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ある精霊との絆の誓い  作者: やがみしょう
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第13話 登校途中での出来事





 朝日が昇り、外から鳥の囀ずる声が聞こえていた。目を覚まし大きなあくびを一つすると、よく寝たな、と思いながら部屋にある鏡を見てみる。そこに映っていたのは年端もいかない女の子だった。窓から射し込む光に当てられ輝く長髪と、瑞々しい色白の肌、小顔で幼い顔立ちをしている。シェルビアの言っていた通り、翌朝にはエルティナに戻っていた。やはり魔法そのものを解除しない限りは少女の姿で日々を送らなければいけないようだ。そのためにも早くシェルビアとの信頼関係を築かなければならない。だが彼女はそう簡単に認めようとはしないだろう。エルティナは深いため息をついた。

 「まぁエルメスのままでいられるとは期待してなかったけど」そう呟きながら髪に触れた。真っ直ぐ流れるように伸びた髪にはところどころに寝癖が付いていた。天井に向けてピンと立っていたり、変な方向に曲がったりしている。それらを全て直すのに普段の倍は時間が掛かるだろう。とても面倒だな、と思っているとドアをノックする音と共に「入ってもよろしいでしょうか」とサラの声が聞こえた。


「う、うん。いいよ」


 サラは女子生徒の制服を手に持って入ってきた。それを見るだけでエルティナは憂鬱な気分になる。今日から本格的に学園での授業が始まるのだ。そのため休みの日以外では嫌でも制服を着なければいけない。


「エルティナ様、とりあえず先に髪を直しましょうか」

 

 彼女はエルティナを見てからそう言った。頭はボサボサで、まだ眠たそうに開ききっていない目をしており、衣服がずれて左肩が露出していた。とてもだらしのない姿だ。このまま人前に出るわけにはいかない。


「一人でできるから大丈夫だよ。本当は邪魔だから切りたいんだけど」


「どっちともダメです。女の子として学園に通うのであれば、身だしなみは普段以上にしっかりしなくては。あと髪を切るのは許しません」


「でも……」


「絶対にダメです」


「わ、分かったよ……」


 エルティナはしぶしぶ諦めた。椅子に座り、乱れた髪を綺麗に直してもらう。すぐ後ろにサラが来ると、甘い香りがエルティナの鼻をくすぐった。その香りがすると、安心するような心地の良い気分になる。


「そういえばシェルビアは?」


「はい。シェルビア様、いえシェルビアは女の子に戻ったエルティナ様の部屋に入らないよう、ずっと縄で拘束しておきました。今は解放して静かに待機させております」


「そ、そう……」


 サラは何でもないかのように恐ろしいことをさらりと言った。以前の言葉通りエルティナのパートナーとなったシェルビアが、迷惑をかけなくなるまで仕置きを続けるようだ。彼女からは手加減するという気配は全く感じられなかった。

 話の最中もサラは手を止めることなく、櫛で髪を優しく丁寧に整えていた。それが終わると制服を着るのを手伝ってもらった。男子制服であれば一人ですぐに着替えられるのだが、女子制服にはまだ慣れていないため一人ではうまく着ることが難しいのだ。


 朝食をとりに一階に降りて居間へ入ると、シェルビアがソファーに座って待っていた。気のせいか、昨日よりもやつれたように感じる。


「問題なく戻ったようだな。安心した」


「そっちはどうだったの?」


「……何も聞くな」


 よほど酷い目にあわされたらしい。思い出したくないようだった。エルティナもその気持ちには理解できた。過去何度も怒らせ、何度も地獄を味わったのだから。そのためそれ以上、昨日のことを聞くのは止めることにした。


 朝食を終え、登校時間になると、エルティナとシェルビアは玄関を出る。サラも見送りに来ていた。彼女の姿を目にするだけで、シェルビアは怯えていた。そして「エルティナ様を困らせれば今日も同じ目にあいますよ」という彼女の忠言に「分かりましたサラお姉さま」そう言った。エルティナは自分の耳を疑った。あれほど自分の魔力に自信のある、あのシェルビアが言ったとは思えない内容だったのだから当然だろう。本当に何をされたのか、聞くつもりのなかったエルティナだが気になって仕方なかった。


 歩き始めて少し経ったときだった。突然なにかがエルティナの頭上に乗ってきたのだ。


「にゃあ」


「ネコ?」


「ああ。黒ネコだな」


 どうやら建物の屋根から飛び降りてきたようだった。エルティナは頭の上で鳴いているネコを、ソッと手で持って抱き寄せた。首輪はない。野良猫の可能性が高いが、逃げる気配がない。妙に人に慣れている様子をしていた。普通の野良猫であれば、たとえ餌を与えても人の姿がある限り、なかなか近寄ってこないものだ。


「オス、メスどっちだ?」


「動物まで女の子じゃないとダメなの?」


「いや、ただ気になっただけだ」


「そう? じゃあ確認してみるよ。ネコさんちょっと失礼するね」


 そう言ってネコを持ち上げ、下半身を見て性別を確かめようとした。しかしネコはそれを拒絶する。にゃあ! と強く鳴いたかと思うと、前足による強烈なネコパンチがエルティナを襲った。その衝撃でエルティナは倒れ込む。


「ああっ! 私の愛玩ペットに何してくれるこのくそネコ!」


「ぼくそんな扱い!? せめて人扱いしてよシェルビア!」


「にゃあ」


 なんとなく、自分は悪くない。勝手に他者の下半身を見ようとしたほうが悪い。と言っているような気がした。エルティナは驚いた。動物は嫌なことをされれば攻撃することもあるというのは知っているが、まさかこんなことで怒るとは。


「私のものに手を出すとは良い度胸じゃないかくそネコ。私自ら相手をしてやる。覚悟しろ!」


 憤ったシェルビアはネコに向かって飛びついた。その敵意に反応したネコは、ためらうことなく尖った爪を出し、害ある敵へと必殺の引っ掻き技を繰り出す。


「のおおぉぉぉ!」


 シェルビアは傷を付けられた顔を抑えながら転げまわった。そんな彼女を見たネコは、にゃあと鳴いた。おそらく、ざまぁみろと言ったのだろう。なんとなくエルティナはそう思った。


「し、シェルビアが負けた……いったい君は何猫な……んだ……がくり」


 答える者。いや猫はいない。道の真ん中で横になっているエルティナは、そのまま気絶するように目を閉じた。それからすぐに黒ネコはエルティナに近寄り、頬をぷにぷにとつつき始めた。「なに?」そう聞くと、ネコはエルティナにパンチを与えた前足を遠くにある時計台へと向ける。


「やばっ! シェルビア起きて。急がないと遅刻するよ!」


「いや、私は本気でかなり痛いんだが……」


「そんなの後で魔法で治せば良いじゃないか。ほら行くよ!」


 二人はネコを置いて、慌てて走り始める。授業開始まで残り十分ほどだったのだ。急げばなんとか間に合う距離ではある。全力で路地裏をいくつか通り抜け、運河の流れる道に出る。そこから少し右へ行くと橋があり、それを渡って向かい側の道に進めば学園はすぐそこだ。時計台をもう一度見れば時間もまだ余裕があった。これなら遅刻することはない。エルティナは安堵した。だがそれも束の間、少女の悲鳴が起こった。船の上ではしゃいでいた一人の女の子が落ちてしまったようだ。誰か助けて、と叫んでいる。一刻を争う状況だ。二人は迷わず水の中へと飛び込んだ。


「おいエルティナ、お前は戻れ。私は水の精霊だ。だからあの女の子は私に任せろ。なに、どさくさに紛れて体を隅々まで触ったりはしないから安心しろ」


「できないよっ! 変態精霊に任せるくらいならぼくが行く。だから邪魔しないでよシェルビア!」


 両者譲らない。二人の男、否。一人の元男と、一人の女好き変態精霊が、誰よりも早く一人の女を助けるために争いあっていた。それはとても醜い争いだった。非常事態に何をしているのか、呆れる話である。


「どっちでも良いから助けてよ!」


「はっ! 急いで助けないとまずい。待っていろ姫。今行くぞ」


「あっ! ち、ちょっと待ってよシェル……先行っちゃったし」


 エルティナは完全に出遅れてしまった。今から向かっても間に合わないだろう。下心のあるシェルビアより早く、主人公らしいかっこよさで助けたかったが、今回は諦めて一度戻ることにした。しかし冷静に戻ったエルティナはとても大事なことを思い出す。すると、みるみるうちに顔が青ざめていった。


(あれ? そういえば助けることに必死で忘れてたけど……ぼくって泳げたっけ……)


 少女は無事何事もなく助かった。女の子の母親に何度も感謝をもらったシェルビアは、女の子ともう少しいたいと思うが「エルティナを置いてきてるから戻る」と言ってその場を去ろうとする。


「そういえばエルティナはどこだ? ん、あれは……まさか」


 水面からブクブクと泡が起こっていた。嫌な予感のよぎったシェルビアは、再び急いで水の中に入る。すると、気を失って水の底へと落ちていくエルティナの姿があった。


(エルティナぁぁぁ!?)


 






 二人は結局遅刻した。なんとかシェルビアに助けられたエルティナは、濡れた制服を赤属性熱系統魔法『乾燥』で全身を乾かしてから、おそるおそるゆっくりと教室のドアを開ける。


「す、すみません。遅れました……」


「……お前といい、シャルロッテといい、初日から遅刻とはなかなか度胸があるな。しかも本人は反省なく居眠りしてるし……起きろバカ!」


 機嫌の悪いライリーはちらりともう一人の遅刻者を見た。そのシャルロッテという人物は、堂々と目を閉じて眠っていた。その態度に腹を立てたライリーは教卓に置いてある出席簿を手に取り、それをおもいっきり叩きつけた。


「いったぁ!? ちょっと叩くことないじゃない。私の頭はスイカじゃないのよ。スイカ割りしたかったら学園が休みの真夏にやってよね!」


「ほう、スイカ割りか。夏近くの教室でやるのも悪くないかもしれないな。ああ、スイカ割りなら、横じゃなくて縦でしないといけないな」


 すかさず横から縦へと変える。角で攻撃などされれば、先ほどとは比べられないほど強い痛みを味わうことになるだろう。さすがにそれは喰らいたくないと、シャルロッテはそれ以上の反発を止めることにした。


「そ、それは勘弁! 私が悪かったわよ。謝るから許してぇ」


「まったく……ほら、お前たち二人も早く席に着け」


「は、はい」


 エルティナとシェルビアは空いている後ろの席に座った。隣にはエミリとアリアがいた。今話すのは怒られる可能性が高いため、挨拶だけ済まして席につく。


「はぁ、疲れた。じゃあ授業を再開するぞ。集中して聞くように」

 

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