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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
115/228

14 猫と精霊種と八王獣

多くのブックマークと評価、本当にありがとうございます!(≧∇≦*)

いつも読んでくださり、本当に感謝です♪


今回はちょっと説明調が多く、ちょっと流れが悪いかもしれないので、もう少し読みやすく分かりやすい文脈が思いつけば、もしかしたら手直しするかもしれませんm( _ _ )m


 窓から入り込む風が少しだけ冷え込み、ああ日が落ちたんだなぁ、という実感を肌で感じる頃。


 鴉でも鳴けば趣きもでるだろうに、耳に届くのは四方から聞こえる呻きだけであった。


 即席執務室と化した応接間は、死屍累々としていた。


 室内にいる五人の影。


 その誰もが机に突っ伏すか、背もたれに体重を預けるかしながら、ドライアイと頭痛に悩まされていた。二つのソファーに座って作業をしていた五人は、半開きの口から魂が抜け出そうな状態だ。


 疲れた……。


 まだ机上に積まれた書類の半分も終わっていないけど、非常に疲れた。


 なんでこんなに疲労がたまるのかと思い返せば、色々と原因は思い当る。


 まず――報告書としての形態がないことが一因だ。


 要は「いつ、どこで、だれが、なにを、、どのように」という情報伝達に必要な項目が一切まとまっていないわけだ。


 書類の内容を理解するのに、その全文を読まないと判断がつかない。それが時間を大量に使う結果を招くのと同時に、情報の整理に頭を使うのだ。


 加えて言うならば、長文を読み終えた後にそれが無駄な情報だったと判断したときの空虚感はひどいものだった。


 報告書の書式を決めておけば効率がよくなるのだろうが、今はそんな改善策に頭を割きたくない。


 もう帰りたいです、はい。


「だぁぁぁぁっ! もう駄目! 限界よっ! セラちゃん、早く私の膝の上にっ!」


「い、意味が分かりませんっ! ちょ、きゃあっ!?」


 突然上半身を起き上がらせ、クワッと目を見開き、半狂乱に意味不明なことをわめき始めた隣の女性職員。


 この「お手伝い」を始める前に伺った自己紹介で聞いた名前は、パティというらしい。


 彼女は乱れた前髪も直さずに、わたしの両脇に信じられない速度で手を差し込み、その細腕から考えられない力で、わたしを抱え上げて自分の膝の上に置いた。


「すまないね、セラフィエルさん……。そいつ無類の猫好きなんだ」


「いやいや、答えになってません、それ!」


 逆隣に座っていた男性職員――レブーストがまるでフォローするかのように言葉をかけてくれるが、わたしがパティの膝に抱きかかえられる理由には全く結びつかない気がする。


 ――わたしは猫じゃないよっ!


 そんな視線を送ると、レブーストは「ああ」と補足してくれた。


「ほら、さっき猫みたいな威嚇してたじゃないか、ガダンさんに」


 思い出したくない記憶が自動的に呼び起される。


 ああ、ソファーの上で「ふしゃー」なんて言ってしまった一件ですね……。時間を巻き戻す魔法でもあればいいのに……あの痴態が完全にこの部屋にいた全員の記憶に刻まれていることを再認識し、わたしはパティの膝の上で肩を落とす。


 どんより雲模様のわたしに構うことなく、レブーストは続ける。


「言われてみれば、っていう程度の話だけど、パティの愛猫のシャロンが威嚇する姿に似てたんだよ。だからパティは君に構いたくて仕方がないんだ。彼女、仕事の癒しを全てシャロンに求めてるからね……」


 さっき聞こえてきた「シャロン」はどうやらパティの飼い猫の名前らしい。


 でも猫って……珍しいな。


 わたしは王立図書館で得た知識を思い返しながら、尋ねることにした。


「その猫は……『向こう』からの贈り物かなんかだったんですか?」


 わたしの言葉選びにレブーストは目を少し見開いてから、感心したかのように何度か頷いた。


「本当にその年で色々と勉強しているんだな。というか……平民じゃ到底手にすることができない情報な気もするんだけど……」


「貴族の方に知り合いがいるので」


「ああ、なるほど。王立図書館か。確かにあそこの書物だったらそういう情報も置いてあるか」


「はい、いつもお世話になってます」


「それでも小難しい本ばかりな上に、著者ごとに表現が入り混じるというか……読みにくい本ばかりだったと思うんだけどね。本当に利発な子だね、君は」


 レブーストが純粋に褒めてくれることにむず痒さを感じつつ、わたしは素直に「ありがとうございます」とお礼を返した。


 本を読むことは、この世界を知ることだ。だから苦ではないし、元々興味のある事柄を読んでいくのは好きな方だ。


 それでもこの数年で一定の知識量を――無差別に近い形で叩き込んだのは、それなりに大変だったし、やり遂げた感も心の中にあった。


 そんな無形の感覚を試験を通じて周囲が認識する形にすることができ、それを褒めてもらうことは、なかなかに嬉しいことであった。


「シャロンはね『逸れもの』なのよ」


 話の続きは頭上から降ってきた。


 ――逸れもの。


 つまり猫のシャロンは――。


「その、シャロンは……八王獣はちおうじゅうの領土から抜け出してきちゃった……んですか?」


「何が原因でそうなったのかは、わからないけどね。あの子は……私たち人間種の領土内の道を歩いていたところを行商人に拾われてね。壁間内市場へきかんないいちばで売り出しにかけられているところを、私が買ったのよ」


 ヴァルファラン王国建国時、もともとの住民であった精霊種と八王獣――そして建国の祖である人間種の英雄。彼らは争いを鎮め、平和な生活を維持するために、利益と干渉を相互に制限する条約が結ばれたとされている。


 三権相互扶助条約――だなんて、何とも()()()()()()()()()が名づけそうな条約名である。


 三権相互扶助条約。


 要は一つの国に、文化も生態も価値観も異なる三つの種族が暮らす上で、必ず生じるであろう摩擦となる様々な事柄を「条約」という鎖で一括りにしてしまい、互いに折り合いをつけて暮らしましょう、という目論見を含んだ条約である。


 細かく列挙すれば、数多くの制約がずらりと並んでしまうが、深く関わり合いを持たないのであれば、覚えておくことはそう多くはない条約だ。


 この条約で最も大きな制約は、学術試験のときにも頭を過ぎった――領土に関してだろう。


 三種族はヴァルファラン王国領土内を三分し、そのうちの一つを自領とし、基本的に各種族の長が許可を出さない限りは互いに不可侵の領域とする。


 それを破り、他種族の領土へ侵犯することがあれば、その領土を持つ種族の采配によって処断を判断することとする。


 ――といった内容だ。


 つまり、互いの領土に勝手に入っちゃダメだし、勝手に入ったら煮るなり焼くなり、その領土の種族に委ねますよ、という内容だ。


 それじゃあどこからどこまでが各種族の領土なの? という疑問が浮かぶが、地図上や地名で名言はされているものの、現地でその境目を正確に測るためには、やはり目印が必要だろう。


 わたしはまだ見たことがないけど、今も争い続けている西のガルベスター王国とを隔てる国境塔という尖塔が国家間では目印として存在するが、ヴァルファラン王国内のこの三種族の領土を隔てる境界線には、それぞれの種族色が濃く出た仕切り方がある。


 精霊種は木々の太い蔦を織り込ませた縄のようなものが、領土の境目の木々の幹から幹へ連なっている。その縄を多種族が超えると、まるで鳴子のように森の木々がざわめき、侵入者の所在を精霊種が感知する仕組みらしい。


 八王獣の場合は、門番役となる獣が領土の境目に陣取っているらしく、近づく他種族に声をかけて追い払うみたいな対策が取られている、と図書館で見た。


 しかし入ってくる者を警戒はすれど、出ていく者は見逃しがちだというのは、三種族とも同様のようで、シャロンのように逸れものが、他の種族の領土に飛び出てしまうことは昔からちょくちょくあるようだ。


 意図せず迷子となって入り込む者は、最初に見つけた多種族が良識ある者であれば送り返してくれることもあるが、悪意ある者に見つかった場合は何をされるかわからない。


 ゆえに他種族領土付近に住まう者は必ず、子供に「絶対に近づいてはいけない地」として厳しく教えこませる傾向にあるようだ。


 また逆に精霊種における不完全体ゲェードなんかは、意図的に精霊種が人間種側や八王獣側の領土に追い出し、処理を任せている的な話もあり、ハクアを思い出すとちょっと気分の悪い話でもあった。


 こうした互いの領土を明確に線引きすることで、過度な干渉を避ける仕組みが出来上がった。


 おかげで八王獣が精霊種の農作物を勝手に食い漁ることもなくなったし、精霊種が食べるわけでもないのに邪魔だという理由で動物を狩ることも無くなったわけだ。


 ちなみに領土の割合は、人間種が7割。残りの3割を二種族が分けるものとなっており、これは純粋に種族総数の割合通りに決めたもので、三種族とも特に異論はなかったらしい。


 欲深い人なら「不公平だ!」と声を上げそうなぐらいの偏りだけど、この辺りは文化・価値観の違いや、管理しきれない広さを持っても意味がないという合理的な考えも入っていたのかもしれない。



 そして、領土以外に特筆すべき点は――特産物だ。


 正直、わたしはこの部分が特に気になっている。


 だって……この世界に来て3年間。その節々で感じていた「違和感」の答えがここにあると思うからだ。



 人間種領は、南に行けば海があり、西に行けば鉱山がある。技術と文明に特化し、港では海産物や塩、鉱山地帯では鋳造が盛んだ。


 そして、全ての国内交易を一括する市場が王都にある。


 加えて人間種はルールの創造や情報管理などの能力にたけており、それらも他種族に対してアドバンテージになる特産品として考えられていた。精霊種には塩や小麦の輸出や建築業・物品管理手法などを特産としている。八王獣には同じく塩や海産物の輸出がメインだ。



 精霊種領は、主に平野と森林地帯だ。居住地や農地は平野部に多く設け、養鶏所なども建てたりしているらしい。森林に住まう種族もおり、基本、平野・森林どちらでも生きていける種族なのだろう。


 そんな精霊種の特産は――農作物全般と鳥や馬だ。そう農作物全般。で、人間種領でも当然、農作物は自分たちの手で作っているのだけれど、その手法も時代を遡ると精霊種から教え伝えられたものだとわかる。


 また、王都や貴族たちで普通に使われている馬は、元々は精霊種から買い取ったものらしい。今では人間種領でも繁殖に成功しているらしいが、昔はその全てを買い取っていた時代もあったようだ。


 そして――農作物だ。


 引っ掛かる……あの瑞々しくも味の薄~い農作物……。


 これに関する文献を見つけた時は、わたしはいつか精霊種領も見てみたい、と思うようになった。これはまだ勘の範疇でしかないけど――――精霊種は「魔法」や「魔力」にどことなく関わっている気がするのだ。



 そして八王獣領。こちらも気になるというか――疑問が解消された事実があった。


 八王獣の特産は、森や山岳地帯に住む動物全般なのだ。


 わたしはこの世界に来てから、動物、というものを見た記憶がほとんどない。


 会話に出てくることはあっても、その姿を目にすることは馬以外、なかったのだ。犬も猫も見ない。鳥はたまに空を飛んでいるけど。そして当然ながら前世で馴染みの深かった魔獣もいない。


 ――それはなぜか。


 その全てが八王獣領で保護――というか、囲われているからだ。


 野生の動物は八王獣に絡む獣たちと異なり、本能に赴くままに動くものが多い。そのため、八王獣領から出て好き勝手に他の領地に入っていくことは多々あるみたいだが、それでも人間が食す量からは程遠いほど少ない。


 だから――卵も肉も、ゲェードのものが主流となっているのだろう。


 以前、プラムが鹿を食べたことがあると言っていたことがあるけど、それもたまたま八王獣領から抜け出した鹿を、猟師が仕留めた偶然が生んだものだったのだろう。そりゃ、そのあと鹿を食べる機会に恵まれないのも頷ける。そのほとんどが八王獣領で囲われていたんだもの。



 なぜ、三種族でこんな特産物を分けるような条約になったのか。


 それが書かれた文献はなかったが、おそらく――どれか一種族だけに力が偏り、無用な争いを生まないための調整が狙いなのではないかと思う。


 これも一歩間違えば、欲しいものを奪うだけの戦争の火種になりかねないけど、現状は「足りないものを相互的に補う」という形で「共存」という関係が成り立っているようだ。


 三権相互扶助条約、とはよく言ったものだ。


 三種族がそれぞれに権利を持ち、相互に扶助する――そういった力関係がヴァルファラン王国では700年、続けられているのだろう。一風変わったこのヴァルファラン王国の歴史。なかなかに興味がつきないものだと実感する。



 ――思考が横道にそれたが、シャロンは何らかの理由で八王獣領から抜け出してしまい、それを偶然見つけた行商人に商品として王都に連れてこられてしまった。


 それをパティが買い取った。


 領土を出てしまった種族は、その領土の者の采配によって処遇を決められてしまうので、特に八王獣との諍いに発展することもないだろう。


「初めて美しい白毛の猫――シャロンを見たとき……こう、心臓を強く打ちつけるような衝撃を受けたわ! 仕事、仕事、仕事の毎日で鬱々としていたときだったけど、あの子に出会えてからは、毎日が幸せよ。家に帰るのが楽しみになるぐらいね」


 そう慈しむように話しながら――なぜかわたしの髪の毛を撫でてくるパティ。


「あの、わたし……シャロンじゃないんですけど」


「ええ、流石にそのぐらいの分別はついてますわよ」


 ……そう見えなかったような気が――とは口にすまい。


「でも何でかしら……シャロンと同じように、貴女からは気持ちが安らぐ……そんな空気を感じるのです。こうして膝の上に座らせて毛を梳いていると、家に帰ってシャロンに会うことを拒む現状に凪ぐ気持ちが鎮まるの。ほら、セラちゃん……喉を鳴らしてみて」


 声は優しいのに、全然嬉しくない……。


 パティはわたしの喉元をなでながら、猫のように喉を鳴らすことを所望しだす。猫の感覚がどんなもんか知りませんが、わたしにやられてもくすぐったいだけなので、止めて欲しいです……。


「…………助けてください、レブーストさん」


「すまんが……その猫狂いから猫を奪うと、手が付けられんほど不機嫌になるからな。まだ仕事が片付いていない内に貴重な戦力が減るのは困る。我慢してくれると助かる」


 レブーストは手元の紙束をトントンと揃え、こちらを見ずに社畜業へと戻っていった。


「………………助けてください、ロッドハウスさん」


 もう一人の男性職員、ロッドハウスに助けを求めるも、彼は窓の外を眺めながら「夕焼け空、綺麗だなぁ~」と聞こえない振りをした。


 わたしは最後の砦に視線を写す。


 視線を受けたガダンは、盛大にため息を吐き、頭をガシガシと掻いた。


「パティ、その辺にしておけ。もう日も暮れるからな。セラフィエルの嬢ちゃんは帰すことにする」


 おおっ! 救いの神はガダンだった!


 わたしは目を輝かせるが、その頭上に顎を乗せていたパティは悲痛な叫びをあげた。


「そ、そんなっ、ご無体な! ガダンさんは私からオアシスを奪うというのですか!?」


「……というか、今日はもうヤメだ、ヤメ! そもそもこの量の資料を今日一日で捌けるわけがねぇんだ。俺から上に言っとくから、お前たちも今日は帰っていいぞ」


 ガダンの言葉にパティ、レブースト、ロッドハウスも「やった!」という反応を返す。


「――ただし、延ばせたとしても一日ぐれぇだろうよ。明日はこの残りを処理しなくちゃいけねぇ。嬢ちゃんは今日だけのつもりだから、お前ら……明日はちゃんと覚悟しておけよぉ」


 ギロ、と威圧のあるガダンの視線が全員を貫き、三人は言い返せずに、静かに肩を落とした。


「ま、それにしても、だ。まさか半分まで処理できるたぁ思ってなかったからなぁ。嬢ちゃん、助かったぜぇ!」


「い、いえいえ……」


 全て終わったわけでもないのに、感謝されるとどう返したらいいか分からない。


 明日、残り半分を対応しなくちゃいけない四人の前ならば、なおさらだ。


「ガキがいっちょまえに謙遜なんざしてんじゃねぇよ! ほれ、此奴は今日の報酬だぁ」


 いつから用意していたのか、いつの間にか手元に持っていた手のひらサイズの布袋をガダンが投げてくる。パティの膝の上にいたわたしはそれを両手で受け取り、その重みから何が入っているのかを察した。


「こんなに……貰ってもいいんですか?」


「正当な対価だ。少なくとも今日はこれで帰れる算段がついたんだ。元々上だって無理言ってんのはわかった上での仕事だ。おおよそ延長を泣きついてくることを想定して言ってきてんのさぁ。この進捗を話せば、喜んで一日程度の延長なんざ通るさぁ」


 そう言われ、わたしは今日の依頼の対価である報酬の入った袋を両手で包み込む。


 わたしはピョンとパティの膝から降り、別れ惜しんで宙をさまよう彼女の手に苦笑しながら、改めてガダンと向き直った。


「ありがたく――頂戴しますね」


「おぅ、そいつで美味いモンでも食ってなぁ」


 そう豪快に笑う彼に合わせて、わたしは練習した淑女風ではなく――ニカッと少女らしからぬ笑みで返すことにした。



2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました

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