と反省気味に思ってしまった。
いまいち話についてこれないクルルを引きつれて、わたしたちは来た道を辿ってフルーダ亭に戻り、レジストンの来訪を待つことにした。