27 叱られました
ブックマーク、ありがとうございます(*´▽`*)
いつもお読みくださり、ありがとうございます♪!(^^)!
「結論から言うと――あまり良くはないな」
「……そう、ですか」
指で顎を撫でながら、クラッツェードは告げた。
わたしは多くの可能性の中で、あまり当てはまって欲しくない部類の答えが彼の口から出て、思わず視線を下に向けた。
「ま、何度も言うが……俺は医師じゃねーからな。症状や希望に合わせて薬を用意することはできるが、その症状がどんな病気から来て、どうすりゃ根本的な治療になるかまでは分からん」
「はい……」
「思った以上に容体は重そうに見えた……可能なら医師にかかるのが一番なんだが――」
「……」
それが難しいことはわたしもクラッツェードも知っている。
そもそも医師にかかれるなら、最初からクラッツェードにお願いするのではなく、医師に頼むのが筋だからだ。それが出来ないのは――このヴァルファラン王国では医学があまり発達しておらず、医師の数が非常に少ないからだ。
医師が少ない、となれば――言うまでもなく、診れる患者の数は限られる。
患者の数が限られてしまうのであれば、自然と治療費も高騰していく。
その高い治療費を支払えるのは誰かと言えば……裕福な貴族たちとなる。そのため平民たちは体調を崩したり怪我をした際は、医師による診察や治療を受けるのではなく、薬師から症状に見合った薬を買ってやりくりをするのが通例となっていた。
ただ当然ながら薬師たちは医師ではないので、患者の容体から薬を選別することは難しく、患者の希望に沿った薬は出すものの、それが効かなかった時の責任は負わない――というスタンスを貫くわけだ。クラッツェードが頻りに「俺は医師ではない」と言葉を付け加えるのは、そういった時代背景が関係しているからだ。
これは王立図書館ではなく、この3年間で彼と共にフルーダ亭で過ごした中で教えてもらったことだ。
「――そこは俺らにはどうしようも無い話だな。だがまぁ実際に見たおかげで、月光草が必要な薬ってのは見当がついたぜ」
「……! 本当ですかっ!」
「ああ、ま、月光草なんてもんを使う時点で大分絞られていたようなもんだが、おそらく――月光草の根とネリとラッピの葉をそれぞれ適量を粉末状にして混ぜ合わせて完成させる薬だろうな。効能は滋養回復・鎮痛・鎮痒・消炎作用が見込めるが、他の同効能薬剤よりも高い効果が見込めるはずだ」
「鎮痛……」
鎮痛――痛みを弱めるだけの根本治療とは程遠い効能。エルヴィは薬を服用中、母が動ける程度には回復したようなことを言っていたが、もしかして一時的に痛みや痒みが抑えられたが故の結果だったんだろうか。
わたしの呟きから思惑を察したクラッツェードが、さらに言葉を付け加えてくれた。
「当然その効能じゃあ一時しのぎにしか聞こえんだろうが……この薬には色々と前例があってな。過去に体の一部が黄色く変色する症状の改善に役立ったという文献もあった。――そして、俺が直接見たあいつらの母親も……体の一部にそういう症状が散見されたんだ」
クラッツェードはわたしの不安を取り除いてくれるかのように、効能以外の治療前例を出してくれた。
体の一部が黄色く……確か、黄疸、という症状だっただろうか。あれは何が原因だっただろうか……膵臓? いや……肝臓だったかな? 他にも何かあったような……専門家じゃないし、興味を持って本を開いた分野でもないから、それ以上は思い浮かばなかった。
でも、光明は見えた。
どうやら月光草を採取してきても無駄になり、エルヴィたちが悲しむような結果にはならなさそうだ。
「……それじゃ、薬自体はお母さんの容体に合っていた、ということなんですね。あ、でも……エルヴィの話だと、数年服用していても完治はしなかったみたいですけど、どうしてなんでしょう……」
「大方、服用頻度がいい加減だったんだろうよ。薬は用法と用量を守らねぇと、効かないこともあるし、毒になることだってある。後は私生活の改善だな。ずっと寝たきりじゃ、治るもんも治らんだろうよ。最初は辛くとも、身体を動かす運動をした方がいいんじゃねぇかな。……とはいえ、前例は誰にでも当てはまるわけじゃないし、医師の診断なしで判断できる範囲はそんなところが限界だ。過度な期待はしない方がいいと思うぞ」
「……そうですね。うん、でも――ありがとうございます、クラッツェードさん。やみくもに薬の材料を求めるよりも、きちんと根拠を持って動ける分、心が軽くなりました」
わたしの御礼に、彼は癖毛をガシガシと掻きながら、そっぽを向いた。
「ふん……俺の方でも過去の文献を書き写した資料を掘り起こして、適切な用量を確認しておいてやるよ。あぁ、あとネリとラッピはその辺の山でも採取できるし、地下に在庫もあるから、お前は月光草を手に入れることだけ考えりゃいいさ」
「はいっ」
「あとは――そうだな。別の薬草から鎮痛剤は作ってやれる。お前が外に行っている間はそいつを飲ませておけば、多少は楽になるだろうよ」
至れり尽くせり、だ。クラッツェードがいてくれて本当に良かった。
わたし一人であれば、深く考えずに「月光草さえ手に入ればなんとかなる」ぐらいの軽さで行動していたかもしれない。その結果……気休め程度の薬が出来ても、適切な服用がされなければ――少なくとも高い確率でエルヴィたちの母親は衰弱の一途を辿ったかもしれない。
知識というものは偉大だと、改めて実感する。
こうして根拠を提示した上で話をされるだけで、こうも安堵と自信を得られるのだから。これで憂いなくわたしは月光草の入手に力を入れれるわけだ。
わたしが喜びを露わにすると、黙って(わたしが静かに、とお願いしていた)横に座っていたクルルも手を合わせて笑顔を向けてくれた。本当にこの人、静かにほほ笑むとビックリするぐらい美人だなぁ……。
「…………」
意気込むわたしを他所に、クラッツェードは顎に手を当てながら何かを考え込む。
そして――意を決したように視線をこちらに向け、口を開く。
「――で、薬代はどうするつもりなんだ?」
「…………え?」
まさか突然、お金の話になるとは思ってなかったので、わたしは阿呆みたいな返事をしてしまった。
「え、じゃなくて、薬代だよ薬代。あと調合代もな。まさか欲しいと願えば勝手に薬が生まれるだなんて思ってるわけじゃないよな?」
「――突然何を言うかと思えば、水を差すようなお話ですわ! セラフィエル様の笑顔が曇ってしまったじゃないですの!」
「アンタは黙っていてくれ。俺はセラフィエルと話してる」
鋭い視線だけでクルルを制すと、クラッツェードは改めてわたしを見据えた。さっきまで綺麗に話が終わりそうだったのに、と言いたくなる気持ちもあるが、彼がこのタイミングでこんな話をするには何かしら意味があるはずだ――。
も、もしかしなくても……わたしたちの居候がついに家計を窮地にまで追いやってしまった――とか!?
あの日からフルーダ亭に居候して早3年。わたしたちは家事・掃除・買い出しをメインに、ついでに菜園の管理や風呂の精製などを家賃代わりに貢献しているつもりであった。だが……考えてみれば、それは労働であってお金を生むような行為ではない。
加えて厩舎の馬と馬車の維持費だけで、ハイエロから貰った貯蓄はかなり減っている。3年の間に公益所で働いたお金さえもその維持費に突っ込んでいる状態なのだから、フルーダ亭には何も入れていない状況なのだ。
そんな計算を頭の中でしていると、クラッツェードに鼻頭を指で弾かれた。
「あたっ!?」
「先に言っとくが、別に居候していることに関しちゃ気にすることはねぇぞ。そっちはきちんとお前らから対価を貰っていると思っているからな」
「…………」
涙目で鼻を抑えていると、そんなことを言われる。
……以前から色んな人の前で思うことなんだけど、子供の身体になってから、本当にわたしって心の中が読まれやすい気がする。
でも、そうしたら何故クラッツェードはこんな話を――?
「……お前、今回のコルド地方の依頼を銀貨1枚で引き受けるつもりなんだよな?」
「え、は、はい……」
「普通に考えて、それがあまりにも少ない報酬だということは――理解しているか?」
「も、もちろんです……」
いくら転生して3年。王都以外は西の辺境ぐらいしか知らないわたしでも、物価については理解しているし、コルド地方までかかる経費が馬鹿にならないことは分かっている。
「その費用の捻出はどうやって賄う気だ?」
「それは……その、貯蓄から……」
今回の件で貯蓄は底をついてしまうかも――だけど……。
思わず目を逸らすわたしに、彼は大きくため息をついた。
「……加えて、そっちのお嬢ちゃんの依頼も――受けるってんだろ? 同じく銀貨1枚の報酬で」
「う、は、はぃ……」
「しかもガキたちに聞きゃ、コルドの方の依頼料は一旦お前が肩代わりしたって言う」
「……」
もしかして……安請け合いすぎる点を怒ってる?
わたしは段々とクラッツェードの言いたいことを察し始め、反比例して答える声は弱々しく小さくなっていった。
「プラムは見ての通りお前に強く言わねえし、レジストンの奴はなんだかんだ細けぇ点についちゃ放任主義だ。ディオネもディオネでお前にはどことなく甘いからな……だから俺がハッキリ言ってやる。お前の今回の依頼の一件は正直――常識外れもいいところだ」
「……っ」
「前々から気にはなっていたが……どうにもお前は考えているようで無鉄砲な一面がある。コルドの件についちゃ一旦目を瞑って、全部終わってから言おうかと思ってたが……帰ってきてみりゃ、精霊種の領地問題まで手を出している始末だ。さすがに俺も口を挟まずにいられんわな」
「う……」
「誰かのために無償に近い奉仕をすんのは確かに美徳かもしんねぇ。だが――お前はもうクラウンっつぅ組織に属してんだ。そいつを忘れちゃいけねぇだろ」
「……!」
その言葉にわたしは思わず目を見開いた。
クラウン。数日前にお祝いまでしてもらった、わたしの王都での立ち位置だ。
そうだった……心のどこかでクラウンは「手段の一つ」みたいな考えがあったせいか、あまり組織の一員という感覚が無かったが、わたしの一挙手一投足は全てクラウンとしてのわたしとして評価されるのだ。
……数日前にガダンから「自覚ある行動、良識ある態度、そして助けを求める者たちの希望となり、その責務を果たせ」と言われた。
確かに「助けを求める者たちの希望」という点では責務を果たすことになるのかもしれない。けれどそこにクラウンとしての自覚が伴っていたかと言えば――。
「お前が安い報酬で仕事を受けりゃ、他の依頼人から苦情が来ることになんぞ。なんでこっちは高い金払って依頼をかけてるのに、コルド地方なんて金のかかる依頼を安価で受けるんだってな。そりゃそうだ。んな苦情が重なっていけば、公益所の機能そのものがおかしくなってくるだろうよ。信頼も消えていく。もっと言やぁ今回は依頼を受ける際に揉め事も起きたし、多くのクラウンの目の中で依頼を受ける話になっちまった。つまり……早々に噂は広がっていくってこった」
「……」
わたしは唖然とした。操ってもいないのに、勝手に血の気が引く。クラッツェードから具体的な問題を挙げられて、想像してしまったのだ。わたしの軽率さが導く、未来の姿を。
「……ま、公益所の受付嬢にも責任はあるがな。本来そういう依頼のふるいをかけるべき存在が、素通りさせちまっちゃ論外だからな。まあそっちはクラウンマスターが今頃叱責を飛ばしていることだろーよ。だから、俺はお前の方を叱るわけだ」
「は、ぃ……」
胸の奥にざわつく嫌な重しが溜まっていく。
三度も転生し、200年の経験と知恵は何処へ行ってしまったのか。
――わたしは少し浮かれていたのかもしれない。
王都での自分の立場の確立。ようやく今後はわたし自身の力で立ち回り、やりたいことの幅が広がると内心で喜んでいた。そして――まだ見ぬ王都外の冒険。その浮かれた心が、普段であれば気付けるであろう自身の行動の問題点を見過ごしていたわけだ。
じくじくと幼くなった精神が痛み始め、200年生きたわたしの矜持による抑圧を超えて、涙となって目尻に溜まっていく。やはり――感情的になると、どうしても年相応の反応になってしまう。
泣きたいわけじゃない。わたしは真摯に彼の言葉を受け止めたいだけなのに……どうしても溢れる感情の自制が利かなかった。
手持無沙汰だったクルルが戸惑いながらも背中を撫でてくれる。その感触に少しだけ肩が軽くなった気がした。
「セラフィエル、対価ってのはこの国で生きていく上で平等を測る重要な要素だ。個人なら当事者同士の話し合いで済むかもしれねぇが、クラウンって組織に入っちまった以上は、クラウンは勿論のこと、公益所そのものに直結した話に発展することがある。正当な対価あっての社会だ。それだけは忘れんなよ? だがまぁ……今回は初めての依頼だし、お前の善意そのものは褒められたもんだしな。あまりゴタゴタと説教垂れんのはここまでだ。――今度からは『上手いこと』やれよ」
――上手いこと。
クラッツェードは「もうこんな真似はするな」だとか「ルールはきちんと守れ」ではなく「上手いことやれ」と言った。
わたしはその表現の違いを考え、しかし答えは出ず、クラッツェードの前髪に隠れた瞳を見上げた。
「はぁ……やっぱ性に合わんわな、説教なんてもんは」
そう言って、彼はわたしの頭上に手を置くと、グシャグシャに髪を掻きまわした。
「あぷっ――」
「お前は賢い。同年代どころか、その辺の大人よりもな。普通のガキならこうして説教かませば、中身も理解しねぇで噛みついてくんのに、お前はそうしない。きちんと理解をして次に生かそうとする。それは口で言うよりも難しいことなんだがな……。ちゃんと分かってんなら、これ以上言うこともねぇだろうよ」
「クラッツェードさん……」
「……悪かったな、泣かせるつもりはなかったんだが」
「いえ――ありがとうございます。おかげで……狭くなっていた視野が広くなった気がしました」
「相変わらず、可愛げのねぇ返しだ」
彼はそう言い放つと、いつもの笑みを浮かべ――それを見たわたしも硬直していた体が解けていくのを感じた。目尻を擦りながら思わずわたしも笑うと、彼は「ふん」と息を吐いて、わたしの頭を軽く小突いた。
「あ、でも……どう、しましょう……。今回の件、大事になってしまいますよね……」
わたしたちの中ではとりあえず、話の決着はついた感じだけど……現実問題、わたしが軽い気持ちでやってしまった過去は残ったままだ。結局、さっきクラッツェードが言った「上手いこと」は解けずのままだし……。
「ハッ……しょーがねぇな。今回は予想外な大物も釣れたことだし、いっちょ俺が手本を見せてやるよ」
「へ?」
大物、と口にした瞬間、彼はチラリとクルルに視線を送る。そしてそのまま、脱いだばかりの外套を羽織り始めた。
「おい、出るぞ」
「え、えっ、ど、どこにですか……?」
「決まってんだろ。ちゃんとした報酬を払える野郎の元にだよ。あ、今回の依頼は明日にでも公益所で断っておけよ。丁度いい機会だから、ガキたちの依頼も断っておけ。公益所の窓口で依頼主と一緒に言えば、通るはずだ」
「えええぇ!?」
意図が分からず困惑するわたしのために、クルルが恭しくコートを持ってきてくれた。くっ、クルルにそんなことしなくていいんですよ、と言う余裕すら出てこない!
「もう日が暮れる。さっさと行くぞ」
背中を向けてフルーダ亭の外へと出ていくクラッツェードを慌てて追いかける。
何が何だか分からないけど――一つだけ、この短い時間で分かったことがある。
クラッツェードはやっぱり態度に似合わず、面倒見のいい人だ、と。心の中で嫌な役回りをさせてしまって御免なさい、と謝りながら、わたしはコートを羽織り、クルルと一緒に彼の後をついていった。