No.9
「ちぃ。口があるなら喋れよ」
クレーターの中から抜け出すアンノーン。
どんな人物かと言えば九条からしたら予想外だった。
何故なら自分とそう変わらない年齢の分かりやすいくらいな不良の雰囲気を纏う少年だったのだから。
「よく分からぬが、貴様こそ何だ? 小僧? ここは貴様のような輩が居る場所ではない」
最初に口を開いたのは織田 ノブナガだ。
黒いスーツを雑に来た茶髪の少年に苛立ち気味に食いかかる形で言い放つ。
が、喧嘩を売られた風に受け止めた彼は地に唾を吐き捨てながら返す。
「あん? うるせえよババア。古臭い格好して偉そうに説教する気か?」
「ババア? 誰に向かって言っている? 首を斬り落とされたいのか?」
好戦的な性格の彼女は挑発に標的を魔王や酒呑童子から彼に切り替えたのがすぐ様理解出来た。
自身よりもずっと若い少年から侮辱されるのはあの時代では有り得なかった話。怒りを覚えるのも無理はない。
そしてまだまだ本領を発揮していない赤髪の女性がムキになるのは非常に場の展開を悪くする。
なのにアンノーンたる存在は面白そうに対応するのであった。
「へっ。やれるものならやってみろよ? そんな玩具で俺様の首を斬れるならな?」
意味が分からない。炎塊すら両断してしまう剣戟はきっとビルですら真っ二つに出来てしまうのを知っている少年からすれば人の首なんて豆腐みたいなものだろう。そもそも刀を玩具扱いする発想自体おかしい。
彼は理解しているのか?
彼女の強さを、織田 ノブナガの恐ろしさを?
「良かろう。地獄で後悔するが良い無礼者」
刃の波紋に黒スーツの少年を映しながら彼女は構える。
ヤバい。あのままじゃ本当に首を斬り落とされてしまう。正に打ち首の刑だ。と九条は息を呑む。
片方は名刀の武器に紺色の甲冑を身に付けた古くはあるが、完全武装。もう片方は得物なんて一切持ち合わせてない。明らかに素手である。
どう考えても形勢が何方に傾くかなんて読めてしまう。
が、もはやああなってしまえば止めようはなかった。
「斬り捨てる!」
バッ、と地を蹴り直進する戦国武将。
相対する彼は迎撃する素振りすら見せずに迫る彼女に両手をズボンのポケットに突っ込んで無防備に見下ろしているだけだ。
間に合わないと分かりながらも九条は止めるべく不思議とさっきまで踏み出せないでいた身体が動き出す。
何故かはわからない。が、彼には死んで欲しくなかった。そう何処かで意識していた。
しかし、そんな行動は眼前に広げられた宇宙人とは思えない綺麗な細腕に静止させられる。
止めないで欲しいの意味も込めて視線を投げたが、彼女は両眼を閉じて首を横に振る。
「止めなくとも大丈夫。彼に助けなんていらない程にーー」
その瞬間。甲高い金属音が聞こえた。
ん? 金属音?
それが何を意味するか?
恐る恐る視線を彼等の方角に戻した所で途中まで話していたテトラの言葉が続きを述べる。
「僕達よりも逸脱した存在だから」
「ーーなっ!」
確かに一閃された剣戟。目にも留まらぬ速さで黒スーツの少年の首を刈りに行った。
にも関わらず聞こえた金属音。
その嘘だと言いたい事実はそこにあった。
「な、何故斬れぬ!?」
「ああ、頭に響く」
首に当てがわれる刃。が、食い込みすらしないで止まる光景は驚愕そのもの。寧ろ刀がよく折れなかったと言いたいくらいに彼の首は堅そうに見えた。
手を抜いていないのは織田 ノブナガの焦りの表情を見ればわかる。彼女は確実に全力で斬りに掛かった。あの金属音を聞けば嫌でも威力が伝わる。
だからこそ斬れない事実が信じられない。
今も尚力を入れて斬ろうとしているのか、赤髪の女性の腕がプルプルと震えている。
それでもビクともしない。
「つまんねぇ足掻きをしてんじゃねえよ」
「ーー!?」
アンノーンはつまらなそうに首に当たる刃を素手で掴む。当然みたいに斬れない。
ぐぐぐ、と彼の手により遠ざかる得物を何とか手放さないように必死に握るが無駄な行為に等しかった。
「き、貴様はーー」
「雑魚に名乗る名前はねえ」
刹那。
フワッと刀を持つ彼女ごと宙に持ち上げられて不安定な状態になる。
そこへ黒スーツの少年は回し蹴りを軽く見舞った。
赤髪の女性は衝撃の勢いに数十メートルも吹き飛び、建物の中に呑み込まれて行った。
ーー嘘だろ?
九条は唖然として開いた口が塞がらない。
鬼と共に参戦した戦国武将は魔王とも互角の渡り合い、ドラゴンの炎塊すら斬って見せた存在が、少年の足一つに崩れ落ちたのだ。
雑魚? 馬鹿な。なら彼は何者なんだ?
テトラの予想は見事的中した。助ける必要なんて皆無。逆に危険因子が増えただけだ。
「はっ。もう死んだか? 弱えぇ」
ジロリと見渡す少年。まるで猛獣が次の獲物を探し求めるような凶悪さを纏いながら。
「主。人か?」
「答える義理はねえ。先ずはテメェから名乗れや」
問うは菫色の着物に包まれる女性。
異界から現れし人々の恐怖の象徴である魔王。
そんな相手にすら変わらず応対するアンノーン。
と、ふとその背後にはいつの間にか巨大な影。
それが持つ大きな鉄の塊が彼を襲った。
「んあ?」
気付いたが時すでに遅く、間の抜けた言葉の音には爆発したような衝撃と爆音が響き渡る。はたから見てもあれは致命打なんてレベルじゃない。普通に即死である。
刀もそうだが、また別の意味で強力な一撃。
斬れなかったとしても潰れてしまっているのを確信してしまう。
なのにーー。
「こりゃ驚いたわい………」
鬼すら魂消た結果だけが残った。
金棒が捉えた先にあるのは指一本で抑える無傷の少年の姿。
地は衝撃に陥没しているが、どうやら当人にダメージは皆無。有り得ない。どうしたら勢いの乗った鉄の塊を止められる?
「俺様は全然驚けねえがな。何だその腑抜けた攻撃は? 舐めてるのか?」
「ぬ?」
受け流すようにして金棒を地に落とすことで酒呑童子のバランスを崩す。
先程の再現を見ているかのようだった。
再び彼は返す形で今度は拳を作り、鬼に繰り出す。
何倍の体格差すら無視した一撃に鬼は声すら上げれずに下手したら赤髪の女性よりも遥かに遠くへ物理法則を無視したように吹き飛ばされていく。
「ったく。骨のねえ奴等だ」
準備運動にすらなってない素振りで頭を掻き毟る。その様子からして嘘偽りはないのだろう。
「テメェらはそうでもなさそうか?」
ジロっと睨む先に居たのは魔王。
そしてテトラであった。
「僕は君と戦うつもりはない」
「あ? ビビってるのか?」
「君より優先して戦う相手がいる。君と戦ってしまえば僕に残された余力がなくなるから出来れば争いたくはない」
「ふん。ま、身の程を弁えてはいるようだな」
戦意を感じられないのを悟った彼は興味無さげに視線から外した。
一応暴力的な振る舞いをしてはいるが、話しが通じない訳でもなさそうだ。
後は獲物がまだ残っているからなのも要因の一つだろう。
「で、テメェはやる気満々ってか?」
「フ。今生で巡り会えないような強敵を前に臆する理由があろうか?」
不気味に口を歪ませるジークセナード。二人がやられた光景を目の当たりにしたにも関わらず衰えぬ戦意。
底が知れない。
「余はジークセナード。フェースミッドの支配を目論む現魔王。忘れはさせぬぞ?」
「わかってるじゃねえか魔王さんよ? テメェみてえな奴は嫌いじゃねえ」
「ふ。余も嫌いではないぞ? 長年に渡って受け継がれて来た力を使うに相応しい」
直後、魔方陣が彼女を取り囲む。紫の光が増大し周囲を激しく回り、臨界点を超える。
まだまだ本気を出していなかった。これからが本番と言いたげに魔王は封じていた真なる力を発揮する。