07 ケトとエルヴィ
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※すみません、13時に題名変更しました。「実技試験へ」⇒「ケトとエルヴィ」
ガダンに解答用紙を渡すと、彼はマジマジとその内容に目を通し、ニヤリと意味深な笑みを残して次の子の方へと移動していった。
「……」
なんなんだと問いただしたくなる思いがジワジワと湧いてくるが、衆目のあるこの場所で変に注目を浴びたくもなかったので、グッと堪える。
ガダンが解答用紙を回収し終えると、ようやく張り詰めた空気が霧散したのか、子供たちは盛大に肺に溜まった息を吐いて、各々で騒ぎ出す。
耳を澄ませると聞こえてくるのは「難しかった」「意味わかんなかった」「あんなの無理」「受かるわけない」といった否定的な言葉ばかりだったけど、中には「前回よりは埋められた」などの言葉も聞こえてきた。
どうやら複数回試験を受けに来た子が、今日この場にいるようだ。あながちわたしの予想も外れていないのかもしれない。
「おい」
「……」
「おいっ」
「え?」
ぼーっと周囲の喧騒に耳を傾けていたため、まさかその中の一つが自分に向けられているとは気づかず、わたしはすぐ横でかけられた声に驚いて声を上げてしまった。
声の主を見上げれば、すぐ横に腕を組んで偉そうに見下ろす例の少年の姿があった。
目が合うと、彼は何故か怯んだように体を背け、視線を逸らした。
「……? 何か用ですか?」
まさかあの斧男みたいに絡まれるようなことは無いと思うけど、直情型の子は何がきっかけで突拍子もなく突っ込んでくるか分からないから、わたしはやや警戒しながら彼の答えを待った。
「べ、別に……随分と澄ました顔してやがるから、今の試験結果を聞いてやろうと思った……だけだ」
「は、はぁ……」
なんのこっちゃ、と思ったけど、それは口にしない。
彼の隣から、弟くんがひょこっと顔を出し、恥ずかしそうにしながらも目を輝かせてこちらを見てきた。
この子はこの子で、一体全体どうしたんだろう……。
もしかして、あの枝を投じた一件を見たことで、ヒーローに憧れるような少年心を燻らせてしまったのだろうか。
このまま睨めっこを続けても不毛なので、わたしは素直に答えることにした。
「そうですね……中々難しいとは思いましたが、それなりに書けたのではないかと思います」
「ふ、ふん……だろうな! どーせ全然答えられなかったのを隠そうと澄まし顔で――――はぁ!? お、おまっ……あの問題が分かったのかよっ!?」
「まあ……ほどほどには」
想像以上のオーバーリアクションに、わたしは思わず椅子上で腰を引かせてしまう。
そんなことお構いなくに弟くんが追撃をかけてくる。
「す、すごいっ! ほら、お兄ちゃん! やっぱりこの子は凄い子なんだよっ!」
「ケ、ケトは黙ってろ! どうせ強がりに決まってら! 俺より凄い奴がいるわけねーだろ!」
「えぇ~……お兄ちゃんより凄い人はいっぱいいると思うよ」
「……」
ケトと呼ばれた弟くんのお兄さんは、笑顔のケトに自分より凄い人間がたくさんいることを断言され、何とも言えない悲しい表情を浮かべていた。
……なんだか、お姉ちゃん然したいプラムとこの人……似てる?
弟の前では格好よく強いお兄ちゃんを見せたいのか、彼はふるふると頭を振り、無意味に胸を逸らして堂々とわたしを見下ろしなおす。
「お前、名を言え!」
「……」
なぜわたしは一方的に見下されながら、自己紹介を強要されているのだろうか……。
腑に落ちなさすぎるけど、隣で必死に弟くんが「失礼だよ、お兄ちゃん!」と窘めている姿を見て、ふぅ、と冷静さを取り戻した。
わたしは音を立てずに椅子から立ち上がり、僅かに足を交差させながら背筋を伸ばす。
本来ならスカートの裾をつまみながらになるが、今日は動きやすい格好で来てしまったのでそこは割愛する。
そしてしなやかに角度を計算しながら、瞬いている少年に対し一礼した。
「お初目にかかります。わたしの名はセラフィエルと申します」
顔を上げ、ニコリとほほ笑む。ここまでがヴァルファラン王国の貴族風の挨拶である。
もっとも貴族同士であれば家名と続柄を並べて紹介すべきだが、わたしは貴族でないし、相手もその辺りの礼儀作法を知らない子供だろうから、そこは省略することにした。
あまりにもすげなく扱われるものだから、わざと貴族の挨拶で自己紹介してみたけど、効果は覿面で、少年は慌てたように顔を赤くし「あ、えっ、……っ、ぁ……はぁ!?」と慌てふためいていた。なぜ最後だけ切れ気味なのかは分かんないけど。
「あ、あのっ……え、えっと、僕、ケトって言います!」
可愛らしく両手を握って必死に訴えかけるケトに、わたしは思わず作り笑顔ではなく、本心で笑みを浮かべた。
「ご丁寧にありがとうございます」
「お、お姫様みたい……」
「え?」
「あ、ううん! な、なんでもないっ」
彼は小声で呟いたつもりなんだろうし、実際に聞こえるかどうかの小声だったけど<身体強化>で強化されたわたしの鼓膜はきっちり音を拾っていた。
んー……やっぱり銀髪のせいで、アリエーゼ王女と間違われてるのかなぁ。でも「みたい」って言ってるし、髪の色が似てるって意味で呟いたのかな?
わたしはお姫様じゃないですよ、と訂正しようかどうか迷ったけど、わざわざ自分から言い出すのも自意識過剰な気がしたので、わたしはそのままスルーすることにした。というかケトの兄が再起動したので、スルーせざるを得なかった。
「お前、さては貴族だな!」
3年前にヒュージにも言われたなぁ、なんて感想をいただきつつ、やんわりと「違います」と伝える。
貴族という発言に部屋の中で思い思いに会話をしていた子供たちも、どことなく視線を向けてきたのを感じた。
「クラウンになるには、貴族とのやり取りも当然出てくるでしょうから。こうやって身形、姿勢から入り、貴族とは何たるかを体感しつつ学んでいるところなんです。どうですか? それなりに優雅に映りましたでしょうか?」
覗き見るように少年の瞳を見ると、彼はパクパクと口を開閉させ、一歩下がる。すぐ後ろの椅子に踵をぶつけ、床との摩擦音が室内に響いた。
「か、格好いいお姫様だぁ……」
「え?」
「う、ううんっ!」
再び呟きが届いたので聞き返すと、ケトはさっきと同じように首を振って誤魔化す。
格好いいお姫様って……誉め言葉でいいんだよね? わたし淑女のつもりで挨拶の型を取ってみたんだけど、格好いい要素ってあったかしら。
けっこう鏡の前で練習したんだけど、まだ微妙に雑な部分があったのかな……。
あとでまた練習しよう。
「それで――貴方のお名前をお伺いしても宜しいですか?」
別に親交を深めようとか思っているわけじゃないけど、わたしとケトだけが紹介し合っているのに、この無礼少年だけ放っておくのも後味が悪いので、聞いてみることにした。
「……ハッ!? く、……危うくお前の雰囲気に飲まれるところだったぜ……! いいか、俺の名はっ――」
「あ、お兄ちゃんはね、エルヴィっていうんだよ」
不遜で傲慢な兄の言葉を遮り、ケトがさらっと彼の名を明かしてくれた。
「ケト……お兄ちゃんの見せ場の邪魔をするもんじゃないんだぞ……」
「えー、だってお兄ちゃん、さっきから失礼なんだもん。僕、セラフィエルさんに嫌われたくないんだもん」
「いや、別に俺だって嫌われようとしているわけじゃ……。それにお兄ちゃんにも立場ってもんがな?」
どんな立場だったらあんな態度になるのよ……と心の中で突っ込むが、彼の中のお兄ちゃん像はきっとそういうものなんだろうと結論付ける。
ケトは兄の反論に可愛らしく頬を膨らませ、彼の袖をグイグイ引っ張る。
なにこの子、女のわたしより可愛いってどういう現象? 中世的な顔立ちに、まん丸な瞳、ふっくらとした桜色の頬など、女装すれば絶対に可愛い女の子になりそう――なんて邪な考えが生まれてくるほどのパーツを備えていた。
対してエルヴィは猫目、釣り目、癖っ毛と野性味あふれている。四足歩行になって「シャァーー!」と毛を逆立てて威嚇する姿が似合いそうだ。
義理の兄弟か従兄弟ですか、といきなり突っ込んだ質問が口から漏れそうになるのを我慢した。
ケトにエルヴィ、ね。
今後関わっていくかは分からないけど、名前は覚えた。
「よくわかりませんが、とりあえず宜しくお願い致します」
突然エルヴィに絡まれた理由は本当によく分からないけど、自己紹介は終えたので、わたしはそう笑顔で告げた。
「お、おぅ……よろしくされてやらぁ」
「お兄ちゃん! もう……あ、あのっ……セラフィエルさん、宜しくお願いします」
横柄な兄と、謙虚な弟。
そんなちぐはぐな兄弟とどういうわけか知り合いになったわけだけど、如何せん出会いの切っ掛けが兄の一方的なテスト結果の確認だったため、わたしからすぐに話題は思いつかなかった。
テストの出来を聞くためにわたしの傍に来た……と額面通りに受け取るには、何か含んだ表情を持ったエルヴィだったので、本当の理由は別にあるのだろう。
でもテストの出来が良かったわけでもないことも、同時に読み取れたので「試験……どうでしたか?」なんて笑顔で聞くのも忍びない。
ケトは何やらわたしの言葉待ちだし、エルヴィも眉に皺を寄せて次の言葉を考えているようだった。
なんだ、この微妙な雰囲気は。
しかもそれとなく他の子たちからの視線もあって、居心地が凄く悪い。
仕方ない……ここは伝家の宝刀である話題の種に困った時の「今日はいい天気ですね」で攻めるしかない――と思っていると、助けは予想外なところから上がった。
「おっし、次は実技試験だからなぁ! 別室で待ってた親御さんたちは既に次の会場に移動してもらってる。お前らは俺が案内すっから、はぐれずに後ろをついて来いよ!」
ガダンの響く声で室内の喧騒は止み、誰もが「実技試験」という響きに耳を寄せる。
その真剣度は学術試験と比にならない鋭さを感じた。
まぁ無理もないよね。クラウンと言えば、どっちかというと荒事に近い仕事のイメージが強い。つまり戦う力無くしてクラウンになれるはずがない、という印象が強い。
実際は必ずしも戦うこと一辺倒ではなく、交渉だったり雑務、潜入捜査など多岐にわたる依頼からの職務は、必ずしも武力が物を言うわけではない。
けれども武勲というのは誰の目から見ても分かりやすく、天秤に測りやすいことも事実なので、あながち間違いとも言い切れないか。
まあ何はともあれ折角の話題提供だ。
わたしは二人に「楽しみですね」といった気配を匂わせつつ、話しかけた。
「次は実技試験みたいですね」
「う、うん」
「お前……戦えるようには見えねーけど、本当に実技試験を受けんのかよ」
ケトは緊張した面持ちで、エルヴィは自分の実力を過信しているのか、自分の心配よりもわたしの心配をしてきた。
いや……どことなく「さっさと尻尾巻いて逃げたらどうだ」と、下に見ている視線を感じ取り、わたしは内心ちょっとだけムッとする。
「さあどうでしょうか……この試験を受けるのは初めてですので、どの程度の難度なのか分かりませんが、現状、何もせずに帰るつもりはありませんよ」
「へっ、あとで泣きべそかく姿が目に浮かぶぜ」
「あら、その時は優しく手巾でも差し伸べてもらえますと嬉しいですね」
「は、はぁ!? バ、バッカじゃねーの! 勝手に一人で泣いてろっての!」
とか言いつつ、ズボンのポケットに手を突っ込み、手巾があったかどうかを確認するエルヴィ。冗談で言っただけなのに、中々可愛い面もあるじゃないの……。
そしてケト君は何故に手巾が自分のポケットにあったことに頬をほころばせ、両手に握りしめてこちらを見上げているのか。
わたしはそれに対してどういう反応をしたらいいの? 手巾の出番はまだだよ。ていうか、たぶん出番は来ないよ。誰かこういう時の無難な対応法を教えて。
「おい、お前ら! いつまでも駄弁っていると置いていくぞぉ!」
そんな時もやはり救いの手はガダンだった。
三人は思考が一斉に彼の方へと向かい、先ほどまでの妙な空気は霧散した。
窓からの陽の光を反射する彼の後頭部に心中で感謝を述べつつ、わたしは「さあ行きましょうか」と促し、兄弟も頷いた。
――実技試験。
どんなものか、こちらもわたしに情報はない。
だからこそワクワクするというものだ。
わたしは思わず無意識に口の端を上げて、他の子供達と共に彼の背中を追いかけ、部屋を出た。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました




