第17話 アメリア
色気に溢れ、誘惑されれば断れないような魔の力を備えた魅惑的な女性。それがエルティナの、彼女ーーアメリアに対する第一印象だった。黒を基調とした露出の多い服を着ており、朗らかに育った胸や白く柔らかな太ももに男子の視線が誘導される。風になびく桜色の髪を耳にかけ、生徒たちに微笑みかけると、男子はみな顔を赤くしてニヤけるのが止まらなくなっていた。それはエルティナも同じで、アメリアの魅力に支配されないよう必死に心を制御していた。そして彼女は一部の男子を虜にした後、ライリーに体を密着させる。
「寄るな鬱陶しい」
邪魔だとばかりに押し退けようとするライリーだが、それを素直に聞くアメリアではなかった。抵抗するライリーに負けじと無理矢理体を寄せ付けていく。
「ふふ、つれないなぁ。私はライリーに会いたくて来たんだよ? そしたら水をかけられて困ってるようだったから、風邪引かないよう体で温めてあげてるんじゃない。ほら、こんなふうに」
「っ! 変なところに手を持ってくるな。もういいから離れろよ!」
アメリアは嫌がるライリーの胸元にソッと手を伸ばした。そんな無遠慮に触れてくる彼女にライリーは怒りを見せ、力ずくで離す。まだ触れ足りてないのか、抵抗されて残念そうな表情になるアメリア。しかしそれも一瞬だけで、すぐに笑顔に戻した。
「ふふ。あ、この子が私のライリーに水をかけた生徒ね。う~ん、どうしてくれようかしらぁ」
相手をしてくれないパートナーへのスキンシップを諦め、誰か構ってくれる者はいないかなと、生徒が集まる方へと視線を移動させたとき、たまたまエルティナと目が合った。するとその少女のことに気づいたアメリアは、獲物を狙う鋭い眼光を少女へと放つ。それに少女は畏怖し、獰猛な野獣から狙われた少動物のように怯え始めた。
「ふふ。本来ならきつーいお仕置きが待ってたんだけど……可愛いから、これで許してあげるわぁ。えい!」
瞬く間に距離を縮めたアメリアは、少女に飛び付いて抱擁した。彼女は面白そうに少女を手当たり次第に触っていく。その突然の出来事に、エルティナは顔を紅潮させながら混乱した。それは女性の柔らかな感触を感じる余裕すらないほどだった。
「ああ、なにこのちっちゃくて可愛い生き物。ぬいぐるみみたい。それに良い匂いもするし、このままお持ち帰りしたいわぁ」
「なっ!? 誰がそんなことを許すか! それは私の愛玩ペットだ。他の誰かに渡すなど絶対しないぞ!」
「だから人扱いしてよ!」
エルティナを抱き締めて手放さないアメリアにシェルビアは抗議する。しかし、その内容は少女にとって到底受け入れられないものだった。当然のことだろう。ぬいぐるみやペットなど誰が好き好んでなりたいなど思うのか。どちらも却下する以外の選択肢などあるはずないに決まっている。
「あら残念。でもこの子あなたにペット扱いされるの嫌がってるわよ? 逆に私がこうすると、とても気持ち良さそうだわぁ」
「ぐぬぬ、確かに……なぜだエルティナ!? なぜ私のときはあんなに抵抗するのに、その女は受け入れてるんだ。ちくしょう!」
「……フッ。無様なシェルビア」
悔しそうに膝を地面に崩したシェルビアに、嘲笑を与えるアリア。そして再び始まる大喧嘩。その時、闘技場にいる生徒たちはみな、同じ気持ちを共有した。
((((もういいよ))))
「はぁ、もういいからエルティナを放して自己紹介しろ。授業が先に進まない」
呆れた様子で、持っていた出席簿をアメリアの頭に軽く当てる。それに彼女は惜しみながら「仕方ないなぁ」と言って、胸に押し込んでいたエルティナの頭を離し、少女を解放した。ようやく自由の身になったエルティナだが、美女に抱きつかれるという慣れない事が長く続いたおかげで、頭がショートし立ってる力も入らず倒れ込んでしまった。すかさずエミリが支え、熱が上がって意識の朦朧としたエルティナを心配そうに介抱する。その様子にアメリアは「あらあら」と愉快そうに笑みをこぼした。その後、ライリーに言われた通り、自分の紹介を始める。
「私はライリーを愛するパートナー、アメリアだよ。好きなものは人、物関係なく可愛いもの。嫌いなものはーー」
「おいアリア避けんな! 一発だ。一発で良いから殴らせろ!」
「……私知ってる。そんなこと言いながらシェルビアは何度も殴る気満々。そもそも一発だって嫌に決まっている。だから絶対拒否」
途中、アメリアの言葉を二人の精霊の声が遮った。額に大きな怒りマークを付けたシェルビアが、なんなく避け続けるアリアをしつこく追い掛け回していた。傍から見れば遊んでいるように見えるが、実際はかなり険悪な様子でやりとりをしている。それに生徒たちは、まだ続いてたのかと心底呆れ果てていた。しかしアメリアだけは反応が違った。その顔から先ほどまでの楽し気な笑みは消え去り、なぜか憤った様子でいがみ合う精霊二人を睨み付けていたのだ。
「ねぇそこのお二人さん。人が話してるときは最後までちゃんと静かに聞くってこと知らないのかなぁ?」
アメリアが来てから初めて耳にする、怒気の含まれた言葉だった。だが二人は互いのことに集中していて聞こえないからか、彼女の問いに答える声はない。
「ふふふ、そっかぁ~。私の嫌いなものはね、私の思う通りにならないものなんだぁ。だからぁ……」
寒気すら感じる笑い声を上げて二人に近寄っていくアメリア。さすがにそれで気付いた二人は振り向いた。するとそこには、鮮やかな紅色に光る瞳があった。それを見た途端、どうしたものか二人は地面に倒れ込んでしまう。
「し、シェルビア?」
「あ、アリア?」
エミリの介抱のおかげか、いつの間にか意識が回復していたエルティナ。しかし今度はパートナーが急に倒れてしまい、戸惑いを見せていた。よく見ればシェルビアとアリアは気持ち良さそうに横になって眠っていたのだ。
「ふふ。二人とも仲良くしなきゃダメだよぉ」
その言葉が合図だったかのように、眠った二人は手を重ね合わせる。それはまるで、泊まりに来た友達と一緒に寝ているかのような様子で、今日一日の二人を見ている者たちからすれば、異様としか言えない光景だった。さらにお互い何やら良い夢でも見ているのか、とても幸せそうな顔をしている。これはアメリアの魔法『夢幻』によるものだ。発光した瞳と目があった者を強制的に深い眠りにつかせ、自由自在に夢を見せるという精神系統の部類に入る魔法である。
「ふふ。さらに彼女たちの夢を他の人に見せることもできるんだよぉ。男の子たちはクラスの可愛い子とあれやこれやしてる夢なんて他者に見られたくないよね? 女の子たちも白馬に乗ったクラスの気になる子に助けてもらってる夢を見てるなんて知られたくないでしょ? だったらちゃんと最後まで静かに私の話を聞こうね。分かった?」
「「「「は、はい」」」」
その狂喜じみた笑みに対抗しようなど誰も考えない。それにアメリアは満足感を得たのか、表情が優しげな笑みになっていた。その場の誰もが安堵する。
ライリーは的当ての訓練を再開することにした。エルティナの次の生徒から名前を呼ばれていく。
「的当てかぁ。男の子の心を射ぬくのは得意なんだけど……あ、用事があるの思い出した。じゃあ、私はもう行くよ。またねぇ~」
突然そう言って浮遊し、その場を去っていくアメリア。最初から最後まで実に自由気ままな精霊だった。ライリーは、本当に何しに来たんだあいつはと思いながら、授業に集中するが、ほどなくして終了の時間が訪れ解散となった。
それからしばらく経って、闘技場に取り残されたシェルビアとアリアは長い眠りから目覚め、お互いの状況に大きな悲鳴を上げたのであった。