05 学術試験 中編
ブックマーク、、感謝です!(^O^)/
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
制限時間は40分。対して問題用紙は1枚で、表面だけ。設問数もさほど多いとも言えない。ざっと全体感を見た感じだと20問程度。
1問2分と考えると、結構余裕がありそうに思える。
わたしは肩から垂れ下がってきた銀髪を背中側へと払いのけ、一問目に目を通す。
手書きの設問はこう書かれていた。
『我が国を構成する三つの勢力を答えよ』
これは簡単な問題だ。
けれど……普通に暮らしていれば、あまり口にしないし、気に留める内容でもないかもしれない。
それだけ身近であり、遠い存在がこのヴァルファラン王国にはあるのだ。
わたしはその勢力図を図書館で読み漁った歴史書から呼び起こし、解答欄に記載していく。
人間種、精霊種、八王獣。その三種がこのヴァルファラン王国を分ける勢力の名称だ。
元々この地は人の持つ土地ではなく、精霊種と八王獣が二分していたらしい。
おおよそ700年前、どうにも考え方や生き方の折り合いが悪かったこの二種族は、ついには衝突を始め、壮絶な戦争を起こした。当時は国という概念はこの地に無く、ただの森林と山々が立ち並ぶ自然豊かな地だったらしいが、彼らの争いによって、半分の木々が消失したとある。
そんな時にひょっこりこの地に足を踏み入れた人間種の英雄が、この二種族間の戦争の仲裁に入り、力と言葉を以ってとりなした。
その後、原住民である精霊種、八王獣の意思も尊重し、土地を三分し、それぞれで生活圏を維持する盟約を交わす――それがヴァルファラン王国の始まりだとされていた。
土地を線引きすることで生活圏を分ける。それにより、文明の異なる精霊種と八王獣の諍いや不満を中和したのだろう。
精霊種は森林の中にいくつも集落をつくり、平原には豊かな作物を、木々の上に住処となる建物を建築する文化だという。
基本、清浄・静謐さを美とし、汚れた存在を良しとしない種であり、空気の澄んだ自然の中を好んで暮らすらしい。
人間種では持ち合わせない不思議な力を有しているようで、何でも何もない場所で火や風などを発生させることができるだとか。
彼らを治める精霊王は今も存命で、天候すら操る恐ろしい存在であると文献には残されていた。
八王獣も同じくして森林や山岳地帯で暮らす種族が多いが、こちらは精霊種と異なり、八王獣という括りの中でも様々な生態を持つ個体が多い。
要は動物の延長線上――わたしの中の知識で言えば、理性を持った魔獣といったところかな。
ちなみにこちらは巣をつくる個体はいるものの、基本的には匂いによる縄張りを敷く以外は好き勝手に地べたで寝起きするし、食した動物の死骸などは放置が基本だ。中には掃除屋と呼ばれる綺麗好きな個体もいるらしいが、原則、自由気ままに生きるのが性分らしい。
そんな八王獣に対し、整地したり植林しても荒らされる等の事件が何度も重なり、最終的には菜園が食い散らかされたことで精霊種が本気で沸点が振りきれたらしく、戦争が始まったとのことだ。
うん、八王獣、本当に知能あるんだろうか……。ちょっと当時の精霊種に同情だ。きっと我慢に我慢を重ね、下手に知能があるから会話で何とか事を済ませようとした結果、堪忍袋の緒が切れたのだろう。
まあ彼らの詳しい生態までは本からは紐解くことができなかったけど、既にわたしが出会っている種族も彼らとは縁があるものだと分かったのは良かった。
ディオネたち森獅は精霊種が祖先だという。
森人も実在するらしく、その中でも狩りに特化していった種族が森獅なのだそうだ。
そういえば最近太々しくなったあの子も元失敗作だなんて言われているゲェードから進化したような存在だけど、その親は精霊種だ。
また亜人たちは基本、八王獣の血が混じっているとされている。
え、過去の人間種は獣と混じり合ったの? と思ってしまうが、八王獣の中には擬人化が可能な高位種族もいるらしく、人や精霊と交流している知性ある者も実在するようだ。そこから亜人への種族分岐が生じていったのだろう。
さて、それじゃ次の設問だ。
『我が国の階級を全て答えよ』
これも難しくはない。
平民、騎士、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、王族だ。
書き漏れがあるとしたら「騎士」「祭司」とかかな。
平民からすれば、国が防衛力として雇う衛兵や兵士も、爵位は無けれども一つの階級として確立されている騎士の違いは知らない者も多いかもしれないからね。祭司も同様だ。
因みにこれらの階級に該当する者すべてがヴァルファラン王国の人間種の法の庇護下に入るとされており、犯罪を犯した者などは階級自体を剥奪され、咎人と称されるらしい。
咎人は特殊な金属で加工された腕輪をつけられることを義務付けられていて、咎人か否かを見わけるには四肢もしくは首にそういった輪が設けられているかで判断する仕組みのようだ。
まあそれは余談である。
さ、つぎつぎ。
『我が国における平民と貴族の関係性を答えよ』
平民はヴァルファラン王国では「住まう場所を国から借り、その対価を国に貢ぐ者」とされている。
随分と上から目線な物言いに聞こえるものだが、実際に上からの言葉なのだから致し方ない。けれどもこの決まりは民としての絶対的な条件ではあるものの、それほど縛りが強いわけではない。
必要最低限に決められた税を払いさえすれば住む場所は守られ、加えて国の保護対象となり、有事の際は領主貴族や国王の采配で兵たちが護ってくれる。
さらに税以上の作物や金銭は平民の自由にしていいことになっているので、頑張れば頑張るほど平民であれど、弱小貴族並みの生活水準を目指すことも可能なのだ。
平民は尤も国内で身分が低い階級だけど、この伸びしろは意外と馬鹿にできないものだ。
対して貴族は「法の下、国家財産である領土・領民・産物・情報を恙なく管理し、国家運営を円滑に行わせるための礎となる者」とされている。
ざっくり言えば国のために、きちんと自分の領土に関わる事項を管理してねっていう役割だ。まあ領地持ちの貴族に対する見解としては当たり前の内容だ。
当然、法の下、というのが大前提であるため、平民が従うべき領地法よりも複雑な制限が多い。
けれども平民より収集した資金は、平民同様、国に治めるべき額を超過した分に関しては、領地改革など領主たる貴族の采配で使用することが可能である。
故にその浮いた資金を自分の贅のためだけに使うか、領民のことを考えた領地運営に使うかで、領主の資質が分かれる問題が浮上することも過去、多々生じているようであった。
ただ貴族には「上告制度」というものが義務付けられており、領民からの進言――上告を聞き入れる、という義務が王から定められている。
領土に関する進言であれば領主へ、領主に関する問題が裏で起こっている場合は王都へ進言することも可能だという。
これは権力が一方通行にならないための措置らしく、あまり通る例は過去にないが、稀に汚職が酷い領主に対して領民の訴えが王都へ届き、適正調査の上で領主の爵位返上と処刑がなされた事例もあるらしい。
ちなみに虚言、妄言を利用して利益に走ろうとする輩も当然湧いてくるので、そういった発言を「上告制度」に載せた際は、発言者が厳しく罰せられるらしいから、悪用する者も余程の阿呆でない限りはいない。
さて、その両者の関係性と問われれば、なんだろうか。
普通に考えれば、身分階級制度というものがある時点で、平民は騎士や貴族に絶対服従で逆らうことは許されない。
その側面は間違ってはいないし、事実、各領土で言えば、その領主が定めた領地法に背いた領民は容赦なく切り捨てられるのがこの国の常識だ。物事の方針を決める――それは間違いなく貴族の役割だろう。平民はその指針に従い、邁進する他ない。
けれどもヴァルファラン王国の実情を過去の史実や様々な著書から読み取った限りでは、その縛りは強くないと言える。
先にもあった通り、平民は平民で、貴族は貴族で、己の努力次第で裕福を得られる可能性が用意されているからだ。
国家レベルの報奨として平民や騎士が叙爵されるケースはあるみたいだけど、基本は階級差は絶対的に覆せない大きな壁である。
けど、この国ではその絶対的な差が表向きに用意されている裏で、個人の力だけでそれなりに生活を豊かにする選択肢がある。
――つまりある程度の思想と行動の自由があるのだ。
歴代のヴァルファラン王がそういう治世になるようにした理由。その目的がこの問題の本質なのだろう。
自由とは諸刃の剣だ。
善悪を抜きに考えれば、国だけを考えたときに最も安定するのは、民から考える力を奪うことだ。
知識が無ければ、疑問に思うこともない。
自由が無ければ、余計な行動をすることもない。
ただ漫然と同じ作業を繰り返すだけの日々を民に強いる。
そしてそこから湧き出る甘い汁だけを上層部が啜りながら、機械的な平和を作りだす。
でも――それは人の国ではなく、一部の人間だけが裕福を得るための坩堝でしかない。
今のは極論だけど、階級制度をより強く民や貴族に強いれば、自ずとそっちの方へと国の形が流れていくのは間違いないだろう。
それを――この国の建国者たち、そしてその代を受け継いできた王は嫌った。
つまり彼らは「共栄」を求めたのではないだろうか。
階級制度は人間の中での最低限の役割を敷くためのルールとして必要だけど、その縛りの中で可能な限り、自己啓発の場を設けさせる。
平民であっても、貴族であっても、言葉を交わせる機会を設け、互いに触発しながら成長し、その成果が国をも成長させる。
だからこそ自由を与えた。
一歩間違えれば、国自体が瓦解してしまう危険性を孕んでいる施策だけど、今の王都を見ている限りは成功の部類を辿っているともいえる。
――それでも奴隷業などの悪徳業者は淘汰しきれず、辺境では犯罪がいまだに多く発生しているみたいだけど……。
……多分だけど、この辺りは精霊種や八王獣の存在も絡んでいそうね。
おそらくだけど……人間種は人間種で、そうやって平民も貴族も関係なく協力して力を蓄えないと、他の二つの勢力に飲み込まれてしまう――そんな危惧から生まれた考えな気もする。
この辺りは全部想像の話なので、今度、そういった書物がないか王立図書館で探してみよう。
そんなことを考えさせながら、わたしは問題を解いていく。
10問まで解いたところで、わたしはとりあえず一つの率直な感想を抱いた。
――こんな問題、15にも満たない子供が解けるかいっ!
幼いころから、人間関係やら社交やらを教わる一部の貴族の子息子女ならまだしも、平民の子には絶対に無理だ。
特別に王立図書館に出入りして数カ月間、様々なジャンルの本を読み漁り、さらにはグラム伯爵にも貴族の話を色々と聞きかじったわたしでさえ、それらの情報から総合的に考えて答えを導き出すような問題ばかりだ。
本一冊すら買えない者ばかりの平民層には酷というものだ。
わたしは何とも言えない表情で頬杖をかき、はぁ、と小さく息を吐いた。
そりゃこの難易度だったら、合格者ゼロだよね……。
学術試験からしてこれだ。
実技試験とかどうなるんだろう……。
わたしはどこか飄々とした意地悪い青年の笑顔を思い浮かべながら、再び鉛筆を動かした。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました