No.7
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「む? やはりこの世界には余の計り知れない存在がいる予想は間違ってはいなかったが、何とまあ珍妙な者達が現れたものだな」
「それはこっちの台詞。まさか宇宙人が魔王と相対するなんて夢でも考えられない展開だよ」
当人達の意見はまんま九条達にも当てはまるものだった。組み合わせが勇者と魔王と宇宙人と記憶喪失の少年で、場所が謎の現象が現在進行形で発生中の日本の都心部でなんて滅茶苦茶である。
何でもありな世界そのものの実態もおかしくあるのはさておき、こう明確な相対をしてしまえば自ずと勢力図はイメージ出来る。
ゲームとは謂わばそう言うことだろう。
どれだけの異端がいるかは現時点では把握しかねるが、取り合えずは勇者を助けた時点で魔王は敵。即ち白の少女の側にいるようなもの。まあ、この魔王が素直に何者かの勢力に加担するかは考えてもわからないが。
「な、何で………?」
そこへ勇者は恐る恐る口を開く。
続きを代弁するなら「何で私を助けてくれたのか?」だろう。その質問は愚問と言うよりかは聞いても仕方ないのだが、少年は背で庇いながら浮かんだ言葉を口にする。
「あの勇者さんが知らない地でありながら魔王を退けようとしているんだ。手をこまねいている訳にはいかないよ」
続け様にテトラも口を挟む。
「ここは貴女だけが何とかしないといけない世界ではない。皆で何とかしていくことの出来る場所。だから僕達はこうしてここにいる」
宇宙人が語る台詞としてはあまり印象的ではないが、間違いでもない。と言うよりかは他にもまだこんなおっかなびっくりなタイプがいる方がレアケースだが。
「微力ながら力をかそう。勇者」
「微力ながらって貴女今魔王の攻撃何食わぬ顔で防いでいたじゃない?」
「あー、危なかったー。あれを防げたのは奇跡に近いよー」
「テトラ。棒読み棒読み」
中々底が見えない彼女。逆に展開が有利に運べそうな兆しが見えるくらいには場の雰囲気も変わりを見せてくれたと思われる。
しかしそれも僅かな時間だけの話だが。
「はっ。面白い。余は誰であろうと挑んで来るならば是非もない」
一歩。魔王が踏み出す。
勇者は険しい表情を浮かべ、宇宙人は静まり、少年は冷や汗を流す。訳のわからないであろう面子が増えた所で全く意に介さず振る舞う。寧ろ余裕な姿勢を全く崩す素振りが窺えない。
正直な話。現在九条達は可能ならば撤退をするのが一番賢い選択肢だと考えていた。やはり魔王の名は伊達ではないのは全員が総意しており、今戦うのはそれなりの犠牲を払う必要性がある。
まだ勇者は知らないが、残りの二人は出来れば戦力を温存していきたいのが本音だ。彼等が見据える真の敵を意識してこそここでリスクを背負うのは控えたい。
「(とは言え、あれだけの戦意を持つ相手が易々とは………」
テトラは様々な箇所からの思考を重ねてシュミレートするが、どうしてもこの状況を切り抜けるのは難しい。こうして膠着状態すらいつまでも続かない以上、何をしようがしまいがぶつかるしかないのが結論。
極端に言えば魔王を先に対処するか、後々に対処するかの差でもあるならばいっそ早い内にーー。
それが最適解と導く彼女は息を吐いて臨戦態勢に入る。
「(テトラは戦うつもりみたいだ)」
身に纏う空気を変えた様子をすぐ様感じ取る九条は後ろに下がる。出来る限り邪魔にならないようにの配慮だ。流石に何の力も持たない彼が真っ向から架空上の存在でありながら現代においても脅威度を見せしめる魔王を相手にするのは蛮勇にも程がある。
見守るくらいしか出来ない。
「(勇者さんと彼女で勝てる見込みは少なからずあるだろうけど)」
勝算があるから戦う場面とはまた違う流れ。こんな時何か手助けしてやれる案が浮かんでくれれば苦労しない。
唯一あるとすれば、それは案や奇策ではなく。
「(この場にあと一押し。僕達が考える以上の想定外が発生すればーー)」
奇跡。いやハプニングしかない。
そして正に狙いを済ましたかのように唐突に覆してくるのであった。
彼等と魔王の境界線にそれは、それらは降り立つ。
「ぬ?」
「!」
「なっ」
「あれは………」
影は複数。事象に眉を寄せる魔王。警戒心を上げる宇宙人。唖然とする勇者。まさか、と驚く少年。
影はそんな周りを他所に更なる予想を裏切った動きに出る。
「覚悟!」
「ガッハッハ。そんな場合じゃないじろうに」
一閃の刀と、一振りの金棒が火花を散らせた。
鮮明に見え出す二つの衝突。
一つはやはりこの世界には場違いな格好をした人間。だが九条は幾たびかその姿を見る機会があったのを覚えている。
細い刀身でありながら抜群な斬れ味を誇る過去の戦乱。戦国時代等で扱われていた刀と呼ばれる武器。それを手に持つは紺色の甲冑を身に付けた赤髪の女性。
そんな真っ直ぐな意志と覇気を放つ彼女を何故か彼は脳裏で咄嗟に浮かんだ偉人の名で呼んでしまう。
戦国時代。尾張と呼ばれる国の武将で三英傑の一人と唄われた人物。
後に天下人となった大名。
「織田 ノブナガ!」
直感が告げていた。例え女性であろうと既にその命は潰えた昔の人物であろうと彼は確信めいた風に言い放つ。
ただ、驚くのはその当人が相手にしている敵の実態だった。
「その動じない姿勢は嫌いじゃないがのう。ガッハッハ」
豪快な笑い方と比例して豪快な巨躯を誇る人ならず者。筋肉が隆起した黒の上半身の腕が振り回すのはわかりやすいくらいの突起物が生やされた鈍器。
他者を怯えさせるのは格好だけではなく、その容姿もだ。鋭利な牙。皺だらけの威圧的な彫りをした顔付き。魔王とはまた違った種類だが、そのものの象徴で力の根源とも言える一本の角。
彼もまた遥か昔から伝承されている日本昔話に登場する化け物。ある意味では強い、怖いを冠する妖怪。
鬼だ。
「貴様を片付けてからでも問題はなかろう?」
全く遅れも、怯みもせずに果敢に猪突猛進する戦国武将。人対鬼なんて組み合わせはまるでこの場の勇者対魔王を沸騰させる。
しかしそれにしても過去の偉人にしては強過ぎはしないか? と九条は思う。
場に現れてから終始攻勢に打って出る彼女の実力は鬼以上に鬼気迫っている。
いや寧ろーー。
「第六天魔王と呼ばれるだけあって容赦ないわい」
そう皮肉めいた呼称は流石にタイミングが悪かった。
「魔王!? 今魔王って言ったわね!?」
「あ、待って待ってリーデンさん! それはまた意味合いがーー」
「魔王? 余を差し置いてその名を掲げるか? 小娘如きが」
「まずい………状況が悪い方に」
飛び出しそうになる青髪の女性を何とか抑えようとする少年。本物の魔王は怪訝な表情を浮かべながらその戦いの中心へと歩み出す。
言葉の齟齬一つで行動が一変してしまう。
何よりここでどう動けば良いかの問題に再び直面してしまう事だ。と九条を悩ませる。
当然物分かりが良く話が通じる勇者を味方にするとして、新たに登場した一人と一匹をどう対処するか。
織田 ノブナガが一番彼にとっては身近ではないが、馴染みある存在だから彼女を此方側に引き入れるのがセオリーだけど。
「僕の知っているノブナガとは違うのもあるし………ちょっと落ち着いて!」
「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!? 魔王が複数いるなんて! 一体どうなっているのこの世界!?」
それを一番聞きたいのは脆弱な生身一つで女性とは言え、馬鹿でかい大剣を振り回す勇者を押さえている少年だろう。
これではただのバトルロワイアルだ。恐らくこのゲームを勝ちに行くのならばそのような主旨で進めてしまう訳にはいかない。
「テトラ! どうしよう!?」
「………」
宇宙の来訪者たる金髪の女性に助けを求めるが、彼女もまた危機を抱いた様子で静観していた。
そうこうしている間にも局面は苛烈になっていく。
誰も待ちはしない。