25 静かに根は浸透する【視点:レジストン】
ブックマーク、感想、そして誤字報告ありがとうございます!(*''▽'')
あまりの誤字の多さに、私の投稿前チェックはザルだということを確信しました……(;´Д`)
文体についてアドバイスを戴きまして、今回より反映させていただきました!
個人的にも見やすくなった気がします(^O^)/
時間を見て、過去の話も同じように微調整していきますので、宜しくお願い致しますm( _ _ )m
(ストーリーは一切変わりませんので、ご安心ください)
また「あらすじ」も改変させていただきました!
詳細はいつも通り、活動報告にて書きたいと思いますm( _ _ )m
いつもお読みくださり、ありがとうございます!(*´▽`*)
王都平民街の北部。
幾つも同じような高さの家屋が立ち並ぶ大通りを沿って歩いていくと、一際敷地を埋めている大きな建物が見えてくる。その建物は人の出入りが激しく、入るときは手ぶらな者ばかりだが、出ていくときは皆、手元に何かしらの袋を提げていた。
他の者に倣って建物の中に入ると――そこはまさに喧騒に喧騒を重ねたような雑多な声が飛び交っていた。
――ギルベルダン商会。
ここはその商会が持つ、一つの総合商店である。
小さく分けられた区画ごとに棚が立ち並び、それぞれに対応する職員が接待に当たれるよう常に待機している。商品の支払いを行うテーブルも各区画に必ず配備され、そこにも人員が置かれていた。
一見、他の店舗に比べて過剰にも思える人員配置だが、この集客力と商品の在庫量を考えると、人件費に多く支出を傾けたところで十分な黒字を見込める稼働状況のようだ。
区画間――客が歩くスペースはそれなりに広くとっており、かなりの人数が横行しているにも関わらず、人の流れが詰まるようなことはあまり起こっていない。
一介の商人ならば「こんなに空きを作っては勿体ない!」と可能な限り棚と商品を並べようとするところだが、この総合商店では真逆の措置を取っており、それがまた理に適っていた。
商品を買うのは客であり、人の流れが滞っていては売れ行きも低下するだろう。
――であれば、元来売る側が優先すべきは、客の流れをコントロールする術とそれに比例した商品の陳列速度、そして在庫の管理だ。
人の邪魔にならないよう近くの柱に背中を預け、全体の流れを眺める。
客足は順調に流れ、興味のある区画へと足を運んでいく客たち。まず行きたい場所に行きたい、という当たり前の願望を叶える店内の導線は問題なく機能しているようだ。
集まってくる客に対して商品説明などをする職員たちも、よほど教育が行き届いているのか、澱みなく適切な受け答えをしていく。
同時に売れ行きと同時に陳列棚から商品の姿が減っていくが、一定の数を下回ると、一人の職員が区画の裏口の扉を開けて、その先で待機していたのだろう別の職員に対して数枚の紙を渡している。
紙を受け取った職員は何度か頷き、すぐに踵を返し……10分も経たずに同じ裏口から姿を見せた時には、陳列数の減った商品を載せた台車がその手には押されていた。
あっという間に隙間が目立ってきた陳列棚は埋まっていき、そしてまた客が手を伸ばすという循環が繰り返される。
「……」
少なくとも――この王都内において、これほどまでに完璧な導線を引いた店は無いだろう。
客たちは何の不満もなく欲しいものを手に取り、貨幣を払って持ち帰る。その過程に精神的苦痛を感じるようなことは一切ないだろう。顧客満足度がうなぎ登りになるのは間違いない。
対して職員たちもやり甲斐を感じているようで、手を止めざるを得ない客からの苦情も、この整備された環境では難癖以外つきようもなく、彼らは一心に集中して自らの業務に汗を流している。その表情は晴れ晴れとしたもので、誰もがこの店で働くことを誇りに思っているように見えた。
理想的な店舗展開だ。
王都南部の工業地区以外、生産設備の乏しい王都は、各領地からの商品輸入が主流である。つまり商品をどれだけ揃えるかは、各領地から足を運ぶ商人たちとどれだけ強い繋がりを持つかにかかっている。食品、生活用品などの消耗品を主軸に、娯楽用品なども一部の区画では確認できた。
――一体この安定した供給を得るまでに、どれだけの商人を囲いこんだのか。
このギルベルダン商会の総合商店は、この先の商家たちの理想図になってくることだろう。
無論、膨大な資産力を以っての広大な土地の購入と雇用、そして商品の大口契約が大前提であるから、そう簡単にこの状況まで持っていける商家はいないだろう。
しかし目標にはなる。
商家や商人たちの視線は明らかにギルベルダン商会に集約することだろう。……たった3年で商人や客たちの潜在意識に入り込み、まるで日常にギルベルダン商会が存在することが「当たり前」に思わせるような手口――見事と言う他ないだろう。
しかし……国としては警戒が必要な面もある。
まず第一に、このギルベルダン商会は歴史ある商会ではなく、新興商会である。
3年前にまるで降って湧いたかのように現れ、土地の買収を王都の各所で持ち掛け、その手勢を広げていったのだ。
一つの商会による市場の独占は、既存の商店や商人が路頭に迷う危険性があるし、公平性に欠けるものがある――という表向きの理由で、ギルベルダン商会の過度な浸食を牽制してきたここ3年間であったが、徐々に……ギルベルダン商会の根回しが裏で行われていたようだ。
土地こそ買いたたかれるような真似は防げたものの、独占によって被害を受ける側であった商人たちに対して水面下で飴を与えていたらしい。
要は――ギルベルダン商会の傘下に下り、契約を結んで定期的に商品を卸したり、単発でも高めの額で商品を買い取ったりすることで商人たちの心を掌握していったようだ。
確かに売れるかどうか分からない状況で、自らの力だけで市場で売り込みをするよりは、確実に買い取ってくれる相手の方が外からわざわざ時間をかけて訪れる商人たちだって嬉しいに決まっている。
さらに王都に商店を構えている商家たちも、普通に考えればこんな総合商店が近所に建ってしまえば、自分の店の客足が遠のくことは間違いなく、ギルベルダン商会のことを悪く思う心情が溜まっていたはずだ。
しかしギルベルダン商会はここにも一手を打っており、ギルベルダン商会の店舗内で店を構えることを彼らに提案していたのだ。
――店の中に店を構える。
そんな発想は誰もしておらず、最初こそ戸惑いに満ちていた商家たちらしいが、ギルベルダン商会の集客力は魅力的であったようで、一つ……また一つと傘下に納まる商家が増えていった。
そして傘下に入った商家が成功を収めた話を広げれば、当然、その輪は広がっていき――あっという間にギルベルダン商会と連携を取って店を構える商家が王都中に増えていく結果となってしまった。
――ああ、これは本当にマズイねぇ。
別にギルベルダン商会単体が動く分にはやりようはあるのだが、王都に住まう商人や王都民たちの心に根を張るような展開だけは――非常にマズイ事態だ。
国は民あっての存在だ。
王族はその国を導き、正しく機能させ、そこに住まう者たちの幸福と安寧を与える責務がある。
状況の善悪に関わらず、王族はその責務に背を向けることは許されない。
そう……民意は時として王族ですら防ぎようのない、諸刃の剣となりうるのだ。
その民意の隣にジワジワと滲み出るように姿を濃くしていく、ギルベルダン商会の存在。
もし仮にギルベルダン商会が、樹上組織と繋がっていた時――その牙は王の心臓に届きうるものとなってしまうだろう。
俺は比較的客足が引いて、接客に余裕がありそうな区画の棚にある小さな髪飾りを手に取り、支払い窓口の職員に声をかけた。
「ああ、これを一つ貰えるかい?」
「はいっ、ありがとうございます! こちらは銅貨2枚になりますね」
「はい、これでいいかな」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「ハッハッハ、元気がいいね、君。このギルベルダン商会は結構最近、王都に出来たって聞いたけど、君の様子を見ていると、随分と働き甲斐のあるところみたいだね」
「あれ、お兄さん。もしかして王都の外から来た人ですか? そうなんですよ~、数年前までは近くの実家の店で働いていたんですけど、売れ行きは伸び悩むし、お客さんはアレ欲しいコレ欲しいって無茶言うしで……正直、辟易してたんですよ。でもギルベルダン商会の店は何でも揃ってるんで、何か要望があっても別の区画を案内すればいいだけですし、色んな目的の人が訪れるので客層も広くなったし、客入りなんて以前の5倍は来てるんですよ! もぅ~、最初は反対派でしたけど、今は大賛成派ですね! ここに店を出すようになって、本当に良かったと思ってます!」
「そうなんだ。元の店は畳んだのかい?」
「あ、うちって元々装飾品店なので、職人さんも店内で住み込みで働いてもらってたんですよ。で、販売はこっちで十分になったから、今は店を畳むというか、店自体を工房扱いにしちゃってる感じですね! ふふ、工房への改築費もここで働き始めてから貯めたお金で実現できたんですよ~。お父さんもお母さんも生活に余裕ができて実家でのんびり過ごしてますし、職人さんも仕事に集中できる環境が出来たって喜んでますし……もう良いこと尽くしですよ!」
嬉しそうに身振り手振りで語る女性に、俺は思わず口元を綻ばせた。
「そうか。それは良かった」
「はいっ! でも、こんなに素晴らしい環境なのに……あんまり数を増やせないみたいなんですよねぇ。私たち職員の最近の話題というと、そこなんですよね~。もっと広げていければいいのにーっていつも皆で話してるんですよ~」
「数?」
「ええ、ギルベルダン商会の此処みたいな総合商店の数ですよ。聞いた話だと、国王陛下がお許しにならなかったとかなんとか……うーん、どう考えても国のためになることだし、規制する必要がないと思うんですけどねぇ……」
「…………君は、この店舗みたいな場所が広がっていくことを望んでるんだね」
「もっちろんですよ! こんな快適な職場環境、他にないと断言できますね!」
「そうか、まぁそうなるよね。あ、ところで一つ質問なんだけど、この総合商店のやり方って今まで前例に無い運用だと思うんだけど、君たち働いている人たちは無駄も躊躇もなく、自然体で動けているように見えたんだ。何か教育法とかに特別な工夫があったりするのかな?」
「ええっと……なんで、そんなことを?」
「ふふ、実は俺、とある領地の領主の息子なんだ」
「わぁ、た、玉の輿!?」
「ハッハッハ、正直者だね、君は。でも残念だけど、今は結婚だとかは考えていないよ」
「あ、あら……すみません、口が滑っちゃいました」
「構わないよ。ただ、そういう背景があるから、俺としても共に領地を盛り立てる仲間たちと足並みを揃えたい気持ちが強いんだ。そこで見たのが、この店舗内で働く君たちの姿さ。真新しい運用の中でも決して輪を乱す者がいない統制された組織力。その姿に俺は胸を打たれた心境なんだよ。どうやったら誰もが同じ向きを見て動かすことができるのか……その原動となる手法を後学のために聞いておきたいなって思ってね」
「はわ~、そうなんですねぇ。何だか大変そうです……。ええっと、参考になるか分かりませんけど――」
「うん」
「赤い本を見たんです」
「……ほぅ」
「商会のお偉いさんが『仕事の内容はここに書いてあるから』って渡してくれた本なんですけど、それがとても分かりやすくてスッと頭の中に入ってくるんですよ。ええっと……どう分かりやすいかって聞かれると困るんですけど、あれ。なんでかな……そういえば、内容をあまり思い出せない……。うーん、分かりやすいっ! って感じた覚えはあるんですけど、すみません……どういう内容だったかまでは忘れちゃったみたいです」
「なるほどねぇ。そりゃ実に興味深い本だね……あ、これお代ね」
俺は銅貨2枚を彼女に渡し、それに対して彼女は「ありがとうございます」と笑顔を向けてきた。
「さて、そろそろ新しいお客さんも来たみたいだし、俺はこのままお暇することにするよ」
「あ、本当だ。ちょっと話し込んじゃいましたね。お兄さん、また買いに来てくださいねっ!」
「うん、そうするよ」
彼女は小さな布袋に髪飾りを入れて、それを渡してくれた。
「袋まで無料でくれるなんて、本当に凄いね、ここは」
「はいっ!」
俺は軽く手を挙げて、装飾品を扱う区画に背を向けた。
――さて、本当にどうしたものか。
王室付調査室の面々にはギルベルダン商会の動向を常に監視させていたものの、やはり……その全てを把握しきることは不可能だったみたいだ。
3年前の銀糸教が起こした陽動と思しき行為の調査のため、王都外にまで手を伸ばさざるを得なかったのは痛手だった。嫌な予感がして、商会の抱える一店舗を実際に見に来てみれば、その根は想像以上に深く広がっていることが分かった。
――まるで王都の地下に根を張るように存在し続ける……樹状組織のように。
俺の心情の揺らめきを表すかのように、ポケットに入れた布袋の中の髪飾りが――カチャリと鳴った気がした。
今回のレジストン視点の話は、時間軸的にセラフィエルが依頼を受けに公益所に行っている時間帯(午前中)と同じになります。