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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第一章 操血女王の奴隷生活
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09 戦争の収穫たち

 首輪とは、まさに主従を形にしたもの。


 首輪をつける者が主人で、つけられる者が従者である。

 それを意識させるためのものが首輪であり、物理的にも従者を御する役割も持っている。

 誰が上で、誰が下か。誰が命令する側で、誰がそれに従う側か――絶対順守の力関係を象徴する忌まわしいモノだ。

 従者といっても種類は多種多様なわけだが、この場合で言うなら「奴隷」という存在が最も近しいだろう。ご丁寧に鎖でつなげるための穴も首輪の前方についているぐらいだし……。


 ――で、わたしも目出度く、その奴隷の仲間入りをしたわけだが、そんな了承をした記憶はもちろんない。


 わたしは一番、この中で話しやすそうな子――わたしを抱えている少女を見上げた。


 わたしの視線に気づいた少女には、きっとわたしが恐怖に掻き立てられた表情をしているように見えたのだろう。一瞬だけ沈痛な面持ちを浮かべた後、慌てて無理に作った微笑に切り替え、わたしを優しく撫でた後に彼女の胸元へ頭を抱き寄せた。


「わぷっ」


「大丈夫…………大丈夫だよ……」


 大丈夫、と何度も呟く少女だが、根拠はどこにもないのだろう。


 ただきっと……わたしが泣き出さないように、その場しのぎで出た言葉なんじゃないかと思う。


 わたしたちが本当に奴隷として扱いを受ける立場なのであれば、他の子たちのように他人に構わず、ふさぎ込んでしまいたくなるものだろう。


 耳を塞ぎ、雑音を取り払い、小さくなって現実から目を逸らす。なんの解決にもならない行為だが、かといって何か行動を起こしたところで事態は悪化するだけ。力のない女子供が悪人に捕らえられてしまえば、こうやって少しでも自我を保つしかないのだ。


 もちろん他人と話すことで不安を紛らわすこともあるだろうが、それは諸刃の剣である。


 傷の舐めあいが上手くいき、相互に寄り添って心が折れるのを避けられれば良いが、下手をすれば、相手の逆上を買い、不毛かつ無用な争いに発展することだってある。みんな精神が不安定なんだ。何が引き金になって取っ組み合いになるかなんて、誰にも分からない。


 この子はぱっと見、後者に思えるが、その割に依存性は薄い気がする。


 やはりというか……彼女はわたしぐらいの年代で、近しい存在がいるんじゃないかと思える。


 依存するのではなく、一方的に「守らなくては」という姿勢が彼女から感じるのだ。


「あの……」


「なぁに?」


 話しかけると、彼女は可愛らしく首を傾げて尋ねてきた。


 完・璧・に・子・供・扱・い。


 いやまあ分かっているんだけど。

 子供なのは違いないんだけど、やはり……こういう仕草で返されると、くすぐったい感情以上に、長寿のわたしのプライドというものが音を立ててひび割れていくんだ……。


 本当であれば、こういう極限状態でわたしのような存在が道標を指してあげるべきなんだろうけど……はぁ、本当に情けない。


「ぅ!」


 姿勢を変えて、向き合おうと思ったが、その拍子に再び忘れかけていた背中の痛みが襲い掛かる。


 これ、痣にでもなってるんじゃないだろうか……。傷が定着すると体の一部として認識されて、治癒魔法でも完全には治せなくなる……うぅ、心配だ。


「だ、大丈夫……? やっぱりどこか痛めているのね。あまり動かない方がいいわ」


 中途半端に振り返ろうとしたまま固まるわたしの両脇を抑えられ、また元の格好に戻された。


 おまけで、やはり髪を梳くように頭を撫でられる。


「……」


 うーん、構ってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと過保護すぎて、これだと何かするにもすぐに止められてしまうかもしれない。


 抱き枕のように抱え込まれる中、わたしはぬーんと唸った。


 このままの姿勢でもできること――もう少し周囲の状況を把握しよう。


 視線を巡らすと、まずこの荷台が鉄格子で囲まれていることがすぐに見て取れる。


 通常の馬車には見られない装備だが、理由は言わずもがな……「商品が逃げられないように」だろう。


 しかし疑問は残る。


 魔法を使える人間ならば、この程度の檻など鼻歌交じりに破壊できるはずだ。

 もし万全を期するならば、相手が魔法使いであっても御せるよう、手練れを最低一人でも檻の中に配置すべきだ。それをしないということは、わたしたちが魔法を使えない、もしくは使えるほどの魔力を持ち合わせていないことがバレている、ということだろうか?


 だが二度目の人生も前世でも、相手が魔法使いかどうかの見極めに至っては、確実な方法など無かった。


 魔力なんてその辺にある空気と同じようなものだからね。

 唯一、完全に見極めることができたのは、対象の魔力を見通せる魔眼持ちぐらいだったが、そんな奴がポンポンといるとも思えない。こんなボロ馬車を率いている奴隷商人なら、なおさらだ。しかし先入観で物事を決めると、取り返しのつかない事態になった際に、巻き返しの一手すら打てない状況を招く危険性もある。一応、そういう特殊な人間が相手側にもいる、と疑っておいた方がいいのかもしれない。


 次に御者の方へと目を向ける。


 この馬車は、穴だらけの幌で申し訳程度に荷台を覆っているわけだが、とりわけ御者台と荷台との境目は開かれていた。おそらく監視しやすくするための措置だろうが、おかげでこちらからも御者台の様子を探ることができる。


 気配で読んだ通り、二人。


 淡色のシャツの肩口から剥き出しの筋肉が特徴の男と、上品な新緑のコートに身を包んだ痩躯の男だ。


 外見で役割分担を教えてくれるとは、何とも器用な連中だこと。


 筋肉質の男の二の腕は、わたしの太腿よりも二回りほど大きい。あそこまで極端に鍛え上げている、ということは魔法ではなく、武術で立ち回るタイプなのだろう。


 逆にコートの男に関しては、痩躯とはいえ、あくまで隣のインパクトが強すぎてそう見えるだけで、一般男性とそれほど変わらない体格だ。接近戦の邪魔になるであろう裾の長いコートを羽織っているところから、彼は武術よりも魔法を扱うのではないかと予測する。


 魔法という分水嶺を経て進化した世界では、いつだって前衛+後方支援という形式が当たり前とされてきた。前衛は剣士であったり拳闘士であったり、要は武器や拳を使っての白兵戦を行う役割の者たちだ。


 後方支援は言うまでもなく、魔法使い。

 遠距離属性攻撃や回復を主に担っている。

 一群の黄金比は前衛と後方支援で3:1とされているが、個人の能力差が結局物を言うため、この比率は人数ではなく、全体の能力値を数値化した比率だと言われている。結局、能力の数値化といってもその方程式も議論に議論を重ねて、誰もがしっくりくる式が出来上がらなかったので、研究者の中で決着がつかないままの考え方だったなぁ。


 でも確かにあの愚直なジルクウェッド3人と前世のわたしが組めば、一縷の隙なく一個中隊程度なら殲滅できる自信がある。ジルクウェッドが2人だと死角ができる可能性があるし、4人だとちょっと高位魔法使うのに邪魔かな? って思うので、あながちこの指標は間違いでないかもしれない。……わたしの感覚と一般の感覚にはちょくちょくズレがあると指摘されていたから、何とも言えないけど……。


 ともあれ、その考え方でいくと、あの無駄に筋肉が主張している男は前衛三人分の働きを担っているのだろうか。……それとも幌の外、馬車の外周にまだ伏兵が潜んでおり、魔法で馬ごとの気配を消して並走しているのか。


 ちょっと檻の隙間から手を出して幌をどかし、外の様子を見てみたい衝動にかられたが、もぞもぞと動くと、この少女に止められそうな気がする。いや、確実に止められるな。


 今もどこか心配そうな目でわたしを見つめている。

 きっとわたしが視線を色々な場所へ忙しく移し、考え事をしていることで何かおかしな行動をしないか不安になっているのだろう。わたしはこう見えて200年以上の生を経験した人間なんで、そんな愚かなことはしないよ、と言ってやりたい。


 まあ動くのは、馬車の中を全て見終わってからでいいだろう。


 檻の中は相変わらず、気落ちした首輪つきの若い女性だけが佇んでいる。


 とても陽気に話しかけられない憔悴しきった様子だ。それは不眠や過労などの過去の事象の蓄積ではなく、暗澹あんたんたる未来への悲観から来るものだろう。


 しかし首輪をつけるだけで、手足は自由なままだ。


 確かに檻で囲まれたこの馬車の中で、わたしたちが魔法を使えないことを何かしらの手段で知りえたのであれば、仮に抵抗したところで容易に制圧できるのだろうが、わたしたちを馬車から降ろすタイミングは絶対にあるはずだ。その際に万が一逃げられる、ということもあるだろうに、随分と温い対応だなと思えた。


 ――もしくは、逃げられる……という希望をわざと見出させ、反発の意思がある人間を炙り出すため、とか?


 だとしたら、安易に逃げようとする素振りをしただけで、どんなしっぺ返しがくるか分からない。


 何故なら相手は逃げられることを想定して準備を積んでおり、その上で逃げるかどうかの見極めをしているのだ。そんな環境の中で逃亡することは至難である。これについては相手の言葉、出方を注意深く見聞きして判断していくしかないかな。


 荷台と檻の間、ちょうど御者のすぐ背後あたりにスペースがあり、そこには数々の武具がおざなりに束となって置いてあった。


 ああ……とわたしは彼らの目的が大方読めて、心中で盛大にため息をついた。


 彼らがそういう連中となると戦場近くの水場に向かってしまったのは、どうにもならない状況だったとはいえ、わたしの失策だったと言わざるを得ない。戦場近くともなれば、どの世界でも戦いの「おこぼれ」を狙う奴らとはいるものだ。


 彼らは戦場で命を落とした者たちの装備品や貴重品を盗み、転売を繰り返す連中なのだろう。そういった連中は戦場近くの水場で血と泥で汚れた装備品を可能な限り洗い流して、独自のルートを通して、利益を得ている。


 対象は武器や鎧などの装備から、兵士や騎士たちが各々持ちうる貴重品。特に騎士は貴族出が多いだろうから、戦場から生きて帰ることを決起させるような高価なお守りを身に着けていることが多い。戦後はそういった所縁の物が裏市で出回り、それが故人の関係者が見つけ、諍いが生じるだなんてことは珍しくなかった。


 そして対象は人も同様だ。


 戦地となった周辺の村や町。直接巻き込むことはその土地側の国が可能な限り避けるため、被害が少なく、住民に多大な恐怖を与える以外は何も起こらないこともあるが、戦いが激化し、その規模が広がるとそうも言っていられなくなる。


 拡大した戦地の中にそういった小規模な集落が巻き込まれると、結果、住民たちの生活基盤が根底から崩される。その場所から逃げようとする者、隠れる者、命を落とす者。そしてそういった被害者を獲物と定め、連れ去って人身売買をする奴隷商人たち。


 今回はまさにそれだろう。ハイエナのように何処からかそういった被害地に出現し、人の不幸をあざ笑うかのように利益に転じようとする屑ども。


 それがまさに、わたしが今置かれている現状なのだろう。


 人口が増加し、文明が発展し、地位や階級などの身分制度が確立されて、抑圧された欲望があふれて戦いへと発展すると、どの世界でも似たような世界事情へと繋がってくるものだな、とわたしは内心、げんなりした気分で大きくため息を吐いた。


 わたしたちはまさに彼らにとっての戦利品。「戦争の収穫」として刈り取られる側としてここにいるのだと正しく理解した。


次回「10 道中対話」となります(^-^)ノ


2019/2/23 追記:文体と多少の表現を変更しました。

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