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ある精霊との絆の誓い  作者: やがみしょう
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第24話 共鳴



「ちっ!」


 女性は舌打ちした。完璧に事が運んでいた計画だったが、予想外の邪魔者によって狂ってしまったからだ。他の仲間は突然現れた黒猫によって全員倒され、形勢が逆転してしまっている。だが煙が晴れてから猫の姿が見当たらない。残っているのは弱りきった精霊と、まだ学園に入学したばかりの小さな子供だけだ。どこに消えたのか警戒は必要だが、まだ絶望的な状況とは言えない。猫を除いた今の二人など脅威と言えるほどではない。ただ面倒なことになっただけだ。


(それにあの二人は契約をしていない……いや、していても……)


 そうでなければ慎重に行動しなければいけなかった。そのため女性はシェルビアが人間を信用していないことに感謝する。


「エルティナ……いえ、今はエルメスちゃんだったかしら? そんな姿になってもパートナーの元に来るなんて感動ね。けれどおかげで完璧だった計画が予定どおりにいかなくなっちゃった。私は怒ってるわよ。覚悟はできてるのよね?」


 女性の魔力が大きくなる。戦闘態勢に入ったのだ。エルメスとシェルビアに緊張が走る。魔法の特訓や模擬戦などは何度か経験済みだが、負ければ悲惨な運命をたどる実戦は初めてと言ってよい。


「ふふ。そんなに怖がらなくて良いわよ。私達はそこの精霊を連れてくるよう頼まれてるから、召喚主であるあなたを殺したりなんてしないわ。ああ、でも人体実験を行うと言っていたから、ついでにあなたも連れていこうかしら?」


 精霊が人間界を離れる方法は二つある。一つは人間界と精霊界を繋いだ門をつくりだすこと。そしてもう一つは精霊を召喚した人物が命を落とすことだ。女性達がシェルビアを必要としている以上、彼女の召喚主であるエルメスを殺すわけにはいかない。だがそれは命の保証がされているだけで、生きてさえいれば手足を切断しようが、実験に利用しようが、女性達にとってはどうでもいいことだった。


「あなた達はいったい何者なんですか……?」


 人体実験などという不穏な単語に恐怖を感じるエルメス。どこの国、組織の人間かは分からないが、想像以上に危険な者達のようだ。そしてやはり、そんな彼女達が狙うほど神級の精霊の力には価値があるらしい。


「そうね……おとなしく捕まってくれるのなら教えてあげても良いわよ」


「それは嫌です」


「そうでしょうね」


 その拒否を合図に戦闘が始まった。シェルビアは既に戦闘不能であるため、エルメスは女性と一対一で戦う。敵は平気で犯罪に手を染める人間だ。当然子供が相手でも容赦しないだろう。さらにその戦闘能力も未知数。一瞬たりとも油断はできない。


「さて、学園の最年少の実力を見せてもらいましょうか」


 そう言うと同時に魔法が放たれる。女性の得意とする魔法は青属性氷系統だった。女性の魔力は地面を氷へと変化させ、エルメスに向かって真っ直ぐ伸びていく。そのスピードは速いが避けられないほどのものではない。すぐに横へと移動したエルメスが見ると、路地裏の道の真ん中には少年の足首あたりの高さまである茨のトゲのように尖った氷が、一本の細長い線をつくりだしていた。もし避けていなければ、足が氷に覆われて身動きがとれなくなっていただろう。


「よそ見している場合じゃないわよ」


「ッ!」


 安心している時間などなかった。続けて数多の氷の飛礫(つぶて)がエルメスを襲う。エルメスは『水弾』で応戦した。路地裏は氷と水の弾丸が飛び交う小さな戦場と化す。外から見れば戦況は均衡しているように見えるが、氷の飛礫の方が威力が高く、次第にエルメスが押され始めていた。


「ふふ、この程度?」


「だったらこれです。水嵐!」

 

 負けないために魔法を変える。するとエルメスを中心に螺旋状に流れる奔流が起こった。その水の流動は激しく、氷の飛礫をいとも容易く呑み込み、エルメスに届く前に打ち消していく。

 

「そしてもう一つ、水波!」


 エルメスも攻撃を休めず続ける。相手が魔法を使ってこない間に、女性の身長よりも高い津波を放った。闘技場でシェルビアが起こした波に比べれば小規模なものだが、狭い路地裏では避けることなどできない。だがそれは女性には通用しなかった。ただ一言「氷化」と口にするだけで波はあっさりと冷たい固体へと変化させられ、女性がソッと手で触れるとピキリと音をたてて崩れていった。


「行きなさい」


「ああああぁ!」


 欠片となった氷は魔力制御によって操られてエルメスを襲う。エルメスは魔法による防御が間に合わず、直接攻撃を喰らってしまった。氷の鋭く尖った部分が服の生地を裂き、少年の頬や腹部にすり傷を作る。そして皮膚の複数箇所から微量の血を流しながら地に膝をつけた。


「エルメス!」


「ふふ、もう諦めなさい。あなたみたいな子供一人じゃあ、いくら頑張っても私には勝てないわ。それに嫌でしょう? もっと痛い思いをするのは」


 少年を見下ろしながら忠告する。まだ続けるのならこの程度では済まないと。

 

「……いや……です」


 息を切らしながら、エルメスは覚束ない声を発した。その微かな声が聞こえた女性は笑みを浮かべる。


「そうでしょうそうでしょう。お姉さん分かってくれて嬉しーー」


「諦めるのは……嫌です!」


 今度ははっきりとよく通る声だった。エルメスの瞳には最後まで戦い抜く強い意志が読み取れた。その威圧感すら感じる眼力に女性は思わず辟易(たじ)ろいでしまう。


「あなた本気? きっと後悔することになるからやめた方が良いわよ」


「戦うかどうかはぼく自身で決めます!」


 その言葉にシェルビアは衝撃を受けた。精霊界にいた頃の彼女にとって、敬愛する一人の精霊の言葉だけが全てだった。いつまでもそれで良いと思っていた。だから考えたことなどなかった。自分自身で何かを決めるということを。


「どうしてそこまで頑張るのかしら?」


「そんなの決まってるじゃないですか。大切なパートナーを見捨てるなんてできないからです」


 シェルビアは敬愛する精霊の言葉を思い出す。人間は精霊を利用する。必要がなくなれば切り捨てると。だがエルメスはどうだろう。少年の言葉には嘘も偽りも感じない。


「……そう。なら、泣き叫ぶことになっても知らないわよ!」


 少年の意志が折れることがないと悟った女性は、容赦のない氷の魔法を放出した。空気中を猛スピードで突き抜け、標的に向けて進んでいく。そしてそのままエルメスの体を貫通するかと思われたその時、何者かの手が氷を握り、力強く砕いた。


「シェル……ビア?」


「どうして動けるの!?」


 立っていることすら困難だった彼女はいつの間にか、エルメスを庇うように正面にいた。


「エルメス、忘れるな。私は人間を信じない。いつまでもお前を否定し続ける」


「……忘れないでよシェルビア。ぼくは君を傷つけない。どれだけ君を、精霊を大切に思っているかを、いつか必ず証明してみせる」


 二人は儀式の場で交わした約束を確認し合う。


「ふん、そうか……ならば私は信じないが待っていてやる。お前が証明するその時が来るのを。だからーー今この時をお前と共に戦おう」


 彼女は振り向くとそう言った。まだエルメスを完全に信用しているわけではない。だがシェルビアのためにこの危険な場所に飛び込んで来たのは事実だ。見捨てないという言葉も嘘ではないだろう。本当に人間と精霊が絆で結ばれるのなら、その瞬間を見てみたい。敬愛する精霊の語る人間が存在するのは確かだろうが、エルメスがその類いの人間だと決めつけず、自分自身で見極めよう。そして約束を果たす日が来るのならば、素直に認めて契約しよう。そう心に決めた。


「約束した未来に向かうために、このピンチを一緒に切り抜こうじゃないか」


「うん!」

 

 その瞬間、二人は青く輝く光に包まれる。そして、それが原因なのか二人の魔力が大きく膨張していった。パートナーの魔力が一定数戻ったため、エルメスは再びエルティナの姿へと性転換する。


「あり……えない……わ」


 女性は目の前の不思議な光景に驚愕していた。なぜなら、それが起こることなど全く予想できていなかったからだ。その奇跡の力が発動しないと確信していたからこそ、計画に多少の狂いが生じても余裕さを残せていた。だが思い込みは見事に外れ、冷静にはいられなくなってしまう。


「こんなのありえない!」


 現実を否定するかのように女性は叫び、槍のように先端が細い氷をうち放った。しかしシェルビアの水によってあっさりと防がれる。女性の精神が乱れたことにより、氷のつくりが脆くなっていたためだ。そしてエルティナとシェルビアにとっては最大のチャンスだった。


「青から白に着色。身体強化!」


「ちっ!」


 隙を見つけたエルティナは、水の壁から飛び出し、拳と足を使って相手と対峙した。女性は遅れをとったもののすぐに受け身をとり、上手く威力を押さえながら後方に下がる。


「くっ、私を舐めるなぁ!」


 鬼の形相で大声を上げると、獰猛な氷の虎を造形する。今までの下級魔法とは違い、強力な中級魔法『氷虎』だ。それは逞しくつくられた体を全力で使い、獲物へと威勢よく駆ける。


「シェルビア!」


「ああ!」

 

 だが怖じ気づくことはない。二人は手と手を重ね、互いの魔力を集中して合わせた。


「双蛇・水流撃!!」


 決して一人では放てない魔法。荒れ狂う水の蛇二頭が絡み合いながら前進する。渾身の魔法どうしがぶつかり合い、氷虎は水蛇によって粉々に噛み砕かれた。もう女性には止める手段は残されていない。


「ありえない……契約していないあなた達が共鳴できるなんて……ありえない!」


 抵抗することもできず、ただ呑み込まれるのを待つだけだった女性は、水に流される直前そう言葉にする。しかしそれは誰の耳にも届かなかった。そしてなんとか敵に勝利したエルティナは、共鳴の効果が切れ、魔力消費と疲労によって倒れるように地面に横になった。


 次に目覚めると、ぼんやりと見知った顔が見えた。最初は幻か何かだと思っていたが、次第に視界がはっきりとして現実であることを認識する。


「……サラ!?」


「お目覚めですかエルメス様」


 彼女はにこりと笑う。気づけばエルメスはサラの膝を枕にしていた。気絶している間に彼女にされたようだ。さらに知らない内に少年用の服に着替えさせられている。恥ずかしさを覚えたエルメスは顔を赤らめながら飛び起きた。そして辺りを見回してみると、まだ路地裏にいた。その時パートナーの姿も探していると、建物の壁に背をつけて座っているシェルビアを見つける。エルメスはホッと胸を撫で下ろした。


「サ、サラはどうしてここに?」


「私の情報網を甘くみないでください。エルメス様が必死に敵と戦っていたのも、シェルビアが単純な魔法で弱体化し、エルメス様を困らせたこともすべて知っております。あ、あと変質者が出たという情報も」


 微笑む笑顔は変わらないが、台詞の後半では殺気が漏れ出ていた。おかげでシェルビアの顔は真っ青である。まさか何から何まで認知されているなど思わなかったのだろう。エルメスは苦笑するしかなかった。やはりサラには勝てない。


「そうだ、あの人たちは?」


「仲間と共に逃げたようです。とにかく、エルメス様が無事で何よりでした。軍には既に報告してあるので、後は彼らに任せて家に帰りましょう」


「あの、サラお姉さま。魔力が枯渇して動けないんですけど……」


「……はぁ、仕方ないですね。じゃあ今回だけですよ」


 ため息をつくサラだが、動けないシェルビアのために助力することにした。どこからか長い縄を取り出し、それをシェルビアにくくりつけ、散歩でもするかのように歩き出す。シェルビアはズルズルと地面を引きずられていった。


「あの……普通ここは肩を貸して友情的なものを演出する場面じゃあ……」


「は?」


「な、なんでもないです」


 サラの眼力に黙るしかなかったシェルビアだった。




近日中にタイトルを変えようと思います。


『神級の精霊と契約した代償』

     ↓

『ある精霊との絆の誓い』


 の予定です。

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