18 依頼受注はひと悶着と共に
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――翌日。
わたしはクラッツェードと共に公益所へと赴いていた。
昨日の夜は美味しいものを食べ、嬉しいプレゼントも貰い、皆に祝ってもらった昂揚感からすぐにベッドダイブして熟睡してしまったために、クラッツェードに今日のことをお願いするのが朝になってしまった。
さすがに急すぎて渋られるかと思ったけど、幸い「今日は」時間が空いていたらしく、普通に快諾してくれたので良かったと胸を撫で下ろした。「今日はと言いつつ、いつも暇ですよね」なんていつもの軽口をたたくと、変にへそを曲げてしまうので、危うく零れそうになる言葉を飲み込んだ朝であった。
エルヴィとケトに会わせたいと言った人物――薬に詳しいクラッツェードを連れて、広間で待っていた二人に手を振る。
二人もわたしの存在に気付き、石椅子から腰を上げて近づいてくる。
わたしの前まで来た二人は、隣のクラッツェードを見上げ――またわたしへと視線を戻す。
わたし以外は互いに初対面なので、わたしが間に入ってそれぞれを紹介する。
互いの名前、状況、そしてクラッツェードが薬の材料採取などに詳しいことなどを話していくと、エルヴィとケトは納得したように頷いた。
エルヴィはクラウンたちの掲示板前での心無い悪態を直接耳にしているので、若いとは言え、わたしたちに比べれば大分大人なクラッツェードを連れて行けば、またツンケンした態度になってしまうのではないかと内心、心配していたが、わたしが依頼を受けることで気持ちに余裕ができたのだろう。
エルヴィは短く「宜しくお願いします」と頭を下げるだけで、特に棘は無かった。ケトはいつも通り、明るい笑顔で「お願いしますっ」と兄の言葉に続けて頭を下げた。
対するクラッツェードは外向き仕様で、ずっとフルーダ亭で一緒にいたので忘れていたが、初めて市場で見かけたときのように――前髪で目線に影を落とし、猫背、陰気な印象を漂わせたまま「よろしく」と手を挙げて返した。
このクラッツェードの陰気キャラ造りは何の意味があるんだろうか、と胡乱な目になるわたしだが、ここでその問答をしていても仕方がない。
わたしは本題を進めることにした。
「依頼はもう出したんですか?」
「ああ、バッチリだ」
「セラフィエルさん、本当にありがとうございましたっ」
エルヴィがニヤリと親指を上げれば、ケトが丁寧にお辞儀をして礼をする。
両極端な印象の二人だが、二人の事情を聞いてからは、そこまで違和感を感じなくなった。
クラッツェードは、まだこの二人のことをわたしからの又聞きでしか知らないため、本当に兄弟か、みたいな視線を送っていた。
「それじゃ――掲示板まで行って、依頼を受注します。その後、クラッツェードさんに貴方たちのお母さんを診てもらう流れでいいですね」
「一応言っておくが……俺は薬学は齧っているが、医師ではない。セラフィエルの頼みだからお前らの母さんを診に行くものの――もし力になれなくても……まぁ、落ち込むなよ」
わたしの今日の予定確認に対して、クラッツェードが言いにくそうに告げた。
そこで「期待に添えなくても恨むなよ」という突き放すような強い言葉を使わないあたりに、彼の優しさが垣間見える。
二人にもクラッツェードの分かりにくい人柄が伝わったのか、誤解することなく「ああ」「うん」と互いに返していた。
「それじゃ行きましょうか」
四人で人で溢れかえる広間を潰されながら進み、公益所内へ。
言うまでもなく公益所内も人、人、人…………背丈のあるクラッツェードをさり気なーく壁にしつつ、わたしたちは人の波をかき分けながら、大型掲示板の『第一級分類』依頼が張り出されているエリアへと進んでいくと……人の数が少なくなると同時に、奇異の視線が飛んできた。掲示板前の喧騒に、僅かに別の種類のざわめきが広がっていった。
「おい、あれ……」
「あの子が例の? おいおい……あんなちっこい子がクラウンだなんて嘘だろ?」
「俺の娘と同い年ぐらいなんだが……」
「あの銀髪……王族関係、とかじゃないよな?」
無遠慮に飛び交う言葉に眉をしかめていると、隣のクラッツェードが他人事のように「人気者だな」と肩を竦めていた。
薄々予想はしていたけど、もう既に最年少クラウンが誕生した話は広まっているらしい。
エルヴィたち含め、あの場にいた受験者の子たちも観戦していた保護者たちも、わたしの実技試験内容はその目で見ていたし、会場を後にする中でわたしだけがガダンの横を動かないままでいたことも知っているはずだ。
わたしがクラウンになることは別に公式に発表されることではないので、おそらくその辺りから話が広まっていったのだと思うけど…………それにしても早すぎるよ。
まだ昨日の今日だっていうのに。噂が広まるのは、平和な生活に慣れた人々が刺激を求めるからだという説もあるぐらいだから、平和の象徴だと思って我慢すべきなのかな? ああ、でも顔を隠したいほど飛んでくる視線の嵐は本当に勘弁願いたい……。
「さっさと依頼票をとって、受付まで行きましょう」
「あ、あぁ」
「……うん」
一緒に視線を浴びる彼らも居心地は最悪だったのだろう。
わたしの指示に一も二も無く賛同してくれる。
視線のシャワーを浴びながら、大型掲示板に張り出された依頼票を眺め、やがて目的のものを見つける。
わたしはそれを右手でつかみ取り、エルヴィに念のため確認を取る。
「これで間違いない?」
「えーっと……ああ、そうだな。これが俺の出した依頼だ」
「そう、それじゃこれを持って――」
受付へ、と言おうとしたわたしの声に被さる野太い声が突如、降りかかった。
「おいコラァ、こんな場所でガキが何してんだぁ、おい」
声の出元を見れば、そこには見覚えのある顔が。
――昨日の朝、エルヴィと言い争いをしていた斧男だった。
相手を視界に収めた瞬間、エルヴィは舌打ちを。ケトは少し顔を青くして一歩後ろへ退いた。
斧男は腰の斧をこれ見よがしに揺らしながら、掲示板前――いや、わたしの前まで近づいてきた。
昨日の朝は遠目から見ていたから分からなかったけど、接近されると凄い威圧感だ。恰幅のいい図体に鍛えられた肉体が服の上からも主張している。
わたしも<身体強化>が、危うきに近づかず、を呈したくなる風貌だ。
よくエルヴィはこんな相手に喧嘩を売ろうと思ったなぁ、なんて感想を浮かべていると、斧男はわたしに手を差し出した。
まるで、何かを寄越せとでも言わんばかりの態度に、わたしは上目で彼を見上げながら首を傾げてしまった。
「そいつを寄越しなぁ」
何を、と尋ねるのは流石に愚問か。
わたしが手に持っているのはただ一つ。エルヴィが早朝に発注したクラウンへの『第一級分類』の依頼が書かれた紙だけである。
「……貴方が代わりに依頼を受けるのですか?」
そう尋ねると、彼は鼻で笑い、わたしやエルヴィたちを値踏みするように見下ろす。
「んなわけねーだろうが。誰が好き好んで、東の果てまで格安報酬の依頼なんざ受けるんだよ」
……なんで依頼内容を知っているんだろう。
わたしの疑問を孕んだ視線に気づいたエルヴィが憎らし気に「……アイツ、俺の依頼を見て笑ってやがった奴の一人だ」と補足してくれた。
俺の依頼、というのは今わたしの手にあるものではなく、以前なけなしのお金で依頼した時のことを言っているのだろう。なるほど、そういった確執もあって、広間の時もエルヴィは熱くなってしまったのかもしれない。
んー、昨日の広間の一件で、エルヴィがクラウン試験を受けることを喧嘩中に知った風だったし、もしかしたら合格者が出たことを耳にして、朝っぱらからエルヴィが依頼を出すかどうかを見張っていたのかもしれない。そう考えると、酷く粘着質な男に見えてしまう。
……暇なのかな?
「これを貴方に渡してどうするんですか?」
「決まってんだろ。破り捨てる」
思わずわたしは呆れ顔を浮かべてしまう。
「何のために?」
「気に食わねぇからだ」
悪びれもなく言い放つこの男の脳みそには一体、何が詰まってるのだろうか。少なくとも倫理や理論などの言葉は入ってなさそうだ。
感情が行動に直結した物言いに、思わずため息が出る。
「意味が分かりません」
「意味が分かんねぇのはこっちの台詞だ。クラウンは俺らが積み上げてきた功績の上に続いてきた組織だ。お前らみてぇなガキが、うるせぇ囀りを響かせていい場所じゃねぇんだよ!」
「……エルヴィは依頼主であって、クラウンではありません。クラウンどうこうは関係ないと思いますけど」
「だがお嬢ちゃんは違ぇよなぁ? 昨日から耳が痛ぇほど噂になってんぜぇ……! 初の未成年クラウンが誕生したってなぁ……」
「はぁ」
「んで、昨日絡んできたガキどもと結託して、さっそく俺たちの依頼場を荒らしにきたわけだ」
「違法性は無いと思いますけど」
クラウンと依頼主のあまりに過ぎた癒着は確かに問題視されて然るべきだと思うけど、別にわたしは今後もエルヴィの依頼を優先的に受けるような贔屓をするつもりは無い。
「法は関係ねぇんだよ! 実際に働いてる俺らがイラついてんだぁ! ここは遊び場じゃねぇんだ!」
いやいやいや、法は関係あるでしょうに。
公益所は国営組織で、その下につくクラウンもその一端を担う。そこには当然、国が制定した決まり事があるわけで、それに背くということは、国の決定に背くことも同義なのだ。
そのことを理解していないのだろうか、この男は……。
ここまで話して、まぁ何となく理解したけど――この人、結局のところ文句を言いたいだけなんだ。
詳しい事情は知らないし、もう聞いてあげる気もないけど、生活に困窮でもしているのか、気に食わないことがあると、すぐにイラつきが膨れ上がり、無差別に噛みつかないと収まらない性格なのだろう。
クラウンの総意みたいな言い方を何度もするせいか、周囲のクラウンと思われる人たちも煙たがるような表情をしているわけだが、当の斧男は全く気付かない。酔ってんのかね、この人は。
さて、そろそろエルヴィの怒りのボルテージが危険水域にまで到達しそうだ。
むしろ、今までよく堪えたと褒めてあげたい。あのケトでさえ涙目で斧男を睨むほどのことを仕出かしているのに、自分に酔っているのか、彼は微塵も動じていなかった。
クラッツェードはというと、終始呆れ顔である。面倒そうだから首つっこみたくない、という感情がおもむろに溢れ出ていた。
エルヴィが掴みかかる前に何とか収集つけないと、と考えていると、一人のローブを被った小柄な人が周囲の輪を押しのけて、こちらへと近づいてくるのが見えた。
斧男の支離滅裂な主張の援護射撃だったら嫌だなぁ、とか思っていると、ローブの人物は宝玉のような装飾が幾つか埋め込まれた小手を装備した右手を、無造作に降りぬき――、
「アンタ、邪魔っ!」
と、斧男の腕のあたりを殴った。
ヒュオッと風が空間を満たし、斧男は「え?」と間抜けな声と共に殴られた先の人混みの中へと吹き飛んでいった。
巨体が小柄なローブ人物の細腕に押し出されるようにして浮き、人垣に飛び込んでいく一連の流れは、わたしたちを唖然とさせるに十分な光景であった。
斧男の重量に潰されるように人垣が喧騒と共に乱れていく。
小柄なローブは飛んでいった斧男には一瞥すら向けずに、ビシッとわたしに向かって人差し指を突き立ててきた。
え、わたし?
思わず、わたしも自分に向かって人差し指を向けて瞠目してしまう。
「ちょっと、貴女!」
「は、はい」
「なんでその依頼を受けるのよっ!?」
……援護射撃ではなかったけど、まさかの同系統の言いがかりを再び受けるとは思っていなかった。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました