24 クルルの依頼内容
ブックマーク、評価、ありがとうございます!(*´▽`*)
また、文字の誤りを報告していただき、本当に感謝です……!見直してはいるつもりでも、やはり出てしまい……読者の皆さんには読みにくいものを見せてしまい申し訳ないです(T_T)
あと……私事ですが、本日10万アクセスを突破しました!(^O^)/
10万回も拙作に足を運んでいただき、感謝の限りです♪(*'ω'*)
この感謝の気持ちはまた改めて活動報告にでも載せさせていただきたいと思います。いつも読んでくださり、本当にありがとうございますm( _ _ )m
「……まずは依頼の詳細を聞いても、いいですか?」
まだクルルの依頼は「パラフィリエス大森林の除草作業」という大目的しか知らないため、まずは詳細を聞かないことには判断のしようもない。
彼女は公益所では「森の中じゃない」なんて言っていたけど、どう考えても取ってつけた言い方だったし、彼女が精霊上位種であることが分かった時点で、ほぼ間違いなく森の外ではなく――パラフィリエス大森林の内部での出来事だと踏んでいる。
けれど「除草作業」って何? という感想はぬぐえない。
森なんだから当然、草木が生い茂る土地だ。雑草どころか、多種に渡る植物が自生していることだろう。
鳥類と馬以外の動物は全て八王獣の領土内にいるため、害獣被害というのも可能性は低いだろうし、そうなればそもそも除草とは何なのかって話になる。
「――はい」
クルルは、わたしが依頼を受けることを即答しなかったことに僅かながら悲しそうにしたが、それでも当初のような勢い任せの態度ではなく、姿勢を正して静かに答えた。
「実は我々の領土の一部――パラフィリエス大森林に……ここ数年で未曾有の問題が生じているのです」
「原因不明?」
「はい……元来、あの能無し害獣たち――ごほん、八王獣らがいなくなったパラフィリエス大森林は、静謐かつ穏やかな空気に包まれた土地です。木々は風に誘われて葉を揺らし、小鳥たちの囀りと共に唄を歌う――そんな心地よい緑の世界が広がっているのです」
……歴史にもあったけど、精霊種と八王獣の確執は未だに続いているらしい。
クルルがヴァルファラン王国建国から生きているとは思えないから、おそらく「八王獣の過去の所業」を教育の一環として子供たちに伝えているのかもしれない。
幼いころからそれが常識と教え込まれれば、クルルのように八王獣=野蛮な獣という価値観が定着してもおかしくはない。
過去を全て忘れろとは言わないけど、今現在は同じヴァルファラン王国の国土に住まう者であり、条約を結んだ仲なんだから、もう少し仲よくすればいいのに……と思ってしまうのは、わたしが本質的にこの世界からすれば余所者だから、なのかもしれない。
「ところがその平和な地にここ数年で異変が発生しました」
「……」
「異変は初めは小さな違和感からでした。森の中が少しだけ騒がしかったり、森に住まう動植物にやや元気が無かったり……そして農作物の育ちが悪かったり。そんな違和感が徐々に繰り返し積み重なっていき――1年前にようやく私たちは、これが異常事態であることに気付いたのです」
「その原因が未だ分からない……ということなのですか?」
「いえ、全く手がかりが無い……というわけでもないのです」
「……もしかして――それが依頼にあった『除草作業』と関係があるのでしょうか」
こくり、とクルルは表情に翳りを浮かべながら頷いた。
「異変が増えていった時期と同じくして、森林の中に妙な草や蔦を良く見かけるようになりました」
「妙な……草や蔦?」
「はい……。丈のほどは1メートルほど、やや黄色がかった色をしている草で――形状はクランゼンという植物に似ていますね。それらが森林の様子を確認しに向かうたびに自生地を広げていたのです。今では……その規模はパラフィリエス大森林の約4割を占めている状態です」
クランゼンという植物のイメージは湧かないけど、クルルの言い方から察するに、常識から外れた姿かたちをしている……ということはなさそうだ。
高さが1メートルもあるとなると、わたしだと頭を出すのが精一杯、といったところかな。
しかし……4割。それだけの範囲をその草が占めているというのは、明らかに異常だ。
パラフィリエス大森林に立ち入ったことは当然ないので、紙面上での情報でしか判断できないけれど、地図上で示されたパラフィリエス大森林は「大森林」というだけあって、かなり広大だ。そこの4割となると、刈り取れば何トンの草束が出来るか分かったものではない。
「私たちは居住地を平野部に構えていますし、森に立ち寄った者も見た目が平凡な草とそう変わらないので、異変を認識するまでは気にも留めておりませんでしたが、おそらく……以前より徐々に自生地を広げていたのでしょう。気付いた時にはもう遅く、大森林全域を調査した時には手の尽くしようがない範囲まで根を張られてしまったようです……」
「その……謎の草が、異変の正体だと?」
「ええ、おそらくは……――いえ、ほぼ間違いないと我々は確信しております」
クルルは一度曖昧な言い方をしようとしたが、首を振ってハッキリと言い直した。
わたしが「何か、根拠があるんですね」と尋ねると、彼女は一つ頷いて話を続けた。
「その植物が繁殖している範囲に近い土壌から、魔力が失われている傾向が強いことが分かったのです。それに……問題の草を食べた精霊たちが体内の魔力を吸収されたかのように死んでしまう事件が多発しているのです。木々たちも土から生えた蔦のようなものに巻き取られ、徐々に元気を失っている様子も見てとれますし……」
キュッと唇をかみしめる彼女の表情から、きっとその死に際に立ち会ったことがあるのだろうことが窺えた。
わたしは彼女の言葉に、ゲェードの卵から孵化したハクアの最初の姿を思い浮かべた。
今でこそわたしの魔力を含んだ水を日頃飲むことで元気に成長しているけれども、最初は干物と言ってもいい姿だったのだ。
おそらく――あれが、魔力を失った状態の精霊の姿、なのかもしれない。
そうなると彼女たち精霊種は、わたしが想像した通り……いや、それ以上に魔力や魔法と切っても切れぬ関係なのかもしれない。
「あの、わたしも精霊種に関しては知識不足なところがあって……できれば教えてほしいのですが」
「はい、なんなりと」
柔らかく微笑むクルルの印象は、第一印象とは本当に天と地の差である。
なんだか別人と話している気分になってきた。もしかして二重人格? と疑いたくなってしまうほど、今のクルルは康寧な様子を全身で醸しており、話しやすかった。
「精霊種にとって魔力は……人間でいう血のようなもの、なのでしょうか?」
先ほど、クルルは草を口にした精霊が死んでしまったと言った。
わたしであれば、魔力が枯渇しても嘔吐という懐かしき地獄を味わうだけにとどまり、魔力は時間と比例して勝手に回復していく。
けれども、もしそれが人で言う血であるならば――もちろんわたしは例外中の例外だけれど、普通の人は流した血液が戻ることは無い。
無論、微量ならば人体が長い時間をかけて再び新しい血液を作りだすことはできるけれども、致死量――出血多量というラインを超えた失血は即ち、死に繋がるのが常識だ。
優れた輸血技術でもなければ助からないし、仮にあったとしても生命を維持できる最低限の血液はどの道必要となる。
精霊にとっては、魔力とはそういうものなのではないか。
そう思って尋ねた問いに、クルルは少し考えた後、ゆったりと頷き返した。
「そうですわね。それに近しいかもしれません。私たちの身体にも血液は流れておりますが……それ以上に魔力は私たちの命と直結しているのです。多少流れ出る程度であれば、時間を置いたり、魔力を多分に含んだ作物を食べれば回復しますが……一気に流出した場合は生死にかかわってきます。それを治療できるのは、魔力を自在に操るピレイルカ女王だけとなりますが……あの御方にも魔力の限界はありますし、常にその場に居合わせているなんて偶然もありませんので……」
「なるほど……」
どうやら魔力の自然回復の原理は、精霊種にとってもほぼ同じようだ。
魔力を含んだ作物、っていうのは初耳だったけど。
……そういえば、ハクアはあまり人の食べる食材は口にしないけど、わたしの菜園の野菜は積極的に食べている。ただの生野菜好きかと思っていたけど、まさかわたしの魔力を溶かした水を蒔いた土壌が関係しているの?
そういえば……昔、ヴァルファラン王国建国前に、八王獣が気の赴くままに精霊種の畑を荒らして精霊種が激怒したっていう衝突の歴史があったけど、なるほどね。ただの野菜ではなく、それが彼女たちのライフラインの一つであったと考えれば、精霊種が本気で怒りを露わにするのも当然な話だ。
そして同時に――クルルが何故、人間でありながらも魔法を……魔力を事象として操れるわたしを急に敬意を持って対応し始めたのかも、その理由が見れた気がした。
そうか……わたしも、ピレイルカ女王と同様に、そういった窮地に陥った精霊を助けることができる者の一人になるのだ。そういう視点でフィルタをかけて見てみれば、確かにわたしの姿も違って見えるかもしれない。
「その植物が精霊種にとって危険だということは分かりました。でも……食べたりしなければ、直接的な害はないのですよね? ただ刈り取るだけであれば、精霊種総勢で取り掛かれば行けそうな気がするのですが……」
体内に取り込む、もしくは触れることで魔力を吸われるのであれば、離れた位置から魔法なり、彼女の手甲のような魔導具とやらで除草していけばいいのでは――と思っての問いであったが、クルルは重い空気を肩に載せて小さく首を振った。
「何度か試してみましたが……どうやらその植物は魔法すらも接触と同時に吸収してしまうようでして、効果的だったのは剣などの武具に頼る物理攻撃だけなのです……。しかし、我々は少しでも触れてしまえば、魔力を吸われて死に瀕してしまいます。ですので、現状はピレイルカ女王の命により、パラフィリエス大森林全域を立ち入り禁止とし、自生地と集落への間の地に積み石や柵を何重にも張り、集落への侵入を遅らせる措置を取っています」
「魔法が……効かない……」
その事実には流石に驚いた。
魔法使いが魔力を操作し、それを事象として顕現するのが魔法。
その植物はその工程の真逆を行き、顕現された魔法を魔力に分解し、吸収している……ということになる。
個人的には一度顕現した魔法は自然現象も同じと考えていたので、まさかそれを逆行して魔力に戻す可能性があるとは微塵も思っていなかった。俄かに信じられない話ではあるけど……クルルが嘘を言っている風には見えない。
――なに、その魔法の天敵みたいな植物!?
これでもかっていうぐらい、反魔法要素を詰め込んだような存在だ。
それ、精霊種にとっても天敵だけど、わたしにとってもかなり難しい相手だ。
死ぬことはなくとも、魔力が無くなれば動けなくなるのはわたしも同じ。
つまり、わたしが対峙するとなれば、結局は遠距離から矢なり投擲武器で対応するしかない。
<身体強化>も操血も白兵戦には強いが、殲滅戦には向いていないのだ。広範囲に対する攻撃手段はやはり……魔法が最も得意とする分野なのだけれども……まさか、それを封じられる日が来ようとは思わなかった。
そんな中で、自分にできることと言えば……精霊たちの救助活動ぐらい、だろうか。
「そ、そうなんですね……それでクラウンに」
「はい……。人間種ならば魔力とは無縁でしょうし、王都にはクラウンという金さえ出せばなんでもやるという集団がいると耳にしたことがあったので……藁にも縋る想いでここに来たのです」
「基本的に交易以外では関係を持たないものだと思っていたのですが、よく女王様がクルルさんの出立を許してくれましたね……」
「あ、いえっ……その……そ、そうですね!」
クルルはわたしの言葉に急に居心地悪そうに身を縮めながら、言葉を濁した。
あぁ……黙って勝手に来ちゃったのね。
精霊種を代表としてきたのであれば、依頼料は少なすぎるし、お金が無くなって食事を我慢するような事態に陥るなんておかしいなとは思っていた。
そもそも種族を上げて人間種に頼るならば、まずは互いのトップ同士で話をするはずだ。クルル一人が公益所で通常のルートで依頼を出すなんて流れにもならないだろう。
きっと仲間を思う気持ちと不安が彼女の許容量を超えてしまい、今回のような暴走へと繋がってしまったのだろう。
「その……お隣さんを頼る、というのは――」
「あんな野蛮な獣に頭を下げるだなんて、あり得ませんっ!」
「そ、そうですか」
純粋な力が物を言う案件ならば、彼ら――八王獣が最適だと思うのだけれど、やっぱり過去の確執は大きな壁になっているらしい。
「そもそも人間種もあまり信用には足らないのです……。過去、領土を誤って出てしまった若い子たちが何度も人間たちに捕らわれては……辛い思いをした経緯がありますので。でもっ! まさかこんな場所でセラフィエル様のような御方に出会えるとは思いませんでした! 魔力を操る尊き御方! もう頼れるのは貴女以外いないのですっ!」
えええぇ……たった今、魔法が封じられたことで役立たずになりそうな気配が濃厚になったから、誰か別の人を頼る方向でどう穏便に話を伝えようか悩んでいたのに……これじゃ、言いづらいよ……。ど、どうしよう。
「そ、そのぅ……例の植物の侵攻は、今のところは遅らせることができているんですよね?」
「はい……ですが、積み石や柵の隙間からゆっくりではありますが、我々の集落へと範囲を伸ばしてきてはいます。おそらく……あと1年もすれば、集落へとたどり着くのではないか――と監視役からの報告も受けてます」
……1年、か。
パラフィリエス大森林内部での被害はその間にも着々と続いてしまうが、それでも最悪の事態までそれだけの期間が見込めると言ってもいい。
エルヴィたちの依頼も人命かかってのこと。それに先に依頼を受ける約束もしている。彼らとの約束を反故にするなんてことは絶対にできない。
かといって、クルルたちの事態も看過はできないものだろう。猶予はあれど、種族の存命にかかる問題だ。
さらに言えば、彼女たちの領土内の問題なので、おもむろに人間たちが足を運べる案件でもないし、魔力や魔法などの――彼女たちの極秘情報も多分に含んだ問題だ。
安易に大勢集めれば解決する、という話でもない気がする。
……こういった時の弱みって、必ず付け入ろうとする輩がどこからともなく湧いてくるからね……。
わたしは優先事項と課題を頭の中で並び替え、スケジュールと課題を列挙し――足りないものは、レジストンとクラッツェードに相談しようと決めた。今日の夜、時間が取れればいいのだけれど……。
そんなことを考えながら、わたしはクルルの潤む目尻に口が重くなるのを感じつつ――二つの思惑の隙間を縫うような折衷案を彼女に提案した。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました