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ある精霊との絆の誓い  作者: やがみしょう
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第8話 暴走







 「エルティナ・シェルビアペアの勝利!」というライリーの言葉で、観客席から歓声が巻き起こっていた。生徒たちは驚いて呆然とする者、熱い戦いに刺激されやる気に満ち足りた表情をしている者、四人の健闘を称える者などさまざまだ。


「勝ったようだな」


「まぁ、なんとかね」


 エルティナにとっては新しく生まれた課題がいくつも見つかった模擬戦になった。なにより標的に魔法を当てられないなど、魔法使い失格である。男に戻れない以上、他のどれよりも先に改善させておかなければならないことだ。エルティナはすぐにでも家に帰り、練習したい気持ちでいっぱいだった。


「そっちはどうだったの?」


「苦戦することはなかったが、だいぶ疲れた。もともとお前を女にしたときに、結構魔力を使っていたからな。あとそれに維持もーー」


「まだですわ!」


 シェルビアの言葉を遮り、エミリは精一杯叫んだ。見れば、今にも倒れそうなほど不安定な足で立ち上がり、しかし闘志を燃やす目でエルティナのことを睨んでいた。


「わたくしはまだ戦えます!」


 そう言うエミリは制服を土で汚し、破れた部分からは浅い傷が多くできているのが見えた。魔力も『焔の竜巻』にほとんど使い果たし、戦闘を継続させられるとは思えない。


「エミリ、言ったはずだ。こちらが決着と判断したら戦闘行為をやめるようにと。負けたくないと思う気持ちは分かるが、今回は諦めろ。その闘志は次に残しておけ」


「ですが……っ!」


 とうとう立っていられなくなったエミリは倒れ、右頬を地面につけた。すると近くで横になっているアリアの姿が、虚ろではっきりしない瞳にうつる。そして、ぼんやりと朧気としており、今にも途切れそうな意識のなかーー


 ただ勝ちたいと願っていた。


 エミリは小さい頃から、常に優秀であることを親から求められて育った。座学、魔法や体術など毎日厳しく稽古を習わされ、辛く苦しいと思いながら、それでも逃げることなく耐え続けた。


 それは彼女が人一倍負けず嫌いな性格をしていたからだ。途中で何かを投げ出すなど、彼女のプライドが許さなかった。


 だからアリアと契約が完了したときはこの上ない喜びでいっぱいだった。王級以上の精霊と契約できる生徒は数えるほどしかいない。その中の優秀な一人として選ばれたのだ。嬉しくないわけがなかった。もしかしたらクラス、いや学年でもトップなのではと受かれてしまうほどである。しかし世の中、上には上がいる。


 エミリは教室に入ってすぐ、そのことに気がついてしまった。なぜなら、神々しく澄んだ魔力を纏わせる精霊の存在を感じ取ったからだ。一目見れば分かる。アリア以上の位階であると。だがそれよりも、一番驚いたのは精霊の契約者であろう人物が自分よりも幼い少女であったことだった。


(あんな小さな子が……)


 信じられなかった。信じたくなかった。次第に彼女の胸の奥で、ひどくドロドロとしたものが膨れ上がっていく。


(この感情をわたくしは知っていますわ。あんな年下にまでこれを抱くなんて恥ずかしいですわね……)


 それは紛れもなく、自分よりも優秀であろう少女へのーー嫉妬だった。


(エルティナ……エルティナさんと言うのですか)


 精霊がそう呼んでいるのが聞こえた。彼女は恐らく、ずっとこの名前を忘れることはないだろう。なぜなら、エミリにとっていつか乗り越えなければいけない相手になると確信しているから。

 だからエミリは思いきって話し掛けてみることにした。


 最初は警戒され顔が強張っていたが、少しずつエルティナとの距離は縮まっていった。それと同時にエミリの悪感情にも気づかず、純粋な笑顔で接する少女の姿に羨ましく、憎らしいといった複雑な感情に悩まされた。


(わたくしは本当に酷くて弱い人間ですわね)


 そう思わずにはいられなくなっていた。だがそんな自分に、エルティナは当然の如くぼくたちは友達だと言ってくれたのだ。


 エミリは嬉しかった。エルティナは物静かな性格をしているが、好きなこととなるとそれだけに一心不乱になるところがある。


 とてもよく似ているのだ。エミリも炎系統の魔法のことになると、夢中になって我を忘れてしまう。それにずっと勉強ばかりしていた彼女は、レベッカ以外に友達と呼べる者もいなかった。


 きっと自分たちは魔法を通してもっと仲良くなれるだろう。そう彼女は思った。


 でも、だからこそーー


 負けたくない。負けるわけにはいかない。エルティナから勝利を掴みたい。エミリにはその欲求が抑えきれない。


 ”分かった。エミリの願いのために私が戦う“


限界が来て意識の途切れる直前、エミリはそんな言葉が聞こえた気がした。








「エミリさん!」


 エルティナは倒れたエミリの元へ向かう。見た限り傷は多いが、どれも深い傷というわけではないため、回復魔法を使えばすぐに治るだろう。しかし体力と魔力はそうはいかない。保健室でゆっくり休む必要がある。そのためエルティナら急いで走り寄っていく。


「エルティナ止まれ!」


「えっ?」


 しかしその途中シェルビアの慌てたような声が聞こえたエルティナは、何かと思って立ち止まり、後ろを振り返った。刹那、ものすごい強風に背中を押され、エルティナは飛ばされまいと足を踏ん張る。

 

「間一髪と言ったところだな」


 いつの間にかエルティナよりも先に移動していたシェルビアは安堵したようにそう言う。さっきの風は、エルティナに襲い掛かったアリアの拳を、シェルビアが受け止めた衝撃で生まれたものだった。


「シェルビア!」


「離れていろエルティナ。こいつさっきより強くなっている。巻き込まれれば、ただでは済まないぞ!」


 そう注意するシェルビアの顔に、先ほどの戦いの時のような余裕さは全く見られなかった。それだけで、今のアリアが危険であることがエルティナにも伝わってくる。


 そしてエルティナだけでなく、他の生徒やライリーも同じだった。少し前の歓声はどこかへ消え、本当に人がいるのかと疑問になるほどシンと静まり返っている。だがそれは長くは続かない。なぜなら教師という立場のライリーが、アリアの勝手な行動を見過ごせるわけがないからである。


「もうすでに勝負はついている。だから今すぐ戦闘をやめなさい!」


 観客席から飛び降り、三人の元へと走り寄る。対戦中は邪魔にならないよう観客席に移動するが、魔法を使っての模擬戦では、しばしば怪我をする者や魔力を暴走させてしまう生徒がいる。そうなると急いで救助に向かわなければならなくなるため、教師だけは結界を自由に通り抜けられるよう設計されているのだ。


「……うるさい」


「なっ!?」


 しかしアリアはライリーの言うことに従おうとはせず、その一言で瞬く間に炎の壁を築いた。ライリーが近寄ろうとすれば、灼熱の炎が手を上げて威嚇する。これでは一歩たりとも先に進めない。


「それでどういうつもりだ?」


「……エミリの願いのために戦う。そして勝つ」


 アリアはただそのために地に足をつけていた。


(なるほど、心の繋がりであの小娘の気持ちが伝わったのか。しかもそれに無理に応えようとしたことで、勝つまで止まらない暴走状態に陥っている)


 契約をすれば心と魔力を共有できるようになる。そのためエミリの強い思いがアリアに届き、同調したことでそれを叶えようとしているのだ。


「……だからこの力でシェルビアとエルティナを倒す!」


「くっ!」


 アリアの進撃は止まらない。いくつもの槍の形をした炎を造り出し、猛攻撃を開始した。それは先ほどのシェルビアでも全て同時に防ぎきることは困難を極めた。


(私が防戦一方になるとはなっ!)


 徐々にアリアの魔法がシェルビアを追い詰めていく。そしてその先は時間の問題だった。


「しまっ!」


 防御魔法が破れ、とうとうアリアの炎魔法が通り抜ける。標的はシェルビアの後方にいるエルティナだ。


「避けろエルティナ!」


 シェルビアは叫ぶ。


 しかし避けられない。到底魔法で防ぐこともできない。ただ近づいてくるそれを見ていることしかできない。だが身体強化をしていない生身の体に直撃すればーー 


 死以外の未来はない。


(ダメだ……)


 エルティナは諦め、視界を暗くする。そこには希望の光などなかった。絶望を感じ、ただその時を待つ。


 数秒後、闘技場で激しい爆音が轟いたーー



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