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ある精霊との絆の誓い  作者: やがみしょう
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第12話 問題解決?




「私も入るぞ」


 入浴室にシェルビアが入ってきた。彼女は男性だけでなく女性さえも虜になるであろう輝くように美しい肢体をさらけ出していた。エルティナはその裸体に一瞬見惚れてしまう。そして我に返ると狼狽えながら目を両手で覆って抗議した。けれどもシェルビアは素直に言うことを聞く精霊ではない。シャワーの音で聞こえにくいが、床に散った水をぴちゃぴちゃと踏む音がした。真っ直ぐ少女の元へ近づいていることが分かる。


「す、ストップ!」


「なぜだ? 女同士入るのは別に問題ないだろう」


「ぼくは男だってば!」


「それは違うな。もうすでに体を見ているんだろ? だったら分かっているはずだ。今のお前は正真正銘の女の子なんだよ」


 彼女はバスタオルで隠れた少女の胸元を凝視しながらそんなことを言った。その顔からは喜びが見て取れ、ご満悦の(てい)だった。エルティナは恥ずかしさを覚えた。決して、膨らんだ胸にイヤらしい視線を向けられたからではない。絶世の美女であるシェルビアに見つめられたことが照れくさかったのだ。しかしそんな感情もすぐに消えた。冷静に戻ったからではない。シェルビアが再び距離を縮めだしたことで気恥ずかしさなど考える余裕がなくなっただけである。彼女は全裸だ。目の前の少女が元男であったというのに、全く気にしていない様子をしていた。もう完全に女の子として見ているようだ。そんな彼女と違い、エルティナは緊張の面持ちで(せわ)しなく目を上下左右にキョロキョロさせていた。十二才の子供には刺激が強すぎるというものだ。今すぐにも離れたいと思うが、逃げ場はない。


「シェルビアの言う通り見た目は変わったけど、心は男のままなんだよ。だから離れて!」


「ふん、言っただろう? 私は可愛らしい女の子を愛でることさえできれば良いと。まぁ性格まで変えられないのは残念だがな。最悪な奴だって? そんなに嫌がるなよ……仕方ない。抵抗できなくするか」


 そう言うと同時に魔法で水を操り、四つの頭を持つ蛇を造形させた。シェルビアはその水蛇に「動けなくしろ」と指示を出す。すると蛇はそれに従い、俊敏な速さで蛇行しながら襲いかかった。普通の動体視力では反応することもできない。両腕と両足に巻き付き、エルティナを身動き一つとることができなくする。


「こ、こんなことで魔法を使うなよ! や、やめ、離せって!」


「ふふ。ようやく二人きりになれたんじゃないか。少しくらい私に付き合ってくれても良いだろう?」


「良いわけないよ!」


 拘束を解こうと必至に足掻きを見せた。巻き付く水蛇を退けようと身体強化魔法を使う。しかし蛇の力は強く、ぴくりとも動かすことは叶わない。シェルビアは既に目と鼻の先まで近づいていた。彼女はエミリ以上に何をするのか分からず、危険である。


「無駄だ。私の魔法がお前ごときに破れるわけないだろう。多少身体能力が上がっても差は埋まらないよ。諦めるんだな~」


 シェルビアは舌なめずりをしながら、少女のバスタオルに手を伸ばした。しかし彼女は触れる寸前でそれを止めた。見れば彼女の顔には笑みが消え、目の前のパートナーを嫌悪感の含まれた目で見ている。なぜ急にそんな態度になったのか。体に触れられなかったのは嬉しいが、理由が分からず困惑してしまう。いつの間にか拘束していた四つ頭の水蛇も普通の液状に戻っていた。

 「どうしたの?」そう尋ねようとしたエルティナだが、ちょうどその時サラが着替えを持って脱衣室に入ってきた。風呂場の扉はシェルビアが開けっ放しにしており、異変に気づいたサラと目が合ってしまう。


「着替えを持ってきましたエル……メス……さま」


 サラは目を見開いて驚いていた。知らない内にシェルビアが風呂場にいたこともそうだが、それよりも彼女に衝撃を与えたのが、十二年間毎日見てきた少年の姿があったからだ。


「……詳しく話を聞かせていただきます」







 マリーとレオナルドから話を聞いたとき、サラは自分の耳を疑った。厄介な性格をした精霊を彼女は何人か知ってはいるが、性別まで無理矢理変えようとする者はいない。しかし玄関前にいたのは、エルメスと全く同じ魔力を持った少女だった。彼女はどう接すれば良いのかわからなかった。そう困っているときの、エルティナが元の姿に戻るという事件である。


 仁王立ちしているサラが見下ろす先には、正座しているエルメスと胡座をかいて座っているシェルビアがいた。二人はあの後、すぐに着替えを済ませ、場所を居間に移っている。着替えの服は今までエルメスが使っていた物だ。急なことであったためエルティナに合う服は用意できていなかった。できていたとしても着ようとしなかったかもしれないが。


「それで説明をしていただきたいのですが、これはどういうことなんでしょう? エルメス様に掛けた魔法は解けたのですか?」


 鋭い目付きで二人を睨むサラは、まさしく鬼のように恐ろしく見えた。シェルビアは平気な様子をしているが、エルメスは恐怖のあまり肩を震わせている。


「いや、私が掛けた魔法は解けていない。ただ弱まっているだけだ。完全に男に戻りたければ魔法そのものを解除しなければいけない」


「どういうこと?」


「どういうことですか?」


 理解ができない。だが完全に男に戻ったわけではないということはエルメスにも分かった。


「エルメスに掛けた魔法は私の魔力を消費することで対象者を女の子に変えることができる。だが今回、私は連続の魔力消費で魔力切れとなってしまい、エルメスをエルティナにしておく維持ができなくなったんだ」


「え、待って。じゃあもし学園にいるときにシェルビアの魔力が切れたら……」


「女子の制服を着たエルメスの姿を他の生徒たちに見られてしまう、ということだな」


 その状況は最悪と呼べるものだった。誰かに自分が女装した姿を見られるなど、想像するだけで背筋が寒くなる。


「そんなことになれば、ぼく確実に不登校になるよ! というか一歩も外に出られない重度の引きこもりになっちゃうよ!」


 それだけは何としても防がねばならない。エルメスは必死の様子だった。それに対してサラは思った。今とそんなに変わらないのではと。


「……それで、シェルビア様の魔力はどれ程で回復するのですか?」


 もしも数日掛かるなんてことであれば、その間学園に通うことができなってしまう。そうなればエミリが心配して家を訪ねてくる可能性もある。それに、そんなことが何度もあれば何かの疑いをかけられるかもしれない。


「そうだな。明日の朝には回復しているだろう。人間と違って早いからな」


 それを聞いてエルメスは胸を撫で下ろした。それならば人前で戻ったりしない限りは問題ない。


「お願いだから魔力の使い過ぎには気を付けてよ」


「分かった」


 エルメスの学園生活が掛かっている。きっと今日のように魔力を大量消費する日が何度かあるだろう。彼女だけでなく、自分もしっかり魔力の管理をしていなければいけないと嫌でも思わされた。


「ではその話は一旦終わりということで良いですね? それでは教えていただきたいのですがーーどうして二人で風呂場にいたのでしょうか?」


 サラは笑顔で問い掛ける。しかしそれはエルメスの心臓を止めるほどの威力を持った恐怖の笑みだった。


「ぼ、ぼくは一人でゆっくり入浴したかったのに、シェルビアが勝手に入ってきたんだよ」


 サラの瞳がシェルビアに向けられる。決して嘘ではない。ただ事実を言ったまでだ。


「なるほど。無理矢理入ってエルメス様を困らせるとは、パートナーとして失格ですね。少しばかり仕置きが必要だと判断しました」


 悪魔でさえ逃げ出しそうなほど禍々しい魔力がサラから溢れ出す。だがシェルビアは泰然自若としていて顔色一つ変化しなかった。自分を絶対的な強者と思ってのことか、或いはただの無知なるためか。


「はっ! 私を何者か知って言っているのか? 私に仕置きをするなど、できるものならやってーー」


 刹那、風の刃がシェルビアの頬を掠めた。『風刃』だ。痛みはなく、すぐに治せる傷だが、問題なのは魔法を見ることができなかったことだ。防御魔法を張る余裕もなかった。もし首を狙われていたら死んでいただろう。


「あなたのことは少し知っていますよ。私の友人であるあの子の聖なる湖の守護者のようですね。ですが所詮、精霊界での大戦も経験していない箱入り娘。いえ湖入り娘。位階なんて魔力の高さで決まっているだけですよ? 大戦だけでなく、人間界でマリー様と冒険者として実戦を積み重ねてきた私に勝てるとでも思っているのですか?」


 冷や汗がつうと流れる。シェルビアは理解した。サラは決して相手にしてはいけない精霊であるということに。しかしもう時遅しだ。


「ふふ、もうエルメス様を困らせることができなくなるように少し痛い目にあってもらいましょうか。エルメス様、すぐに終わらせるので少しばかり待っていてください。終わったあとに、ご飯にいたしましょう」


「う、うん。やり過ぎないでね……」


「はい。分かっております」


 しばらくしてから悲鳴が幾度も上がった。それが止むと、サラはキッチンに向かいすぐに夕食を温め直し、食卓に並べた。今日はシチューだ。おいしく食事をとるエルメスと違い、シェルビアはソファーで横になってぐったりとしていた。その顔は真っ青で生気を感じられない。


 食事を終えるとエルメスは、二階にある自室に向かっていた。ちなみにシェルビアはサラと同じ部屋で寝るようだ。このソファーで良いです。勘弁してくださいと泣きながら懇願しているが、サラは無視を貫いていた。かわいそうにも思えるが、自業自得だろう。そう思いながら階段の一段目に右足をのせた時、背後からサラが声をかけた。


「エルメス様、マリー様とレオナルド様から伝言があります。決して油断するな。周りには常に気を付けろ。とのことです」


「……どういうこと?」


「シェルビアはあんな変態精霊ですが、各国の人間が欲している神級なのです。いくらリュカ様が箝口令を出していても、すぐにシェルビアのことは知られるでしょう。そうなれば命を狙われる危険もあります。だから、周りへの注意は絶対に怠らぬようにしてください」


 よくよく考えれば当然の話だろう。特に軍の人間であれば、神級の精霊は最高の戦力として数えられる。契約の儀式が行われる度に、何らかの方法で精霊の情報を入手しているはずだ。脅威と感じた者がいれば、学生の内に刺客を送って暗殺することもありえる。エルメス自身が契約を望んだのだが、冒険者として旅する前に、命の危険に晒されるとは嫌な話だ。


「ですが安心してください。学園には信頼のできる者がたくさんいますし、あのアレッサンドロ・クレオス様もいます。きっと力を貸してくれるでしょう」


 学園の教師は実力者が揃っている。学園長に至ってはアリアの暴走をたった一人で止めるほどだ。彼がそばにいるだけで安心していられる。もちろん彼らに頼りきりというわけにはいかない。シェルビアに自分が信用できる人間だと証明すると決めたのだ。どんな困難が訪れても、彼女と力を合わせて乗り越えよう。エルメスはそんな前向きな考えで長い一日を終えたのだった。


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