19 強制ダブルブッキング
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「なんでその依頼を受けるのよっ!?」
勢いよく指を鼻先に突き付けられ、わたしは怒涛の場面転換に思考が渋滞を起こしていた。
なぜに次々とエルヴィとケトの依頼に難癖をつけられてしまうのか。
声からして女性だと思うけど、聞き覚えのない性質と口調だ。
知らないところで恨みでも買っていたのだろうかと悩むが、心当たりは……まぁ無くもないから困ったものだ。
3年前は色々と手を出した件もあるし、直近では未成年クラウンという公益所に通う人や既存のクラウンたちからすれば未知の存在でもあるわたしだ。
見知らぬところでわたしへの見解が屈折して、それが負の感情へと変換されている可能性も無きにしも非ずだ。
でも……このローブの女性。
どうも「わたし」というより――わたしの持っている依頼票に視線が集中しているように思える。
「えっと……何か、問題が?」
斧男は一目で「難癖」だと分かったけど、この女性については理由が見当つかないので、素直に尋ねることにしてみた。
「んっ!」
女性はわたしから今度は、大型掲示板の一か所に人差し指を向けた。
その延長線上を追ってみると、そこには一つの依頼票が刺さっていた。ちょうどエルヴィの依頼票が刺さっていた場所のすぐ横である。
近づいて内容を見てみる。
依頼内容:パラフィリエス大森林の除草作業
報酬:銀貨1枚
依頼主名:クルル=イア=メルポルン
端的に、これだけ。
パラフィリエス大森林の……除草、作業?
ええと、パラフィリエス大森林……って確か、ヴァルファラン王国の北東の樹海のことだよね?
あそこって確か――、
「おいおい、パラフィリエス大森林って言やぁ、精霊種の領土じゃねぇか。人からすりゃ不可侵領域の一つだぞ、ここは。まず立ち入ること自体が不可能だな」
と、わたしの中に湧いた疑問を、わたしの横で一緒に眺めていたクラッツェードが代弁してくれた。
「し、森林と書いているけど、分かりやすいかなって思って書いただけで、実際はその近くの地域よ! そこなら立ち入っても精霊種も文句は言わない場所だわ!」
「……仮にそうだとしても、コルド地方と同様に遠すぎるだろ。王都から片道3週間はかかるぞ」
つまり、王都から見ればコルド地方と同じ距離ということだ。
クラッツェードの言葉に、周囲でさりげなく密度を上げている人垣も神妙に頷く。
大金を積まれるならまだしも、報酬銀貨1枚なんて数日の移動で吹っ飛ぶ額だ。どう考えてもマイナス出費が確定する依頼なんて、誰も受けたがらないのは自明の理であった。
「な、なによ! その依頼だってコルド地方のじゃない! 距離も一緒ならあんな獣臭い土地より、パラフィリエス大森林の方が空気も澄んでるし、長閑で平和な場所よ! あ、依頼の場所は森林じゃないけどね!」
『……』
この場にいる全員が胡乱な目をローブの女性に向ける。
女性は「うっ」と空気を察して怯むも、ぐっと体に力を入れてわたしを見つめる。
ローブの奥からは珍しい深紫の相貌がチラリと見え、その様子はまるで縋りつくかのような色を浮かべていた。
いや、そんな目で見られても……。
エルヴィの依頼がなければ、大変興味を惹かれる土地での依頼だけど、残念ながら今は先約が優先だ。
「えっと……その様子だと、貴女がこの依頼の主……クルルさんでいいんですよね?」
「そうよ。受けてくれる気になった?」
「い、いえ……わたしはこちらの依頼を受けようと思ってますので」
「なんでっ!?」
「いや、なんでって……こっちが先約ですし」
悲痛な叫びに似た訴えにたじろぐも、きちんと自分の意思は表明しておく。
クルルは全身を包むローブをぐっと折り曲げ、崩れ落ちそうになるが……プライドなのだろうか。彼女は口を強く結んで膝をつきたい衝動を抑えたようだ。
「別にわたしが受注しなくても、きっと誰かが気に留めてくれますよ」
誰かが受けてくれますよ、とは慰めでも言えなかった。
だって……ほぼ確率がゼロに近いから。
こら、周囲のクラウン諸君。わたしの言葉から逃げるように、一斉に視線を逸らさないで。その場しのぎの言葉だって彼女に伝わってしまうじゃない。
「うそよ!」
「う、嘘ではないですよ……本当でもないかもしれないですけど」
後半は良心が痛むがゆえに勝手に出てしまった言葉だが、面と向かって言い切るものでもないので、徐々に声が小さくなってしまった。
うぅ、わたしも思わず目を逸らしてしまった。これじゃ周りの人のことをどうこう言えない。
「だって、だって! もうこの掲示板に貼ってから三日も経っているんだもの! 三日も経って誰も手に取ってくれないのよ!? 人間の王都にある公益所って場所は、困った人の願いを聞いてくれる場所だって聞いてたのに、これじゃ詐欺よ!」
詐欺かどうかの糾弾については、その微妙に誤った情報を教えた人に言ってほしい……というのは、この場のクラウンの総意なのだろうけど、クルルが心から訴えかけているのも伝わってくるので、誰もそれを表に出すことはなかった。
「ほ、ほら……まだ三日ですし。一カ月も待てば――」
「無理よっ! 私、もうお金無いもの! 人間の土地ではお金が絶対に必要なのでしょ!? この依頼に全て注ぎ込んでしまったもの! 昨日の昼から何も食べてないんだからっ! 今日の朝にコルドの依頼が貼られたから、似たような距離の場所なら私の方が選ばれるかなって思って、せっかく隣に貼り直したのに、選んでくれないしっ……! あんな不躾な獣ばっかの場所と比べたら、絶対に私の方を選ぶと思ってたのにっ!」
「えぇ……?」
胸に手を当て、文無しを主張するクルル。
コルド地方とエルヴィの依頼の近くに依頼票を貼り直したらしいけど……もしかして、この人。
ずっと掲示板の前で誰か依頼を受けてくれないか、近くで張っていたのだろうか。
そこでエルヴィの依頼が貼りだされ、同じような距離かつ――彼女の弁を借りれば、獣……おそらく八王獣のことだろうけど、彼らが潜む土地よりはパラフィリエス大森林の方が選ばれるに違いない、という算段だったのだろうけど……何気に逞しい人である。
何も食べてない、と言ってしまってから、空腹を意識してしまったのか、ローブに包まれた腹部から「グゥゥ~」と盛大な鳴き声が響いた。
「うぐ……」
クルルは両手で腹部を抑えながら、キョロキョロと周囲を見渡し、完全に腹の虫の音を聞かれたことを理解すると俯いてしまった。
なんだか居たたまれない気持ちになってくる。
こうなったら無邪気な子供のノリでこの微妙な空気を吹き飛ばしてほしい! とエルヴィたちに視線を向けるが気付いてもらえず。
人生経験がまだ未熟な彼らは「なんで皆、急に黙り込んでるんだ」といった風な疑問顔を浮かべている。
わたしが今更感満載ながらも子供っぽく空気をぶち壊すという手段もあるけど、絶対に演技っぽくなるし、なによりわたしが恥ずかしいので却下。
隣のクラッツェードの裾をつまんで引っ張ってみるが、基本、面倒事に首を突っ込みたくない彼は「勘弁してくれ」と肩を竦めるだけであった。
どうしよう、やっぱりわたしが何か言うべきなんだろうか――。
そう覚悟を決めかねていると、天の助けは想定外な方向からやってきた。
「テメェっ! おら、どけっ! 糞がぁ……いきなり舐めた真似しやがってぇ!」
汚い罵声が人垣の隙間を縫って飛んでくる。
空気を読まない救世主――それは先ほど吹き飛ばされた斧男であった。
それほどダメージは無かったようで、今まで静かだったのは、何が起こったのかを理解するのに時間がかかっていただけのことのようだ。
さっきまでエルヴィに喧嘩を売っていたというのに、もうそれは過去のことのように、今はクルルに向かって獣染みた眼光をぶつけながら歩いてきた。
――右肩がやや後ろに傾いている。
無意識か意識下の行動か。どちらにせよ、右手が腰の斧をいつでも掴めるよう位置取りしていることは間違いない。
こんな場所で武器を取るつもり……?
昨日の朝も似たようなことを思い浮かべた気がする。
異なるのは、ここは広間ではなく、多くのクラウンたちが足を運ぶ『第二~第一級分類』の依頼が並ぶ場所だ。周囲のクラウンの中でも腕利きたちは、一線を越える可能性を察したのか、目つきが変わり、各々の武器をいつでも抜ける態勢へと自然に移行していった。
クルルは何も言わない。
というか相手にもしていないようだ。
わたしは仕方ない、とクルルと斧男の間に入るように移動し、彼の意識を刈り取ろうかと<身体強化>の出力を上げる。
そこで――ガッと斧男の肩に太い腕が絡みついた。
「アァ!?」
斧男は不機嫌をまき散らしながら、背後を見て…………その目を見開き、不機嫌から焦りへと表情が変化していった。
「よぉ、ベルポ。随分と楽しそうだが、俺も混ぜてもらえねぇかなぁ?」
斧男――ベルポと呼ばれた男の肩に腕をかけたのは、ここ公益所のクラウンマスターであるガダンであった。
どうやら職員伝いで騒ぎの話が行ったのだろう。
ガダンの背後で息を切らした男性職員がわたしたちの方を確認し、ホッと胸を撫で下ろしていた。おそらく怪我人が出ていないかどうかの確認だったのだろう。
「ガ、ガダン……? い、いやぁ……別に俺ぁ何も……」
「聞いてるぜぇ、ベルポォ。お前……奥さんに逃げられた腹いせに、酒に溺れちゃ依頼の失敗を繰り返してよぉ……テメエより弱ぇ奴らに片っ端から嫌がらせして歩いてるんだってなぁ。最近じゃ未成年クラウンが気に入らねえだの何だのと、ガキを見つけてはケチつけてるらしいじゃねぇか。文句があんならよぉ……俺に直接言ってこいやぁ、ベルポ。話し合いでも殴り合いでも、満足いくまで付き合ってやるぜぇ……なぁオイ」
うわぁ……事情を聴いても、やっぱりただの腹いせ行為だったみたいだ。
奥さんに逃げられたことが彼の荒れた感情の爆心地のようだ。未成年クラウン云々についても、きっと気に入らない事柄を無意識に探した結果、いい的があっただけの話なのだろう。
言いたいことはたくさんあるけど、後はガダンが上手く取り成してくれることだろう。
ガダンと目が合うと、彼は「さっさと行け」と言わんばかりに、顎をしゃくる。
わたしは少し笑いながら軽く会釈して、クラッツェードたちに移動を促した。
「ま、待てって……な、何かの誤解だ……そうに決まってる!」
「今ここで投票会でも開いてやろうかぁ? 満場一致でテメエが悪い。そう結論が出るだろうよぉ」
そんなやり取りを背に、わたしたちは依頼票を手に、人混みをそのまま抜き出る。
まったく……ただ依頼を受注するだけのことに、なぜこんなに苦労しなくてはいけないのか。
そんな愚痴を抱えて受付嬢の元へとたどり着き、わたしはエルヴィの依頼票を出す。
そして――その手に重ねるようにして、もう一枚の依頼票が出されて……わたしとその手の主は、自然とその目を合わせる。
「…………ええと、クルルさん?」
「いいじゃない、依頼の一つや二つ、同じようなものよ!」
「クルルさん、お腹が空いて自棄になる気持ちは分かりましたので、一度冷静になってください」
「私は冷静よ!」
声は強気なのに、どうしてだろうか……捨てられる直前の小動物のような――弱々しい瞳がローブの奥からこちらを見てくる。
これはもう……どうしたらいいの?
「ええと……こちらの依頼は、どうなさいますか?」
二枚の依頼票を提示された受付嬢は苦笑を浮かべながら、わたしに聞いてくるが、本当にどうなさったらいいのですかね……。
別にこちらは何も悪いことはしていないので、断ることもできるけど……気づいたらクルルは、わたしの手を両手で包み込み、ジッと見つめてくる。エルヴィの土下座とは種類こそ異なるも、断れない雰囲気をジワジワと相手に与えてくる恐ろしい手法である。
困り果てたわたしに(この世界では)年長者のクラッツェードが「まぁ……とりあえず話を聞いてみたらどうだ?」と助け船を出してくれたので、わたしは「そうですね……」と返し、受付嬢に「こちらは保留でお願いします」と伝えた。
「依頼を受注保留する場合は、依頼主の同意が必要になりますが……何か証明する物はありますか?」
受付嬢の確認に対し、わたしは未だに握り続けるクルルの手を上下に振った。
「あ、この人が依頼主本人です」
「ええ、受けてくれるなら保留でもなんでもいいわ!」
力強く同意してくれたクルルだけど、多分、保留=受注ではないということは分かってないんだろうなぁ、と思った。
エルヴィの依頼は受注とし、ようやく満足したクルルには手を離してもらい、クラウンの記章を受付嬢に見せて無事、手続きを完了させた。
さて――この状況、どうしよう……。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました