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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
122/228

21 中庭菜園のトマト

ブックマーク、感想、ありがとうございます!(*‘ω‘ *)

ちょっと仕事の関係で更新が遅くなる時期が続きますが、今後ともお手すきの時にお読みいただければ幸いですm( _ _ )m


いつもお読みくださり、ありがとうございます(*´Д`)


「ここは……」


 わたしの後をついてきたクルルは、フルーダ亭を見上げて口を開いた。


「確か……魔境魔窟の類と聞いていたけれど、実際に見てみると小奇麗な場所ね!」


「ま、魔境魔窟?」


 もはやわたしにとって自宅と言っても過言ではないフルーダ亭が聞き覚えのない例えで表現され、思わず聞き返した。


「ええ……昨日宿を出た時、亭主が言っていたわ。食事をする店を選ぶとき、ここだけは止めておけ、と。足を踏み入れれば前後不覚に陥り、目の粘膜を焼かれ、三日三晩は喉にものが通らない日々を送る場所って聞いていたけど」


「……」


 クラッツェードの残してきた爪痕(りょうり)は、想像以上にヤバそうであった。


 うん、誰も店に来ないもんね……。


 もう閑古鳥すら鳴かずに、どっかへ飛びだってしまうぐらい静かなのだから。


 でも――そんな噂が真実のように思われるのも癪だ。


「噂は噂ですよ」


「あら、根も葉もない噂だったら、ここまで定着してないんじゃないかしら?」


 ぐ、なんて正論!


 どうやらクラッツェードが築き上げてきた不評の数々は、既に確固たる地位を手に入れているらしい。


 わたしのちょっとした抵抗も一瞬で霧散してしまうほどの力を感じる。


「まあでも、私は噂なんてアテにはしないわ! こういうのは自分の経験を以って語るものよっ!」


「おぉ……クルルさんって意外と男前なんですね」


「それ、褒めてる!?」


「褒めてます、褒めてます。人間種の中では、異性に例える物言いが礼讚の一種として扱われることがあるんですよ」


「あらそうなの? 相変わらず変わってるわね!」


 わたしのテキトーな返しに、純粋に真に受けるクルル。


 しかし、今の言い回しに違和感を感じていないのは、やはり……。


 パラフィリエス大森林って場所を指定している時点で気にはなっていたし、どうも依頼に関する会話の中で不自然な言動も散見された。


 そして、どこか勢い任せの浮世離れしたような雰囲気。


 わたしは少し逡巡した後、一つの楔を打ってみようと思った。


 おかしな反応が無ければそれで良し。


 もし「アタリ」であれば……どうしよう。その先のことを全然考えていない。


 でも現状のまま何となく過ごすわけにもいかないし、彼女にはきちんと依頼を断らなくてはいけない。その際の交渉材料になれば――いいかな。


 レジストンに何の相談もしないでの行動になるけど、臨機応変ということで許してほしい、と心の中で謝っておいた。


「それじゃ中に案内しますね」


「ええ!」


 正面出入り口の鍵を開け、店内へと足を踏み入れる。


 本当に噂というものを気にしないのか、彼女は意気揚々とわたしの後ろをついてきて、フルーダ亭の中へと乗り込んできた。


 わたしは彼女を近くのテーブル席に案内し、座って待ってもらうよう案内した。


 クルルは物珍しそうに店内を見渡しながら、素直に椅子に腰を下ろす。


 どこかソワソワした様子は、子供のようである。未だに一度も降ろさないローブの奥には、きっと興味津々な表情が隠れているに違いない。


「実はさっき別れた男の人がここの料理人なんです。今はわたししかいないので、簡単なものでもいいですか?」


 プラムは朝出るときにディオネと一緒にまた山で山菜採りをしてくると言っていたので、今頃は山の中腹を歩き回っている頃だろう。鍵がかかっていたのが、いい証拠だ。


「そうなの? でも気にしないわ! 私の胃袋はいつでもドンと来いよ!」


 ドン、と自分の腹部を拳で勢いよく叩き、その衝撃に不平を漏らすかのように、空腹音がギュルルルと鳴り響く。クルルは「うぐぅ」と呻きながら、お腹を押さえて俯いた。


 しかし、普通の人ならタダ飯を戴くとなれば、恐縮するか、何か裏があるんじゃないかと邪推するかだと思うけど、この人は一切気にした風がない。


 良く言えば豪胆、悪く言えば無遠慮――といったところだけど、わたしは別の理由が背景にあると踏んでいる。


 ――ふふん、ちょっと彼女の正体を暴くのが楽しみになってきたわ。


 気付かれないように、ニンマリ笑いながら、わたしは「それじゃ、少しだけ待っててくださいね」と声をかけて、客席フロアを後にし、厨房へと――向かわずに、小型菜園へと足を向けた。


「グァ」


「ハクア。貴方はプラムお姉ちゃんについていかずに残っていたのね」


「グアァー」


 天井から聞きなれた鳴き声を耳にし、上を見上げると、そこには予想通りハクアの姿があった。


 身体を動かしたいときはよくプラムの山菜採りについて行くのだけど、今日はそういう気分ではないらしい。


 ハクアは天井から飛び降りて、わたしの肩に着地。


 そして首回りに巻きつくように身体を押し付け、何故かわたしの髪を甘噛みし始める。


「ちょ、だから髪を噛まないでって! もぅ……なんで噛むかなぁー……」


 ペシペシ、とハクアの額を叩くと、不満げに声を漏らしながらも言う事を聞いてくれた。


 わたしはクシャクシャになった髪を手で軽く梳いてから、再び菜園へと足を向けた。


 この小さな中庭は、今やわたしの領域テリトリーである。


 魔力を込めた水を撒いた土壌に植えた野菜たちは、今日も太陽の光を反射するほど瑞々しく育っていた。


 トマト、大根、ジャガイモの栽培に成功しているけれど、根菜二つは地中に埋まって葉しか出ていないので、トマトの赤だけだと、どうも視覚的に寂しい。


 近いうちに他の色の野菜も増やしていきたいと思ってはいるものの、種を植えてすぐに成長する植物はいないので、結局時間との相談になってしまうかもしれない。


 わたしは中庭前の棚に重ねて置いてあるザルを取り、鼻歌交じりに丸々と実ったトマトを採っていく。


 何個かハクアが首を伸ばして摘まみ食いをしてしまったが、わたしとクルルが食べる分には十分な数をザルの中に収めることができた。


 中庭菜園からフルーダ亭内に戻り、道中で肩の上のハクアに尋ねてみる。


「ハクアもご挨拶する?」


「グァ」


 素っ気なく声を上げたハクアは、そろりとわたしの肩から降りて、尻尾を振りながら二階へと上がっていった。どうやらわたしかプラムの部屋でのんびり過ごすつもりらしい。


 ハクアを見せた時のクルルの反応も気になるところだったけど、本人が乗り気じゃないなら仕方がない。


 特に気に留めることもなく、わたしはザルを抱えて厨房に行き、魔法で桶に水を満たし、その中でトマトについた土などを洗い落としていく。


 何か調理をしてもいいのだけれど、わたしの中で菜園の野菜の一番おいしい食べ方は、そのまま食べる、だ。野菜が苦手な人だったら、嫌厭してしまう食べ方かもしれないけれど、わたしの中では一番なのだ。


 こうしてトマトを洗っていると、明日からは暫く食べられない環境になるという現実を思い出す。


「はぁ……持って行ったところで腐っちゃうしなぁ」


 また味の薄い食べ物主体になるのは嫌だけど、依頼を受けた以上は我儘を言うわけにもいかない。


 コルド地方と言えば、八王獣の領地のすぐお隣さんだ。もしかしたら向こうから出てきた鹿などに出会えるかもしれないし、現地で食材を物色するのもアリかもしれない――とプラス思考で行くことにした。


 トマトを洗い終え、わたしは皿にのせる。


 包丁で切りそろえてもいいけど、できれば彼女には切る前の姿を見てもらってから食べてほしい。


 クルルには先ほど「簡単なもの」と言ったが、言葉通り料理でもなんでもない、ただ水洗いしただけのトマトという簡単な出し物になった。


 わたしは皿を両手で持ち、客席フロアへと戻る。


 腹の虫で絶妙なハーモニーを奏でていたクルルは、わたしの気配を感じ取ると、ガバッと顔を上げて目を輝かせる。


 ……彼女が実はグルメで、凝った料理以外は認めない――的な人だったらどうしよう。


 確かめたいことがあるからトマトを丸ごと載せてきたわけだけど、冷静に考えれば、テキトーな料理もいいところだ。


 此処が料理屋ではなく、ただの個人宅だったら子供の出すレベルの料理と笑って済むかもしれないが、下手をすればフルーダ亭の傷口を広めてしまう結果になるかもしれない。


 そんな可能性に今更ながら気づいたわけだけど、既に彼女の視線にロックオンされているため、引き返すわけにもいかない。


 わたしは意を決して、彼女の前に皿を置いた。


「すみません、本当に簡単なものしか出せませんが……」


 そう言葉を添えるわたしを他所に――――彼女は皿の上の三つのトマトを凝視していた。


 そしてわなわなと震える唇をゆっくりと開き、



「な、なに……これ」



 と、震える声と共に水滴を光らせるトマトを手に取り、色んな角度からその姿を確認した後、ゆっくりとその実に齧りついた。



2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました

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