04 学術試験 前編
ブックマーク、ありがとうございます!(*´Д`)
すみません、ちょっと体調が芳しくなく、更新が停滞しておりました(;´Д`)ハアハア
窓辺から差し込む日差しが彼の頭部に反射して、わたしの目を眩ませる。
うわっ、まぶしっ!
という失礼な言葉は口にしないけど、わたしは思わず目を細めて、壇上に立つ巨漢の男から少しだけ視線を逸らした。
「清々しいほどのハゲだなぁ」
「お、お兄ちゃん……」
人が言葉や態度に遠慮しているというのに、それを軽々と飛び越えて悪態をつくのは、つい先ほども斧男と騒ぎを起こした少年だった。
隣の男の子が「お兄ちゃん」と口にしたのを耳にし、彼らは兄弟なのだろうか、と考えを巡らせる。
しっかし、あの憮然とした態度。
広場でカッカしていた斧男もそうだけど、彼も彼で自業自得感が否めない。
どうも少年は思ったことは口にするタイプのようだ。
子供のうちは許される……なんて言葉が何歳まで適応されるかなんてものは、その世界の文明レベルに依存する。
この世界では成人は15歳だけど、その前から親の姿を見て、その跡を継ぐかのように仕事を手伝うのが平民の慣例でもある。
つまり12、3歳ぐらいからある程度、世俗を理解し、人間関係を気にするほどには早熟せざるを得ない世界環境であるということだ。
それはこの世界の人間の寿命がそれほど長くないことと、平和に見えてその実、常に外敵からの危険に晒されているともいえる環境であることを指していた。未だに続く西との抗争もその一端と言えよう。
生きるためにどれだけ必死にならなくてはいけないか。そしてそれを後押しする文明や文化がどれほど発達しているのか。
それが子供たちの成長速度に比例している――とわたしは思っている。
だからこそ成人間近であろう体格の少年が、未だにこんな未成熟な態度を取っていること自体がちょっと異質でもあるのだ。
子供なので感情の起伏が大きかったり、咄嗟での判断が未熟で失敗をしてしまうことは多々あるだろう。けれど切羽詰まった状況でもない現在で、あの態度を表に出してしまうのは……正直、親の育て方が悪いのか、育った環境があまり良くなかったのか、と邪推してしまうものでもあった。
――でも、隣の弟? みたいな子は結構周りの空気を読んでるみたいだし……あれは育った環境とかじゃなくて生まれ持った気性なのかもしれないね。
「ハッハッハ、随分と威勢のいいガキがいるじゃないか。嫌いじゃないぞ、そーいうのは」
手元の紙束をトントンと壇上で揃えながら、巨漢が豪快に笑った。
「多少は強気でないとクラウンなんざ務まらないからなぁ」
その言葉に少年はパァッと頬を緩ませ「だろぉ!」と返していた。
心強い味方をつけた心情なのだろう。
彼は隣の弟に「な、俺を見倣ってりゃクラウンなんざ楽勝だぜ」と豪語しているが、弟の方はというと困ったように笑顔を浮かべながら相槌を打つばかりであった。
わたしは頬杖をかきながら、少年たちと――そして巨漢の男を怪しまれない程度に眺める。
うーん……それとなく試されている気がするわ。
巨漢の男の態度に不自然はない。
むしろ実直かつ陽気な雰囲気を感じるし、あのガタイなのに威圧感を与えないよう気配を抑えているのは好感が持てる。
しかし、どことなく……観察されている印象を受けるのだ。
多分、気のせいではない……と思う。
もしかして試験は既に始まってる、的な話だろうかと考えを巡らせていると、巨漢が「おーっし、それじゃまずは学術試験から始めるぞぉ」と部屋中に通る声量を響かせたので、わたしは思考をいったん保留にした。
「これから問題の書かれた紙と黒鉛筆を配布するからなぁ。制限時間内に回答を記入すること。あぁ因みに空欄は不正解扱いだからなぁー。回答を書かないことが回答、みたいな捻くれた問題はないから安心しろよぉー」
回答を書かないことが回答、とかそんな拗らせたことを言う奴が過去にいたのだろうか……。ちょっとどんな子がそんなことを言ったのか気になってしまう。
学術試験があることは分かっていたけど、王立図書館で培った知識と、この3年間の日常生活で覚えたヴァルファラン王国の常識、そしてグラム伯爵と図書館で教えてもらった貴族に関するマナーがどこまで通用するのか。
楽しみである反面、やっぱりちょっと緊張してしまう。
巨漢が一人一人に問題用紙と鉛筆を配って歩く。
うぅ~、この待ってる時間が一番ウズウズする……。
そんな学生みたいな緊張感を抱きつつ、自分の番になった。巨漢は親しみやすい笑顔で「ほれ」と問題用紙と鉛筆を手渡してきたので、それを受取ろうとして――――。
「!?」
わたしは思わず手を引っ込めた。
危うく<身体強化>の出力を上げて、その場から飛びのこうと身体が反射的に動こうとしたが、わたしは理性でそれを押し留める。――――きっと、ここで派手な動きを見せるのは「不正解」だ。
こんの、ハゲェ……!
思わず心中で悪態をつく。完璧に油断していた。
まさかこの場で「殺気」をぶつけられるとは思っていなかったのだ。
それがわたしだけに向けられ、その意図そのままに動かれるのであれば、わたしは時と場所構わず、距離を取ったうえで応戦していたわけだけど、どうやらそうではないらしい。
巨漢の男は殺気に反応したわたしの様子を見て、逆に驚いていたのだ。
そう、まるでわたしは「無反応」のままだろうと高を括っていた――その予想が外れたかのように。
その表情でわたしは悟った。
これも彼の行う「試験」の一環であることを。
つまり彼は問題用紙を配る過程で、他の子供たちに対しても同様に刹那の殺気を向けていたのだろう。
それを受けた子供たちが一人でも妙な気配を出せば、わたしも気づけたのだけど……それが無かったということは、あの鋭い殺気に気付けた者は、今の所一人もいないことになる。
同じ室内、それもさほど広くない部屋の中で、他の者に悟られずに対象だけに殺気を向けることは容易ではない。それだけでこの巨漢が見た目通り……いや、見た目以上に実力者であることが伺えた。
しかし、このままだと何だか腹が立つ。
まるで突然仕掛けられた質の悪いドッキリを受け、見事に驚かされた気分だ。しかもその驚きを表面上に出さないよう我慢しないといけない現状はちょっと面白くない。
あぁ……わたしの中にある子供っぽさが、にょきにょきと顔を出してくるイメージが脳裏に過るが、もう止められなかった。
わたしは傍目から見て違和感がないよう見繕いながらも、笑顔で紙と鉛筆を受け取り、逆に数千の剣を四方八方から突き刺すような殺気をお返しした。
「うぉ!?」
と、わたしは我慢したというのに、巨漢は驚きを隠さなかった。
めっちゃ声が部屋に響いた。
部屋の子供たち全員の視線がこちらに向かって集中する。
小さな女の子と、若干顔を青ざめさせた巨漢の男が向き合うシーンは……何とも奇妙なものだったことだろう。
わたしは留飲を下げた思いで、こてりと首を傾げ、笑顔を向けた。
「どうしたんですか?」
「い、いや……ちょっと目の前を虫が飛んでいて、な。ハ、ハッハッハ……なるほどなるほど! こりゃ今回は退屈しなさそうで済むかもなぁ」
最初こそ言葉に戸惑いが含まれていたものの、男はすぐに気を取り直したようで、ご機嫌な様子でツルツルの頭を撫でながら豪快に笑った。
わたしはこれ以上の注目は無用と、問題用紙と鉛筆を素直に受け取り、礼を述べた。
子供たちは何事かと首を傾げるも、結局何があったのかは察せずに、そのまま手元の問題用紙へと視線を戻していった。
巨漢は残りの子供たちにも同様に問題用紙を配っていった。
その表情にどこか期待を混ぜた色が見えたものの、全員に配り終えた後は肩を竦めるだけだった。どうやら殺気に気付けた子供はわたしだけのようだ。
子供たちの関心は既に手元の紙にあるようで、高価な植物紙はきっと物珍しいのだろう。
手触りやその薄さに目をキラキラさせて指を動かす仕草は、年相応でちょっと微笑ましかった。
「よぉし、それじゃ手元に紙は行き渡ったなぁ」
巨漢は壇上に戻り、通る声でわたしたちを見渡す。
「遅くなったが、俺の名前はガダン。ここを拠点にしてるクラウンの一人だ。今日の試験は俺が受け持つことになってるから、宜しくなぁ」
そう言ってニカッと笑う巨漢――ガダンは、ズボンのポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開けた。
「んじゃ、合図してから40分。それが制限時間だ」
試験が始まる。
その雰囲気が幼い子供たちにも伝わったのだろう。
さっきまでそれなりに喋り声が聞こえていた部屋は静まり返り、誰もがガダンの合図を待つ時間となる。
「おしっ、それじゃ始め――!」
その声を皮切りに、未成年対象のクラウン学術試験が開始された。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました