03 試験会場へ
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斧男が柄に手をかけようとする動作を見て、わたしはほぼ脊髄反射で、足元の太枝から分かれている枝を折り、それを投槍を構えるようにして投擲態勢に移った。
王都の治世はそれなりに安定している。
それはつまり、不当な殺しを禁忌とし、取り締まる法と体制が整っている証拠でもある。
この大勢の人間がいる外の広間で、年端も行かない子供相手に武器を取り、万が一振るえばどうなるか。
問うまでもない話だ。
そういう時代、そういう国で生まれ育ったはずの斧男がそんな当たり前を理解していないとは思えない。
けれどもいつの時代も理性を振り切って罪を犯す者はいる。
あの斧男がもし斧を振るおうものなら――この枝を投げてその行為を止めなくてはならない。
このタイミングだと、向かってきている衛兵は間に合わない。
わたしはギリギリと木の槍を構えた状態で腕を引き絞る。
しかし、最悪の事態へと繋がる前に斧男はハッと理性が少し戻ったのか、伸ばしかけた右手を何度か開閉させた後、握りこぶしを作って引いた。
わたしはその様子を見て、ホッと息をつき、振りかぶっていた腕の力を抜いた。
子供たちも危険な予兆を感じていたのだろう、正面の男の肩から僅かながら力が抜けたのを確認して、少しだけ緊張を解いた。
「な、なんだよ……怖気ついたのかよ」
そこで大人しく止めておけばいいのに……どうして続けるかなぁ。
<身体強化>で強化されたわたしの耳に届いた少年の声に、思わず眉間に皺を寄せてしまう。
年齢差はあるものの、第三者的に言わせてもらえば、どっちもどっちな状況だ。
斧男は多分に言いがかり的な発言が見られた上に、定められた制度について愚痴を言うなら相手が間違っている。
国が定めたことに文句があるなら、国に言うべきだ。
沸点が異様に低いのか、元々虫の居所が悪かったのか、日頃の溜まっていた鬱憤がたまたま爆発したのか分からないけど、時と場合を考えずに未成熟な子供相手に罵声を浴びせるなど、己の未熟をさらけ出す行為に他ならない。
対する少年も少年で、この王都では成人は15とされていても、平民であれば12、3歳ぐらいから親と一緒に働き始め、世間体や社会的常識などを身に着け始める。
貴族に関しては10歳から成人まで貴族院に入学し、貴族としての基礎を学ぶらしい。孤児院であっても一般家庭であっても貴族であっても、彼ぐらいの年齢ならば、この世界ではそれなりに外聞というものを弁えていてもいい年頃なのだ。
隣にいる頻りに止めようとしていた小さい男の子の方が空気を読んでいる。
「――んだと、クソガキィ」
一度鎮火させようとした火が再燃し始めたのか、彼は再び肩を怒らせ始めた。
衛兵の現在地を確認して、わたしは面倒事の渦中へ、折った枝を放り投げた。
衛兵は人混みをかきわけるのに苦戦しているものの、もう数十秒で中心へとたどり着くことだろう。だったらこの不毛な喧嘩に水を差して、さっさと幕引きしてもらおう、と考えた。
わたしが放った枝はちょうど、少年と斧男の中間に音を立てて落ち、思わず両者ともその存在にギョッと体を強張らせた。
「わっ!?」
「なんだぁ!?」
緊張していたこともあってか、二人は突然目の前に落ちてきた影に驚きの声を上げ、その正体がただの枝だったことを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。
その止まった時間の間に衛兵たちがようやく着き、彼らの「何を騒いでる!」という警告を以って彼らの喧嘩は終わることとなった。
二人して「げっ」と冷や水をかけられたかのような顔になり、斧男は弁明に回り、少年はバツが悪そうな顔をしつつも衛兵の説教を受けることになる。
「すごい……」
不意にそんな声が聞こえて、わたしが視線を向けると、そこには喧嘩の中心にいた少年を止めようとしていた、もう一人の小さな少年が驚いたような表情でこちらを見上げていた。
きっと中心にいた二人よりも視野が広かったのだろう。空から降ってきた枝の進行方向を逆にたどっていき、わたしの姿を捉えたのかもしれない。
なぜか少しだけ紅潮した頬を浮かべる少年に、わたしは何となく手を軽く振って、そのまま木から飛び降りた。
何人かに降りた瞬間を見られたけど、気にせずにわたしはその場を離れる。
あの喧嘩に関わっていたと勘繰られるのは面倒だ。
しかし、と先ほどの喧嘩を思い返す。
――アレは縮図だ。
クラウンの採用規定の改定に対する不満や疑念。そして子供たちはどこか面白半分で参加する者が多く、両者は相反するように反発を始める。
この状況を解決するには、やっぱりわたしが未成年クラウンの先駆者になり、大人も子供も「これは遊びで作られた制度ではない」ということを行動で示すことが効果的に思える。
一度固まった認識を崩すのはとても大変だし、あまりこういった役目は得意ではないのだけれど……この改定はわたしがクラウンに所属するために設けられた側面が強いため、わたしが一役を担うことも必要だろう。
フルーダ亭を宿舎にさせてもらっている御礼も兼ねて、ひと肌脱ぐとしよう。
気付けば、時間もいい塩梅に過ぎていたので、わたしはその足で未成年クラウン受付へと向かうことにした。
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「ええと……本当に受けるの、お嬢ちゃん」
「はい」
受付には公益所の受付と同じ制服に身を包んだ二十代ぐらいの女性が座っており、流れ作業で受付にやってくる子供の手続きをしていた。
この受付に足を運ぶ人の中で、8割は親か保護者と思われる大人の同伴あり、残り2割は子供単身といった割合でその姿が見受けられた。
前者はおそらく親にクラウンとしての才能はないが、子供にはその片鱗がある――その期待を親が込めての来場だろう。後者は子供たちの独断による力試しや興味による参加、もしくは親や周囲の大人に頼れない何かしらの事情があっての参加……といったところだろうか。
男女比はやはりというか、ほとんどが男の子ばかりだ。
同年代、ということで何となくヒュージの姿を探したけど、彼は既に一度試験を受けており、学力・実技共に落選してしまったので、今はクーデ教会で猛勉強中だ。
たまに教会に顔を出すと、いつもシスター・ケーネが彼のために書き連ねてくれた王都の歴史などが描かれた木版と睨めっこしている姿を見る。
今月試験を受ける話は聞いていないので、今日もきっと机の上と対峙しているのだと思う。
個人的にはヒュージにはクラウンではなく、公益所の安全な依頼をこなすだけに留めて置いてほしいけど、どうにも彼はさらに高みに登れる可能性があるなら、それに挑みたいという思いが強いようだ。
常々クーデ教会兼孤児院のために、そして育ての親であるシスター・ケーネのために、力になりたいと思っている彼の強い芯は未だにブレない。
そういうヒュージの一面は好ましいし応援したいのだけど、その反面、知り合ってしまった以上はあまり危険に突っ込んでほしくないと思ってしまうのだから、複雑な気持ちでもある。
今でも公益所の小さな仕事を受けてはお金をため、市場で菓子を買って孤児の子供たちに分け与えている彼の優しさはクーデ教会の良心とも言えた。
そんな彼がクラウンを目指すのは、より良い稼ぎが見込めるから……だと思うのだけれど、それとなく同じ教会のクゥーデリカに聞いてみると、何とも言えない含み笑いをされながら「あの子、大切な女の子を護る騎士様になりたいんだって」と言ってきたので、もしかしたら彼にも春がやってきたのかもしれない。
数少ない同年代の友人なので、わたしはクラウン云々は別としても全力で応援しようと心に決めている。
とまぁ、そんな男の子だらけの中で、わたしみたいな10歳児が単身でやってきたのだから、受付のお姉さんが訝しむの無理はなかった。
子供たちの高い声で奏でられる喧騒の中、わたしは王都民の証である身分証――小さな木版を受付机の上に置く。
この身分証はレジストンに発行してもらったものだ。
これがあると第一内壁の検問もそのまま通れる通行証にもなる重要なアイテムであり、わたしの素性や年齢を確認するためのものでもある。
一緒に銀貨も一枚、並べるように置く。
試験を受けるのに必要なのは、これだけだ。
王都の外から来る者に関しては、各領地で配布される領民板と呼ばれる似たような身分証を出すみたいだ。
「…………怪我しないようにね。途中で辞退することは恥でもなんでもないからね?」
「ありがとうございます」
奥歯にものが詰まったような顔をしたお姉さんだけど、最後は眉尻を下げて忠告してくれたので、有難く受け取った。
その表情と言葉に重みがあったことから、もしかしたら、以前にわたしと同じぐらいの女の子で無理をして怪我をした子がいたのかもしれない。
怪我をする要素とすれば、実技試験だろうか。
文字通り、クラウンとして多種多様な任務に耐えられる肉体と精神を持っているかを測る試験だ。
具体的にどんな試験かはレジストンから「そこは平等にね」と言われて教えてもらっていないので、状況の想定はできないけど、それなりに荒々しい選定方法なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、身分証を返してもらい、受付窓口を抜けた通路を歩く。
すぐ先の部屋に入ると、今日の試験を受けに来た子供たちが10人ほど、既に適当な席に座っていた。
子供ながらにライバル心でも持っているのか、入ってきたわたしの姿をその殆どが強い視線を向けてきたが、わたしの姿を視認すると同時に呆気にとられたような表情をして、肩を竦めるのはどういうことだろうか。
――もしかして、舐められてる?
一部は嘲笑、一部は無関心、一部は……まだチラチラとこちらを見ているけど、いずれにしてもわたしの力量は彼らの中で最下位に位置付けられた雰囲気は否めない。
でも難癖つけられるより全然いいかと思い、わたしは空いている席に腰をかける。
あからさまにならないよう、室内を観察していると、友達同士なのか駄弁っている子や、最後の追い込みなのか分厚い本を読みなおしている子もいた。本は高価なものなので、もしかしたら富裕層の子供なのかもしれない。
単身で来たわたしには特に案内は無かったけど、同伴で来た大人たちはこの部屋にはいないので、おそらく別室で待機なり、後で迎えにくるなりする仕組みになっているのだろう。
しかしこの試験前の空気、久しぶりというか……あまりにも人生を三度またがっての昔すぎて、懐かしいという感覚よりは、新鮮な感覚に近いものを感じた。
もう体感ですら覚えていないころだけど、最初の人生を送っていた科学世界の学生時代は、こんな緊張感を味わっていたんだろう。
わたしはワクワクする心と同時に若干の緊張が体内に走るのを感じつつ、少しソワソワして座り直したりしてみる。
――名前を記入し忘れたりしないようにしないと……。
テストといえばそんな定番があったなぁ、と薄れた記憶を掘り起こしつつ、定刻を待つ。
扉が開く音が耳に届き、わたしを含め、また部屋の中の子供全員がそちらを注視する。
その見覚えのある姿に、わたしは「あ」と小さく声を漏らした。
先ほど、斧男とドングリの背比べをしていた子供だ。
小さい子の方は付き添いかなと思っていたけど、どうやら二人とも試験を受けるようで、少し強張らせた表情のまま室内へと入っていった。
ふと、小さい子の方とまた目が合い、彼はふんわりと顔を赤らめて口元をほころばせた。
人懐っこいタイプの子なのかな、と思って、わたしも笑顔を向けると、彼はさらに笑みを深くした。
試験を受けるとなると、最低でも10歳以上なのだけど、わたしよりも年下な印象を受ける男の子だった。
こう、何というか……守ってあげたくなるタイプな子だ。
隣にいた少年は、その変化に気付き、わたしと男の子を何度か見比べて、頭の上に「?」マークをつけていた。
しかし頭に浮かんだ疑問は本人に聞く性格なのか、彼は足の向きをわたしの方へ向け、ずんずんと向かってくるではないか。
おっとマズイ、絡まれそうだ。
顔の向きを戻すも既に遅かったようで、彼はわたしから視線を離さずに近づいてきた。
――と、彼が近づいて口を開く前に、扉が再び開く。
「よーし、時間だ。今日の試験を始めるぞ」
野太い声と同時に部屋の中に入ってきたのは、紙の束を脇に抱えた巨漢だった。
今まで見た中で、一番筋肉という言葉が似合う男の人かもしれない。
そんな第一印象を心の中に浮かべながら、彼が正面の檀上に上がると同時に、子供たちは席に座り直す。
当然わたしに近づいてきていた少年も、もう一人の男の子に袖を引っ張られながら、渋々近くの席に着くことになった。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました




