13 クラウンの実情とお手伝い
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その後、ガダンからクラウンについての留意事項などを事務的に並べられた。
公益所の大型掲示板に張り出される依頼に関しても、今までは『第三級分類』に位置付けられていた――要は「お手伝い」レベルのものしか受けられなかったが、クラウンとしての資格を得た今後は危険度最大の『第一級分類』まで受領できるとのこと。
ただし、専門知識や一定以上の戦闘行為が可能な『第二級分類』、そしてクラウン所属であることが前提となる最大難易度を示す『第一級分類』の依頼は――信頼と実績が受領の鍵となる。
新人ペーペー、加えて初の未成年クラウンであるわたしは、信頼も底辺であれば、実績も皆無。
つまり――そんなわたしにいきなり高難易度の依頼を受領できるほど、甘い世界でもないということだ。
それは当然のことだと、わたしも頷いた。
むしろ力量度外視で誰でも受領できたら、それこそ公益所というシステムそのものが崩壊の一途をたどることだろう。
報酬に目がくらんだ者ばかりが実力に見合わない依頼ばかりを受ければ、結果は荒らすだけ荒らしての失敗で終わると、目に見えている。失敗するだけならまだしも、大きな禍根もおまけで残しそうだ。そうなれば依頼主も逆に被害を被るだろうし、それが積み重なれば、公益所への信頼は急降下間違いなしである。
そうなれば公益所は役目を見失い、クラウンという組織も公益所とともに消滅。
王都で安定した労働場所を得ていない者は、『第三級分類』を受領しての小さな資金繰りもできなくなり、失業と生活困窮にあえぐ者が続出していたことだろう。
その時はその時で別の国策が生まれたかもしれないけど、それでも――今のように安定した治世には結びつかなかった気がする。
今こうして公益所が機能して残っているということは、はるか昔――討伐隊と呼ばれていた時代から、きちんとその辺りのバランス調整がされてきた証明なのだろう。
「クラウンになったからといって、いきなり旨い汁を啜れるわけではない。まずはそうだな……『第二級分類』で達成可能なレベルの依頼から始めるのがいいと思うぞ。実績を積み重ねていきゃ、おのずと信頼というもんも溜まっていくもんだ。ただ、無理に背伸びして依頼未達を繰り返すのは逆効果だから、受ける依頼には気を付けるようになぁ。受付嬢に依頼書を持っていく段階である程度のふるいをかける仕組みになっているが、それは客観的に判断できる範囲と過去の実績からの判断までだ。つまり、実力不足であっても受領してしまう依頼も出てくるってことだな。その依頼が自分の力量に見合っているかどうか――そいつを最も正確に見極められるのは結局そいつ自身だ。その辺りは肝に銘じておいてくれ」
ガダンのアドバイスにしっかりと頷く。
「だが、嬢ちゃんの場合はその『客観的な判断』ってのが足枷になる可能性が高いからなぁ」
「それはどういう――あ、いえ……なるほど、そうですね」
聞き返そうかと思ったが、すぐに思い当り、わたしは同意を示した。
わたしは客観的に見れば、女で、子供で、判断する材料が少ない存在である未成年クラウンである。未成年であっても保護者制度というものに則れば、一応は保護者付きでクラウン扱いになる子供もいただろうけど、単身でのケースはわたしがモデルケースとなる。
その要素だけ机上に並べれば、誰もが依頼を預けるには不安視することだろう。さらには見下したり、馬鹿にする輩も続出してくることだろう。
それは同僚であるクラウンも然り、依頼を発注する依頼主も然りである。
想像できる未来には、受付嬢の段階で「貴女には無理よ」と諭されたり、共同で依頼を受けた際には同じクラウンから嘲笑の的になる姿が容易に見える。
「だからな、こいつは俺の鼻っ面に一撃打ち込んだ祝いだぁ」
「え?」
近い将来を想像して、どうしようかなぁ、と思考を走らせていると、ガダンが一つの封筒を机の上を滑らせてきた。
封筒を手に取り、きょとんとしていると、ガダンはニヤリと笑った。
「そいつには俺の推薦状が入っている。端的に言やぁ、目の前にいるちっせぇ少女は、クラウンマスターである俺の顔面を蹴り飛ばす程度にゃ実力者だっていう内容が書いてある。依頼持って受付嬢にそいつも見せてみなぁ。多少の荒事系の依頼なら、その推薦状が実績扱いになって受けることが可能になるだろうよ。ただし、他の連中との絡み合いについちゃ、こっちはノータッチだ。後のことは自分で何とかするんだなぁ」
おぉ、とわたしはガダンの推薦状を両手で握りしめ、思わず感動した。
まさか、そこまで気遣ってくれるだなんて微塵も思っていなかったからだ。
ガダンからすれば、初の未成年クラウンであったとしても、わたしは数多くいるクラウンの一人でしかない。特別扱いせずに、自分で何とかしろと谷底に蹴り落とされるものだと勝手に思っていたが、彼は見た目通り陽気な性格に加え、細かな気配りもできる人のようだ。
なぜ滋養剤のときはその配慮が欠けていたのか、全くもって不服ではあるものの、それらを全てひっくり返してもお釣りがくるメリットがこの推薦状には込められていた。
わたしは有難く、推薦状を受け取ることにする。
「ありがとうございます」
「ま、未成年クラウン試験っつぅ、そこらの成人でも合格困難なもんを満点以上の結果で突破したんだ。公益所からの依頼達成とでも思って、遠慮なく使い倒しなぁ」
「ふふっ、はい」
彼の素直でない言い回しに、思わず推薦状を胸元に抱えて、顔を綻ばせて笑ってしまう。
「…………あぁ、あと、変な奴にはついていかないようにな」
「へ、どういう意味ですか?」
「いや、何となく不安になっただけだぁ。さっきはノータッチと言ったが、世の中、どんなイカレ野郎が潜んでるか分からねぇからな……変な奴に絡まれたり、おかしなことに巻き込まれたら遠慮なく泣きついてこい」
「? は、はぁ……」
急な心配顔を浮かべられ、わたしは要点を得なかったが、とりあえず心配してくれていることは分かったので、おずおずと頷いた。
ガダンもガダンで、奥歯に何か挟まったかのような顔を浮かべていたが、思考の切り替えが早いのだろう。すぐに余分な感情は取っ払い、先ほどまでと同じ雰囲気に戻っていった。
「おしっ! とまあ、形式的なことはこれで終わりってことで――」
ガダンは壁際に待機していた男性職員の一人に指先で合図を送る。
すると、彼は隣の部屋へと姿を消していき、すぐに戻ってきた。――大量の紙束を抱えて。
「……」
――さて、帰ろうかな。
嫌な予感に後押しされるように、わたしは無言でソファーから腰を上げるが、いつの間にか背後に回り込まれていた女性職員に両肩に手を置かれ、そっとソファーに押し戻される。
この人……<身体強化>でそことなく強化されているわたしに気取られずに背後に回るとか――言動からただの真面目な皮を被った変人かと思っていたけど……で、できるっ!?
にこやかな微笑を浮かべる女性職員は「もう少しだけここにいましょうね」と言葉をかけてくる。
なぜだか、逃げられる気がしなかったわたしは、静かに頷くことしかできなかった。
そしてその間に、ガダンとわたしを挟むテーブルの上に、次々と書類の山が積み上げられていく。
「…………一応、お尋ねしますけど、わたし、帰ってもいいですか?」
「駄目に決まっているだろぅ。今日び公益所の流行りは『使えるものは何でも使い倒せ』でなぁ。学術試験満点の上に、試験作成者を唸らせる解答を書ける奴ぁ、たとえ子供でも逃がすわけにはいかん」
「ええぇ……」
あからさまに嫌そうな顔を浮かべたというのに、ガダンはまるで仲間を手に入れたといわんばかりに、豪快に破顔する。
「ガハハハハ、心配するな! こいつもきちんと『クラウンとしての実績』として残しておいてやるし、少なからず報酬も俺の財布から出してやるぞぉ!」
「わ、わかりました……」
気前がいいからこそ、嫌なんだよなぁ……と本心では思いつつも、さり気なく応接間の出口を残った男性職員が塞いでいるのを見て、わたしは早々に逃げることを諦めた。
といっても、基本、王立図書館で読み漁ったものや、身近な人たちからの知識しか擁していないわたしだ。
力になれるかどうかは、学術試験とはまた別モノだろう。
そんな視線を受けて、ガダンはツルッツルの頭を掻きながら事情を話し始めた。
「いやなに、1年前に未成年に対するクラウン試験というものが立法されてからというもの、色々とクラウンそのものにも手を加えたほうがいいんじゃないかという話がお偉いさんから降りてきてなぁ」
「はあ」
「今まではクラウンってのは年齢制限さえクリアすりゃ、前科さえなけりゃ誰でもなれるもんだったんだよ。この広いヴァルファラン王国で安定した労働と経済を回すにゃ、入り口を広くしたほうが回転が速いからなぁ。だが……そのせいで、クラウンそのものの質が年々下がっている。前身の討伐隊時代は言うまでもないが、ここ100年は常にクラウンに対して不平不満が付きまとっている状態なんだ。どーもクラウンの記章を免罪符かなんかと勘違いしてる奴らが多くてなぁ……。だが入り口を狭くしちまうと、クラウンの総人口が減少し、今度は依頼がおっつかなくなる……っていうんで、今日に至るまでは受付の段階で粗悪なクラウンを弾くようにしていたんだが――それでも悪評を残す奴らは絶えなくてなぁ」
それはさっきガダンがわたしに言った言葉にもあった内容だ。
要は実力以上の依頼を受けてしまうクラウンが増え続けているのだろう。それに加え、素行不良の者も増加し、クラウンに対して不信感が露わになってきている……ということなのだと思う。
さっきは公益所の機能がよく調整されていると思ったが――まあ組織が大きくなればなるほど、歪みも大きくなるわけで……やはり、大小なり問題はこうして本部に山積みになっている、ということが裏の背景なのだろう。
その事実と、未成年クラウン試験がどうお偉いさんたちの思惑と交錯するのか。
何となく予想がついてきた。
「つまり……目の前のこの書類の山は――苦情の数々、もしくはクラウンたちの素性や能力を書きまとめたもので……、ガダンさんたちはそれを整理せざるを得ない事情がある――と。で、そのお偉いさんは未成年クラウン試験のように、成人にも試験という壁を作って、量よりも質を選べと言っている……といったところでしょうか。そのためには制度変更も余儀なくされることでしょうし、その案を通すためにも具体的な問題提起が必要で、その材料にするために過去生じた事故や事件の事例をまとめるよう指示が降りてきた、みたいな感じですか?」
「よし、完璧! 採用! 即戦力だぁ! ぜってぇに逃がさねえぞぉ!」
ガダンの大きな声に合わせるように、三人の職員も同時に力強く頷いた。
「……」
わたしはというと、本当は嫌だけど、逃げることを諦めたこともあり、思考は手伝う方向に傾いていたので、特に抵抗せずに小さくため息をついた。
「これであの滋養剤を飲んでまで徹夜しなくて済むぞぉ!」
「天の恵みだ! 天使!」
「セラちゃん、今日は来てくれてありがとうね! お姉さんが後で有り余るほど労ってあげる!」
三人の職員の言葉を聞いて、もしかして――あの滋養剤はそのお偉いさんが差し入れで持ってきてくれたものなんじゃないかと憶測が立った。宮廷薬剤師特製って言ってたし……。
つまり、この薬やるから寝ないで仕事を全うしろよ、という上から社畜への過酷なメッセージが――あのげにも恐ろしい滋養剤の真の姿なのかもしれない。
あ、最後の女性職員の意味ありげな言葉は無視します。触れてはいけない匂いがする。
「日が暮れるまでには終わらせんぞぉ!」
『おーっ!』
息ぴったりに拳を天井に向かって突き上げ、盛り上がる四人を横目に、わたしは窓の外を見る。
……まだ太陽は真上に登ろうかどうか、という時間だった。
日が暮れる前……はぁ、思いのほか拘束されそうね。
というか、徹夜覚悟の仕事がわたし一人加わった程度で、夕暮れまでに終わるんだろうか……。
不安しか湧いてこない……。
文句を言ったところで早く目の前の書類が捌かれるわけでもないので、わたしは気持ちを入れ替えて、ガダンたちの指示に従って、ちょっとしたお手伝いを始めるのであった。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました