第15話 食堂
「エルティナさん。食堂に行って一緒にお昼ごはんを食べませんか?」
四時限目が終わってすぐ、エミリは隣に座る友達にそう尋ねた。お昼ごはんは教室、庭、食堂など、学園内から出なければ基本どこでも自由に食事をすることができる。今日は初日ということもあって、多くの生徒は慣れない食堂よりも、家からいろいろな食べ物を持ってきていた。すでにいくつかのグループに分かれており、それぞれの中心人物の席に集まって談笑しながら食事を進めている。その様子はとても楽しそうで、エルティナはずっと羨ましげに眺めていた。
「そうですね……」
即答はしなかった。もちろんエミリの提案は魅力的なものだ。しかしエルティナはどうしようかと悩んでいた。なぜか。それは友達が欲しかったのである。共にいて楽しくて、何より気持ちが落ち着く男子の友達が。やはり異性、しかもエミリのような美少女が、すぐ近くにいるというのは緊張して仕方なかった。さらに精霊のシェルビアとアリアには、人とは違う神秘的な美しさを兼ね備えている。その内の一人はエルティナにとって厄介な変態だ。しかし、授業中静かに座っているシェルビアの横顔に見惚れてしまったことも事実だった。
しばらく考えていると、断られることを心配して潤ったエミリの目が視界に入った。エルティナはドキリとしてしまう。そんな目を向けられては拒否など出来るわけがなかった。昼休みはクラスメイトに声を掛ける絶好のタイミングなのだが、人見知りのエルティナには、その勇気を出すのにも長い時間が掛かるのだ。そのため無理に断らず、エルティナは彼女と食堂に向かうことに決めた。
「分かりました。一緒に食堂に行きましょう」
「本当ですの!? 嬉しいですわ。友達と一緒に食事をするの夢だったんですの。それが叶って安心しましたわ」
「ちょっと待て。それはつまりこいつと一緒にごはんを食べるって事だろ? 私は嫌なんだが」
「……こんなのとお昼まで一緒にいるなんて不愉快。せっかくの料理がおいしく食べられない」
シェルビアとアリアはお互いを指差して不満そうに告げた。二人は初めて会ったときから仲が悪かった。それは一日程度で直るわけもなく、朝から目が合う度に口喧嘩をしていた。なぜ気に入らないかは分からないが、授業中にまで喧嘩を始めるのは迷惑な話である。そのせいで何度ライリーに怒られたことか。だが今はお昼休みだ。魔法による喧嘩さえ始まらなければほっといても構わない。エルティナはそう考えていた。
「じゃあ行きましょうか」
「ええ。とても楽しみですわ。新しい友達と食事なんて本当に夢のようです」
エルティナたち二人は席を立ち、教室のドアをがらりと開けて食堂に向かっていく。エミリはエルティナとお昼を共に出来ることの嬉しさで、シェルビアとアリアの小競り合いに意識が向くことはなかった。
「……え、エルティナに……無視された……?」
「……食事前なのに悲しい気分」
精霊二人はいがみ合いことすら忘れて、置いていったパートナーたちの遠ざかる背中を呆然とした様子で眺めていた。
食堂の長いテーブルで食事をする者たちは、やはり二年生の生徒が圧倒的に多かった。学園の生徒は、制服の胸元に二色の内のいずれか一方の色をしたバッジを付けている。一年生は赤色。そして食堂に集まる生徒のほとんどが付けてある二年生の緑色だ。エルティナたちは料理のメニューの書かれた掲示板を見たあと、それぞれ気になった料理を注文して席に座った。ほとんど一年生の姿は見えない。そのためエルティナたちは上級生の注目を集めていた。特に男子たちは可愛い後輩がいることに歓喜していいる様子だ。しかしエルティナたちは食欲をそそる匂いに釣られ、彼らの視線には全く気づいていなかった。
「料理のメニューがものすごい数でしたね。ぼくどれにしたらよいか迷って、結局大好きなシチューを選んでしまいましたよ」
「そうですわね。全く知らない料理があってわたくしも結構悩みましたわ」
空いた席に座り、料理についての会話が続いていた。メニューには名前だけ聞いたことのあるものや、初めて聞くもの、慣れ親しんだものなど種類が豊富に備わっていた。国内の料理だけでなく、他国のものまで用意されているため、普段味わうことのない味と遭遇できる貴重な機会になる。今回は二人とも舌に馴染んだ料理を選んでいたが、この二年間の間にいろいろなものに挑戦したいなと思っていた。
「……おいしい」
アリアは一人黙々とクッキーを食べていた。彼女は甘いものが大好物なようで、近くにシェルビアがいるというのに、いつもはあまり見せない喜びの表情が顔に出ている。その幸せそうな光景を見ているだけで、エルティナとエミリはさらに食事が美味しくなった気がした。そしてシェルビアはどうだろうか、と気になったエルティナは横に目を向ける。すると、深い藍色の瞳がじっと自分のことを見つめていたのだった。
「……なに? というかシェルビアは何も食べなくて平気なの?」
「ああ。精霊は人間と違って食事をしなくても問題ない。あいつのように味覚を味わいたい、という理由がなければわざわざ食事などしないよ。それに私は食べることより、小さい口で一生懸命食事を進めている可愛い女の子を見ている方が幸せだ」
「……はぁ、相変わらずだね」
呆れた様子でシェルビアに対応する。もう十分分かっているのだ。どんなに止めるように言っても、彼女が考えを改めることなどないということに。エルティナは何か良い案はないかと頭を働かせるが、やはり名案と呼べるものは考えつかなかった。サラのように実力があれば良かったが、エルティナにはそれだけの力はない。それにもしあったとしても、シェルビアの言う信頼関係というものから遠ざかるだけだ。
そんなことを考えていると、エミリが突然エルティナに声を掛けた。
「エルティナさん、見た感じとても少なそうでしたけど、それだけで足りるんですの?」
「ええ。ぼくは前から食が細いので、これでも十分足りるんですよ」
「でも、もう少しは食べないと成長できませんわよ」
「え、そ、そう……なんですか?」
絶望といった表情になるエルティナ。もう少し食べた方が良い、などと言われても、そんなに食べられないのだ。しかし彼女の言う通り、エルメスのときからエルティナは全く成長していなかった。まさかその原因の一つが食事の量だったとは。だが急にたくさん食べろと言われても、エルティナには無理な話だ。
しかし、それがもし出来るようになれば、今よりも大きく成長できるかもしれないのである。試してみる価値はあるだろう。ただ一つ問題がある。それは今の姿で実行した場合のことだ。
エルティナはエミリ、アリア、シェルビアをチラリと見たあと、自分の胸へと視線をおろした。他の三人と違い、成長が全く感じられない貧相なものだ。それに安心を覚えると同時に、どこか悲しいという気持ちすらあったことに驚きの隠せないエルティナだった。
「すまないなぁエルティナ。さすがに胸を成長させる魔法は知らないんだよ。だからそれで我慢してくれ」
ニヤニヤとした笑みで言うシェルビア。その予想外の言葉にエルティナは動揺した。
「は、はぁ!? なに言ってるんだよシェルビア。ぼくがそんなことを望んでるわけないじゃないか!」
エミリが目の前にいるため聞こえない程度の小声で、ぼくは男なんだよ、と付け加えた。もちろんシェルビアはそんなことは当然知っている。
「いやいや、そんなに恥ずかしがるなよ。女の子ならそういう悩みがあっても不思議じゃないんだからな。そう、女の子なら……な」
彼女は大事なことだと、二度同じことを繰り返した。その強調された言葉にエルティナは反論しようと試みたが、タイミング悪く昼休み終了の鐘が鳴り響き、機会を失ってしまうのだった。
「あ、次は闘技場で魔法の実践ですわ。早く体操着に着替えないと遅刻になってしまいます!」
「それなら、こんなこともあろうかと家で着替えてるんです。だから食器はぼくが戻しておくので、エミリさんは先に行っててください」
「構わないんですの? じゃあ、お願いしますわ」
「え、おい待て。それじゃあ、直接闘技場に向かうつもりなのか? 更衣室で女の子が下着姿になるサービスシーンなしなのか? そ、そんなの世の男どもが許しても私は許さないぞ!」
シェルビアは全力で抗議した。そんな彼女に、ざまぁみろとエルティナは不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあ食器片付けたら闘技場に行こうかシェルビア」
「まっ、待ってくれ。頼む。ちょっとだけ、ちょっとだけで良いんだ! 私に夢を……夢を与えてくれぇー!!」
希望を求める彼女の叫びは、みなの心を響かせることなく、ただ虚しくその場から消えていった。




