15 夕暮れ広間の土下座
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※今回はやや短めです。
一つの仕事を終えた。
そんな達成感を胸に抱いたわたしは、ガダンから貰った報酬の布袋、記章の入った小箱と証書を抱えて、応接間を後にした。
何かを忘れている。
そのことにようやく思考が至ったのは、何となく来た道を戻っていたら迷子になった……その瞬間だった。
応接間に入る前は、ガダンに出口まで送ってもらわないと! と思っていたはずなのに、わたしの脳細胞はいとも容易く、そんな重要事項を忘却の彼方へと押しやっていたようだ。
その後、思いのほか入り組んだ公益所内を歩いていると、偶々あの闘技場にいた職員がわたしの姿に気づいてくれて、声をかけてくれた。あとは迷子を連れて歩くお兄さんと少女、みたいな構図で見慣れた公益所の大玄関まで移動することになり――かなり、恥ずかしかった。
そんな経緯を経て、ようやく公益所の外――広間まで帰ってくることができた。
広間は朝と違って、人の影はまばらで閑散としていた。公益所の依頼掲示板は夕刻前には閉じられるので、おそらくそれに比例しての光景なのだろう。
長く辛い旅路だった……なんて大袈裟なエピローグを頭の中で流していると、唐突に大きな声が響き渡った。
「――おっせぇんだよ! 今まで何してやがったんだ!」
その言葉が、わたしに向けられていることに気づけたのは、声の主が思いっきりわたしを見ていたからだ。
「……エルヴィ?」
夕陽の逆行で一瞬誰かわからなかったが、目が慣れてきてようやくその人物が誰なのか分かった。
彼の後ろから目を擦りながら、眠そうなケトもひょこっと顔を出す。
彼らの背後には、一本の木が見えた。広間に植えてある一本一本の木の周囲には、座って休むための円状の石畳が用意されている。もしかしたらそこで座っているうちに、ケトは眠ってしまったのかもしれない。
さっきの言葉を鑑みるに、わたしを待っていたことは間違いないと思うが、その理由が全く思いつかない。
しかも勝手に待って、勝手に怒ってるし……。
ズンズンと大股で近づいてくるエルヴィに、いまいち要領を得ないわたしは、目を何度か瞬くことしかできなかった。置いてかれそうになったケトが、慌ててエルヴィの背中を追いかけた。
「待ってたぞ」
「は、はぁ」
首を傾げるて返すと、エルヴィは思いっきり眉を顰める。
「何やってたんだよ。試験は昼ごろに終わったってゆーのに、んな時間までほっつき歩きやがって」
別にほっつき歩いていたわけじゃなくて、ガダンの手伝いをしていただけなんだけど……。
でも何となくそれを説明するのも面倒だなぁ、と思ったわたしは遅れた理由は言わずに「何か用なのですか?」と尋ねた。
「あ? あぁ……よ、用か……そうだな、用があるんだ」
「?」
わたしの何の裏もない問いに、彼は急に言いにくそうに視線を左右に動かし、落ち着かない様子で足先で何度も地面をたたく。
「お兄ちゃん……ぼ、僕から言おうか?」
その様子を見かねた弟が兄を気遣うように聞くが、彼は髪が乱れるぐらいに首を振ってそれを拒否した。
「いや――俺が、言う……」
あの、こっちは全然事態が飲み込めてないのですが……早く用件を教えてほしい。
目の前で繰り広げられる兄弟の謎の葛藤劇にわたしが入る余地はなく、ただただ彼らの動向を見守るだけの気まずい時間が過ぎていく。
グッと口元を強く結び、エルヴィがわたしと視線を交わさせる。
「えっと……な、なに?」
「お前……受かったんだよな?」
「え?」
「クラウンだよっ! 結局、あの闘技場じゃハッキリと合否は分かんなかっただろうが! でも、お前は……俺らと違って木板を貰うようなこともなく、最後まであそこに残っていた。つまり……そういうことなんだろ?」
「う、うん」
なんだろうか。
クラウン合格のお祝いをしてくれる――みたいな嬉し爽やかな雰囲気は微塵もないので、それはないか。
も、もしかして……「なんで俺が落ちて、お前が受かってんだよ!」みたいな嫉妬が爆発しちゃったとか? エルヴィに掴み掛られても負ける気はしないけど、彼らはこの試験で出会った縁がある。
あまりそういった荒事を最後に縁を切る……みたいなことにはなって欲しくないのだけれど。
わたしは頬に手を当て、うーん、と唸る。
そうしている間にもエルヴィはブツブツと何言か呟いた後、驚きの行動に出た。
掴んでくるかなぁ、罵倒してくるかなぁ、と警戒していたわたしにとって、まさに斜め上の行為であった。
エルヴィはなんと土下座をしてきた!
正確に言えば、土下座ではなく、膝と両手を地面につき、これ以上ないぐらい頭を下げた形だ。いや、それを土下座というのか。ああ、ちょっと驚きすぎて考えがまとまらない……。
「……頼むっ! 俺たちの頼みを受けてくれっ!」
頭の整理が追い付くよりも先に、エルヴィがその言葉を口にした。
彼の口調から、果てしない焦燥感が伝わってくる。喉が切れるんじゃないかと心配するほど、彼は可能な限りの肺の空気を声に変えて、かすれながらも大きな声で叫んだ。
「もうっ……頼れるのは、お前しかいない! 俺は……クラウンになれなかった。なるべきはずだったのに……それしか道が無かったのに、俺には無理だった!」
悲痛な叫び。
まるでクラウンに絶対にならなくてはならない、という強迫観念に追い立てられながら、それを実現できなかったことに対しての自責が漏れ出しているかのようなものだった。
「エ、エルヴィ……?」
「いきなり無理を言ってんのは分かってる! でも、お前しかいないんだ! 大人のクラウンは信用ならねぇ……! でも……一緒に試験を受けた……、いや――何度か言葉を交わしたお前ならっ! 俺たちに出来ることならなんでもする……! だから頼む! 俺たちの依頼を受けてくれっ!」
い、依頼?
もしかして……それはクラウンとしての依頼、ということだろうか。
「エルヴィ……少し落ち着いて。そんな話し方では脈絡がめちゃくちゃだよ」
わたしはまず、彼の心を落ち着かせないことには始まらないと思い、跪く彼の横まで移動し、目線を同じ高さにするために、わたしも膝を折った。
抱えていた物を置き、地面に痛々しく力を込めている手の甲に手を重ね、残った左手で彼の背中をさすった。
「…………っ」
彼は何か言おうとしたが、わたしの行動に多少の安心感も得られたのだろうか。
しばらくは成すがまま、わたしに背中を擦られるだけの格好となった。
「ゆっくり深呼吸してください。わたしに伝えたいことがあるなら、勢いじゃなく、ちゃんと事情から話して。お願いだけ先走られても、わたしが戸惑うだけだよ」
「……お、おぅ」
俯く彼がどんな表情をしているのかは髪に隠れて見えないけど、少なくとも先ほどまでの追い詰められた時の声とは打って変わり、試験時の彼の声に戻っていた。
そのことにわたしはほっと息を吐いた。
「セラフィエルさん……ありがとう」
気付けば、ケトもわたしの横に移動し、しゃがんでいた。
何の御礼なのか、は聞くまでもないか。
ケトは心配そうに俯く兄を見ていた。けれども徐々に肩から力が抜けていく様子に安堵を覚えたようで、今のケトは僅かに口元の緊張を解いている状態だった。
広間を通る人たちが奇異な目で見てくるが、今は無視するしかできない。
まあ変に絡まれない方が気も楽だ。
夕暮れの中、エルヴィから余分な力が抜けきるまで、わたしたちはそのまま――地面の影が伸びるだけの時間を過ごしていった。
2019/2/3 追記:記章の入った小箱と証書を持っている表現が抜けてましたので、修正しました
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました