01 ちょっとしたリフォーム
ブックマーク、誤字修正報告、ありがとうございます!(*´▽`*)
いつもお読みいただき、感謝です(^o^)
今日から新章となります!
ちょうど人物紹介話を抜かせば、この話で100話目ですね(*´▽`*)
ここまで書けたのも、見てくださる皆様のおかげです。今後ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)
カーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光に誘われ、意識が浮上してくる。
どうやら朝のようだ。
わたしは布団を押しのけ、眠気眼のまま上半身を起こす。
もぞもぞと身動ぎした後、くるりと体を横に反転させ、いつの間にか癖になった猫姿勢。そのまま両手を前に伸ばし、ぐぐっと背中を逸らせて伸びをする。
「んぅ~~~~~!」
遠慮せずに自然と出る声にを漏らす。
そのままフニャリとした状態のまま少しだけ目を閉じて、わたしはベッドから降りることにした。
「ん、今日もいい天気」
カーテンを開け、空の彼方から見下ろす太陽の姿を確認して、そう呟く。
王都に来て3年。
このヴァルファラン王国には四季というものがなく、年中、似たような天候続きだ。
一応気温差が出る時期はあるものの、せいぜい「ちょっと寒くなったね」程度の違いなので、基本的に王都の住民の服装は変わり映えなく、生活スタイルも年中同じものだ。
暦については平民層では曖昧な考えの人が多く、あまり今日が何日で何曜日なのかを考える人はいない。
というのも、やはり年中同じ気候であり、曜日によって何か物の考え方が変わる、ということがないのだろう。
一年に一度、豊穣祭などの祭りが三種あり、主催者側から祭りの告知があってやっと「ああ、もうこんな時期かぁ」と認識する程度のものだと理解した。
因みに豊穣祭は野菜等の収穫が豊富だった年の夏ごろに行われる祭りなのだが、豊穣と言うからにはさぞかし美味い食材が出るのだろうと期待を胸に参加したことがあるのだが、見事に期待は打ち砕かれ、いつもの薄い水っぽい野菜ばかりが陳列されているだけだった。
王立図書館でこの辺りの歴史についても目を通したけど、どうやら王国建立時代は「閏年」のような概念もあったようだが、結局、700年経った今では、1日は24時間、1週間は7日、1月は30日、1年は360日――という数え方になったようだ。
何となく……なんとなぁーくだけど、歴史書を見返した際に思ったことは、この建国者は「閏年の存在は知っているけど、どうやって計算するのかあまり知らなかった」んじゃないかと思っている。
四季がない土地ということもあり、暦が多少正確じゃなくても気にならないだろう、ということでシンプルな数え方になったのではないかと、そう感じた。
まぁ、この世界の星の公転速度なんて測り様のないことだから、人が生活する上での指針になる程度で十分なのかもしれない。
本当はカレンダーを作りたいのだけれど、紙が高級品だと分かってからは、いったん諦めることにしている。
併せて時計もあればいいのに、と思うけれど、ゼンマイ式にするにしてもあんな高度なカラクリはわたしには作れない。
でもそうすると、この世界の人たちはどうやって時間を測っているのだろうかと思えば、実は時計なるものがキチンと存在するらしいのだ。
柱時計と懐中時計が王都には存在し、きちんと時計屋もあるらしい。
工業区と呼ばれる南地区に集中しているらしくて、わたしはまだそこには足を運んだことが無かった。
いつかはその辺りにも足を伸ばしていきたいと思っている。
「さて、身体でも洗ってこよっと」
わたしは乱れた髪を背中の方に手で押し避けつつ、ドアを開ける。
2年前からわたしとプラムは別々の部屋で寝ることにしていた。
大きな理由は、プラムが成人となる15歳を2年前に迎えたからだ。
ヴァルファラン王国の平民は成人になると一人立ちさせる傾向が強く、職を手に着け、働かせることが多い。
多くは親の家業を継ぐらしい。
親の行方が分からない状況のプラムに突然職に就け、と言われても難しいので、当分は自分のやりたいことが見つかるまではフルーダ亭の調理担当を担う形だ。
給仕として表に出ないのは、一時期、わたしたちを目当てに男性客が訪れてきたこともあり、わたしが駄目出しした所為である。
最近の……というより成人してからのプラムは、女性として著しく成長していた。
顔は相変わらずの童顔にも関わらず、胸と尻だけが自己主張するかのように大きくなっていった。
だというのに腰のくびれはきちんと締まっているのだ。余裕のある服を着ても、その体格が顕著に出てしまうため、王都の道を歩くと野郎共の視線がうるさくて仕方がない。
彼女の明るく警戒心が無い性格も相まって、そりゃもう……大人気ですよ。
わたしとは距離を取るくせに……うぬぬ、悔しくなんかないんだからね。
そんな我儘ボディのプラムを起こすために、わたしは彼女の部屋の前でノックし、いつも通り返事がないことを確認して、部屋に入った。
「プラムお姉ちゃん、朝ですよー」
無駄だと分かっていても、一応、確認の言葉を投げかける。
「むにゃにゃ……にゅふふ、セラちゃん……それ、食べ物じゃなくて……私のおっぱいだよぅ……」
「…………」
夢の中のわたしは、プラムの大きな胸を肉まんか何かと勘違いして咥えているのだろうか?
そんな印象を与えるような真似はしていないし、そもそもわたしにそんな願望はないので誤解されるような行動もしていないはずなんだけど……なぜにそんな夢を?
わたしはジト目でプラムの布団を捲ると「グァ」と短い声が聞こえた。
布団の中には、プラムが抱き枕のように抱えている爬虫類とも獣とも言い切れない生物がいた。
背部には白いフサフサの毛が生えており、胴体は銀の堅い鱗で覆われている。爪は自分の意志で指の中に収納できるらしく、今は真ん丸とした指になっていた。
蜥蜴のような体つきをしている全長1メートル程度の生物は――ここ3年で大きく成長したゲェード……だった生き物だった。
「ハクア、貴方……またプラムお姉ちゃんの寝所に忍び込んで寝てたの?」
あきれ気味にそう声をかけると、ハクアと名付けた元ゲェードは「グアァァ」と欠伸交じりの声で返事をした。
同時にプラムの豊満な胸に顔をうずめて、気持ちよさそうに目を細める。
「あぅ……セラちゃん、私はお母さん、じゃなくて……お姉ちゃんだよぅ。もう、甘えん坊さん……なんだからぁ」
まんざらでない笑顔を浮かべる寝坊助に、わたしは「乳飲み子じゃない!」と大声で否定したい気持ちに駆られたが、どうせ起こして是正しようとしても覚えていないだろうから、グッと堪えた。
しかし、このハクアという生き物。
小さかった当初は、わたしの布団の中でぬくぬくと寝ていることが多かったというのに、図体がデカくなるにつれ生意気になってきていた。
こうしてプラムのところで寝るようになったのも、とある朝の一件以降からだ。
いつも通りわたしと一緒に寝ていたハクアは寝心地が悪かったのか、不機嫌そうに首をうねっていた。
そして何を思ったのか、隣で寝ていたわたしの胸部を確かめるようにポンポンと叩いてきたのだ。
訝しむわたしを他所に、奴はそのまま部屋を出ていき、気づけば翌日からプラムのところで寝るようになっていた。
別に言葉を発するわけでもないし、人間と蜥蜴みたいな生物の間に明確な意思疎通ができるとは思えない。けれども確かに……あの日、わたしはコイツの意志を感じ取った。
親の仇でも見るかのような視線を送ると、ハクアも敏感にその意志を感じ取り、素知らぬ顔でプイッと顔を背けやがった。はぁ……生まれた当初はまだ可愛げがあったのに、なんでこんな子になってしまったのかしら……。
「…………ハクア、お姉ちゃんを起こすからどきなさい」
「グァ……」
しかしハクアはわたしには表立って逆らわない。
何故ならハクアの餌はわたしの魔力が関与しているからだ。わたしの魔力を流し込んだ水を好物とするハクアは基本、わたしに忠実だ。その心の奥深くで何を考えているかまでは分からないけど、わたしがお願いすれば大抵はいう事を聞いてくれる。
なのでハクアは離れがたいような雰囲気を出しつつも、プラムの腕からスルリと抜け出し、その反動でプラムも眠りから浮上したのだろう。ゆっくりと瞼を上げ、目を開けていった。
「ん……んぅ」
「お姉ちゃん、朝ですよ」
「……んん、……セラちゃん?」
わたしがカーテンを開き、外の日差しを部屋の中に入れると、ようやく彼女はベッドの上で「くぁぁ」と小さな欠伸をあげながら起き上がった。
「おはよぅ~」
「おはようございます」
なんだかこうしていると、令嬢を起こしに来た侍女みたいな気持ちになってくる。
ま、さすがに着替えを手伝ったりはしないけどね。
「お風呂沸かしておくから、一緒に入ろう」
「うん~、いっつもありがとうね、セラちゃん」
「ううん、それじゃ風呂場で待ってるよ」
「うん」
そう言って、わたしはハクアを連れて部屋を出る。
後は今日の着替えを持ってプラムが下りてくるまでに、風呂場で準備をするだけだ。
風呂場、そう風呂場だ。
3年前はただの水浴び場だった場所は、魔力がそれなりに使える程度に増えたわたしが手ずから改造を施し、今では風呂場として名を改めている。
といっても、温泉が湧くわけでもないし、蛇口があってそこからお湯がでるわけでもないし、薪を炊いて熱するような設備があるわけでもない。
わたしが作ったのは、大人二人ぐらいは入れる大きさの風呂釜と、身体を洗うスペースを一新したぐらいだ。
もちろん魔法による工事を数日かけて行った結果の賜物である。
クラッツェードとレジストンにも許可を得て行ったものだけど、彼らは完成予想図が上手く描けてなかったらしく、完成した新水洗い場、改め風呂場を見て興味津々だったのを今も覚えている。
身体を洗う場所は、下水に繋がる排水溝にきちんと水が流れるよう溝の構築と傾度を設け、近くの山に転がっている適当な岩を平べったく研磨し、それを綺麗に並べた場所となっていた。ちょっとしたタイルのような感じだ。
同じくして山で見つけた無患子の実を使った石鹸も作ってみた。
因みにこの世界では無患子という名は存在せず「なんか山で時々見かける実」ぐらいの印象しかないようだった。
石鹸というが、綺麗な固形のものではなく、紐を編み込んだ中に剥いた無患子の実を押し込めただけのものだ。
これを水に濡らしながら体に擦り上げると泡が発生し、汚れが取れやすくなるわけだ。
今まではただの水洗いだけで、どうにも綺麗になった気がしなかったので、無患子についての本(知識)がわたしの中に埋まっていて、本当に良かったと当時は自分自身に感動したものだ。
そして奥には風呂釜がある。
わたしは手早く魔法で水を発生させ、風呂釜に水を溜める。
そしてわたしの手を魔力によって高温化させ、その手を風呂釜の中に入れ、温めていく。
あとは適温になったら魔法を止めるだけだ。
わたしは隅に置いてある大型の桶にも水を発生させて用意しておく。こちらは体を洗う際に使うための桶である。
ちょうどいい温度になったので、わたしは魔力を止めて風呂に突っ込んだ手を引き抜く。すると、後ろで戸が開く音がし、振り返るとプラムがちょうど笑顔でこちらに来るところだった。
「うわぁ~、わたし、朝一はもうこれなくして生きていけないよ~」
湯気が立つ風呂釜を見て、彼女は嬉しそうに笑顔を向けてくれた。
喜んでくれる姿というのは純粋に嬉しい。
わたしも口の端を上げて「準備は済んでるから、早く体洗って温まろ」と言った。
「うん!」
二人で無患子石鹸でゴシゴシと身体を洗い、備え付けの桶の水で流す。
そして同時に風呂釜の中へと身を滑り込ませ、最後に「はぁぁ~」と息を垂れ流した。
こんな朝が今のフルーダ亭の日常である――が、当然、王都の日常ではない。
わたしの魔法に依存するものばかりのため、レジストンからは封印指定され、外では話さないように注意された。
石鹸も同様で、山の中の無患子が全て搾取される危険性もあるので、無患子の生産が可能かどうか判断できるまでは伏せておくように言われている。
魔法が前提で動くものなんて当然、他の人からはどうにもならないことだし、最悪わたしを浚おうだなんて不埒者も登場してしまうかもしれない。無患子だって需要がままならないのに、供給が大幅に増加してしまえば、無患子が山から消えてしまう未来も起こり得るものだ。
そういった部分をレジストンは現在の王都含め、ヴァルファラン王国の文明レベルを鑑みて考えてくれるから非常に助かる。
わたしも王立図書館で様々な書物に目を通すことで、徐々に知識を蓄えつつあるけど、まだまだレジストンの考えまでは程遠い。早く追い付きたいものだ。
ま、何にせよだ。
湯の中に体を沈め、ほかほかに顔を緩ませるわたしたちの憩いの場所は、しばらくフルーダ亭だけの特権になりそうだ。
2019/2/26 追記:文体と一部の表現を変更しました