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ある精霊との絆の誓い  作者: やがみしょう
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第30話 仲直りの策



 シャルロッテとの修行が始まって数日、エルティナは毎日昼食を我慢して彼女の指導を受けていた。そのなかでも特に重点的に行われたのが魔力感知の向上だ。結界や『大流出』などの設置型の魔法の場所を把握するには絶対必要となるものだが、エルティナはまだまだ未熟だった。事前に用意されていた未完成の罠に引っ掛かってばかりである。たまに完成された魔法陣が含まれており、酷い目に遭ってはシャルロッテに笑われていた。


 修行は平日だけでなく、時間がたっぷりある休日にも行われた。朝はいつもと変わらず魔力感知の練習を行い、昼にはサラの食事で疲労回復し、それ以降には体術や魔法の実践など、実力を伸ばすため一生懸命に諦めることなく努力を続けていた。さすが護衛を任されているだけあって、シャルロッテの体術や魔法の実力はエルティナより上だ。引きこもって読書ばかりしていたとは言え、父レオナルドから基本を習っていても相手にならない。技術だけでなく、彼女は先読みと対応力がずば抜けて優秀だった。拳を振り上げて攻撃したと思ったら、逆に倒されていたことなど一度や二度ではない。


 魔法の対決ではエルティナが苦手とする雷系統を使われ、防戦一方だった。水系統を得意としているため、シャルロッテの雷やシェルビアと共に倒した女性の氷とは相性が悪い。さらに戦闘経験の少ないエルティナには、その不利な状況を打破する対策が皆無だった。おかげでシャルロッテの魔法を喰らう度に感電させられ、意識が飛んだり髪の毛が爆発したりなど散々であった。


 そんな日々を繰り返していると、自然と二人が一緒にいる時間も増えていった。もともと昼だけ接触する関係だったが、今では授業を受ける席が隣同士になることは当たり前になっており、クラスメイト達に仲良しな姿を見せていた。それに対して誰よりも危機感と焦りを感じている者が一人いる。それはエルティナのもう一人の友達であるエミリだ。口喧嘩をしてから顔を合わせるのが気まずくなり、数日経った今でも挨拶程度しかできていない。その間にもエルティナとシャルロッテの仲は深まっている。早く元の関係に戻らなくては手遅れになってしまうかもしれない。エミリが焦燥感を漂わせるのも無理はなかった。


(絶対にシャルロッテさんには負けませんわ!)


 授業中エルティナへのイタズラが成功し、密かに笑みを浮かべているシャルロッテを睨み付けながら、エミリは闘志を燃やしていた。黒板の文字を書き写している途中のペンに力が加わる。ピキピキと嫌な悲鳴を上げているが、彼女に弱める気配はなかった。さらにライリーが問題を答えさせる生徒にエミリ選んでいたが、当の本人は気づくことはなかった。


(こちらにだって策があるんですから。これで必ずエルティナさんの隣を取り返してみせますわ!)


 彼女はそう意気込むと握っていたペンを置き、隠すように袋の中に入れていた正方形の木箱を手に取った。





 


 それは前日のことだ。自分の部屋で優雅に紅茶を飲みながら、エミリは護衛であるレベッカを呼んで話をしていた。


「ということで、エルティナさんともう一度仲良くなるための方法を考えて欲しいのですわレベッカ」


「……人生最大のピンチなどとおっしゃれられるから何かと思いきや、そんなことですか? 私これでも忙しい身なのですが」


 レベッカはため息をついた。急ぎの用だと言われたので、まだ残されている仕事を放って来た彼女だったが、話を聞いてみれば心底どうでも良い内容だったからだ。問題が起きても大抵のことは自分で解決しようとするエミリが助けて欲しいと頼むので、いったいどんな重大なことが起きたのかと気を引き締めていたのだが、集中力を無駄にしただけだった。しかし彼女にとっては大事な話のようで、呆れた反応をするレベッカに怒りを見せる。


「そんなこととは何ですの! このままではヒロイン……じゃなくて友達の座からおろされるかもしれないんですのよ。だから今のわたくしは大、大、大ピンチなのですわ!」


 少し大げさに言い張るエミリ。


(……変わりましたね)


 レベッカは目の前にいるエミリと学園に入る前の彼女を比べてみて、そう思った。以前の彼女であれば友達のことで悩んだりなどしなかっただろう。彼女は父の命令通りに魔法を学んできた。ドーラ家の人間として他者に負けないよう努力し、父が認めてくれるよう優秀な人間になることを目指していた。だから誰にも力を借りず、何でも自分一人で事を進めていた。当然友達など求めてはいなかった。唯一レベッカとは仲良くしていたが、彼女でさえも頼ろうとすることはほとんどなかった。


 そんな彼女が学園に入ってエルティナという友達をつくったのだから驚きが隠せなかった。さらにはその少女と買い物に行くという。いつもなら一人で向かうというのに、どういう心の変化だろうか。その時は「もしかして変な薬でも口にいれましたか?」という言葉が出そうになり、慌てて呑み込んだものだ。


「聞いてますのレベッカ!」


「ええ、聞いております。仲直りがしたいのですよね? それならば食事を用意して一緒に食べるというのはどうでしょう。ほとんどの人は、手作りのお弁当を断るなんてできません。それが友達であればなおさら。これならば自然と会話がはずむでしょうし、あとはお互い素直な気持ちで話し合えば良いだけです」


 その意見を良案だと思ったのか、エミリはさっそく部屋から出てキッチンに向かった。作ってやるぞという気持ちで燃えている。そんな彼女の背中を追いかけるレベッカは心配げな表情だった。彼女達が本当に正直になれるのかという疑問もあるが、それより料理の方が問題だった。エミリは経験がほとんどないのである。レベッカは昔に一度だけ試しに作ったというものを味見させてもらったが、今でも思い出すだけで顔色が悪くなってしまうのだった。








 そして現在。エミリは昼休みの鐘が鳴る瞬間を今か今かと待ち望んでいた。授業はちょうどタイミングの良いところで終わっており、これから新しい部分を始めるのは中途半端になるため、ライリーは魔法書を閉じてからチョークを粉受けに置き、時間が来るのを待っていた。その時、ある連絡事項があったことを思い出す。


「そうだ、最近……学園の……魔物に……気をつけ……」


 しかしエミリの耳にその声は届いていなかった。このあとエルティナに話し掛けることばかりに集中し過ぎていたのだ。そしてライリーが言い終えると同時にとうとう昼休みがやってくる。エミリは電光石火の速さで立ち上がり友達の元へ飛んで行った。


「え、エルティナさん! その……どうしてもと言うのでしたら、わたくしの作ったごはんをーー」


 言葉は途中で止まる。シャルロッテが間に入ったのだ。


「ああ、ごめんねぇ。エルティナとのランチはあたしが先約済みなのよ。だから今日は諦めてね」


「くっ! そ、そんなの知ったことではありませんわ。“遅刻魔”のシャルロッテさん!」


「なにその二つ名!? あたしまだ五回しか遅れてないのに失礼ね!」


 シャルロッテは本人の了承もなく不名誉な名前を決められて憤る。彼女の考えでは大した回数ではないらしい。だが他の人にとっては違った。クラスメイト達は五回もだろうとツッコミたくて仕方ない様子だったが、なんとか我慢する。

 

「まぁ、とにかくさっき言った通りだから。あなたは自分の精霊と食べてなさい。じゃあ、そういことで」


 そう言って彼女は席に座っていたエルティナの手を取り、どこかへと連れていく。あまりに唐突すぎる出来事にエルティナは困惑しており、どうしたらいいのか分からなくなっていた。エミリの気持ちを考えれば、アリアを含めた四人で食べようと提案するべきかもしれないが、修行を優先させたいという思いもあり、答えを選べずにいたのである。迷っている内にもエミリとの距離は離れていき、やがて姿が見えなくなってしまった。エミリが追ってくることはなかった。


 その後もなんの進展も迎えられなかったエミリは、悄然(しょうぜん)とした態度で帰路についていた。道中何度目になるか分からないため息をする。彼女は今日の戦いで敗れたのだ。隣にはアリアとレベッカもいるが、エミリの暗い雰囲気が伝わり沈黙していた。


「……エミリ、きっと何か甘いもの口にしたら元気になる。だからーーあっ……」


 必死にパートナーを慰めようとするアリアだったが、そのタイミングでお腹が豪快に鳴った。精霊は基本食事をしなくても生きられるが、食べたいと思った時に起こる現象は同じらしい。これには今のエミリも少し笑みがこぼれた。


「ふふ、ちょうど向こうにお菓子の店がありますから行って来ると良いですわ。レベッカ、買いすぎないようお金の管理をお願い」


「ですが……」


「一人になりたい時もありますわ」


「……かしこまりました」


 二人が店の中に入っていくのを確認したあと、エミリは一人歩き始める。落ち込んで地面を見ながら進む彼女は、自分を追跡してくる者がいることに気づかなかった。





 


 


 

 

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