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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
110/228

09 実技試験 中編

誤字報告、ありがとうございます!(*´Д`)

いやはや、お恥ずかしい誤字が混ざっており、申し訳ないです(; ・`д・´)


いつもお読みくださり、ありがとうございます♪


 実技試験が始まった。


 カァン、と鈍い音が闘技場に鳴り響く。


「てやぁ!」


 声変わりもしていない幼い声と共に、少年が振るった模造斧の切っ先がガダンの構える模造長剣に吸い込まれる。


 まるで父が子に剣を教えているかのような風景だが、少年の方はいたって真剣だ。


 木製とはいえ樫でできた斧は重い。しかも武器の中で斧は質量が多い部類だ。


 少年の未熟な身体では満足に振るうこともできないのは、目の前で繰り広げられている姿を見れば一目瞭然である。


 少年が剣立てに一緒に陳列していた斧を手に取った際に「これが格好いいな」と呟いていたのを、わたしの耳はしっかりと拾っていたので、彼が得意な武器だとか何か他に理由があって斧を選んだわけではないことだけは確かだ。


 明らかに武器に振り回されている、という感じだ。


 ガダンもそのことを理解しているのか、試験開始後、一人目である彼の攻撃を何度か受けた後はほとんど流すかのような仕草で受け躱している。


「あっ!?」


 やがてガダンが軽く剣を振り上げると、それに押しやられた彼の斧は弧を描いて後方へと飛んでいき、少年は唖然とした表情のまま尻餅をついた。


「よし、ここまで!」


 ガダンの言葉を以って、少年の実技試験は終わってしまう。


 不完全燃焼だったのか、彼はすぐに立ち上がって「ちょっと待ってよ! まだやれるよ!」と抗議するも、ガダンは首をゆったりと振り、短く「駄目だ」と返した。


「不満はあるだろうが、試験結果は全員の実技が終わり次第、各個人に渡す予定だから、それまで待ってるんだ。そこに学術含めた合否が記される。不合格の際は学術・技術において何が足りてないかなどの補足も書いておくから、後で読んでくれ」


 そう言って、ガダンは近くで書面を持って待機している職員に言葉をかけにいく。


 おそらく今の子の実技結果を伝えているのだろう。


 学術試験の採点はこの実技の間に行い、実技の採点はリアルタイムでガダンが係りの職員に伝える仕組みなのだろう。なるほど、これなら全員の実技試験が終わるころに同時に全員分の試験結果も出揃うというわけだ。


 ガダンの言葉に職員は何度か頷き、手元の書面に筆を走らせる。


 にべなく試験結果を職員に伝えに行った試験官ガダンの姿に、受験者第一号の少年は何も言えなくなり、すごすごと待機中の子供の輪の中へと戻っていった。


「よし、次ぃ!」


「は、はいっ」


 書記係の職員に伝えることを全て伝えたガダンは再びこちら側に戻り、次の受験者を呼ぶ。


 慌てたように次の子が平均的な模造剣を手に取り、彼の前まで進んでいく。


 因みに試験前にガダンが実技試験を受ける順番を決めたのだが――わたしはその中で一番最後を指名された。よほど学術試験の際に殺気を返したことが面白かったのか、彼は意味深に笑みを浮かべつつ順番を告げてきた。


 カァン、カァンと木製の剣戟が鳴り響く。


 二人目の少年は小手先だけでなく、足も使ってガダンを翻弄しようとするのだが、如何せん彼の必死な数歩はガダンの一歩であっという間に距離を詰められるため、傍目からあまり効果的でないことが分かる。


 ガダンは一人目の時と同じように、しばらくは同じ攻防を繰り返し、最後には何かを判断したかのように小さく息を吐いて、少年の剣を引っかけて大きく弾き飛ばす。


 後は子供たちの力量の差はあれど、同じような展開の焼き直しだった。


 見るからに屈強な戦士であるガダンに勝てるはずもないことは誰もが理解していることだが、まさか誰一人としてガダンを僅かながらもその場から動かせないとは思わなかった。


 彼は軸足である左足は一切動かさず、右足だけの捌きで少年少女たちの攻撃を全ていなしていたのだ。


 軸足を固定していることに気付いた少年がガダンの死角を狙って周囲を駆けるシーンもあったが、左足を軸に器用に回転しつつ最小限の動作で少年の動きに対応し、何事もなかったかのように彼の剣も弾いていた。


「う、わっ、わっ!」


 気付けば早くもお尻から数えて三番目、最後尾であるわたしの二つ前であったケトの番になり、彼も必死に小さな体を駆使して短剣を振るうも、いずれもガダンに肉薄すらできずに弾かれていく。


 数種ある武器の中から短剣を選んだのは、純粋にケトの筋力で満足に震えるのが短剣サイズだったからだろう。


 決して慣れているわけではない、彼の短剣捌きは戦士であるガダンの前では棒きれも同然で、他の子同様、軽くあしらわれるだけの時間が過ぎ、最後には試験終了を告げる一撃を以って、ケトの短剣は遥か後方へと吹き飛ばされていった。


 試験前は彼なりに「がんばってくる!」と意気込んでいたものの、わたしたちのところへ帰ってくる時はシュンと落ち込んだ様子だった。


「おう、頑張ったな、ケト!」


「お疲れ様です」


 エルヴィとわたしが交互に労うも、ケトは肩を落として「全然歯が立たなかったです」と目を伏せた。


「よぉし、お兄ちゃんが敵を取ってやるからな!」


 そう不敵な笑みを浮かべて立ち上がるエルヴィ。


 斧男と対峙していた時や、こうして間近で彼と接していても、彼自身からは戦う術を感じられない。今日の受験者の中ではおそらく年長者であり、最も体格がいいこともあり、一番期待できるものの、彼がガダンの懐まで入れるイメージは全然湧かなかった。


 けれども――この世界には恩恵能力アビリティという、身体能力を凌駕する特異な力が存在する。


 もしかしたら……彼の大きな態度と自信の裏側には、苦境をひっくり返す何かしらの能力があるのかもしれない。


 ――と思って、わたしとしても少し期待して彼の背中を見送ったのだが、結論を言うと何も起きなかった。


 ケトと並んで眺める景色は、やっぱり他の子と同じで、模造剣がぶつかり合う音自体は他の子よりも大きくとも、過程と結果は変わらないものであった。


 ガダンも大方エルヴィの力量を測り終えたのか、少し力を込めて彼の剣を弾こうと振るう。


 誰も彼も、わたしも「ああ、これで終わりかぁ」と思った矢先――エルヴィはニッと笑みを浮かべ、ガダンの無造作に振るわれた太刀筋を身体を捻って躱す。


 どうやら……今までガダンが試験終了の合図のように相手の武器を弾き飛ばす動作――その初動の動きをエルヴィは見極めていたらしい。


 ガダンも人数分同じ動作をすることに、やや体の動きや表情が機械的になっていたことも見極められた要因の一つだったのだろう。


 この試験中のガダンの唯一の攻勢の動きとはいえ、それを短時間、見ているだけで読み切ったエルヴィのセンスは馬鹿にできないものなのかもしれない。


「うお!?」


 ガダンもそれは予想外だったらしく、くるりと回転させながら横薙ぎに襲い来るエルヴィの剣を、驚きの声を出しながら防ぐ。


 カァン、と今日一番の剣戟の音に、子供たちの期待のどよめきも上がる。


「へっ! 俺がただ何も考えずに順番待ちしていたと思ったのかよ!」


 思ってました!


 心の中でそう答えるわたし。


「すごい、お兄ちゃん! 何も考えてないと思ってたよ!」


 素直なケトは、心の中で留めて置くべき言葉を遠慮なくぶつけてしまう。


 どことなくエルヴィが肩を落としたかのように見えたが、彼はすぐに気を取り直し、ガダンの体勢が初めて揺れたこの機に一気に長剣を叩きこむ。


「ほぅ! 意表を突かれたぞ、小僧!」


「その余裕! 今すぐ、叩き落してやらぁ! うおりゃぁぁぁぁっ!」


 息継ぐ間もなく、エルヴィがやたらめったに長剣を叩きつける。


 ガダンは半歩だけ後ろに下がり、その全てを自身の長剣で捌く。


 一見ガダンが押されがちに見える攻防だが、この剣戟の中でエルヴィに剣術という技量が欠けていることが分かった。


 この最大のチャンスに彼が繰り出すのは、力任せに剣を振るう攻撃だけ。


 つまり、ガダンの攻撃を回避する才能の片鱗を見せるものの、彼にはガダンの防御を押し切るだけの技量が備わっていないことを指していた。


 ガダンもすぐに理解したのだろう。


「惜しい動きだったなぁ! 次はもうちょい腕を上げてから挑んでこい!」


 嬉しそうにそう告げ――ガダンは無造作なエルヴィの剣とは異なる、戦士としての剣を魅せる。


 無駄のない全身の動きから、エルヴィの剣を一歩踏み込むだけで躱して掻い潜り、懐に入ったところでガダンは肩で軽く彼の胸部を押す。


 それだけでエルヴィの重心は後ろに逸れ、彼は剣を振るうだけの体勢でなくなってしまった。


 後は力の入らなくなったエルヴィの長剣を弾き飛ばす。


 垣間見たガダンの実力に呆然とした表情で、エルヴィはぺたんとその場で尻餅をつく。


 直後、音を立てて彼の模造剣は闘技場の奥へと落下していった。


「よし、終了だ!」


「ぐっ!」


 エルヴィは勢いよく立ち上がりガダンを睨み上げる。


「まだだ! 俺はまだ終わっちゃいねぇ!」


 そう言って、エルヴィは拳を握り、ガダンへと殴り掛かりに向かった。


 敗けた瞬間、さっきまでの挑戦的な態度から一気に余裕をなくしたエルヴィは……正直、不自然であった。


 ガダンもそう思ったのだろう。彼は半身で拳を避け、眉をひそめた。


「おいおい、何をそんなに焦っている? 別に不合格だなんて言ってないだろう」


「う、うるせぇ!」


 確かにガダンは不合格とは断言していないけれど、つい先ほど「次は」と言っていたのだ。


 ガダンの中でエルヴィも実力不足という烙印が押されていることは、成人前の子供たちでも察しているはずで――当然、エルヴィも理解していたのだろう。


「お、お兄ちゃん……」


 心配、とはどこか違う。


 隣のケトは、まるでエルヴィの心情を理解して、それでいてどうにもならない現実にどうしたらいいか分からない……そんな顔をしているように見えた。


 ――そういえば……彼らはなんでクラウンを目指しているのだろう。


 いい加減で粗雑な態度に見えるエルヴィだが、クラウンを目指すその志は真剣そのものだったのかもしれない。


 そもそもケトなんかは、とてもではないけど戦いに向いていない性格に見える。そんな凸凹でこぼこの兄弟がなぜこの試験を受けているのか――。


「ぐぁ!?」


 思考に沈もうとしていたわたしは、一際大きく上がったエルヴィの声に現実に引き戻された。


 どうやらガダンに足を引っかけられたようで、彼は地面に腕をつけながら転んでいた。


 その様子にさすがにケトが声を上げる。


「お兄ちゃん、もう止めようよ! これ以上は無理だよ!」


「……!」


 ケトの制止にわずかに身体を震わせるエルヴィだが、それに応えずに立ち上がり、再びガダンと対峙する。


「エルヴィ、と言ったな。これ以上ルールに則らないのであれば、今後一切クラウンの資格を得ることを禁止するぞ? それは成人を迎えても同様に、だ。精神が未熟では、どんな事故に繋がる失態を犯すか分からないからな」


「なっ……!?」


 ガダンの言葉に、エルヴィは無謀にも続ける攻撃行動を止める。


 そして、何度か口を開くも言葉は出ず、彼は悔しそうに口元を歪めて「分かった……」と絞り出すように言葉を残し、ケトの元へと背中を丸めて戻ってきた。


「……」


 泣きそうな面持ちで彼を出迎えるケト。


 そんな弟に対し、エルヴィは気落ちした声を漏らす。


「悪ぃ……ダメだった」


「お兄ちゃん……」


「時間がねぇ……何とかして、別の方法を考える」


「うん……」


 そんな切羽詰まった様子のエルヴィと一瞬、目が合う。


 刹那見えたのは縋るような視線。しかし彼はすぐに諦観に満ちた表情で俯いて「くそっ!」と吐き捨ててその場に座った。


 ――一応、試験結果を得るまでは帰るつもりはないのだろう。


 ……どうにも何かしらの事情を抱えていそうね。


「さて次が最後だな! セラフィエル、前へ!」


 エルヴィの試験結果を書記職員にあらかた伝え終えたガダンに促され、わたしは顔を上げて立ち上がる。


 流石に何も言わずにここを去るのは気が引けたので、暗いムードの兄弟に「行ってきますね」と声をかけた。


「うん……あの、セラフィエルさん、無理はしないでね」


「ありがとうございます」


 心配してくれるケトに笑顔を向け、わたしはエルヴィと同じ長剣の模造剣を手に取る。


 前へ歩み寄るわたしの姿を見下ろし、ガダンは腕を組みながら笑う。


 さて、あの兄弟のことは気になると言えば気になるが――今は自分のことが最優先だ。


 他事に気を取られて試験に落ちました、なんてレジストンに報告すれば、どんなイジられ方をするか分かったもんじゃない。



「よし、それじゃあ――始めるぞぉ」



 そう言い、初めて――ガダンは長剣を構えた。


 戦士が型に沿って剣を構える。それだけで目の前の巨漢が猛獣のように見えてくる。


 そんなガダンの変化に、子供たちはおろか、遠目に見ている職員たちも驚いた視線を向けてくるのを感じる。


 わたしは一つ深呼吸をし、長剣の柄を握り直す。


 わたしは卓越した戦士でも剣士でもない。


 ただの魔法使いだ。


 戦場に慣れていても、剣術に長けているわけではない。


 故にガダンが期待するような剣技を交わすような戦いにはならないだろう。


 だからこれから行われるのは、剣士同士の戦いではなく、恩恵能力アビリティのドーピング込みの純粋な身体能力で競う――ごり押しの戦いである。



 わたしは静かに笑みをこぼし、力強く大地を蹴った。


 それを皮切りにわたしの実技試験が開始された。




2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました

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