第6話 模擬戦
エルティナたちは円形闘技場に案内されていた。ここは普段、教室では危険な魔法を扱う授業や、放課後に生徒が自主訓練をするのに使用されている。二階には観客席があり、自由に見学することもできる。一年二組の生徒たちは、そこで適当に腰をおろし、下で行われている新入生どうしの戦闘に見入っていた。
ライリーが言うには案内の最後に、毎年闘技場でクラス内の生徒どうしによる模擬戦を行っているらしい。その目的は、同級生の力を知って競争心を持たせ、お互いが力を高めようとさせること。そして他の生徒たちに目標を見せつけることだ。そのため、模擬戦をする組み合わせはクラスの中でも実力のある者が選ばれる。
「凄いですね彼女。魔法も使わずに、体術だけで相手を圧倒しています」
「当然ですわ。なにせレベッカは護衛術の達人ですから。護衛対象を襲おうとする敵を事前に察知し、近づかれる前に討つ。相手に魔力属性を着色させる時間も与えませんから、レベッカと戦っているあの生徒も防戦一方になっています。だからもうすぐ決着がつくでしょう」
そう語るエミリはとても嬉しそうにしていた。その間にも反撃の隙を与えず、機敏な動作で攻撃を加えていく。相手の生徒もそれなりに体術が使えるようだが、やはり魔法を専門としているため、レベッカには敵わない。
「エミリさんとレベッカさんはどういう関係なんですか?」
「レベッカはわたくしの大切な友達であり、頼もしい護衛ですわ。だからクラスが違うのは残念で仕方がありません」
「護衛?」
「はい。昔いろいろありまして。お父様が無理矢理に護衛をつけることにしたんですわ。レベッカにそんな危険なことさせたくないと反対しようとしたんですが、本人が二つ返事で承諾してしまったんです」
でも普通の友達として接して欲しいのですが。とエミリは最後にそう呟いた。娘に何か問題が起きたからと言って、一般の親では護衛を用意するなど不可能だ。つまり彼女は、それなりに高い身分の貴族なのだろう。エルティナは平民であるため、エミリにどんなことがあったのかなど想像もつかなかった。
ちなみに平民であるが、能力を高く評価されているレオナルドとマリーには、エルティナの護衛を雇うくらい余裕で可能だ。しかしサラへの信頼が厚いのと、そもそも護衛対象が引き籠りであるため必要とは感じなかったのである。
「もうお気づきだと思いますが……エルティナさんはそれでも先ほどまでと同じように接してくれますか?」
「ええ。同じく魔法を学ぶ者どうし、そこに平民や貴族なんて関係ないですよ。だから安心してください」
エルティナのその言葉に、エミリはホッと胸を撫でおろしてから、良かったと言った。貴族の人間と分かれば、それまでと対応の仕方が突然変わることはよくある。しかしエミリが欲しいのは、自分の気持ちを遠慮なく話し合える友達だった。
戦いは決し、観客席から拍手が起こる。地に背中をつけた生徒は、一度も魔法を使えなかったことに悔し涙を流し、レベッカは喜びもせず今回の反省点をどう改善するか考えていた。
その様子を見送ったあと、ライリーが席を立ち上がって自分の生徒の方へ顔を向けた。
「さて、一年二組の君たちにも模擬戦を行ってもらう。それで誰と誰が戦うかなのだが……」
ライリーはそこまで言ってから、ある女子生徒二人をちらりと見る。
(この二人に模擬戦などやらせて良いものか……)
クラスでも最高レベルの魔力を有しているエルティナとエミリ。さらに彼女たちの精霊は一人は幻獣級。もう一人はそれよりも格上の位階であることが、その威圧感を含む魔力で分かる。本来なら迷うことなく指名していただろう。しかし図書館や研究施設などでの行動により、ライリーは二人を問題児として見ていた。そのため二人が戦うことに不安しかなかったのである。
「わたくしがやりますわ!」
「ぼくに戦わせてください!」
すると待ちきれなかったのか、自分から挙手して立候補するエルティナたち。背筋を伸ばし、右手の指はまっすぐ空に向けて上げ、期待を込めた眼差しでライリーにアピールしている。これが座学の授業であれば、疑問を残さずしっかり勉学に励む真面目な生徒と思えただろう。しかし今の状況では、嫌な予感を余計に与えてしまうだけだった。
「…………」
「「「「…………」」」」
エルティナ、エミリ以外の生徒へと視線を向けるライリー。しかし明後日の方向を見て、誰も目を合わせようとはしない。
「……ほ、他にはいないか?」
「「「「…………」」」」
予行練習でもしていたかのように、みんな動きを合わせて首を横に振り拒否する。
「……はぁ、分かった。模擬戦はエルティナとエミリにやってもらう」
「なんで仕方なくって感じなんですの!?」
「なんでそんなに嫌そうなんですか!?」
二人は同時にツッコむ。ライリーの何かを諦めたような顔で指名してきたその様子に、どうしても黙ってはいられなかったのだ。
そしてそんな二人の問いに答える者は誰一人としていなかった。しかしーー
((((二人の行動に問題があったからじゃん))))
と心の中では、みな同じことを考えていた。
闘技場の二階にある観客席には、被害が出ないよう結界の魔法で守られている。学園長を含める何人もの優秀な魔法使いが協力して作っているため、たとえシェルビアのような神級の精霊でも壊すのは容易ではない。そのため安心して見ていることができるはずなのだが、一年二組の生徒たちはハラハラした様子で、結界の向こう側に立つ四人を見ていた。
「エルティナさん。全力で来てくださいな」
「初めからそのつもりですよ」
「……勝つ」
「お前では私に勝てないぞ」
エミリとエルティナの両者は、不敵な笑みを浮かべながら向かい合う相手を見る。そしてその二人の精霊たちは、一方は無表情だが心の中では闘志を燃やして、もう一方は傲慢な態度で戦う時が来るのを待っていた。
「こちらが決着がついたと判断した時点ですぐに戦闘行為をやめるように。よし、では始め!」
ライリーが模擬戦の開始を宣言する。そしてそれと同時に最初に動いたのはエミリだった。体内の魔力属性を一瞬の内に【無→赤】へと変え、得意な炎系統の魔法を使えるようにしたのだ。
「では、先攻いきますわよ!」
魔法を発動させ、手のひらから炎が現れる。そして次第にその炎は数本の剣へと変化した。エミリはその宙に浮かぶ『炎の剣』を魔力操作してエルティナ目掛けて放つ。それは常人では対処できない速さでエルティナへと襲い掛かり、地に触れた瞬間その場所に爆炎が巻き起こった。
新入生が放った魔法としては考えられないほどの高威力だ。観客席に座る生徒たちは感嘆するも、エルティナを心配する声を上げていた。
「雷鳴!」
しかしそれは杞憂に終わる。舞い上がる煙のなか、エルティナと思われる声が響き、それと同時に強い光が煙を引き裂いた。そして少し遅れて轟音が鳴り渡る。エルティナは『炎の剣』が爆発するよりも速く【無→白】に着色し、身体強化魔法で上空へと飛び上がって回避したのだ。
エルティナの放った黄属性魔法は、鋭く不規則に曲折しながら、しかし魔力制御によって誘導され確実にエミリに向かって落雷していく。
「……エミリは私が守る」
もちろん、エミリがエルティナの攻撃魔法を喰らってしまうのを黙って見ていられない者がいる。それはアリアだ。即座にエミリの前に立ち、片腕一本で雷を防ぎきる。さすが幻獣級の精霊と言えるだろう。エルティナの『雷鳴』を直接受けても、その腕は無傷だ。
「ありがとうですわ、アリア。痛くありません?」
「……ん。これくらい問題ない」
エミリはお礼を言ってから、痛みがないかと気にかける。それに対してアリアは変わらぬ表情で無事であることを伝えた。その間にエルティナはシェルビアの左横に降りてくる。
「シェルビア、ちゃっかり自分だけ魔法で防いだみたいだね」
「お前まで守ったら、その薄汚れた少女の姿が見れないだろうが」
「今すぐに警備兵呼んで良い? 良いよね!?」
「冗談だ」
シェルビアはそう言うが、目だけ動かしてチラチラとエルティナのことを見ており、その言葉を信じることなど全くできなかった。
「エルティナさん、やりますわね。でもこれからですわよ」
「ありがとうございます。エミリさんも強力な魔法を使いますね。でも負けませんよ」
四人の戦いはまだ始まったばかりだ。そしてこれからが、さらに激しい戦闘へと発展したいくのであった。