22 クルルの正体
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しゃく……とトマトの側面をかじり、ローブの奥に見える紫の目を何度か開閉し、クルルはそのまま一気にまるまる一つを食べてしまった。
トマトは野菜の中でも水分の保有量が多いため、彼女の指先から手首にかけて、ポタポタと水が垂れてくる。
そんな状態も意に介さず、クルルは無言でもう一つのトマトを手に取り、一気に小ぶりな口の中へと咀嚼しては納めていった。
「…………!? っ…………、……!?」
声にならない声が、彼女の動揺を明らかにしていた。
ついに咀嚼速度より、口に掻きこむ速度が上回ってしまったのか、ハムスターのように頬を膨らませながら、こちらに何かを言おうとするが、モゴモゴ、という空気音しか発せられなかった。
――ああ、無理に喋ろうとしないで……口の端からトマト汁が噴き出してるからっ!
ピュ、ピューっと彼女の口の端がトマト仕立ての噴水口となり、腔内の水分が弧を描いて噴射される。
仕方ないので、わたしは厨房に戻ってタオルを取り、魔法の水で濡らした部分で彼女の口元を拭ってあげた。
ちょっとした保育士か介護士の気分だ。クルルはどっちにも該当しないはずの年齢なんだけどね。
「もご……」
さすがの彼女も子供扱いされた気分なのか、眉を八の字に下げて、何ともいえない表情で口の中を消化することに集中していた。
やがて口の中が空き状態になったクルルはタオルで口元を拭き、大きく息を吐いてから――クワッと目を見開いた。
「どういうことなの!?」
「えっと……何がでしょうか?」
「だ、だって……だって! こっ、ここ、これっ……美味しいじゃない!」
「ありがとうございます?」
わたしが不慣れながらも手塩をかけて育てた野菜だ。
褒められて嬉しくないはずがない。
けれど、クルルの口調はどこか問い詰めるものだったため、反射的に疑問形での返事となってしまった。
うん、でも――概ね予想はしていた反応だ。
いや、むしろ……感情が表に出やすそうなクルルだからこそ、想像以上に釣れた、というべきだろうか。
わたしは誘導尋問をするかのような気分で言葉を選び、口にした。
にこり、と柔らかい微笑みを作り、わたしはクルルと対面の席に腰をかけて彼女を見据えた。
「美味しいことはいいことじゃないですか。そんなに驚かれて、どうされたんですか?」
「え!? あ、いや……まぁ、そうなんだけど! でも……納得できないというか……そう、納得できないのよ!」
「なんでですか?」
「なんでって……だって人間が栽培できる野菜なんて、味も何もない激マズばっかりのはずじゃない!」
わたしは笑みを深くし、次の言葉を投げかける。
「あら、そうなんですか?」
「そうよ! だってそうあるべきなんだから! そうじゃないと……色々と困るわ! うん、困っちゃうのよ!」
やけに言葉尻に反復表現が目立ってきたクルルである。
余裕がなくなった時や考えがまとまらない時の彼女の癖なのかもしれない。
わたしは早口になりがちな彼女とは真逆に、わざとのんびりした動作で皿の上のトマトを一つ取り、一口食べる。
うん、今日もいい味してるね、わたしのトマト!
歯ごたえも良く、皮の先まで詰まっている果肉も味わい深く、大量の水分と共に風味が口腔内に広がっていく。
一言でいうならば、とても美味しい。
内心で菜園のトマトの出来に満足しつつ、それは表に出さずにローブ奥の紫の双眸を見つめた。
「うーん、こんなにも美味しいのに、なんで困ってしまうのでしょう」
小首を傾げなから尋ねるも、返事はない。
どうやらわたしが食べてしまったトマトに視線が釘付けだったみたいだ。一気に食べた二つでは彼女のお腹には物足りなかったみたいで、物欲しそうな視線が少し齧ってしまったトマトへと集中する。
可愛らしく口元を尖らせるクルルの様子に、思わず苦笑してしまった。
「まだ厨房にありますよ。食べますか?」
「……食べるわ」
「幾つ食べます?」
追加分は1個とアタリをつけての問いだったが、予想に反して彼女は「二つ」と返してきた。
一つがそれなりに大きく実ったトマトだけに、そんなに食うんかい、と心の中で突っ込みつつも、わたしは笑顔で「分かりました」と答え、厨房から二つのトマトを新たに持ってくる。
クルルは皿に乗ったトマトが目の前に置かれるや否や、遠慮なく食べ始める。
また頬を膨らませるほど詰め込まなければいいけど……と心配してしまう食べっぷりだけど、自分が育てた野菜を美味しそうに食べる姿はくすぐったいものがあり、思わず自分のトマトを食べる手を止めて、彼女の食事風景を眺めてしまった。
わたしが手に持っていたトマトを食べ終わる頃には、彼女も新たな二つを食べ終え、ようやく静寂な食事のひと時が過ぎようとしていた。
「………………」
ジーッという擬音が宙に浮かびそうなぐらい凝視してくるクルルに対して、わたしはなんて返そうかと考えたが、結局はありきたりな「どうでしたか?」という窺い文句となってしまった。
「……美味しかったわ、ええ……とても」
この短時間で何度も耳にした感想だが、今度は幾ばくか落ち着きを取り戻したクルルの口調のせいか、別の感想のようにも感じた。
口元に指を当てながら考え込むクルルを横目に、わたしはわたしでこの後の一石を考える。
まぁ……わたしの中ではほぼ答えは揃い出ているので、考えるといっても話の持って行き方を考えるだけだけど。
直球で行くか、変化球で行くか。
わたしはクルルの良くも悪くも真っ直ぐな性質を考慮して、直球で聞くことにした。
変化球で搦め手を交えつつ聞き出してもいいけど、それだと彼女は拗ねてしまうかもしれない。話が拗れるのは依頼の件も踏まえて避けたいところなので、わたしの言わんとすることが伝わりやすいよう、ハッキリとその単語を口にした。
「クルルさんは――精霊種としては、どうでしたか?」
「ええ……うちのお野菜よりも、美味しかったわ。でもおかしいわ。そんなはずないのに……私たちのものよりも美味しいだなんて……」
――あれ?
結構、彼女的には衝撃的な言葉を混ぜたつもりなのに、なぜか普通に会話が続いてしまった。
おかしいなぁ、会話に自然に混ぜすぎて気づかなかったのかな?
「えっと……そうなんですね。作り手であるわたしとしてはとても嬉しいのですが……あの、精霊しゅ――」
「これ、貴女が育てたのっ!?」
「え!? え、はい……」
テーブルにダンッと両手をつき、勢いよく立ち上がってこちらに迫ってくるクルルに、思わず背中を仰け反る。肩を震わせながら、背もたれにわたしを張り付けるかのように両肩を手で押さえつけられた。
「ちょ、ちょっと貴女! 耳を見せなさいっ!」
「え、み、耳!?」
今日一番の強引さに驚くも束の間、彼女はわたしの銀髪を指で掬いあげ、その下に隠れていた耳朶を覗きこんできた。
「お、おかしい……丸いわ!」
さわさわ、と耳を指先で弄ってくる感触に思わず身を縮こませてしまうが、このまま成すがままでいても解放されない気がするので、わたしは彼女の意図を察して声をあげた。
「わ、わたしは人間です! だから耳は尖ってませんよ!?」
「人間!? 人間種がこんな美味しいお野菜を栽培することができるはずがないわっ!」
「で、でも事実ですからっ」
「むむっ、貴女きっと、何か特殊な魔導具を使って擬態しているのね! ちょっと見せなさい!」
「きゃあっ!? ちょ、ちょっと身体をまさぐらないでくださいっ!」
仕舞いにはわたしの手足や胴体を両手で触り始めたので、さすがにわたしはクルルの額に手を当てて、彼女を引き離そうとする。
しかしどこにその華奢な体にパワーを秘めているのか、クルルは「むぐぐっ」とごもりながらもわたしに向かって手を伸ばしてきた。ワキワキと滑らかに蠢く指先の様子に思わず狼狽してしまう。
――ちょ、弱めとはいえ……<身体強化>で一般女性よりは力が強いはずなのにっ……!?
グググ……と僅かながらも接近してくるクルルに対して思わず――わたしは魔法で強風を作り出し、彼女を全身ごと壁際まで吹き飛ばしてしまった。
しまった! と思った時は既に遅く。
大怪我をさせるほどの威力ではないとはいえ、背中を壁に打ち付けたクルルは「ケフッ!?」と肺から空気を漏らして、そのままズルズルと壁を滑り落ち、その場で尻餅をついた。
意識はしっかりとあるようで、ローブの奥からこちらを見つめる視線を感じる。
わたしは慌てて彼女に近寄り「大丈夫ですか!?」と肩を揺さぶる。
その問いかけに返ってきたのは、恐怖でも憤怒でもなく――「どうして……?」と呆然とした声であった。
「ま、魔導具……? で、でも何かを発動させたようには……え、そ、そんな……まさか……」
独り言のような声を聞いて、わたしはもう一つの失態に今更ながら気づいた。
魔法を使ってしまった。それも――よりにもよって彼女の前で。
可能であればトマトの件と同様に交渉材料として取っておきたかったが、まさか<身体強化>で強化されているわたし以上の力を素で出してくるとは思ってなかったことからの動揺で迂闊にも魔法を使ったのは失敗だった。
どうしよう……今ならまだ恩恵能力と言い張って誤魔化せる可能性もあるけど……でも、この彼女の驚きよう。そして過度なまでの野菜への反応。
もうわたしの仮説はほぼ間違いないと言っていいと思う。
さっきはわたしのカマかけを見事にスルーされて未だ核心は躱されたままだけど……まあまず間違いないと思う。
本当は先に彼女が「そう」であることを確認してから、野菜の一件だったり、奥の手で魔法をちらつかせて、今回の依頼の件を諦めるなり、後日にしてもらうなり交渉しようと思っていたけど、その順番が変わっただけだと割り切ることにしよう。
わたしは唖然としたまま動かないクルルのローブの頭掛け部分を掴み、ゆっくりと外していった。
ずっとフードの影に隠れていたクルルの素顔が明らかになり、わたしは「やっぱり」と呟いた。
ディオネよりも鋭くとがった耳。
淡く輝く黄金の髪。
深紫の瞳はどこまでも深く、澄んだ色をしていた。
顔立ちも作り物のように整っており、肌の色はほんのりと白く綺麗だ。
一言でいえば――エルフ、という種族が思い浮かぶ様相である。
しかし、わたしは知っていた。
王立図書館で読み漁った文献の中で記述のあった精霊種の上位種の姿。それがエルフに類似したものであるということを。
互いに交易以外では交流が絶たれているため、文献も多くは残っていなかったが、こと農作物関係や、その整った容姿については人々の記憶にも残りやすかったのだろう。幾つか見た文献のいずれにも同じようなことが書かれていたのだ。
――清廉潔白、眉目秀麗の森の種族、精霊上位種。
精霊種は動物から派生した姿を取る者が多いけど、上位種となると八王獣と同様で、高度な知能を持ち、人に近しい姿を持つとされている。
その姿は目を惹く美しさで、自然に愛された美の化身だと謳われている。
あまりの美しさに一部の人間が何としても手に入れようと、精霊種の領土へ忍び込んだ事件が過去にあるぐらいだ。でも、こうして目の当たりにすると、そういった行動を取る人間が出るのも分からなくもなかった。
――うん、現物をこうしてみると性格や言動は置いておいても、確かにすっごく綺麗だね。
「あ、ああああ、貴女は! い、いえっ……貴女様はっ!」
理性が戻り始めたのか、クルルは急に全身を震わせたまま、頭掛けを脱がされたことにすら気づかずに、わたしを見上げてきた。
……うっすらと目尻に涙が浮かぶのはなぜ?
もしかして打ち付けた背中、痛かったかな……。
改めて謝ろうか、この勢いに乗ってわたし有利に話を進めようか迷っているうちに、急にクルルは上体を起こして――ひれ伏した。
…………ひれ伏した?
「え?」
「ふ、伏してっ――伏してお願い申し上げます、女王の血を引く尊き御方! このクルルめの願いをどうかっ、どうか聞き届けてくださいませんでしょうか!」
「え?」
まさかの特上美人に平身低頭され、石のように固まってしまった。
彼女は何と言うか……わたしの予想の斜め上ばかりを驀進してくれるようだ。
「と、とりあえず……椅子に座って、落ち着いて話しませんか? ねっ?」
交渉だの何だのと打算して動こうと思っていたわたしだが、結局はこうして上手く事は運べなかった。
……謀略事とか向いていないんだろうか。
わたしの人生、結構ドロドロした環境ばっかりだったはずなんだけどなぁ。
思えば、いつも相手方ばかりが陰謀ばかり携えて近づいてくることばかりで、自発的にそういった考えの元で動いたことはあまり無かったかもしれない。うん、やっぱり向いてなかったってことだね。
……それにしても、はぁ。
なんだか話がどんどんおかしな方向にずれ込んできている気がするのは、わたしだけだろうか。
……そうであってほしいね。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました